第4話
サイクロプスという巨体にしては物足りない食事を終え、サイモンとマーレは池のほとりで食休みの真っ最中。
「ふい~、苦しい、もうお腹いっぱい。これ以上はムリ」
どう見ても食べすぎな量をペロリとたいらげたマーレがふてぶてしくくつろいでいます。そんなに苦しいほどの量だったのなら少しくらい分けてくれてもいいのにとサイモンは思います、でも負い目や恩(?)があるせいかどうにも口に出しづらいのでした。
それにしても奔放というか、今日だけでサイモンの持っていた人魚のイメージが大きく変わってしまいそうです。いやいや、個人差があるのはどこの世界でも同じ事。ひとりだけを見て判断するのは他の人魚に失礼だと、サイモンはプルプル頭を振りました。
「ところでさあ、あんたこんな所で何やってるの?」
不意にマーレが問いかけてきました。
そう言えばいつの間にか友達のようになっていますが、ついさっき事故的に出会ったばかりなのです。お互いの事で知っているのは種族と名前くらい、この辺ではサイクロプスは珍しいようですし、気になるのも当然ですね。
サイモンもまた、ろくに自己紹介もできていなかった事が気になっていました。まあ、記憶の無い彼にとって紹介できることはそう無いのですが。
「自分でもよくわからないのですが、気が付いたらサイクロプスになっていたのです」
「……?」
マーレは理解が追い付いていないようで、アホ面で首をかしげています。
「実を言うと僕は元々人間でして。それで今はおそらく僕をサイクロプスに変えたであろう人を探しているわけです。……まだ起きたばかりで探すもなにもないわけですけど」
ようやく事情が話せました。ただ、マーレにはいまいち理解できていないのが残念な所です。
「あっはは! 人間がサイクロプスになるだなんてありえねー。え、それギャグ?」
「ギャグではありません。ユーモアの大切さはわかっていますが、どうにも苦手でして」
ちょっと照れくさそうなサイモン、否定の仕方がちょっとズレている気もしますがまあいいでしょう。冗談で言っているのではない事と、人を探しているという事が伝わればよいのです。
「ふーん、人探しねえ。そう言われても私はこの池からほとんど出ないからなー」
マーレは岸に腰かけ、足でパチャパチャと興味無さそうに遊んでいます。せっかく出会った縁ですけど、とてもアテにはなりそうもないですね。
それはそうと、もうひとつ大事な事がありました。水辺でくつろぐマーレの姿を見ていると、サイモンの中にある気持ちがどんどん大きくなり、ついには抑えきれず爆発の時を迎えるのであります!
「マーレ!」
「なっ……キャー!」
ビリィ!
サイクロプスの剛腕で勢いよく布が引き裂かれました。
誤解があるといけませんので解説しますと、引き裂かれたのはサイモンが身に着けていたカーテンもといマントです。マーレはそもそも全裸なので、この場にある布と言えばそれくらいのもんです。
バサッ!
そしてすかさず、手ごろなサイズに切り分けられたカーテンのマントがマーレに被せられます。サイモンの一張羅マントはスカーフくらいになってしまいましたが、時として諦めが肝心な時もあるでしょう。
「何するのよ、もう」
「マーレ、いくら人魚だと言ってもいつまでもそんな格好でウロウロしないでください!」
サイモンにとってとても大きな問題がひとつ、ようやくの解決を迎えました。これで話をするときに首を変な方向へ向けずに済みます。
とはいえ、マーレはとても不満そうです。一日限定〇個の商品が目の前で売り切れたくらい不満そうです。
「なによー、服、服って。気にする魔物なんかいやしないんだからいいじゃないの」
「僕が気にします」
「あら、気にするの~?」
「そういう意味ではありません」
ニヤニヤとからかうマーレでしたが、真顔のサイモンにバッサリいかれました。
「まったく……個人の事情もあるでしょうから説教はいたしませんけど、裸で平気だなんて僕には理解できませんよ。だいたい、うら若き乙女が人前で肌を晒すなど褒められたものではありません!」
「それが説教って言うのよ。あんたおじいちゃんみたいな事言うのねえ」
価値観の違いというやつでしょうか、相互理解がいかに難しいか思い知らされます。サイモンにとっては腰巻だけで上半身裸なのもちょっと落ち着かないというのに。
「私にしてみれば服が好きなやつのほうが……ん?」
何か言おうとして、マーレの不満そうな表情が急に平常運転に変わりました。
「あ、服で思い出した。そう言えば私も服持ってるんだった」
「そうなんですか?」
しかし、サイモンの見る限りでは池の周囲にそれらしきものはありません。まさか防水仕様にして池の中にあるなんて事はないでしょうし。
「服好きの友達に預かってもらってるのよ。誰かを探してるならついでに聞いてみればいいんじゃない? 私もあんたの事を見せびら……紹介したいし」
「少し引っ掛かる言い方ですがお願いします。僕も手がかりが欲しいですし、裸でウロウロされないのは助かります」
というわけで、お互い微妙に引っ掛かるところはあるようですが、問題解決に向けてそのマーレの友達とやらに会いに行く事になりました。
マーレは人魚なれども足がある分水陸両用、むしろ普通の人魚より高性能な気がします。サイモンからもらったマントも羽織って準備はバッチリです。
「裸にマントってむしろ変態っぽくない?」
「僕もさっきまではそうでしたから大丈夫です、早く行きましょう」
サイモンは先を急ぎたかったので軽くあしらいました。
*****
一つ目巨人と陸人魚、奇妙なふたりが並んで歩いています。なんとも不思議な取り合わせです。
マーレの池は森の深いエリアの端にあったらしく、そこからは木々も少なく歩きやすい道なので助かりました。体格差ゆえに歩幅が合わないので、気を使っているサイモンが人知れず苦労している以外はとても順調です。
「そのお友達というのはどういう方なのですか?」
「んーとね、ちょっと変わった子かな」
道すがら、さりげなく聞いた質問の答えにサイモンはショックを受けました。サイモンにとってはマーレもじゅうぶんに変わった子の範疇に入ります、そのマーレに変わった子と言われるなんてもはや想像もつきません。その友人というのもおそらく魔物なのでしょう、魔物の世界おそるべしです。
おっと、サイモンが未知なる相手への恐怖を募らせている間に目的の場所へと到着したようですよ。
ふたりが立つその前には、いくらかの木々の間に建つ家がありました。木造の一軒家のようですが、丸みを帯びた形状が独創的です。木々の間に建っているのは天然の木をそのまま柱に利用しているのでしょうか。
「バーちゃん、いるー?」
家に向かってマーレが叫びました。『バーちゃん』とは何でしょうね? サイモンの頭の中で年配の女性がイメージされていきます。
もしかするといわゆる魔女という人たちかもしれないと、サイモンに少し緊張が走りました。もし魔女だったら得体の知れない魔法でどんな目に遭わされるかわかったもんじゃありませんからね。
何者かが近付いてくる気配、そしてガチャリとドアが開きます。
「マーレ、その呼び方はやめえって言うたやん!」
マーレに文句を言いながら出てきたのは、想像していた黒づくめの老婆ではありませんでした。髪は白いもののボリュームがあり、とても艶やかです。白髪ではなく銀髪といったほうが正しいかもしれません。
肌も白くハリがある……とうかちょっと見ないくらい白いですが。目も黒目が大きく可愛らしい……というより白目がどうも見当たりません。
ともかく、出てきたのは老婆ではなく、色鮮やかな東洋風のキモノのような服を着た若い女性のようでした。特徴からしてやっぱり魔物なんでしょうね。
「間違ってないんだからいいじゃん」
「アンタわざと言うてるやろ、それやったらウチがお婆ちゃんみたいになるやん。ウチの名前はバ・ジ・ニ・ア! 愛称で呼ぶんやったらバ・ジ・ィ!」
独特の訛りで話すこの少女はバジニアという名前のようです。会うなりこのやりとり、ふたりは仲が良いのか悪いのか。いや、きっと仲が良いのでしょう。
「……ん? そういえばそのマントどしたん?」
バジニアがマーレの羽織るマントに気付いたようです。友人という事はマーレがいつも全裸なのも知っているはず、そもそもマーレの話では裸である事を気にする魔物はいないという事でしたね。とすれば気になるのも当然です。
「いやー、なんていうか。ちょっと面倒なやつに捕まってさ、罰ゲーム的な?」
「ふぅん、大変やね。ウチはてっきり、ようやく羞恥心が芽生えたんかと思たのに。マーレみたいな毛もなんも無い種族は裸やとみんな気にするんよ」
「や、やっぱり気にするんじゃないですか!」
話を聞いていたサイモンは居ても立ってもいられず、つい話に割り込んでしまいました。
罰ゲーム呼ばわりもそうですが今はそっちはいいです。マーレにこんなにも容易く騙されてしまった事もこの際いいですけど、せめてツッコミは入れさせてくださいとの思いを込めた一言でした。
「だ、誰!? てゆうか、サ、サ、サイクロプスぅ!?」
でもやっぱり「しまった!」とサイモンは思いました。ただでさえ巨体で狂暴なサイクロプス、それが突然割って入って来たら誰だって驚くに決まっています。ちなみにさっきまで気付かれなかったのは背景のオブジェとでも思われていたんですかね。
それはさておき、ツッコミのあまり初対面の少女を驚かせてしまった事に、サイモンは頭を抱えました。
などと後ろでサイクロプスがこんなにも悩んでいるというのに、マーレは相変わらずのマイペースです。
「そうそう、これを見せに来たのよ。じゃあ紹介するね、私の新たなる仲間、賢いサイクロプスのサイモンよ」
マイペースなのも使いよう、良いタイミングで間に入ってくれて助かりました。でもなんだかちょっと賢いペットを紹介されているような気分です。だいたい目的が変わってますし。
「サイモン、この子がモスマンのバジニアね。ん? モスマン? モスウーマン? モスマ――」
「やめえ、それ以上言うたらアカン!」
不穏な空気を感じてバジニアがマーレの口を押さえました。それはともかく、自分でも自己紹介をしておいた方がいいでしょう。
「はじめましてバジニアさん、サイモンと申します」
「あらあ……本当に賢い。ご丁寧にどうも、ウチはバジニア言います」
マーレの友人の少女、バジニアも自己紹介を返しました。かなり驚いた顔をしているようです、そりゃあ賢いサイクロプスなど一生に一度見られるかどうかわかりませんものね。
バジニアはモスマンという種族との事でした。なるほど、よく見れば各所に虫っぽい意匠が見られます。要するに蛾人間ですね。
「こちらのマーレの紹介で、バジニアさんにお話があって来たのです」
「まあ、そうなん? とりあえず入って――」
バジニアが言葉に詰まりました。来客にはお茶のひとつでも出したいところでしたが、どう見てもサイモンの体格ではすんなり家の中には入れないでしょう。
「――ってのは無理やね。マーレ、テーブルセットを庭に出すから手伝って」
「えー、めんどくさいー。飲みたいやつが出せよう」
家の中に入れないサイモンに、わざわざ庭でお茶を提供してくれるこの優しさ。どこかの水陸両用人魚とはずいぶんな違いです。
「あ、僕なら大丈夫ですからどうぞお構いなく」
「そんなわけにはいかへんよ、ちょっと待っててな」
「ではせめて何かお手伝いできる事はありますか?」
「ええて、お客さんはなんもせんでええのよ」
ホント、全然違いますね。
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