第5話

 庭に出されたテーブルセット、香り豊かな紅茶を味わいながらバジニアがサイモンを見ています。大丈夫、サイモンにはカップが小さくとも、おもてなしの心はしっかりと伝わっているようですよ。


「ほんで、ウチに話って何?」


 はじめは驚いたものの、バジニアもサイモンに興味津々の様子。この辺りではサイクロプスを見かけないようですし、自宅の庭で正座しながらティーカップをつまんでいればなおさらです。


「あ、その前にバジニアさん」

「なんや、堅苦しなあ。バジィでええよ、マーレの友達なんやろ?」


 うーん、どうなんでしょう。友達かと聞かれればそうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。マーレからはちょっとペット扱いされたような気もしますが同じ飯を食べた仲です、友達と言っても差し支えはないでしょう。焼き尻尾の件は思い出すとちょっとだけ胸が痛い様子ですけど。

 というわけでサイモンは、ここはバジニアのお気持ちを尊重することにしました。その考え方がすでに堅苦しいですね。


「では、えー、バジィ」

「なぁに?」

「……すいません、やはりちょっといきなりは失礼な気がして落ち着きません。さん付けで呼ぶ許可をいただきたいのですが」

「まあまあ、ほんまにお堅いんやね。ええよ、好きに呼んで」

「感謝いたします」


 サイモンには愛称呼びはまだキツかったみたいです。それと、ふたりのやりとりを不満そうに見ている人物がいますね。


「おい、私の時となんか違くないか?」


 もちろんそれは同じテーブルについているマーレです。そういえばサイモン、マーレの時にはあっさりとさん付けをやめていたのでした。


「そんな事はありませんよ。ただ、相手の許可があってもいきなり愛称で呼ぶのには抵抗があっただけです」

「へいへい、お堅いこってですね」


 テーブルに頬杖をつき、明らかにマーレがふてくされています。こうも美少女の無駄遣いができるものかとサイモンは少し感心してしまいました。


「裸マントでふてくされないでください。バジニアさん、マーレの服を預かっていらっしゃるそうですね。何か着せてあげてください」


 ようやく目的のひとつを告げる事ができました。バジニアもいかにも納得といった様子で了承し、マーレを引っ張って一旦家の中へと入ります。


「さあマーレ、いつまでも周りに迷惑かけたらアカンよ?」

「あーあ、まったく仕方ないなー」


 ここまで来たら観念しましょう。というわけで、しばらくしてちゃんと服を着たマーレが出てきました。服のせいもあってどこか武闘家っぽくなってます。


「服着てると落ち着かないのよね。ま、ヒラヒラゾロゾロしてるよりはこういうピッチリめのほうがマシか」

「マーレが作ってくれ言うたから作ったんに、着るの初めてとか気まぐれが過ぎるで。アンタの注文通りなんやから文句言いなや」

「えっ、その服はバジニアさんが作られたのですか!?」


 ちょっとしたファッションショーにサイモンは驚きの声を上げました。マーレの着ている服は店で売られていてもおかしくない完成度のもの、それを自作したとは驚きです。服が好きな友人とは聞いていましたが、まさか作る方だったとは。


「ふふふ、まあね。なかなかのモンやろ? こういうんはアラクネとか言うクモ女どもがハバ利かせとるらしいけどなぁ、ウチかて引け取るどころかもっとええモン作れるっちゅうねん!」


 何故でしょうか、バジニアの声に妙に力が入っている気がします。どこの世界にもいろいろとしがらみというものがあるようです。サイモンはちょっとだけ背中に寒いものを感じました。


「せっかくだからサイモンも作ってもらえば? マント破れちゃってみっともないでしょ」

「これはある意味マーレのせいなのですが。それに今は大したお礼もできませんし、またいつか機会があればお願いします」

「なんだ、つまんないの。でっかい鎖とか付けたかったのに」

「ファッションですよね?」


 まあバジニアにしてもサイクロプスの服を作るだけの布がすぐには用意できないとの事、なにせ布地を作り出す糸は彼女自身が吐き出し……もとい生成しているのですから。生成できない金属製の鎖なんてなおさらです。

 えっ、成虫の蚕蛾は糸を吐かない? 普通の虫と魔物を一緒にされては困りますね。できるものはできるのです、それ以上でも以下でもありません。

さあさあ、服の話はこれくらいでいいでしょう。


「ずいぶん回り道でしたが、バジニアさんにお聞きしたい事があって来たのです」

「ああ、そうだったそうだった。サイモンたら「自分は元人間です」なんて言うんだよ、なかなかギャグセンスあるでしょ!」


 またしてもマーレに話の腰を折られてしまいました。ギャグではないと言っているのに魔物たちにはウケるのか、バジニアまで笑ってます。


「あはは、おもろいやん! でも相手を選ぶギャグやね、人間嫌いで冗談の通じんモンもおるから、誰にも彼にも言わんほうがええで」

「ギャグではありません。しかしユーモアの勉強として心に留めておきます」

「ほんに真面目やなあ、脳ミソつってまうよ?」


 ここで、ユーモアという言葉に何か思うところがあったのでしょう、マーレが更に話に割り込んできます。


「だいたいさあ、悲劇で気を引きたいんならパンチが足りないんじゃない? もっとこう、ヤバめに殺されたけど転生したとか、大事な人を故郷ごと失ったとか」

「目が覚めたらサイクロプスだったというのも十分ショッキングなのですが」

「だって私、サイクロプスになった事ないもん」

「こればっかりはなった僕でないとわかりませんね」

「なんやギックリ腰みたいになってもうたなあ」


 放っておくとどこまでも話がそれてしまいそうですね。サイモンはなんとか話の軌道を元に戻そうと踏み止まりました。


「……それで、人を探しているのです。おそらく僕をサイクロプスに変えた、女神のような存在だと思うのですが」

「ウチも魔物やから、神様の知り合いはおらんよ。それより女神かどうかはともかく、探してるんなら顔くらいわからんの?」

「あ、そうでした」


 そうです、人を探すにあたって特徴も伝えずに情報が得られるわけもありません。さっそくバジニアに紙とペンを借り、似顔絵づくりといきましょう。


「確か……こう、こんな感じで……」

「……ごめん、わからんわ」


 残念な事に、そこに広げられたものはおよそ似顔絵とは呼べない代物。例えて言うならそうですね、人の顔っぽい地図が近いですかね。

 サイクロプスだから大きすぎてうまくペンが持てなかったというのもあるでしょう。でもこれはそう言った事情を差し引いても、サイモンに絵心が無い事の証拠に他なりませんでした。


「下手くそだなー。ほら、私の描いた絵の方が上手いぞ」

「確かに(僕よりは)上手いですけど、マーレは目的の人物の事知りませんよね? 誰ですそれ」

「さあ、私も知らない。……うわ怖っ、誰だこれ」


 誰だこれじゃありません、そもそもどうしてマーレまでお絵描きしてるんでしょうね。哀れ、マーレの創作キャラは理不尽に怖がられ破り捨てられてしまいました。

 さて、それはそうと困りましたよ。誰を探したいのか顔はわかっているのですが、それを伝える手段がないときています。このままでは人探しどころではありません。


「ううん、どうしたものか。僕の頭の中にははっきりとイメージできているのですけど、なんとか外に出せないものでしょうか」


 悩めるサイクロプス。こういった事はよくありますね、頭の中のものをそのまま投影できたら便利な事でしょう。


ピカー


 はて、何やら妙な光が。悩めるサイクロプスの目から漏れているようですね。


「んん? サイモン、それ何?」

「えっ?」


 マーレに呼ばれサイモンが目を開くと、何という事でしょう、まるで映写機のように目から出る光で人の顔が映し出されているではありませんか。


「わっ、凄い! これがその探してる人!?」

「えっと、すいません、自分では見えません。イメージはしているのでそうだとは思うのですが」

「ちょっと待ってな、描いとくから!」


 急な事なのでバタバタ大騒ぎです。まさかサイクロプスの目にこんな機能があったとは、たぶん他のサイクロプスたちも知らないんじゃないですかね。


「ああ、消えてまうやん。まばたき禁止!」

「ぐぐっ、つ、つらいものですね」

「凄いなコレどうなってんの? 他のもの映して!」

「ああもう、揺らしな! マーレも手ぇ出すんやない、よお見えんて!」

「ぐっ、ある意味つらい」


 目を光らせて像を映し出しながらまばたきを我慢する事はこんなにもつらい事である、サイモンはまたひとつ新しい事を学びました。おそらくですけど後々誰の役にも立たない経験だとは思います。

 マーレはどうでもいいです、少しくらいは我慢を覚えましょう。

 そうこうしているうちに似顔絵が描き上がりました。さすがは器用なバジニア、似顔絵もちゃんと人を探せるレベルに仕上がっています。


「おお、素晴らしい! そうです、僕の夢に現れたのはこの女性です!」


 サイモンも満足の完成度です。しかし、やはりここにいるふたりには心当たりが無いようでした。


「うーん、やっぱり知らないなあ」

「せやね、ウチも心当たりないわ。見た感じヒトっぽいから、人間に聞いてみたらええんとちゃうかなあ」


 出来上がった似顔絵の人物は確かに人間のように見えます。マーレのようにヒトに近い姿の魔物や魔女の類という可能性もありますけど、顔だけで判断すれば人間か人間に関わる存在に間違いはないでしょう。


「そうですね、似顔絵も出来た事ですし、やはり多くの人に情報を募ったほうがいいでしょう。バジニアさん、この辺りに集落はありますか?」

「うん、ちょっと離れてるけどあるよ。せやけど時間的に明日にしたほうがええかな」


 なるほど、いろいろあって気付きませんでしたが、すでにだいぶ日が傾いていますね。ここはバジニアの言う通り明日にした方がいいでしょう。


「池まで帰るの面倒~、泊めてくれバジニア~」


 マーレがバタバタと駄々をこね始めました。


「しゃあないなあ。ええで、サイモンも一緒に……あ、無理や、入れんわ」


 残念ながらバジニアの家はそんなに大きくはありません。三メートル強の骨太な体格をしているサイモンが泊まるには無理があります。このやりとり二回目ですよ。


「お気になさらず、お気持ちだけ頂いておきます」

「うーん……せやけど、いくらサイクロプスや言うても野宿っちゅうんは物騒やで? 人探すにしても拠点になる家がないとなあ」


 そう言えば、目が覚めてから着の身着のままここまで来たのでした。拠点どころか所持品すらろくにないこの状況、言われた通り問題かもしれません。

 とりあえず今夜はこのまま庭を間借りするとして、まずは生活の基盤を固めない事にはどうにもならない事を悟るサイモンでした。

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