B-3 蒼穹(そら)

蒼穹(そら)

 穴のあけられた遺跡は、まだ、少しだけ、その趣を残していた。

 自らの下位媒体に納められた3者がそれぞれ音のように空気を震わせた。

「JDNAキーコード確認、アビリティS、バイタリティS、イモーショナリティS。オールグリーン。深淵に進む資格ありと判定、そはどう思う?」

 シモンがマタイに語りかける。

「同意」

 フィリポは、活気のある女性の声で答えた。

「いいわね、さすがに、女神の子よね。そして、彼の生まれ変わりだけはあるわ」

「測定結果からは、まだ35%ほどでしかないが……」

「シモン、あれは、われらが希望、われらの世界を救える唯一の希望。今はまだその時ではないのだろうが……」

 マタイは短く語りそして、肯定を示して沈黙した。

「そは、答えを聞くまでもないか……」

 完全肯定を示したモノリスがもう一体、主はすでに離れていた。

「ユーラとオレンタを遮る壁を止める。未来への階にならんことを願いて……」


 そばに待機していたガレリア艦橋でトラシアが、異変に気付く。

「なんですの? 何が起こりましたの?」

 前方から聞こえていた風の音が徐々に小さくなっていった。

 巨大だったはずの竜巻の壁が徐々にその渦を小さく、そして、最後にはわずかなつむじ風を残して消え去ってしまった。

 優雅な風の音が聞こえ、その先には、どんよりとした灰色の雲が、一部だけ穴をあけたまま、たたずんでいた。

「た、竜巻の壁が消えた!?」

 ガレリア艦橋でトラシアが叫んだ。

 その光景は、遺跡の入り口まで、グラントリーフに差し掛かったカミユ達からも、見て取れた。

「竜巻がなくなってる!!」

 カミユが驚嘆の声をあげ、後に続いていた全員が、カミユのそばに駆け寄り、空を見上げた。そこには、そよ風と静寂があった。

 そこに、竜巻の壁の外側から一陣の風が吹き込んできた。

 その風に、白い破片が舞っていた。

「さ、さむぅ。な、なんなの? これ」

 ミオが肩を震わせながら、その白い破片を手に取る。その破片は、手の中で小さくなり一滴の水になっていった。

「雪……」

 聞きなれぬ単語をつぶやいたカミユはミオと同じように白い破片を手につかみ、一滴の水を手に入れていた。

「雪? それはいったいなんですか?」

 エリスが不思議そうな顔でカミユに問いかけた。

「かなり古い古文書にあったんだけど、ものすごく寒いところで、水が凍るような土地で、空から雨の代わりに降ってくる、白い破片。それが雪。たぶんこれのこと」

 宙を舞う、白い破片に手を添わせながらエリスの目の前に誘導した。

 カミユの中に、白いふわっとした破片が舞い降り、そして、ひと粒の水滴へと変わる。

 カミユはゆっくりと顔をあげて、まっすぐと前を向いた。小一時間前までそこには風の壁があった。今は、もう、ない。その先には、灰色の雲が広がっていて、そこから小雪交じりの冷たい風が吹き込んできた。

 それでも、カミユの顔は輝いていた。未知の先が目の前にある。瞳の輝きに目を奪われていたエリスの手をつかんで、グラントリーフに駆け込む。

 ミオ、テオ、ラスタ、ガルフ、そしてミネルバが乗り込んで、座席に座った。

「おやじ、俺はこれから先に進むよ。トラシアさん、そこにいる?」

 クリスタルの伝声管を通じて声が返ってきた。

「はい。カミユさん。私はここにおりますわ。何かご用でしょうか?」

「ガレリアは、寒いところまで行ける? 水とか氷るところ」

 半瞬ののち回答があった。

「操作系の一部に油を使っている管がありますが、そこに水が混じりこんでいて、凍ると、その管が破れて、操舵が不能になります」

「ファルコンウイングは?」

「ファルコンウイングもほぼ同様です。あちらの方が気密は高いのですが、それでも水が入り込みます」

「こいつは?」

 優に、3秒ほど間があいたのち回答があった。

「試験ナンバー03、グラントリーフには、従来とは別の魔力回路による操舵系を実現させております。凍るような心配は不要ですわ」

 カミユの口もとが、笑みを作る。

「俺たちは、先に行く。もし後を追うなら、ファルコンウイングを改造して来て! トラシアさんの力が必要になる気がするから」

 伝わらないはずの恭しいトラシアの敬礼は、伝声管のなか、厳かな沈黙として伝わった。

「グラントリーフ。発進!」

 操舵を5分の3ほど傾け、足でウインドブレーカーを最大限に制御して、推進力を最大にする。グラントリーフの噴気孔が青白く、炎を吐き、ブレーカーを開放する。

 座席の全員がこれまで味わったことが無いほど強烈な力を感じていた。カミユと、その腕の中のエリス、二人だけが、その力の影響を喜んでいた。


 竜巻の壁から、2時間ほど進んでようやく、ブリザードを抜け、しんしんと雪が降り注ぐ世界に到達した。目の前には雪をかぶった、帝国では見たことが無い、細かい葉をつけた背の高い木々が占める森に遭遇していた。

「静か、ね」

 ミオが何となくテオに寄り添いながらつぶやいた。あまりの静かさに、感嘆の声を漏らし、一同がその言葉を共感する。

「カミユ、速度を落としてくれ。艦は問題ないか?」

 飛空艇に関してはカミユよりも知識のあるラスタは、帝国とはあまりにも違う環境に戸惑っていた。

「艦は大丈夫、オールグリーン」

 目の前の計器、シグナルを確認して声をあげるカミユ。ふと、目の前の温度計を見て驚く。

「うわっ! 外、マイナス3°」

「マイナス? ほんとか、それ!」

 ラスタが自分の中の常識との差に驚く。帝国は最低でも13~14°、暑い地方で30°近くにまでなる。その中でしか生きてこなかった人間にとって、初めての経験だった。魔法技術で氷を作ることはできており、マイナスで水が氷ることは、帝国の子供でも知っている事実ではあったが。

「お、おい、このまま外に出るつもりはないだろうな…」

 こわごわと、ガルフが弱音を吐く。

「この先、人が居たら、出て話すしかないじゃん!」

「こんなところに人間がいるわけねぇだろ!」

 カミユの威勢の良い声に対して、ガルフが怒声で応じる。

 ガルフの言葉に対して、カミユはゆっくりと前を向いて指さした。

「? おい、カミユ、何を指してるんだ?」

 カミユの指先には、森が広がっているだけだった。

 カミユはグラントリーフを停止させて、再度 同じく指さした。

 「あ、あれは?」

 テオが、カミユの指の先の事実を理解した。

「何、何が…あ、あれって、切り株?」

 ミオが声を上げる。

 カミユの指先には、森の中に少しだけ開けた空間があり、その中央に、雪少しだけ盛り上がっていた。その下に何があるのかわかるほどうっすらと雪をかぶった、何かが・・・

「切り株なんて珍しくねぇだろ・・・って、そうか、人がいるのか!」

 ようやくガルフも、その事実に気が付いた。木を切って加工したり、燃料に使うほどの高等な存在は亜種族にもほとんどおらず、一部のデーモニッシュがその高等な知能で行うのみであったが、デーモニッシュは、非常に個体数が少なく、人と争うことを嫌い、目撃例も伝説に残るのみであった。それに続いてテオが言葉をつないだ。

「あの切り株、最近ですよね? 雪の深さから推定すると、2~3日前か」

「ここから目に見えるほどの距離に人の集落があるはず…って、いるし。人」

 カミユの声に、全員が驚くと、確かに、グラントリーフの前面に広がるグラスウォールに映る景色の中に、こちらを、グラントリーフを指さして驚く二人の人影を認めた。

「艦、ゆっくり下げるね。ミオ、なんか寒さを和らげる方法ないかな?」

 カミユが驚く人々を刺激しないように、優しく、艦を操作しながら、問いかける。

 ほんの少しだけ、ミオが集中した。艦の周囲と中のメンバーが柔らかな風に包まれた。

「たぶん、これで大丈夫よ」

「さんきゅ」


「あ、驚かせてすまない。俺たちは南からやってきた」

 分厚い毛皮でできた服に身を包んでいた二人は、驚愕の表情を張りつかせ微動だにしていなかった。

「あ。あなたたちは、まさか、南の、エデンから来られたのか?」

 言葉は通じた、だが、知らぬ単語を向けられ戸惑う一行。

「南から来たのは間違いない。だが、エデンという言葉は知らない。そなたたちにとって、どんな意味があるのだ? エデンとは?」

「エデンとは、福音、約束の地。そして希望。あんたら、とにかく王様に会ってください」


 一も二もなく、ラスタはうなずき、二人を飛空艇に乗せて、案内してもらった。

 ほどなく、眼下に、かなりの大きさの城壁を伴う町並みを認めた。

「結構、大きいね。城壁の門の脇に降ろすね」

 一行は、城壁の門の前にたたずんでいた。ふと門の向こう側に人の気配を感じ、そして門が開かれる。


 そこには、老齢手前ではあるが、偉丈夫な壮齢の貴人がたたずんでおり、その背後に隠れるように、女性が顔を出していた。

ドクンと胸が高鳴った。一瞬頭が真っ白になったことを自覚した。そして、顔の温度が高くなっているのも自覚した。これまで陥ったことが無いほどの状況に、ラスタは戸惑っていた。

目の前の女性は何となく、エリスに似ていた。だが一瞬だけエリスと見比べて、そして違うことを認識する。愛嬌というか、整ったエリスに比べて少しだけ柔和な顔が、優しくはにかむ表情を見せつけられて、再度、胸がはぜる。

唐突に、その静寂の空想が破られた。

「よくぞ参られた。雪と壁に閉ざされていた我がカリア王国に客人を招くことができて僥倖である」

 一瞬、カミユ達は沈黙に包まれた。

「テ、テオ、僥倖って何?」

「思いがけない幸運という意味です。歓迎していただいていますよ。しっかり」

 小声で問いかけたカミユに、こっそりとテオが答えを伝えて、カミユは安心した。

 その瞬間……

「そなたの名は?」

 わきから大きな手がカミユの脇をすくって持ち上げられた。

「うわ、うわわわ、お、おれ、カミユって言います!!!」

「われの歓迎を喜んでくれて感謝する。すぐに街を案内しよう!」

「は、はい!」

 カリア王に抱えられたカミユが驚きあわてて挨拶するが、そんな気遣いも無用とばかりに、豪快に笑うカリア王。

「もう、お父様ったら。初めまして、カミユ。私はマリスと申します。以後良しなに、ね」

 カリア王の手から逃れたカミユに女性が挨拶をした。と、

「お、お初にお目にかかります。お、俺、いえ、私は、南の帝国エルドリアの皇太子、ラスタと申します。ほんの少しご無礼、お許しください……」

 周囲があっけにとられる中で、ラスタは少しのぎこちなさと、かなりの優雅さでマリスの手を取り、その甲に口づけた。

 マリスは顔を赤らめて、初めての経験に驚いていた。

 そこにカリア王が割って入る。

「すまぬ、この者がそなたらのリーダーと思い、ご挨拶が遅れ申した。余がこの国をすべる、カリア王国、12代目の王、エスト・ウル・カリアである」

 ラスタはゆっくりと立ち上がって微笑んだ。

「カリア王、あなたの目に間違いはありません。カミユが我々のリーダーです」

「な、なんと? 王子であるそなたがリーダーではないのか?」

 ラスタは少しはにかんで答えた。

「ええ、私はこいつをリーダーと見込んでいまして、ちなみに我が帝国の軍師でもあります」

 マリスが目を輝かせて驚いた。

「まぁ、カミユさんは頭がいいんですね」

 その言葉に二人が動揺した。一人はカミユの腕にしがみつき、一人はマリスの前に進み出た。

「ええ、カミユは我が帝国をすくってくれた恩人です。ただ、マリス姫、カミユにはご覧のとおり、先約がございまして」

 カミユの腕にしがみついたエリスを苦笑しながらラスタは見やった。

「まぁ、それは残念ですわ。でも、お似合いですわ。カミユさんご紹介いただけませんか?」

「あ、え、と、エリス、ほら、ごあいさつしないと」

 カミユに促されて、少しぎこちなく挨拶をするエリス。

「エリスと申します。よろしくお願いいたします」

 ぺこりと頭を下げたエリスの手がふと優しく包まれる。

「マリスと申します。エリスさん」

 ふと、マリスがエリスに顔を近づけて耳打ちする。

「心配しないで、あなたのカミユさんを取ったりしませんわ」

 びっくりしたエリスではあったが、笑顔で答えた。

「はい!」

 そして一同がそれぞれ挨拶を終わらせた。

 頃合いを見計らって咳払いをしたカリア王が、みなの注目を集めたことを確認して、話し始めた。

「とりあえず、挨拶はすんだか。南からやってきたあなた方を、我が国は歓迎するぞ」

 カリア王に続いて全員が歩き始めた。それほど進まないうちに、石造りの町並みに入った。


 幼い女の子が少し肩をすくめているのが見えた。

 そばにいた少し年長の男の子が近寄って声をかける。

「寒い? あ、うん、ちょっとまって、アトラクラル・ク・エル・エステル・ワーミア」

 南から来た一行が、一同に驚いた。

「あんな小さな子供が魔法を……」

「そんなに驚かれることなのか?」

 いぶかしげるカリア王に対して、テオが帝国の状況、一部の素養のある人間かもしくはエルフのみが魔法を習得して使用することを説明した。

「なるほどの、我が国の人間のほとんどがエルフの血を引き継いでおる。わしもそうだしの」

「カリア王もエルフの血を?」

 ミオが驚いて声をあげた。

「ああ、これでも齢92じゃ」

 その言葉は、大勢の悲鳴に近い驚きで答えられた。

「ど、どう見ても50代か、下手したら40代だろ!」

 ガルフの声が一番大きかった。沈黙していたカミユとラスタをみて満足しつつも、その他のメンバーがそれほど驚いていないことに気が付いたマリスが問いかける。

「テオさん、ミオさん、エリスさんは、エルフですから、驚かれないとしても、ミネルバさんは驚かれないのですね?」

「私は竜人族です。エルフよりも長命ですから……」

「へ? エルフより長命なの? 竜人族って……」

 カミユがさらに驚きを声にした。首を縦に振ってミネルバは言葉をつづけた。

「人の時間の流れでいえば、歳は250を超えています」

 これは、そこにいた全員の驚きでもって迎えられた。

「な、なんと、竜人族であったか、しかも250とは、我が国にいるやつよりも長命とは、恐れ入った……」

 今度はミネルバが驚いていた。

「竜人族がこの国にもおるのか? どんなやつだ?」

 ミネルバのぶしつけな質問にも、一向に気に解さぬカリア王はそれが普通とでも言わんかのごとく返答した。

「どんな奴か……説明するのは難しいのぉ……お、噂をすれば、なんとやら、じゃ」

 城の方から、一人の白いローブをまとった人物が近づいてきた。

 夕暮れで薄暗くなっていたため、かなり近くに来てようやく顔が見えるようになった。

「若いな、俺より年下に見える」

 ラスタがぼそりとつぶやく。カリア王が声をかけようと名前を呼ぼうとした瞬間。

「セテ! おぬし、どうやってこの国に入った、あの竜巻の壁をどうやって超えたのだ!」

「うわぁ、ミネルバ、久しぶり~。17年ぶりかな?」

「そんなことはよい、どうやって超えたのじゃ! どこへ行ったのか全く分からんかったが、まさか北の地にいたとは……」

 どうやらミネルバの知り合いらしい、そして竜人族らしい青年は、少し意地悪い表情を浮かべ 少し考えて言葉を選んだ。

「一つ問題です。私の属性はなんでしょうか?」

 即座にエリスが反応する。

「水、ですよね?」

 優しく微笑みながらうなずく青年。

「それがなんだというのじゃ! 答えになっておらんぞ!」

「え? まさか、もしかして?」

 脇の少年から言葉が漏れた。

「カミユ、何かわかるのか?」

 その言葉に一瞬青年が反応した。それに気づかずにカミユは想定を口にする。

「もしかして、海の中には竜巻みたいな制限はない?」

 会話の流れと水のヒント、竜巻の壁は確かに海上にまで続いていたが、海中までは調べてはいなかった。

「正解です。カミユ様」

「え? 俺のこと知ってるの?」

 ゆっくりうなずくセテは少しだけ、カミユの知らない過去を語った。

「赤子のあなたを見つけたのは私なんです。そして、ミネルバたちのところに連れ帰ったんです」

 驚きすぎて、カミユは目を丸くして、固まった。

「セテ、まだ、我はすべてをカミユ様に伝えてはおらぬ。少し相談させてくれ」

 セテは素直に謝った。

「すみません、ミネルバ。でもどこまで話してよいのですか?」

「一応神龍族ということは話した。一度神龍の姿も経験しておられる。が、まだ覚醒はしていない……」

 少しだけ考えあぐね、わずかにうなずきミネルバに語りかける。

「わかりました。少しだけお話伝えてもよろしいですか?」

 ミネルバのうなずきを受け取ってセテが話を始める。周囲の一同は、予想外の展開に、ただ聞き役に徹するのみだった。

「カミユ様、私は竜人族のセテと申します。カミユ様の前の神龍ナーガ様にお仕えしておりました」

「神龍ナーガ……」

 口の中で言葉を復唱するカミユ。セテは一瞬ミネルバを見たが、ミネルバも目で答えた。

「カミユ様の血のつながらないお母様でございます。ナーガ様がカミユ様にその神龍の力を託されました」

「託したって…… そ、その、ナーガは、母さんはどうなったの?」

「竜人族の最後は、普通に屍をさらすのですが、神龍族は力を託して消える定めとおっしゃっておりました」

「消える…… 消えた? 俺に力を託して……」

 呆然と立ち尽くすカミユ。そこにミオが割り込んできた。

「セテさん、カミユを? 拾ったと言ってたわよね。神龍の力も託されたものだと、なら、カミユは、なんだったの生まれながらの竜人族じゃなかったの?」

「ミネルバ、この方は? ずいぶんカミユ様を大事に思われているようですが……」

 うなずいてミネルバが答える。

「そなたの印象はあっておる。幼少からカミユ様を見守って育ててくださったのは、ミオ殿とテオ殿の影響が大きい。ラキアス卿の庇護がもっと大きいかもしれぬが……」

「なるほど、カミユ様を育てていただいたということであれば、その疑問も納得いきます。ミネルバ、もう少し話してもいいですか?」

 セテの疑問に、ミネルバも首を縦に振った。それを認めてセテはミオとテオに向き合って、話し始めた。

「これは先代のナーガ様から聞いた話ではあるのですが、ナーガ様ご自身は、もとは竜人族だったそうです」

「え? ナーガは竜人族だった? そして神龍になった? どうゆうこと?」

「竜人族から、神龍へ、でもカミユは竜人族ではなかった……」

 ミオとテオはさらに混乱に陥った。

「私が見つけた時のカミユ様は、まぎれもなく、人間でした。竜人族でも、エルフでもありませんでした」

 二人は絶句した。もはや話についていけていないカミユは呆然としており、心配したエリスが、そばでおたおたと動揺していた。

「神龍とは種族ではないのです。純粋に大きな力。ナーガ様は神の力といわれておりました」

 しばらくの間静寂があたりを包む。竜巻の壁を超え、北の大地に到達した一向、そしてそれを迎え入れた住人、双方にとって、これまで聞いたことが無いほどの荒唐無稽にすら聞こえる会話が交わされており、その話に頭が一切ついて行っていなかった。

 さらにそこにミネルバから驚きが追加される。

「エリス様、エリス様の生い立ちもお聞きいたしました。その生い立ちとカミユ様の生い立ちはかなり似ているのです」

 驚きつつもエリスは自分の生い立ちを思い出していた。

「カミユも、こつ然と現れた?」

 ミネルバはコクンとうなずいた。カミユとエリスは互いに首をかしげながらも、何となく微笑んだ。

「なんか、不思議なことばっかりだけど、何となく、わかる」

「ハイ、私もです」

 突然、セテが笑い出し、それが激しくなって、ついには腹を抱え始めた。

 その脇腹をミネルバが蹴飛ばして、今度は苦痛に悶えながらもようやく声を整える。

「はぁ、はぁ…… さすが、神龍の力を引き継ぐだけあって、この状況でも見失わないとは、そして、エリスさんでしたか、そのカミユ様と同じ境遇ということですか……」

 セテは首を振った。ミネルバを見たが同じく首を振った。

「私とカミユは何らかの関係があるのですか? 生まれる前からの何かが……」

 エリスは戸惑い、信じられない表情をしていたが、言葉は自然と口から紡ぎだされた。

「さすがに、そこまではわかりません。ただ、私が言えるのは、ナーガ様がカミユ様を抱き上げた時に、空に向かって叫んだ言葉だけです」

「叫んだ……言葉?」

 エリスとカミユは首をかしげ、ミネルバを見た。しかし、ミネルバの回答は期待を裏切った。

「それは私も知らぬ、ナーガ様はなんと叫ばれたのだ?」

 一呼吸おいてセテは胸元から一つのクリスタルを取り出した。

 それを床に置いて、カミユを呼び寄せた。

「このクリスタルに少しだけ魔力を込めていただいてよろしいですか? 竜人族は魔力を行使できないのです」

 セテがカミユの手を包んで、そっとクリスタルにあてがった。カミユはうなずいて、少しだけ、魔力をクリスタルに注ぎ込む。

 クリスタルから、青白い光が空中に放たれ、それは2mほどの空間を逆円錐状に満たしていた。その中に、人の姿が、ローブをまとった優しげな表情の女性が姿を現す。

 その手の中には赤子が抱かれていた。徐々に、赤子の泣き声が聞こえ始めた。

 女性は、おぼつかない手取りでその赤子を必死にあやしていた。

 ふと、女性の表情が戸惑い、周囲を見渡し、一瞬の驚きをもって空を見上げる。

「カミユ? この子がカミユなの? 答えて! エリス! エリス!!!」

 呆然と立ち尽くし、涙を流す女性が映っていた。突如その女性が激しく揺れ横倒しになった。女性は直前の表情のままだった。ふと像を映している何かが横倒しになったことを理解した瞬間に、その光が止んだ。


 その場の全員の想像を超えて、頭の許容量が完全にパンクしていた。

「何? 今の…… 俺の名前? エリスって誰? 」

 誰からも答えはなかった。ただ、エリスは、何となく映像の女性に親近感を抱いていた。どうやって言葉にすればいいのかわからないまま、発言しようとしたときに、セテが今の映像の説明を開始し、エリスは口を紡ぐしかできなかった。

「今のは、映像を保存できるクリスタルです。ただ、保存するにも魔力が必要で、あの時はあそこまで保存するのが精いっぱいでした」

 カミユは、まだ驚きから覚めてはいなかった。

「今の……って、あの赤ん坊は俺? あの人は、母さん? ナーガ? なんでエリスって叫んでたの?」

 セテは首を横に振った。

「私にもわかりません。ただ、ナーガ様は、蒼空を向いて泣いておられました」

 母と呼ぶには希薄な、だが自分の魂を揺さぶる名前。

 カミユは、期せず、母と同じように蒼空を眺めていた。

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