第10話
お人好しのサイモンの事ですから、自分の命と引き換えにみんなを放せとでも言うのかと思いきや、なんと近くに積んであった丸太をひとつ拾い上げました。サイズ感はなんともピッタリジャストサイズですけど、これでこの場が解決できるのでしょうか。
「おいおいデカブツ、勘違いしてるのか? お前がいくらか知恵のあるサイクロプスだからって、そいつを振るえばその瞬間にこの女の首が切れて落ちるぞ! それともまた説教してみるかよ?」
サイモンと盗賊の間にはいくらか距離があります。振るうには遠く、投げつければ人質も危険です。それゆえに盗賊には余裕があるようですが、サイモンは冷静に答えました。
「あなたこそ、二つほど勘違いしているようですね」
その目に静かな怒りを宿し、サイモンの意外な行動は続きます。今度は拾い上げた丸太を少しだけ上に掲げると、なんとその丸太が光を帯び始めたではありませんか。
「オールプロテクション!」
サイモンの口から放たれる魔法の言葉と共に、人質となっているマーレや村人たちの体が光の衣に包まれました。
盗賊たちにとっては本当に驚くべき事です。サイクロプスは魔法と対極にあると言われるほど知性も魔力も皆無な魔物、それが神聖な輝きを放つ魔法を使ったのですから!
「な、なんだ!? ……くそっ、死ね!」
男が慌てた様子でマーレの無防備な首に剣を振り下ろしました。
カキン!
しかし、その切っ先は光の衣に阻まれ首を切る事ができません。そればかりか、あまりの防御力に剣の方が悲鳴を上げポッキリと折れてしまったではありませんか。
「えええええ!?」
これには盗賊たちみなびっくり、変な声が出ちゃってます。その後も他の人質に攻撃を加えてみても、剣も通らねば矢も弾く、無敵の村人が爆誕しちゃってもうお手上げ状態です。
「なんてヤロウだ……こうなったらあのデカブツをやれ! おかしな説教が始まる前にな!」
人質作戦を強引に諦めさせられた盗賊たち、こうなればもうサイモンを直接狙うしかありません。サイモン自身は効果範囲外だったのか光の衣に包まれてはいませんでしたから、彼らにとってそれが唯一の手段でもありました。
「……勘違いの二つ目です」
サイモンの瞳がまた怪しく光りました。サイモンは斬りかかってくる男を空いているほうの手でガッと掴むと、他の盗賊に向けて勢いよく放り投げます。
ドガッ!
「ぐわっ!」
投げられた男と巻き込まれた男、ふたりの盗賊は壁に大穴を開けつつ家の中へと放り込まれてしまいました。これでは骨のいくらかは逝っているはず、しばらくは動けないでしょうね。
「誤解されているといけないので言っておきますが、僕は決して無抵抗主義者ではありません」
「いや……そんな事言ってねえけど」
「誰にでも道を誤る事はあります、しかし、他者を踏みにじるような者を僕は決して野放しにはしない!」
「ひぃっ!」
思い込みが激しいのか人の話を聞かないのか。どちらにしても怒れる一つ目巨人の迫力は凄まじく、その巨体が一回りも大きく見えるほどでした。盗賊たちはそれだけでもう戦意喪失状態、戦わずしてサイモンの勝利に終わる……かと思えたその時でした。
「うりゃあっ!」
バキッ!
激しい打撃音と共に、ひとりの盗賊の体が宙に浮きました。もちろん空を飛んだわけではありません、殴られて吹っ飛ばされただけです。だからもちろんその後はドサリと地面に落下しましたよ。
問題は、それを誰がやったかという部分ですが……。
「はっはー! 人質さえ取られてなきゃ超絶余裕なのよ! 乙女の柔肌に剣なんかブッ刺そうとしてからに、一億万倍返しにしてやる!」
はい、マーレの仕業でしたね。人質を取られて、あまつさえ自分が人質にされて相当ストレスが溜まっていたのでしょう、サイモンのお説教を待たずして盗賊たちを片っ端からボコボコにしていきます。その暴れっぷりはさっき盗賊の言っていたようにまさに野獣、これではマーレの方がサイモンよりよっぽど怪物らしいですよ。
「ちょっ、待っ、これからあのデカブツの説教って流れだったろ!?」
「ワシらも続けえ!」
「いや、え、マジでええ!?」
更にはサイモンの魔法で防御力が爆上がりしているのをいい事に、村人たちも乱闘に加わって大騒ぎ。大戦から二百年経っているとはいえ魔王城跡近くに村を構えるような人たちです、コミス村の人たちは意外と血気盛んなのでしょうね。
「ちょ、ちょっと皆さん!」
あまりの大騒動にサイモンの怒りはどこへやら、気付けばひとり取り残されたような形になってしまいました。
まあそれでもいいかもしれません。ただでさえ士気の下がった盗賊たち、ささやかな反撃を試みてもマーレはもちろん村人にすら攻撃が通じないのですから、何人かはもう半泣きになっています。これが試合だったら一方的過ぎて観客からブーイングが起きているところです。
――と、このまますんなり解決してくれれば良かったのですが、世の中そう都合よくばかりはいきません。この大乱闘を見つめる何者かが、迫りくる新たな危機を指し示していました。
「ほほう、なんとも珍しいものがいたようだな」
屋根の上から何者かが声をかけてきました。長い髪にヒゲをたくわえ、いかにも魔法使いですといった格好の男が鋭い眼光でサイモンを見下ろしています。老人ではありません、ちょいワル系のオジサマです。
「ぼ、ボス……!」
今までリーダー格だと思っていた戦士風の男が呟きました。どうやらこの魔術師風の男が盗賊団の本当のボスだったようですね。ちょいワルではなくガチワルでした。
魔術師風の男は取り押さえられている部下たちを呆れた様子で一瞥し、再びサイモンへと語りかけます。
「珍しいものは色々見てきたが、喋って魔法まで使うサイクロプスは初めて見たな。いや何とも興味深い」
「……褒め言葉として受け取っておきます」
「ククッ、礼儀も正しいんだな。どうだ、俺の部下にならないか? 何なら共同経営でもいい。王都での暮らしがバカバカしくなってこんな稼業をやっちゃいるが、これでも賢者サイラスの再来と言われたほどの魔術師だったんだ、悪い話じゃあないと思うがね」
なんと、盗賊団のボスである魔術師はサイモンを仲間に引き入れたいと申し出てきました。不甲斐ない部下たちに愛想を尽かせたのか知りませんけど、この状況で大胆不敵な提案です。
当然ながらサイモンにはそんな提案を受け入れる気は全くありません。むしろ、その目には更なる怒りの炎が静かに、そして激しく燃え上がるのでした。
「これだけの人数をまとめ上げているのですから、あなたの実力の程はわかります」
「ほう、嬉しいね。では仲間になる気になったのか?」
「それだけに腹立たしい。あなたは……賢者の再来と言われるほどの力を持ちながら、どうしてそれを私利私欲のために使う! どうして他者を何とも思わずに踏みつけられるんだ!」
怒れるサイモンが一喝しますが、魔術師は全く怯みません。それどころか交渉の決裂を察し、呆れたようなため息をひとつつきました。
「やれやれ、所詮は貴様も綺麗事ばかり並べるつまらん奴だったか」
ドォン!
魔術師がさっと横に手を振ると、その動きに合わせ一直線に火柱が上がりました。せっかく消し止めた家にまた燃え上がり、光の衣で守られているはずの村人たちにも被害が出ているようです。
なんという魔法の力、一瞬にして形勢は逆転してしまいました。
「プロテクションとは見事な魔法だが、あくまで物理攻撃に対しての防御に過ぎん。つまり、お前は俺のような高位の魔術師に対しては無力というわけだ」
魔術師の体が、その指にはめた指輪から溢れる怪しいオーラに包まれフワリと宙に浮きました。次の瞬間、星空を引き裂くが如く上空に周囲の炎が集まり、巨大な火球を形成していきます。
「少しだけ楽しませてくれたせめてもの礼だ、我が最大の魔法で死ぬがいい。〈
巨大な火球は灼熱の隕石爆弾と化し、魔術師の号令でサイモンを、いや、コミス村の全てを灰燼に帰さんと襲い掛かりました。
ほほう、面白い指輪を装備していますね、あれで魔力を強化しているのでしょうか。
さあどうするサイモン、このままではサイモンたちはもちろん、村も村人も、魔術師以外の盗賊たちまでが犠牲になってしまいます!
「はーっはっはっは!」
魔術師の高笑いが響く中、無情にも火球が着弾。全ては炎に包まれました。
――かに思えた次の瞬間、魔術師は驚くべきものを目にします。
「はっはっは……はぁ!?」
広がる炎が晴れた後、そこにあったのは燃え尽きた灰でも黒焦げになった残骸でもありません。村人も盗賊たちも、何事も無かったかのようにただ呆然としています。周囲にあった建物もまたしかり、つまりは無事です。
そして、人や村を守ったものもまたそこにありました。光の衣とは違う、光を凝縮したかのような輝く魔法の壁。皆を守ったものの正体はこの光の壁です。
「こ、これはセイントウォール!? 馬鹿な、失われた魔法だぞ!? い、いや、それよりもこれほど高位の防御呪文を、あの一瞬で!?」
目の前の出来事に魔術師はうろたえます。己の最強の魔法を防がれた事はもちろん、一瞬にして高度な防壁を張り巡らせる力も、彼にとっては信じがたい事でした。
「ひとつ、聞かせていただけますか?」
「!?」
いつの間にか、魔術師の目の前までサイモンが迫っていました。
「なぜ仲間を見捨てるような真似を?」
「……そいつらは金で雇ったチンピラだ、元々信頼関係なんざ無い。使えなくなったら取り換えるだけだ」
「そうですか……よくわかりました」
話をしながらでも、魔術師はジリジリと間合いを図りながらチャンスを狙っていました。そして、狡猾な魔術師はサイモンが目を伏せた一瞬の隙を逃しません。
「レビテイション!」
その瞬間、魔術師の体が高速で飛び上がりました。今までのようにフワフワ浮いていたのとはわけが違います。
彼が狙っていたのは反撃の機会ではなく、逃げる機会だったのです。状況不利と見るやこの判断力と行動力は盗賊団のボスとしてはさすがですね。
でも……サイモンだって黙って見ているわけではないようですよ?
「その悪心、打ち砕いて見せます!」
サイモンが手にした丸太を高く掲げると、満天の星空に暗雲が立ち込め、ゴロゴロと雷鳴が鳴り響き始めました。
「なんだ、これはっ!?」
真っ黒い雲が魔術師を包み、まるで巨大な手が掴むかのように動きを封じました。
「
ドドオォーン!
「ぐわああああっ!」
サイモンが杖に見立てた丸太を力強く振り下ろし、地面に叩きつけたのに合わせて閃光がほとばしります。無数の雷が束となり、まるで巨大な拳のように振り下ろされたのです!
魔術師にとっては運が悪かったとしか言いようがありません。なにせ空を飛んで逃げようとしていたのですから、上空で雷撃をモロに受けてあえなく墜落となりました。
「う……うぅ、くそ……まだ、俺は……」
おや、これはびっくり。墜落した魔術師はまだ逃げる体力が残っているようで、多少フラフラしながらもこの場を離れようと走り出しましたよ。おそらく雷撃を喰らう直前に防御魔法でも展開したのでしょう、さすがに無傷とはいかないようですけどね。
「お~っと待った」
だがしかし、逃げようとする魔術師が何かにドンとぶつかりその足を止めます。
そこにいたのはマーレでした。魔術師の逃走を見越していたのでしょうか? 腰に手を当て、仁王立ちで逃げようとする魔術師の前に立ちはだかっています。それはそれは意地悪そうなニヤケ顔でね。
「サイモンだけズルいわよねえ、私だって焼き魚にされかけたんだからさあ」
スッと構えるマーレ、その身にオーラのような力が集まっていくのがわかりました。何をしようとしているかなんて火を見るより明らかです。
息を吸い、吐き出すたびに周囲の温度が下がる不思議な感覚。そして大いなる力は渦を巻き、マーレの握りしめた右腕へと集中していきました。
「まま、待て! 待ってくれ!」
「問答無用! 喰らえ、おさかなカラテ奥義! 地獄滝大逆流アッパー!」
地獄滝大逆流アッパー、略して地獄アッパー。防御を捨てて攻撃のみに集中したマーレ渾身の必殺技です。
その時、その場にいた全員は見た。天空に舞い上がる魔術師の体に、大瀑布の逆流する光景を。流派の名前は『おさかなカラテ』だなんてかわいいんだかマヌケなんだかわからないくせに、その技は破壊力抜群でエグいったらありませんでしたとさ。
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