B-6 帰国

 帝都の技術省造船ドックに、緑色の飛空艇が戻ってきた。

「なんか、すぐに戻ってきちゃったみたいでちょいと恥ずかしいね、あんなに意気込んで旅立ったのに」

「しょうがないだろ、いろいろとあったんだから」

 ドックに降りながらカミユの言い訳じみた言葉に、ラスタが真顔で答える。

そこに、小走りにトラシアが駆け寄ってきた。

「お早いお帰りで、グラントリーフになにか問題でも起きましたか?」

「いや、北に行って、カリア王国を見つけ立ち寄って、貿易協定を結びたいといわれたので、その準備のために、急ぎ戻ってきた。」

ラスタが簡単に答えた後で、カミユがトラシアに依頼を伝える。

「トラシアさん、グラントリーフに本格的な寒冷地向けの改造をお願いしたいんだけど……エンタープライズの探索にもっと寒いところまでいかないといけなくなったんだ」

「もっと寒いところとは、具体的にどのような気候なのですか?」

「年中雪が降るようなところって古文書に書いてあった」

「なるほど、暖房器具が必要そうですね。ほかにも気になるところはありますので、少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」

「うん、お願いします。あ、でも、お金、どれくらいかかりそう?」

カミユとトラシアのやり取りを聞いていたラスタが割って入る。

「カミユ、金のことはいい、こっちで持つ。エンタープライズ探索なら、国の事業として扱う。気にするな」

「本当に?ありがとうラスタ」

「それより、この後どうするんだ?いったんアリアスの町に戻るのか?」

「町に戻ってもだれもいないし、診療所は医師の手配できているはずだし、こっちで帝都を見て回ろうかと思ってる」

「なるほど、それならマリス姫の相手も頼めるか?俺はしばらく執務で忙しくなるので、失礼の無いように頼む、俺の別邸使って構わないから」

「わかった。」

カミユは簡単に受諾した。ラスタのわきからマリス姫が出てきて軽く会釈をする。

「カミユさんよろしくお願いしますね」

「帝都はあんまりよくわからないから一緒に回るって感じになるけどいい?」

「はい、それで十分ですわ」

マリス、カミユ、エリス、テオ、ミオの5名が帝都探索組となって、飛空艇ドックから町へ移動した。

中央広場にやってきた一行は、楽団の奏でる音楽に迎えられた。噴水のある中央広場の一角に楽団が演奏を行っており、その周囲には人だかりができていた。軽快な音楽に背を押されて、わきから延びる商店街に足を進めた。

商店の軒先に出店が立ち並ぶ様子は、さすが帝都と思わせるにぎわいぶりだった。人種も様々で獣人が声を張り上げている出店などもあった。

「わぁ。すごい人ですね。私の国ではこんなに人が集まる場所はないですよ」

 しきりに感心しながらマリスはいろんな出店の商品を覗いていた。

「俺もここには初めて来るんだ。テオやミオは?」

「私たちは昔帝都に住んでいたことがあるので、慣れていますよ」

 テオは久しぶりの熱気を感じて少し感慨深げな様子だった。

「この雰囲気久しぶりね。店はいろいろ変わってはいるけど、にぎやかなのは前と変わらないわ」

 ミオも懐かしいのか、いろんな出店の商品に目を奪われていた。

 ふと、エリスがそばにいないことに気がついたカミユは、周囲を探すようにぐるっと頭を回した。少し広場側、通り過ぎてきた出店の一つの前にエリスはいた。エリスは出店の前に広げられている、いろいろな色をした石を眺めていた。

「なにかほしいものでもみつかったの?」

 カミユはエリスの隣で声をかけた。

「この首飾りが素敵だと思って……」

エリスが指さした首飾りは、森を思わせる新緑の色をした石が収まっていた。

「おやじ、これいくら?」

「3000ゴールドだな」

「いくら何でも高すぎだろ、1000がいいところだよ」

出店の店主とカミユの値切りあいが始まった。

 結論からいうと、カミユの粘り勝ちで1400ゴールドで買うことができた。カミユは満足そうに品物を受け取ってエリスの首に首飾りをかけた。

「もう少し値切れたみたいですねぇ」

 テオは、支払いの時の店主はそこそこ機嫌よさそうに品物を渡していたのを見ていた。

「まぁ、本人たちがいいなら、それでいいんじゃない?」

 ミオのセリフにテオはうなずいていた。

「これ、いただいてもいいのでしょうか?」

「いいよ、いいよ、だってほしかったんでしょ?」

エリスは驚きながらも喜んでカミユに問いかけ、カミユは当然のように答えを返していた。

「いいなぁ、ああいうの。私もあんな風にプレゼントしてほしい……」

マリスはうらやましそうに独り言をつぶやいていたが、思いのほか声が大きくテオとミオに聞こえてしまっていた。

「まぁまぁ、マリス、今度はラスタも一緒にここへ来ましょう。ラスタならきっといいものをプレゼントしてくれるはずよ」

 ミオは慰めるようにマリスに話しかけ、マリスは恥ずかしいのか顔を真っ赤にして、うなずいていた。

 夕暮れ時になって、一行はラスタ別邸に到着した。到着したとたんに屋敷のメイド長から、ラスタの伝言を告げられる。

「今晩、マリス姫を歓迎して簡単な宴を開くことになった。いつもの服装で構わないので、時間が来たら宮廷まで来てほしい。」

 それほど余裕がなかったため、屋敷で休む間もなく、宮廷へと移動した。

 宮廷の宴の間には、すでに人だかりができていた。マリスと一行が宴の間に入ると、喧騒が止み、人だかりからはマリスに対する感嘆の声が聞こえてきた。

 ラスタの姿を認めた一行は、手招きするラスタに近づき、そばまで来たところで、マリスをラスタに預けた。

「皆様に本日の主賓をご紹介いたします。カリア王国第一王女のマリス姫です」

 ラスタの声に少しはにかんでマリスが挨拶を行った。

「皆様、初めまして、カリア王国のマリスと申します。今宵は私のために宴を開いてくださり、光栄の極み、皆さま何卒、私とカリア王国をよろしくお願いいたします。」

「それでは、カリア王国とエルドリア帝国の友好を祝って、乾杯!」

 ラスタの乾杯の音頭に周囲が一斉に唱和する。

 乾杯の後は、ラスタとマリスの周囲に人だかりができていた。どうやらマリスは質問攻めにあっているようだった。

「マリス、大変そうね」

「仕方がないと思いますよ、竜巻の壁の向こう側の王女様ですから」

ミオが助けに行くべきかそわそわしているところに、テオが言葉をかけておもいとどまらせていた。

「まぁ、こんな宴も久しぶりですし皆も浮かれているんでしょう。」

宴に参加したばかりのトラシアが感慨深げに答えてきた。

「アルジェでドラゴンと戦って、ニースでは魔神と戦い、そして帝都での騒動と、これまで困難が続いていたのだからな」

鎧姿のミネルバがトラシアに続いた。

「確かに、久しぶりの平和な話題だしね。俺たちも楽しまなきゃ損かな。」

カミユの声に、エリス、ミオ、テオが賛同して近くのテーブルの料理をつつきに行った。

「宴は楽しんでいるか?」

人が途切れたのか、ラスタがワインを片手に声をかけてきた。

「料理はおいしいし、久しぶりの雰囲気で楽しいよ」

カミユは肉をほおばりながら答えた。

「もうちょっとお行儀よくしなさいよ、だらしがない」

ミオが母親らしいことを言ってきた。反論するかと思いきや、カミユは口の中の食べ物を咀嚼して飲み込み、皿を置いてぺこりと頭を下げた。

「失礼いたしました」

ミオとテオは驚いてキョトンとした顔をした。

「やけに素直ね」

「何か悪いものでも食べましたか?」

ラスタが苦笑しながら抗議する。

「宮廷の料理を悪いもの扱いしないでくれ、で、素直な理由は何なんだ」

カミユはとぼけるように明後日の方角を向いていた。

「エリスがいるからかしらね」

「エリスがいるからでしょうね」

ミオとテオがほぼ同時に同じことを口にした。カミユはダラダラと脂汗を流していた。エリスは理由がわからないままカミユに問いかける。

「私がいるからなんですか?」

カミユはどもりながら否定する。

「い、いや、ちがうよ、違いますとも、たまには素直なのもいいかと思って」

ミオとテオはニヤニヤしている。エリスは首をかしげていた。

そこにマリスが周囲が途切れるのを見計らって脱出してきた。

「はぁ、帝国の方に興味を持っていただけるのはうれしいのですが、こうもお話続きだと疲れてしまいますぅ」

ラスタが柔らかに微笑みながらマリスをねぎらう。

「お疲れ様です。帝国の民が失礼したようで申し訳ない。」

「失礼なことは何もありませんでしたわ。ただ忙しかっただけで。でもここで一息つかさせていただきます」

ラスタが一息ついたところを見計らってカミユが問いかける。

「ラスタ、ところで、輸出品の一覧ってどうなったの?何か案は出た?」

「おい、おい、今日指示出したばかりだぞ、そう簡単に一覧なんて作れないぞ。とはいえ、食料は外せないとみているがな」

テオがその話に食いついた。

「なるほど、食料ですか。それはありですね。カリア王国は夏が短いと思いますので、食料の生産は難しいものがあると思います。小麦、野菜、肉類このあたりでしょうか?」

「凍らせたりして保存のことを考える必要はありますが、海産物も候補に挙がっています」

テオの言葉にトラシアが応じる。

「素晴らしいです。帝国は食料が豊富なのですね。どの提案も王国にとって間違いなく益のある話だと思います」

マリスは心の底から喜んで笑みをこぼした。

「喜んでいただけて何よりです。民にも生産余力があり、輸出は民の益ともなりますので、こちらとしても願ったりです」

久しぶりに帝国宰相らしいラスタを見て周囲もラスタを見直していた。

「王国は夏が短く冬が長いので、食料生産は一大事なのです。冬に飢えないようにすることが一番重要で難しいことなのです」

「マリス姫、王国の方はなにか輸出品として目玉となるようなものありますか?」

カミユはもう一方のカリア王国のことが気になり疑問を口にした。

「マリスと呼んでください。カミユ、わたしも皆さんの仲間になりたいと思います。ラスタもよろしいですか?」

マリスの言葉にラスタは浮足立つ自分を諫めつつも自制して喜びを伝える。

「マリス、私も君を仲間に迎えられてうれしいよ。呼び方も承知した」

「はい!それでカリアの方ですよね。あまり詳しくはわからないのですが、カリアは魔法が発達していてクリスタルも豊富にあるので、魔道具が盛んに作られています」

魔道具の言葉にテオが反応した。

「魔道具ですか、どんなものがあるのですか?」

「例えば明かりは魔法のランタンで夜の間は暗闇を照らしていますし、炊事の時は魔道具のコンロで料理をしたりしています」

帝国では両方とも薪や炭火で賄っている事実をマリス以外の全員が承知していた。

「魔道具か、それはぜひとも輸入して使ってみたいですわ。民の生活が豊かになりそうです」

トラシアが考え込みながらも応じる。

「クリスタルが豊富とはどういったことなのでしょうか?クリスタルの鉱山があるのですか?」

テオはマリスの言葉を掘り下げる形で質問した。

「カリアではよくモンスターがでるのですが、モンスターを倒して体内からクリスタルを取ることができます。冬の間はモンスターが頻繁に出没するので、冬季の間は自警団を結成して対応しています」

「じゃあ、カリア王国でモンスター狩りしたら儲かるってことかな?」

トレジャーハンターの感覚のまま言葉を伝えるカミユ。

「もう、お金を稼ぐ必要ないでしょ。危険なことするなっていつも言ってるでしょ」

カミユをたしなめるようなミオ。

「それは確かにそうだけど、人助けにもなるよ」

「人助けという点だと夏の方がうれしいです。冬は対応できるのですけど、夏は農作業があって自警団を結成する余裕がありません」

カミユの言葉にマリスが応じる。

「貿易で人の往来も活発化すれば、夏場の人手不足も解消できそうだな。ますます貿易の重要性が上がるな」

今日のラスタは帝国宰相モードらしい。

「輸出物の一覧は1週間ほどかかる。それまでの間に冒険の準備などもしておいてくれ。それと宴なんだ料理なども楽しんでくれ」

周囲一同がラスタの言葉に応じて宴のテーブルへと向かった。


こうして帝国の夜はふけていく。

にぎやかな喧騒とともに。


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