第二章 コミス村騒動

第7話

 さてさて、作業を放り出したサイモンとマーレ。森を抜け歩くふたりの目に映るのは、絵に描いたようにのどかな田舎の村でした。


「バジニアさんに場所だけは聞いておいたんですよ」

「まあ私も知ってたけどね、来た事はないけど」


 ここへ来た目的はもちろん、金属製の道具や資材、できれば家具そのものや必要な物資の調達です。サイモンには人探しという目的があったはずですけど、今は拠点の充実を第一目標にしているのでそっちはまた今度という事で。

 あまり豊かとは言えない環境ですが、それでも人々は田畑を耕し、日々を懸命に生きています。畑仕事の合間に腰を下ろしてくつろぐ老人、友達と元気に駆け回る子供たち。ああ守りたいこの平和、サイモンは村の様子を見ているだけで沸き上がる喜びを感じていました。

 おっと、こんな所で感動している場合ではありません。ちょうど近くにご老人が休憩中のようなので挨拶しておきましょう。


「ども、こんちゃー」


 さっそく軽い感じでマーレが話しかけました。


「おや、旅の武芸者様ですかな? こんな遠くまでようこそお越しくださいました」


 老人はにこやかにマーレを歓迎します。どうやらこの村は旅人にも温かいようで一安心です。


「こんにちは、のどかな良い村ですね」


 続いてサイモンも老人に挨拶をします。サイモンの心は今、喜びで満ちていますので笑顔はバッチリです。


「……さ」

「……さ?」

「サイクロプスじゃあああああ!」


 はい、お約束の展開です。忘れちゃいけない、サイモンは見間違えるわけもなく一つ目の巨人サイクロプスなのでした。


「森の伝説は本当だったんじゃああ! もうこの村はお終いじゃああああああ!」


 なんという事でしょう、老人は老人とは思えないジャンプ力、走力、そして大声でこの世の終わりの如く大騒ぎ。それに連動して他の村人もなんだなんだと出て来ては、サイモンの姿を見てこれまた大騒ぎ。あっという間に村はパニック状態です。


「そうですね、そういえば僕も最初に鏡を見た時に同じ反応でした」

「いや、悠長な事言ってないで。これヤバくない?」

「ヤバいかヤバくないかで言えば、もちろんヤバいですね!」


 サイモンはちょっと冷や汗が出てきました。このままでは何が起きるかわかりません、大慌てでマーレを小脇に抱えて来た道を全力ダッシュ!

 サイモンは逃げ出した!


*****


「何やってんねん!」


 それからしばらくして、魔王所跡地にバジニアの怒声が響きます。

 サイモンたちは村人の追跡もなく、無事に廃墟まで帰ってくる事ができました。しかし、そこに待っていたのはバジニアからのきつ~いお説教だったのです。


「申し訳ありません……伐採作業でついテンションが上がってしまい、いろいろと失念しておりました……」


 しょぼくれるサイモンとマーレ、ふたりして並んで石畳の上に正座させられています。誰しも間違いはあるもの、たまにはこうして叱られる事もあるでしょう。

 それにしても、正座していても部屋が狭く感じるこの巨体を忘れるなんて、慣れとは恐ろしいものです。個人の性格によるものかもしれませんけどね。


「はぁ……。珍しくマーレが服着てるから大丈夫やと思とったけど、サイモンのほうがポカやるとは思わへんかったわ」

「返す言葉もありません」

「そうだなあ。いつも通り私が全裸だったら、あの爺さん違う意味でひっくり返ってたかもね」


ポカリ


「痛い……」


 マーレにバジニアのゲンコツが炸裂しました。


「アホな事言うてる場合か! このままお互いに手ぇ出さんのならそれでええけども、もし討伐隊とか組んでやって来られたら大事やで」

「やっぱり脱いどけばよかったなあ。サイクロプスに討伐隊は来るけど、痴女に討伐隊は来ないでしょ? これだから服は嫌いなのよね」

「自覚はあったのですね」


 討伐隊は来ないでしょうけど普通に取り締まられると思いますよ。なんて、今はそんな場合ではありません。


「言っとる場合か、どういう理屈やねん。あんなぁ、下手したらアンタの池が干上がるほど徹底的に森を調べられるんやで!」

「う、それは困る! 砦もまだリフォーム中だってのに! こうなったら先に村を……」

「絶対にダメです」


 なんだか大変な騒ぎになってしまいました。サイモンは己の迂闊さを悔いているものの、後悔先に立たずとはこの事です。


「あのコミス村は壁の外にある典型的な貧しい村やから、よっぽどの事でもないと王国軍は来んし、冒険者雇うような事もないと思うけど……」

「壁、ですか」

「それよりアンタら、姿見せた意外に騒ぎ起こしとらんやろな?」

「それは大丈夫です、すぐに引き返しましたから――」


 ふと、サイモンは村から大慌てで逃げ出した時の事を振り返りました。後ろ向いて走っていた最中、大きな背中で受けた村人の言葉が少しずつ思い出されていきます。


(本物のサイクロプスだー! みんな逃げろー!)

(大変だ! 旅の人が捕まったぞー!)


「……」

「どしたん? 嫌な沈黙やけど」

「いえ……おそらくなんですけど、逃げる時にマーレを抱えて走ったのを『旅人を連れ去った』ように見られたような気がしまして」

「あー、言ってた言ってた、そんな事。そりゃこんな美少女がサイクロプスの小脇に抱えられてたら誰だってそう思うわな」


 サイモンの『気がした』はマーレの証言によって確定となりました。これにより、バジニアは頭から壁に寄りかかるようにして暗い顔をしています。


「最悪や……。実害のあるサイクロプス認定されて、今頃どうやって退治するか考えてるトコやないか……?」

「どうした、声に元気が無いぞバジニア」

「これで元気あったら変態やろ」


 変わらずマイペースなマーレに軽く怒りを覚えるほどマズイ状況です。とにかく今は起こってしまった事態にどう対応するのか、それを考えねばなりません。

 しかしどうしたものか。三人は知恵を絞っています、三人集まっているのだから何か良いアイデアが出ればいいのですけど。


「あ、そうだ! 今こそアレの出番じゃない?」


 するとマーレが声を上げました。何か思いついたようですがマーレですからねえ……ふたりはあまり期待していない様子です。


「アレって何?」


 念のためにバジニアは内容を聞いてみました。まだ答えていないのにマーレのドヤ顔がムカつきます。


「もちろん鎖だよ鎖! 私が最初に提案したでしょ!」

「そんな事言ってましたね、タチの悪い冗談だと思っていました」

「冗談は顔だけにしておきなさいサイモンくん。いい? まずあんたに鎖を巻きつけて拘束した感じにするでしょ、それで私こと旅の最強美少女格闘家がサイクロプスを返り討ちにしてとっ捕まえったって事にすればいいのよ!」

「村に見せに戻るということでしょうか。あの、その後に僕はどうしたらいいのですか?」

「そんなの、適当なところでまた逃げなさいな」

「作戦と言うには雑ですね」


 サイモンは不安いっぱいであまり乗り気ではないようです。一方、バジニアはマーレの作戦を聞いてちょっと考え込んでいるようでした。


「いや、悪くないかもしれんで。問題は『旅人がさらわれた』ちゅうところやから、無事に戻って来たら解決するんやない?」

「追撃されたりしないでしょうか」

「いっぺん退治されて逃げ帰ったっちゅう体なら、怖がってもう人里には出て来んて言い訳にもなると思うよ」

「なるほど……」


 確かにそうかもしれません。他に策も無い事ですし、サイモンも納得した様子です。


「うーん」


 ここでまたマーレが悩んでいます。万全を期すためにも気になる事は潰しておいたほうがいいでしょう、サイモンは悩めるマーレに優しく声をかけました。


「どうしました、何か問題でもあるのでしょうか?」

「いや……『旅の最強美少女格闘家』のくだりだけど、『最強』は『美少女』と『格闘家』のどっちにかかってると思う?」

「さて、どこかに手ごろな鎖があると良いのですが」


 話を聞くために屈んだ状態から、なめらかな動きで立ち上がり鎖を探しに行こうとするサイモン。しかしマーレはそれを許しません。


「おい、大事な話だぞ」

「先程の作戦の中で一番不要な部分だと思われます」

「いいかねサイモンくん、『最強』が『格闘家』にかかっていた場合なら、サイクロプスは華麗な格闘術で倒されたことになるでしょ」

「まあ、そうですね」

「だがしかし、『美少女』にかかっていた場合はどうよ。さらってはみたけど、少女のあまりの美しさに魔物はひれ伏し、永遠の服従を誓う事になるんだぞ」

「バジニアさん、どこかに鎖はありましたか?」

「聞けって。要するに、あんたが無傷で登場するのかどうかって話をしてるのよ!」


 これは意外、本当に関係がありました。サイモンも驚きを隠せません。

 確かに返り討ちにあって拘束された魔物が無傷では不自然ですね。魔物の状態と捕まえた方法の折り合いは重要になる事でしょう。


「いや、申し訳ない。本当に大事な話だったのですね」

「やっとわかったかね。それじゃ十分の八殺しくらいにするから動くなよ? せーの……」

「本当にすいませんでした」


 関係こそありましたが、この場合はマーレの話が回りくどいのと、普段の行いが悪いせいだと思われます。それでも謝れるサイモンは本当にお人好しですね。


「まあいいや、最初から美少女の威光作戦でいくつもりだったし」

「その自信はどこから来るのでしょう」

「それより鎖だけど、手ごろなのがあっちのへんに埋まってたよ」


 それを早く言って欲しいですね。サイモンが調べてみると……ありました、マーレの言う通り手ごろな鎖が。


「なるほど、これは門の開閉なんかに使っていた鎖ですね。少し錆びていますが問題なく使えると思います」


 サイモンとマーレが掘り出した鎖を吟味しているところに、バジニアも何かを持ってやってきました。


「あ、鎖あった?」

「ええ、マーレが見つけてくれました。ところでそれは何でしょうか」


 サイモンが気になったのはバジニアの持ってきたもの、大きな袋のようなものです。


「これ? 見たまんま袋やで。クッションの外側にしよ思て作ってたんやけど、鎖ついでにこれも被っていったらどないかなって」


 なるほど、どうせやるなら徹底的にというわけですね。

 さっそく試着と相成りまして、サイモンの体に鎖が巻かれていきます。倒され拘束されているという設定でいくのですから念入りに、鎖の許す限り巻いておきます。


「よしできた。おお、なんか怖いな」

「あの、僕は今どんな状態なんでしょうか」


 どんな状態かと聞かれれば、三メートル強の巨人が布袋を被せられ、首と手首に鎖をぐるぐる巻きにされている、それ以上でも以下でもありません。


「周りが見えなくて怖いのですが、大丈夫なんでしょうか」

「うーん……。まあ拘束されてる感はめっちゃあるけど」

「よおし、それじゃさっそく行ってみようか!」


 相変わらず不安いっぱいのサイモンをよそに、マーレはやる気満々です。


「もう行くのですか?」

「おいおい、相手は待ってくれないぞー? 善は急げって言うでしょ!」


 はたしてこれは善行なのでしょうか。疑問が残るところですがこれしか手段が無いのですから仕方がありません。サイモンとマーレのやらかしたコンビにバジニアを加え、今度は三人でコミス村を目指すのでした。

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