第8話
サイモンがコミス村で目撃されてからどれくらいの時間が経ったでしょうか。サイモンたちは現在、村から少し離れた木々に隠れて様子を伺っています。
ところで、事前の(マーレが勝手に立てた)計画ではマーレの美しさにひれ伏したという設定に決めたはずなのに、サイモンがそれなりにボロボロなのは何故でしょう。
「サイモン大丈夫? あちこちぶつけとったようやけど」
「ええ、大丈夫です、汚れただけでケガはしていません。ただ、袋は現地に着いてから被るか、穴を開けておくべきでしたね」
何の事はない、アジトからここまで袋を被ったまま歩いてきたので木や岩にぶつかりまくっただけでした。でもまあ、これで見た目に関しては説得力じゅうぶんと言えるでしょう。
「サイモンもウチみたいにほっかむりだけでごまかせたら良かったんやけどねえ。そんだけ大っきいとかえって怪しいだけや。ほんま、マーレが羨ましいわ」
バジニアも魔物にしては人に近い姿をしているので、魔法使いや盗賊の人たちがやっているように頭部を覆っていれば魔物だと気付かれる心配はありません。マーレに至っては長靴ではなく生足だと気付かれさえしなければいいので靴を履いていれば完璧です。
その点、サイクロプスは体格的に隠密や変装に向いていない魔物。見た目をごまかせない以上は設定をごまかすしかありません。だからこそこうして鎖まで用意してきたのです。
「ねえ見て、人が集まってる」
おや、村の様子を伺っていたマーレが何かに気付いたようです。人だかりができているようですがちょっと遠いのでここからではよくわかりません。
「僕も見てみます、袋を取ってください」
この袋、まだ被ってました。直前で良いのに融通の利かない男ですね……と言うのは少しかわいそうかもしれません、サイモンは両手に巻き付けられた鎖のせいでうまく手が使えないのですから。その鎖も本当に拘束されているわけではなく、あくまで下手に動いて壊してしまわないようにしているだけですけどね。
ともかくサイモン自身も己の目で状況を確認します。サイクロプスになって初めて知ったこの一つ目の優秀さ、望遠鏡代わりなんて余裕です。
「集まっている人の多くは村人のようです。あ、でも何人かは武装してますね。格好からして冒険者か傭兵か、正規の兵士といった感じではありません」
「げげ、じゃあもう討伐隊を組んじゃってるわけ?」
それなりに時間はかかったとはいえ、さすがに討伐隊が組まれるのが早いような気がします。まさかこんなへんぴな村に常設の部隊がいるわけでもないでしょうに。
*****
何があったかと言いますと遡ること数時間前、サイモンが村で目撃されてすぐ後の事。帰らずの森から襲い来る一つ目巨人を目撃した老人は、家に村人を集め対策会議を開いていました。
「ああ、まさかこんな事になるとは。コミス村の危機じゃ……」
目撃した老人こと村長は頭を抱えています。勇者が魔王を倒して二百年、魔物がいなくなったわけではないにしろ、それなりに平和だったこの村にサイクロプスなんて大物が現れたのですから当然です。
「あの怪物が旅の人を連れ去るのを見たぞ」
「やっぱり人食いの怪物なのか!? きっとまた来るぞ!」
村人たちはみな戦いの心得などない農民ばかり、話し合ってもなかなか良い対策案が出ませんでした。一応のサイクロプス出現を知らせる使いは出しましたが、それが到着して王国兵が派遣されるまでにどれだけかかるか、その間ずっと不安な日々を過ごさねばなりません。いや、そもそも派遣されるのかさえ怪しいものなのです。
そんな絶望的な空気の中、声を上げる者がいました。
「話は聞いた、俺たちが何とかしてみよう」
家の出入り口に立つ数人の男たち。武器を持った冒険者風の出で立ちをしています。
「あなたがたは……?」
「我々は各地をまわり魔物退治を行っている者だ。偶然にも立ち寄ったこの村でサイクロプスが出現したと聞いてね」
確かに、男たちからは歴戦の臭いを感じます。戦力などほぼないこの村にとっては願ってもない事でした。
「もちろん、我々にも生活があるのでタダとはいかないが」
「いやいや、もちろんです! 我々にとっては天の助け、なにとぞお願いいたします」
こうして、村にとっては不幸中の幸いか、魔物退治を専門とする傭兵をこんなにも迅速に雇う事ができたのでした。
*****
そして現在、そんな事情は全く知らないサイモンたち。ただ、村の不穏な状況だけは感じているようです。
「ま……も……た……じ……」
サイモンがブツブツと何やら呟いています。その様子がマーレには不思議というか不気味で仕方がないみたいです。
「さっきから何言ってんの?」
「唇を読んでいるのです、さすがに音までは聞こえませんからね」
「すごっ、そんな事できるんだ!?」
「そう言えばそうですね、自分でも驚きです」
「感心しとらんと、なんて言うてるの?」
「ええとですね……要約すると、準備が出来たから魔物退治に向かう、といったところでしょうか」
それを聞き、バジニアが慌てます。
「あっぶな、もう時間ないやん! ほら行くで、さっさと被り!」
「うわっ」
再びサイモンに袋を被せ、こちらも準備万端です。
「ふたりとも準備はええか? それでは、バジニア劇団の開演と行こうやないの!」
先頭に旅の格闘家マーレ、それに連れられる拘束されたサイクロプス、
「バジニアさん、ノリノリですね」
「あー、あいつけっこう派手な事好きだから」
小声で話すサイモンとマーレ。サイモンにとってはこの作戦にバジニアが一番乗り気だったことが驚きでした。
「ま、私もしっかり『旅の最強美少女格闘家』を演じるから、あんたもしっかりね」
「頑張って『旅の最強美少女格闘家を連れ去ったもののあまりの美しさにひれ伏し忠誠を誓った拘束されしサイクロプス』を演じます。……設定盛り過ぎではないでしょうか」
ちなみにマーレが演じていると思っている部分は『旅の』の部分だけです、後は素だと思っていますから。さてさて、こんな事で本当に上手くいくと良いのですが……。
問題となっているコミス村の人だかり、武装した男たちとそれを見送る村人とが話し合っています。準備はとっくに済んでいるはずなのに、なかなか出発しないのはどうした事でしょうか。
「我々は命懸けで戦っているのだ、それを理解してもらいたい」
「わ、わかっています。村中に呼びかけなんとかしてみましょう……」
なるほど、謝礼金の問題のようですね。コミス村は小さく貧しい村、怪物退治の費用だってバカにはならないでしょうから。
そんな時に姿を現す旅の格闘家マーレ、はたしてこれはタイミングがいいのか悪いのか。
「おうぃ、村の人たちー!」
陽気に挨拶するマーレの姿に村人たちはみな驚きました。凶悪な巨人に連れ去られた少女が無事に帰って来ただけでなく、その巨人を鎖で拘束して連れ帰ってきたのですから、人によってはパニックになるほど驚くに決まっています。
「あ、あんた無事だったのかね!? その巨人はいったい……!?」
「巨人だ怪物だと恐れるなかれ、最強美少女格闘家のマーレちゃんにかかればその美しさによって完全服従させるなどたやすい事なのですのよ!」
自慢げなマーレに村人たちは「おお」と驚きの混じった歓声をあげます。
ですがそんな中にも不満そうな視線を向ける者たちもいました。それはもちろん傭兵たちですね、なにせ彼らにとってはマーレのせいで報酬を貰い損ねる形になっているのですから。
「おいあんた、何者だ? そいつは俺たちの獲物なんだがな」
さっそくリーダーらしき人相の悪い男が因縁を付けてきました。
もちろんマーレが引き下がるはずもありません。それどころかニヤニヤと微妙に腹の立つ顔で男を睨み返しています。
「さっき名乗ったでしょーが、耳悪いの? それに、最初に出くわして連れ去られた本人なんだから、私が先に目を付けたと言っても過言じゃないわよね」
「……くっ」
マーレの言う通り、早い者勝ちだというのならマーレ以上に早いものはいません。あくまで設定の話ですけどね。
「チッ。おい、本当にサイクロプスなのか? その布を取ってみろよ」
また別の傭兵が、今度はサイモンが被っている布を取るように要求してきました。
「ほいほい。助手のバジニアくん、布を取ってくれたまえ」
(誰が助手やねん!)
調子に乗っているマーレの指示でバジニアが布を取り去ります。布の下からは世にも恐ろしい、目を大きく見開き歯を食いしばるサイクロプスの姿があらわになりました。
サイモンたら演技をしなければと必死になってガチガチに緊張していますよ。
「おお、なんと恐ろしい……」
しかしその様子に村人たちは恐れてくれています、結果オーライと言うやつですね。でもちょっと怖がらせ過ぎたかもしれません。
「早く殺せ!」
「そんな恐ろしいやつ、さっさといなくなっちまえ!」
ちょっと盛り上がりが過ぎますね、このままでは危険です。
(なあマーレ、これちょっとヤバない?)
(よし、私に任せろ)
バジニアにも後押しされて、暴動が起きる前にマーレが手を打つことになりました。マーレは一歩前に出て、騒ぐ村人たちにビシっと手をかざします。
「まあ待ちなさい。心配ご無用、先程も言ったとおりこの巨人は私に完全服従しています。焦らずとももはや何の危険もないのですわ!」
マーレの言葉に村人がどよめきます。確かにサイモンは大人しく座っているものの、いきなりそんな事を言われてもすぐには信用できないでしょう。
すると、突然傭兵のリーダーがマーレに掴みかかりました。
「おい、ふざけた事を言ってんじゃ――」
が、その瞬間。
「私に触るな!」
スパーン!
マーレの華麗な蹴りが傭兵リーダーのアゴに炸裂しました。ふわりと浮いた後に縦一回転してダウンする傭兵、目の当たりにした村人たちはマーレのI字開脚のような見事な技に目を奪われます。歓声や拍手を送る者すらいました。
「どう? 信じる気になった?」
「く、くそっ……!」
マーレの実力を見せつけられ、さすがにみっともなくなったのでしょう。話のわからない傭兵たちはここで退散です。ただ、サイモンはもっと穏便に事を収めたかったので、巨人の繊細な心は少しだけ痛んでいるのでした。
「さあサイクロプスくん、森へお帰り」
おっと、まだ演目は続いています、これから脱出しなければなりませんからね。
傭兵たちが去って落ち着いたところで、マーレがサイクロプスを森へ帰そうと鎖をほどきます。動物もののお話のような感動的な場面ですよ。
「う、うがー」
サイモンも精一杯の演技でサイクロプスを演じます。ただ、考えてみればここでアホのふりをする必要はまったくありませんでした。もし次があれば要反省ポイントですね。
森へ帰っていくサイモン、それを見送るマーレとバジニアと村人たち。しかし、ここで村長から意外な言葉が投げかけられました。
「マーレさん、あの巨人を呼び戻してみてはいただけませんか?」
「えっ」
「なにせこの村は貧しいもので、役立てられるものなら何でも使いたいのですよ。完全に服従しておるのですからできますよね?」
「ま、まあね。おーい、サイモンー!」
なんという事でしょう、マーレったら村長に詰め寄られてついサイモンを呼び戻してしまいました。
(ドアホ! なにやってんねん!)
(いや、だってつい~!)
バジニアはとても怒っていますがやってしまったものは仕方がありません。でも大丈夫、ここでサイモンが聞こえなかったフリをして戻って来なければよいのです。
「はい、なんで……う、うがー」
残念、戻ってきてしまいました。おまけにまだアホのふりをしています、泥沼です。
「いやいや、こうしてみれば逞しくて頼りがいがありますなあ。村も助かります」
「あはは……それはなにより……」
さすがのマーレも苦笑い。念のためという事なのでしょうか、サイモンの体にまたまた鎖が巻かれます。それから、マーレとバジニアにはお礼も兼ねて宿と食事を提供してくれるそうですよ。
(……ヤベえ)
村人の厚意を断るわけにもいかず、ありがたく頂戴することにしました。が、三人はこれで完全に逃げるタイミングを失ってしまうのでした。
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