第3話

 そんなこんなでマーレの頼みごとを引き受ける事になったサイモン。さてさて、肝心のその内容はどのようなものなのでしょうか。


「リザードマン、ですか?」

「そうなの、もう困っちゃう」


 話によれば、最近になってどこからか現れた一匹のリザードマンが、マーレの住むこの池を乗っ取ろうと狙っているらしいのです。

 リザードマンといえば体長二メートル近くある二足歩行の大トカゲ。排他的な独自の文化を持ち、槍での戦いを得意とする有名なやつらです。彼ら相手では、たとえ一匹といえども人魚のマーレには荷が重い事でしょう。


「もしかしたらアイツ、ウロコ仲間だからって私自身の事も狙ってるかもしれないわ。うあー、私ってトカゲは好みじゃないのよね」

「ほぼウロコないじゃないですか。……まあそれはともかくとして、後から来て暴力で先住者を追い出すというのはいけませんね」

「でしょでしょ! んじゃ頼んだわよ、その巨体とパワーでスルメみたいにしてやってね!」

「暴力で追い返すのもどうかと思いますが、ともかく僕が応対してみます」


 暴力で解決する気マンマンのマーレに対し、サイモンはなんとか穏便に済ませようと必死に彼女をなだめました。マーレは不満そうでしたけど、助けてもらっている立場上しぶしぶ了承したようです。ここはサイモンに任せて姿を隠す事になりました。


 それからしばらくして、森の木々をかき分け池へと近づいて来る影がひとつ。びっしりと体を覆う鱗の鎧に太く大きい尻尾、手には水中でも使い勝手が良さそうな三又の槍を持っています。どうやらマーレの言っていたリザードマンがやって来たようですよ。

 しかし、このリザードマンにとって今日は明らかにいつもと違う状況になっています。池のほとりに一つ目の巨人がいるのですから、見落とすはずもありません。


「あなたですね、最近やって来るというリザードマンは」


 サイクロプスがいるというだけでも驚きなのに、なんと話しかけてきたではありませんか。明らかに自分を待ち構えていたという感じですし、これにはリザードマンも驚きを隠せない様子です。

 なにせサイクロプスといえば暴力の化身、知性が低く暴れ出したら手が付けられない破壊の体現者というのが一般的な認識。そのサイクロプスが姿勢よく正座し、知性溢れる穏やかなまなざしでゆっくりと優しく語りかけてくる、こんな状況は世界のどこを探してもあり得ないでしょう。


「な、なんだテメーは!」


 少々上ずった声ながらも、リザードマンは槍を突き出し威嚇してきました。魔物同士であっても他種族の年齢はよくわからないものですが、声の感じからこのリザードマンは年若い印象を受けます。


「僕はサイモンという者です。あなたをお待ちしていました、お名前を聞いてもよろしいですか?」

「あ……? ああ、お、俺はロッコウ、だ」


 槍の切っ先をチラつかせる威嚇にも全く動じず、ただ穏やかに語るサイクロプス。あまりの独特な雰囲気に、若きリザードマン・ロッコウもつい武器を下ろして名乗ってしまいました。


「ロッコウさん、ご覧なさい」


 そう言うとサイモンはスッと手を伸ばし、マーレの住居でありロッコウの獲物であろう池を指し示しました。


「美しい池ですね。水は清らかで周辺に住む生き物たちの潤いとなっている事でしょう、僕もつい先ほど救われたばかりなのですよ」

「……はあ」

「そして、この池にはすでに暮らしておられる人魚の方がいます。このように、たかが池といえども多くの生命を支える大切な要として存在しているのです。かように美しいものを、ひとりの我儘によって独占してしまうのはいかがなものでしょうか」

「……はあ?」


 何だこの状況、ロッコウはそう思っているに違いありません。野蛮代表のサイクロプスに説教されているのですから彼でなくともそう思います。

 と、わけのわからない状況に陥りロッコウは少々混乱していたようですが、ハッと正気に返ったようです。


「てめえ、何を意味不明な事を言ってやがる。さてはあの人魚に雇われた――」


 ロッコウが再び槍を手にサイモンを威嚇しようとした、その時!


「人が話している時は最後まで黙って聞く!」


ドゴォン!


 サイモンの巨大な拳が地面を叩き、凄まじい音が静かな森に響きました。なんならちょっと地震も起こったかもしれません。


「ひゃぃい!」


 その証拠に、軽くジャンプするほど浮き上がったロッコウ。そしてそのまま落下と同時にキレイな正座スタイルへと移行しています。


「いいですか? 他者と関りを持つ際は、まず相手に対して敬意を持たなければなりません。互いを互いに尊重することにより、はじめて対等な意見交換が行えるというものです」

「い、いやいや、対等だっていうならオレの話も――」

「話す時はちゃんと相手の目を見るのです! さあ!」


 ロッコウの反論はことごとく出ばなをくじかれてしまいました。

サイモンは目を見ろなんて言ってますけど、人の頭ほどもある巨大な目がギロリと睨むこの状況、冷静に話すには相当な胆力を必要としますよこれ。

 えぐれた地面と正座するリザードマンを前に、サイモンのお説教はまだまだ続きます。どうも彼はこういう事になるとスイッチが入ってしまうようですね。カミナリ親父とサイクロプスのパワーという化学反応、哀れなるリザードマンはその被害者第一号といったところでしょうか。


 そういえば、この問題の当事者である人魚のマーレはどこに行ったのでしょう?

 正解は池の中、ひたすら終わる気配のないお説教に耐えているロッコウの背後。サメのように音もなくスッと近付いて行きます。そして――


ザバァ!


 激しい水しぶきと共に、華麗なる人魚は大トカゲへと襲い掛かりました。いわゆる不意打ちです、なんて卑怯な自称美少女なのでしょうか。


「食らえ! 殺魚かみつき!」

「痛ってえええ!」


 見た目からは想像もつかないダーティーな技がロッコウの背中を襲います。よく見たらマーレの歯は魚らしく意外にギザギザしているようです。

 そしてさらにマーレの攻めは続きます。


「トドメだ! 殺魚チョップ!」


バシィン!


 刃物の如く鋭いマーレのチョップがロッコウの尻に炸裂! かわいそうに、リザードマン自慢の大きな尻尾がバッサリと切り落とされてしまいました。


「オギャアー!」


 別に赤ちゃんが生まれたわけではありません、これはリザードマンの耳をつんざく悲鳴です。

 なんという破壊力でしょうか。ここで説明しよう、マーレは様々な魚の特性を己の体に顕現させ振るう事ができるのだ! さっき歯がギザギザしていたのもそのためですね。


「はっはっは、見たか! サメの背ビレのごとき切れ味を!」

「サメの背ビレは刃物ではありません。……って、何やってるんですかマーレさん!」


 この一連の流れにはお説教スイッチの入っていたサイモンもびっくり。慌てて止めに入りますが気付いた時には時すでに遅し、ロッコウは素早い動きであっという間に姿を消してしまいました。四つ足でシャカシャカと素早く逃げる様子はまるでゴ……いや、彼の名誉のためにもこれ以上はやめておきましょう。


「ああ、行ってしまった。せめて治癒魔法をかけてあげるべきでした……」

「あんなのまたすぐ生えてくるって。それにあんたサイクロプスのくせに魔法使えるワケ?」

「……? それもそうですね、なぜ魔法が使えると思ったのでしょうか」

「そんな事より、さ」


 落ち込むサイクロプスの傍らで、恥じらいの無い陸人魚がリザードマンの尻尾を誇らしげに掲げています。


「ほら、お待ちかねの食料よ。そこに石かまどあるから火を起こしてくれる?」


 確かに、よく見れば池のほとりに薪と一緒に何回か焚き火をしたような跡があります。しかし、サイモンの心はそれどころではありません。


「お待ちかねって……ま、まさか最初からそれが目的で!?」

「いやー、たまには陸の肉が食べたくなるのよ。ほらほら、さっさと火を起こす!」


 マーレが後ろ髪の中からマッチを取り出しサイモンに渡します。どこにしまってるんでしょうね? しかもマッチって、水中生活をする人魚にはあまり必要なさそうなものを。それにサイモンの大きな手ではうまく使えません。


「しょ、少々お待ちを……。うわ、気を付けないと壊してしまいそうです」

「マッチも上手く使えないの? しょーがないなあ、世話の焼ける大男だこと」


 湿気ってはいないものの、小さなマッチに四苦八苦していると待ちきれない様子のマーレに取り上げられてしまいました。サイモンは言いたい事がたくさんあるようでしたが、再びグゥとお腹が鳴ってしまい言葉を飲み込みます。サイクロプスという体に染みついた本能なのでしょうか、肉を前にして空腹にはかないません。

 マーレはサイモンからもぎ取ったマッチで火を起こすと、手際よく尻尾肉を焼いていきます。あの棒に刺してグルグル回すやつですね、だんだんといい匂いが周囲に漂って来ましたよ。


「ほうら、お食べなさいな。山分けよ」


 しばらくして、こんがり焼けたリザードマンの尻尾肉がサイモンの前に差し出されました。なんと魅力的な物体なのでしょう、空腹時にはサイクロプスでなくとも逆らえない魅力が湯気と共に立ち昇っています。しかし――


「あの、マーレさん?」


 山分けとは言いますが正確には七対三くらいでした。もちろん体の大きいサイモンが七……なんて事はなく三の方、七の方はマーレがすでにかじってます。


「そのマーレさんっての、堅苦しいからやめてくれない? 私ばっかり呼び捨てにしてちゃ変でしょ、ほらほら!」

「……オホン。えー、それではマーレ」

「よくできました。でも獲ったのは私だし火を起こしたのも私だし、当然の権利よ」

「うう……ロッコウさん、申し訳ありません、いろんな意味で」


 サイモンの言おうとした事はすでに見抜かれていました。他にも不満は山ほどありますが、こんがりと良い焼き色をした香ばしい肉を前にしては口に出すのは野暮というもの。

 サイモンは過ぎてしまった事は仕方がないと、被害者であるロッコウに感謝しながらようやくの食事にありつくのでした。

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