第6話

 見渡す限りのそれはそれは深い森。人々の間では恐ろしい魔物が住むとされ、足を踏み入れたものは誰一人として帰ってこないと言い伝えられています。人々はその森を、畏れを込めて〈帰らずの森〉と呼びました。

 どこの事かと申しますと、何を隠そうサイモンが目を覚ました森です。深い森ではありますし、魔物も住んでいたので間違ってはいませんけどちょっと大げさな噂ですね。

 そして現在、サイモンとマーレとそれからバジニアの三人はこの森を訪れている真っ最中。もう少し正確に言うと『サイモンが目を覚ました廃墟』を目指しているところです。


「ありました、ここですね」


 サイクロプスとして目覚めてからまだわずか一日、なのにサイモンはどこか懐かしさを感じてしまいます。

 以前は慌てていてそれどころではありませんでしたが、改めて見ると本当に廃墟ですね。でも廃墟とはいえかつての威厳などを感じさせる造りではあります。思っていたよりも大きめの建造物、お城である事もはっきりしました。


「それにしても、こんなに近い場所だったとは……」


 サイモンは懐かしさと共に多少のショックを受けていました。

 サイモンが家として使える場所がどこかにないかと考えた際、最初に目を覚ました廃墟の事を思い出してバジニアに提案したところ、その場所は彼女も知っているとの事でした。

 それもそのはず、直接見える距離ではないものの、マーレの住む池とさほど離れてはいなかったのです。サイモンは土地勘が無いのもあって無駄にグルグルと遠回りをしていたのですね。

 ついでに言えば、実はここ、ある種有名な建造物でもあるのですよ。


「ここは二百年くらい前に作られたお城、勇者と魔王がバチバチ戦っとった時の魔王の拠点、つまり魔王城やな」


 勇者と魔王、よくある話ですね。でも、サイモンは記憶こそありませんが、この話がちょっとだけ気になりました。なんというか、身近な話だったような気がするのでしょう。

 考えても思い出せないので、とりあえず今は目の前の話に集中する事にしました。


「なるほど。それにしても魔物は長命なのですね、驚きです」

「……アンタ、ウチが現役で見てたと思てる?」


 おおっとサイモン、これは失言です。いくら魔物といえどもバジニアやマーレは戦争を知らない若い世代、勘違いが過ぎますよ。


「あっはは! 名前がバーちゃんだから間違えても仕方ないさ!」


ポカリ!


 便乗してボケたマーレが殴られました。せっかくしおらしくなったところなので、サイモンと一緒に謝っておきましょう。


「すいませんでした……」

「許す。で、この廃墟を拠点にしようっちゅうんやな?」

「はい、多少崩れてはいますが、僕が入れる建物を一から作るよりはいいかと思いまして」

「そやね。ここは観光地にもならん魔王城の廃墟や、人も来んから丁度ええと思うわ」

「よーし、このマーレちゃんが内見してあげる!」


 ついさっきまでしおらしかったマーレがもう元に戻ってます。ここに来るまで退屈だったのか、探検気分で壁の穴からさっさと入ってしまいました。

 サイモンたちも後を追い、壁の穴から内部へと入ります。ちなみに正規の入口らしき場所を使わないのは崩れて塞がっているからです。かつては魔王がブイブイいわせていた事でしょうに、時の流れは残酷ですね。


「どこもボロボロだなー、まともに使えそうな部屋なんてほとんど無いぞ」

「雨風をしのげる天井があれば十分ですよ」


 さっき入口がわりにした穴があるように、壁は大なり小なりあちこち壊れています。しかし、三メートル強のサイモンが入れ、かつ天井が無事な部分はまだたくさん残っていました。最初に目を覚ました場所なんかがそうですね。

 修行僧のように謙虚なサイモンに対しマーレは内見に余念がありません、部屋ひとつにしてもじっくりとあちこち観察しています。


「それにしても汚れてるなあ。家具も何も無いぞ、空き巣にでもあった? お、でかい鏡発見。こいつぅ、いっちょまえに色気づきやがって」

「そもそも僕の家じゃありませんから。それは目を覚ました時にはすでにあったものです、鏡を覗いた時にはサイクロプスに襲われるかと思いましたよ」

「ほほう、サイクロプス同士の戦いは豪快で面白そうだ」


 いまいち通じていない会話が気になったのか、違う場所を見ていたバジニアがついツッコミを入れました。


「マーレ、話聞いとった? 今のは鏡を見て驚いたっちゅう話やろ」

「しかしこの鏡だけなんか新しいな、全戸配布の広告か何かか? うちの池には来てなかったぞ」

「ウチの話も聞いとらんようやね」


 この陸人魚、かなり自由です。

 それはさておき、まずは掃除をしないと快適に過ごせる空間とは呼べませんね。掃除道具はバジニアの家から持って来ているのでさっさと済ませてしまいましょう。そこそこ広いのでとりあえず使う部分だけでも。


「おふたりともありがとうございます、後は僕がやるので大丈夫ですよ」


 サイモンはひとりで掃除をするつもりのようですね。しかしバジニアはそんなつもりは無いようでした。


「なに言うてんの、ウチらも手伝うに決まってるやん」

「しかし、出会ったばかりの方にそこまでしていただくわけにはまいりません」


ぺしっ


 サイモンがバジニアに腕をはたかれました。本来なら頭をはたくところでしょうが届かないので。


「お堅いのはええけど、親切はちゃんと受け取っとき! 世の中助け合いやで!」

「そうそう、わかったらサイモンもしっかり掃除してくれよー。でっかいぶん力仕事は期待してるからね」


 なんと、バジニアだけでなくマーレにまで言われてしまいました。特にマーレは絶対に手伝わないと思ったのに自分から率先して掃除をしています、驚きです。


「いや……これは僕の方が失礼でしたね。わかりました、それでは改めて僕からもお願いします」

「うむ、結構!」

「それにしても意外ですね、マーレも手伝ってくれるなんて思いませんでした」

「失礼だね君。そりゃ新たに別荘に加えるんだから、少しは自分でもやっとかないと気持ち悪いでしょ」

「アンタの別荘とちゃうよ?」

「昔から言うでしょ、お前の物は俺のもの、皆は一人のためにって」

「足りんし混じっとるし、総取りやん」


 自由過ぎるマーレが何を考えているかはともかくとして、掃除は着々と進んでいきます。とりあえずこれで歩くたびにホコリが舞い散るような事は無いでしょう。


「やっぱり充実した空間には家具が必須よね、ベッドはこの辺りがいいかしら」


 ベッドの位置をシミュレーションするマーレを見てサイモンは思いました、マーレは池の中に住んでいるのに家具を持っているのだろうか、そもそも水中で家具の必要があるのだろうかと。水中にある家具ってなんだかファンシーですね、材質と耐久性が気になるところです。

 気になると言えば、サイモンはそんな事を考えていたらもうひとつ気になる事が思い浮かびました。


「マーレ、そういえばずっと陸上にいますが大丈夫なのですか?」

「何が?」

「あなたは人魚だそうですが、水の中にいなくて平気なのかと思いまして」

「あー、そういう事ね。平気平気、たまに水飲んでりゃじゅうぶんよ」

「陸の生物とほぼ同じですね」


 たまの水分補給で陸上も水中も自由自在とは、地形適応はほぼ完璧です。本当に彼女は人魚なんでしょうかね? 便利に越したことはありませんけど。


「しかし、家具といってもどうしたものでしょうか」

「そやねえ。この辺りは森やから、とりあえず木とか葉っぱとかで何とかならんかな? 布ならウチが作ったるで」

「それでは材木を集めましょうか」


 布地の準備もあるとの事なので、中はバジニアに任せましょう。ついでに邪魔だからとマーレも外に放り出されました。

 さっそくサイモンは外に出ると、まずは手ごろな石に目を付けます。


「うん、これがいいかな」

「それで何すんの?」

「石斧を作るんです。道具がないと始まりませんからね」


 サイモンは石と石をぶつけ、丁度いい形にしたら今度は荒く削り研いでいきます。それが終わったらお次は軸となる木です、適当な太さの若木を軽々とダイコンのように引っこ抜いてしまいました。これの形を整えていくというわけですね。

 それにしてもさすがはサイクロプス、凄まじい力で工程があっという間に進んでいきますよ。


「よし、こんなものかな」


 ちょっと武骨な石斧ができあがりました。石斧とはいえなにせサイクロプスサイズ、武器として使っても破壊力は抜群でしょうね。


「あー、こんな感じの見た事あるわ」


 マーレが何やら納得しています。棍棒のような石斧を持つサイクロプスという絵面がここまでしっくりくるものとは思わなかった、とでも言いたそうです。


「さっき生木を引っこ抜いてたわよね、そのバカ力で道具いる?」

「そりゃあ必要ですよ、必要で便利だから道具というものがあるのですから」


 そう言うとサイモンはより大きな木の伐採に取り掛かりました。刃の鈍い石斧なのにガツンガツンいってます、作業効率がハンパないです。


「どうです? 道具があればこのような繊細な作業も可能なのです」

「豪快そのものだよ、繊細さ見失っちゃったよ」


 マーレが何と言おうとサイモンのテンションは上がる一方。お説教しかり、真面目なだけにやり始めるとスイッチが入ってしまう性格のようです。

 やがて目の前に積まれる丸太の山、材料にはいいかもしれませんがとてもマーレでは扱えないサイズです。このままでは使えません。


「森を開拓しに来たわけじゃないんだからさぁ……どうすんのよコレ」

「うーん、さすがに細かい加工までは無理ですね。丸太のソファとか葉っぱのベッドとか作っていきましょう」

「丸太のソファって、それただ置いただけだろ。クッション性ゼロじゃん」

「バジニアさんが布を作ってくれていますから、布袋にして草や葉っぱを詰めればクッションになりますよ」

「葉っぱって、タヌキじゃあるまいし。まったく、他人事だと思って!」

「使う予定なの僕なんですけどね」


 とは言え、使いづらいというのはマーレの言う通りです。布地を用意してくれているバジニアのためにも、ここはもうひと工夫欲しいところ。


「そうですね……ここはひとつ、バジニアさんを驚かせてみましょうか」

「おっ、いいね」


 巨人と人魚の悪だくみ。ふたりは善は急げと言わんばかりに、丸太の山を放り出してどこかへと歩いて行きました。

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