B-2 過去と未来をつなぐもの
グラントリーフを降り立ったのは、カミユ、エリス、ミネルバ、テオ、ミオ、トラシア、ラスタ、ガルフ、総勢8人。
暗い通路にカミユが一歩足を踏み出す。直後に、ほんのわずかに低い音が聞こえたかと思うと、目の前の通路の天井が一定間隔で光り始めた。まるで、導くかの様に。
「これって、魔神の遺跡と同じ……」
トラシアは記憶の中で類似、いや、ほぼ同じ状況を思い出していた。
「古代帝国、まぁ、予想通りだろ。竜巻の壁自体が古代帝国の技術なのだからな」
カミユにしては声が大人びていて、違う感じがして、声の主を振り返る。
「ラスタ、お前、熱でもあるのか?」
わきのガルフが、声の主、ラスタを驚いた表情で見ていた。
「お前! 俺は、これでも帝国宰相ちゃんと勤めているんだぞ! わかってんのか!」
「はじめてみたわ、お前がまじめなところ……」
「にぎやかになっているとこ、悪いんだけど、ちょい、真剣に、本気だして、ガルフ」
いつもより、低い声でカミユが声を放つ。即座に、ガルフは背中のバスターソードを抜いた。
「どこだ? カミユ」
「まだ、見えてない、でも、この気配、一瞬でも気を抜けない。テオ、ミオ、エリスをお願い。俺とガルフの10mあとをついてきて。ミネルバ、俺と一緒に、って、ちょ」
警戒し、すり足で移動し始めたカミユの前にミネルバが進み出た。
「私が先に参ります」
同じようにすり足で、だが、カミユとガルフを先行するミネルバ。
「ミネルバ、魔神の遺跡覚えている?」
「はい。覚えております」
「俺が初めて入ったときと、同じ雰囲気がする。気を抜かないで」
「はっ! 了解いたしました!」
ミネルバの返事に前後して、不思議な空間の奥底に、感情の無い音がこだまする。
「DNAシーケンスにて、キーコード所持を確認…… これよりクオリファイテスト開始します……」
いきなり、頭上の光を放つ何かが点滅を始めた。一向に動揺が走る。
「ミネルバ! 前方10m!」
カミユが鋭く言葉を放った。
ミネルバは視界に一瞬認めた像の指先から火がほとばしるのを見逃さず、そしてその指先の動きを見定めて、飛びずさる。
一瞬前にミネルバがいた場所を、固い何かが打ち抜き、地面に穴をあける。
ガルフはその威力に目を見張った。自分の全力の斬撃ですら傷がつかなそうな、その床が、いとも簡単に、穴をあけられていた。
ミネルバが床を蹴って接敵する。5mの距離を一瞬で詰めてその敵を認識する。
これまで見たことが無い敵だった。金属のゴーレムという感じが一番近かった。しかし、魔神とも違うあまりにも異形。頭部はなく、腕が4本生えており、金属にもかかわらず、土のゴーレムのような滑らかさがあった。
その滑らかに動く一本の腕に切りつけるが、通常の金属と同じような、固い手ごたえに驚く。
右上の腕が打ち下ろされる寸前、ミネルバは飛びずさって攻撃を回避した。
打ち下ろされた腕に対して、ガルフがバスタードソードを横殴りにたたきつけるが、甲高い音とともにはじかれ、腕の痺れに顔をしかめる。
「か、固すぎる。傷一つついてねぇ……」
「ガルフ!」
ガルフはミネルバの警戒を受け取って金属のゴーレムを見た。
その瞬間、ゴーレムの体の中心から先ほど見た炎が自分を狙っていることに気が付く。
「やべぇ!」
ガルフはゴーレムと正面から相対しており、腕の攻撃に集中するあまり、踏ん張った状態で、回避行動がとれない。
ゴーレムの体の中心の炎が白く揺らめく。
キュゥゥ、と子ぎつねの鳴き声のような音が聞こえた瞬間、その光が放たれた。
その光がガルフの体を貫く。
はずだった。が、ガルフの手前1mほどで急激にはじかれ天井に光が突き刺さった。
「何、ぼけたことしてんだ、このバカが!」
剣の腹でその光をいなしたラスタが、ゴーレムをけん制しつつ声を放った。
「すまん!」
ガルフの言葉に、口の端を少しだけあげて答え、そして、ゴーレムの背後に回ろうと、右脇を抜けようとしたとき、ゴーレムの左下の腕が、あろうことか、体の後ろを回って、ラスタの正面にたたきつけられた。
右の二つの腕をかいくぐって回り込みに成功したと確信したラスタは、左腕に真正面から打ちのめされ、10m以上も吹き飛ばされる。
それをミオが風で受け止めた。
「な、なんてでたらめな!」
「攻撃が一切効いていません。ガルフの攻撃で一瞬だけ、腕に筋が入りましたが、一瞬でその筋が消えてしまっています。金属のゴーレム、しかも、防御力、再生能力が桁違いです。ここは一旦ひきましょう」
「下がってどうする? ここを抜けなきゃ、俺たちに、帝国に未来はない!」
テオの解説に、ラスタの心の叫び。竜巻の壁に守られている現状。それでも魔神が存在し、攻撃してくる。ただ、守られているだけではいけないことは、全員が理解していた。
「みんな頼む、30秒だけ時間を稼いで!」
カミユのセリフに、ラスタ、ミネルバ、ガルフ、テオ、ミオが反応する。エリスも当然反応していたが、その肩を無理やりつかまれ、そして、投げつけられる。それを受け止めたのはカミユだった。
「カミユ、あんたの狙いは了解よ。でも、あんたの花嫁ぐらい自分で守りなさい!」
カミユは、心に何も考えず、ミオの言葉に素直にうなずいた。
たった一人だけ、その言葉に狂喜していたが、それもカミユの腕の中の些細な現象となった。
エ・ル・クリル・アスタ・ディ・エレメンタリア・キ・クス・レルム…われを守護せし精霊たちに告ぐ、われ、汝らが主を求め、そして、我が配下に従わせん。
光の輪がカミユの手の正面に浮かぶ。その輪の中には複雑な文様が揺らいでいた。
イーアール、クレス・デ・イーリア・ステル・ス・クルン・クァンタケサ…我らを加護せし、精霊たちよ。我が問いかけに応じたまえ……
カミユに続いて詠唱を始めたエリスが右手を天に掲げ、その手に左手を合わせるカミユ。
エリスの手の正面に周辺のない文様が浮かんだ。そしてエリスの手がカミユの方に向けられ、それぞれの紋章が重なる。
その手の先から、うっすらと、何かが走った。そして二人の手の先の中空に、ほのかに光る輪を形作った。そこから二人の声が唱和する。
イ・エル・テトラ・スタリウス・エルゴ・マギ。
カミユとエリスが交互に問いかけを始める。
光と闇、風と大地、火と水、氷と森の理をすべしもの……
我が敵に対して、その理を紡ぎ出し、我らの道を切り開け!!!
オッジからもらった呪文書は目を通していた。テンペストの章に刻まれていた言葉を、カミユは思い出し、自然に口で詠唱をはじめ、それを毎日のように聞いていたエリスが、思わず口ずさんだ。
ただ、条件反射的に口にした、瞬間、カミユとエリスの魔力がその空間を支配した。
カミユとエリスの体から周囲がゆがむほどの魔力が吹き出し、それが、二人の前に展開された魔法陣に吸い込まれ、魔法陣が徐々に光を増大させていった。
カ・ステル・ウム・ファン・ウ・リス・クレス・ア・マ・テリア
カミユの詠唱とエリスの詠唱が一つの音となって、その空間に響き渡る。
上に伸ばした手を詠唱とともに前方に向ける。うっすらとした何かが、はっきりと形作る。とても複雑な魔法陣が空中に現れていた。
「ど、どうゆうことです?」
「テオ、何、なんかおかしいの」
「魔法陣のルーンが不鮮明、いえ、複数のルーンが重なっている……」
論理魔術回路は、ミオも見たことがあったが、目の前の魔法陣のルーンは見たことが無かった。というより、テオの言葉通り、複数のルーンが重なるような、形だった。
二人の魔力が、二人の前方の魔法陣に注ぎ込まれる。あまりの魔力の流れに周囲の空気が巻き込まれ、風を生み出していた。
「くぁ、こ、これ、どうなってやがる」
「く、こ、これはいったい」
狭い遺跡の中に、暴風が吹き荒れ、ガルフもミネルバも、その風に体を安定させることができなかった。
「ガルフ、ミネルバ! 下がれ!」
ラスタの言葉に、地面を蹴って、ゴーレムと距離を取る。
その二人の目の前に、巨大な魔力に満ちた魔法陣があった。
「どいて!!!」
詠唱の合間の一瞬。カミユが鋭く警戒を発する。
ミネルバとガルフは、互いに相手の動きに合わせて、宙で足を合わせて壁まで飛ぶ。
ラ・キスタ・マルデ!
魔法陣が突如、前後に分割し、5層の魔法陣を形作った。
「積層魔法陣……」
テオが目を見張ってつぶやいた。
過去に見たことはなかった。文献で見たこともなかった。それでも、目の前の魔法陣が、古代帝国時代の高等な魔法技術に相当することを本能的に悟った。
「みなさん! 逃げてください! ここにいては危ない!」
テオは叫ぶと同時に、そばで呆然としていたミオの胴を持ち上げて、出口に走りだす。
「なっ! カミユ達をおいていけるかよ!」
「カミユの前に展開されている魔法陣は、もはや、ゴーレムの熱線でも破れません。急いで! もう、すぐ、発動します!」
テオの言葉に、心の底が冷える感じを受けたガルフは、地面を蹴って魔法陣の脇を抜ける。反対側の脇のミネルバが同じ行動をとったことを認めて。
ラスタは、カミユとエリスの2mほど後方にとどまった。
ラスタの考えに気が付いて、ガルフとミネルバも、ラスタのそばに控える。
テオとミオも、立ち止まって振り返り、精霊に願いを乞う。
3人の戦士に対して精霊の加護が最大限に注がれる。
エ・ラ・クリテリア・ウンデスト・アスタ・ル・クレスタ!
金属のゴーレムは、暴風に翻弄される様子もなく、4本の腕をカミユとエリスに伸ばしてきた。が、魔法陣の最先端にはじかれ、よろめく。
熱線を放つ動作を開始し、魔法陣の先にある二人に狙いを定めた。
胸の中央から白い光が、ほとばしる、その瞬間。
我は、天と地の雷を支配せしもの。我が真明の前に、その力を示せ!
テンペスト!
カミユとエリスの言葉が一つになった。
最後尾の魔法陣から順に輝きが先端に伝わる……
それはほんの一瞬の出来事、ただ、時間の流れだけが遅く感じられた。
5・4・3・2・1。順に、紫がかった白い光に包まれ、光が先端の魔法陣を満たした瞬間に、魔法陣全体が紫銀の龍の姿に変わり、そして、金属のゴーレムへと向かう。
余波を受け、後ろに吹き飛ばされたカミユとエリスは、それぞれ、ガルフとミネルバ、そしてラスタに支えられていた。
紫銀の龍がゴーレム食らい、それは一瞬で蒸発した。しかし、その勢いは衰えず、遺跡を貫通して空の彼方の灰色の雲に突き刺さり、蒼い痕跡を残した。
一秒の間を置くより先に、その真円の輪郭がぼやけはじめ、突如白い雲は蒼に弾けた。
雲の中央を貫いた熱線は、周囲を高温に熱し、それの影響を受け雲が真円の端からかき消されて行く……
真正面というより、斜め上に向かって、遺跡の壁、ゴーレム、雲、その他すべてを蒸発させた痕跡は、まっすぐな見通しの良い空間で証明されていた。
魔神の膝を折った魔法は、その伝説以上の威力を見せ付けていた。
剣が当たっても傷がつかず、わずかに、ドラゴンのブレスで変色が残るだけ。それを体現していた古代帝国の遺跡は、その守護者と遺跡の一部を完全に失っていた。
一瞬だけ逆巻く風が遺跡の中を吹き荒れたが、それが吹き去ったのち、奇妙な静寂があたりを包む。
全員、何が起きたのかわからず、互いの顔を見合わせていた。
「おい、何があった」
ラスタが呆けたように、遺跡の奥を見つめていた。
「何があるってん、だ…… は?」
ガルフの目の前には、突如に出現した空間があった、視界の近くに、見覚えのある銀色の足が二つ、支えるべき体をなくした足があり、そして、胴より上には、ぽっかりと穴が開いたような空間があった。
そして、その空間の先、果てしなき空まで続く空間の先まで、何もなかった。
遺跡の壁もなかった。灰色の雲、幾千mも先まで、本来なら続いているはずの、視界の先は、ただ、ただ、蒼い空が続いていた。
「どうなったの? テンペスト成功した?」
「テンペスト!!!」
そばにいた何人かの声が唱和する。
「カミユ。なんとかうまくいったみたいですよ」
穏やかなエリスの言葉で、起き上がったカミユは満面の笑みを浮かべていた。
「やったね♪」
カミユはのんきにエリスとハイタッチを決めていた。
そして厳かに宣言する。
「行こう! この蒼空(そら)の先へ」
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