B-1 新たなる旅路

帝国の一部を燃やし、帝室を騒がせた騒動から、二月ほど時が流れていた。

 ラスタは帝国の執務室でトラシアに小言を言われつつ、仕事をこなし、ラキアスは軍務の一線に返り咲いて、後輩たちを鍛えていた。


 落ち着いたアリアスの町の外壁外で、ガルフとカミユは剣を交わしていた。

「ふん、結構やるようになったじゃねぇか」

 肩で息をするカミユに対して、剣がかすって血がにじむほおをなでながらガルフは感心した。エリスが少し心配しながらもカミユを応援する。

「カミユ、がんばって!」

 息を整え、カミユは、剣を構えた。そして、わきで訓練を見ていたミオに声をかける。

「ミオ、そこの練習用の剣とってくれない?」

 カミユが指さした先には、刃先がつぶされ、けがをしないように皮で包まれた剣があった。重さは普通の剣よりわずかに重く、素振りや、型を確認するために使われる剣。

「なんだ、型取りやる気かよ」

 カミユは首を振って、ガルフに答える。

「万一でも、ガルフに死なれちゃ困るから……」

 ガルフは一瞬自分の耳を疑った。だが、目の前に確信めいた少年の表情を認めた。

「はっ、おもしれぇ、何がでてくんだか、楽しみだ……」

 カミユの表情からは、虚勢も、力みも感じられなかった。

 ミオが訓練用の剣を宙に放ち、カミユはそれを受け取り、いましがたガルフのバスタードソードを受け、刃こぼれした剣を、投げ捨てた。

「龍の力は使わない、使えないし。それでも、魔法は使うから」

「お前、通常戦闘で、魔法使いが剣士を相手に近接戦闘するって、なんか、いろいろ間違えてないか?」

 魔法には呪文詠唱が必要で、そして、遠距離戦が得意分野というのは、魔法を学び始めた初級者ですら認識している事実。近接戦闘をこなす、戦士、剣士を相手にする場合は、クレイゴーレムなどで、戦士たちをいなしつつ、遠距離からしとめるのが定石だった。

「その、常識捨てておかないと、けがするよ」

 カミユはなにやら確信めいたように、言葉を吐いた。

 ガルフは油断せず、目の前にいるのがドラゴンとでも感じるがごとく、周囲を警戒し、自分の周囲に気をまとった。


 ラ・ステル・マ・ギスタ・エルス、雷の姿をわれに! ライネ!


 カミユが魔法を詠唱しているのは理解していた、だがその詠唱の終了と同時に、ガルフの視界からカミユが消えた。否、自分の視界の間際に入り込んでいた。

 そして、自分の視界の中に、カミユの訓練用の剣が、その残像が、数十の斬撃となり降り注ぐ、ガルフの巨体が、一瞬で20近くの打撃を受け宙に舞う、その体の周囲にカミユが浮かぶ。

「勝った! ごふっ」

 カミユが振り下ろす最後の一振りは勢いなく、ガルフの胸にあたってはじかれた。

 気が付くと、カミユはせき込み、血を吐いていた。

 一方のガルフは数十の打撃を受け、相当なダメージはあったが、それでも立ち上がることはできた。目の前のカミユは明らかに何か無理をしていたことだけは理解した。

「ミオ、テオを呼んできてくれ。こいつ、馬鹿か! エリス!」

 ガルフから呼ばれた時にはすでにエリスがカミユに対して、水の精霊で肺にあふれた血を口外に運んでいた。

「カミユ! カミユ! 今、治癒を……」

 カミユはちゃんとエリスの目を見てうなずいた

 せき込み会話すらおぼつかないカミユではあったが、エリスの肩を優しくたたいて、大丈夫という意志を示した。

「エリスだけで大丈夫よ。カミユ、前よりは治まっているけど、まだ使いこなせてないんじゃない? もうちょっと、考えないといけないわね」

 目の前の状況を、軽く受け止めながらミオはカミユに説教をする。

「なんだよ、ミオ、お前、知ってたのか?」

 ガルフに向き直ってうなずく。

「このバカ、一月ほど前にこの魔法試して、ここで、血を吐いて倒れたのよ。その時は、もっとひどかったわ。爪の先からも血が出てて……」

「げほっ、ごほっ、一撃だけなら、耐えられるんだけど、一撃じゃガルフには勝てないし」

 せき込みながらも悔しげに吐いたカミユの言葉を、ガルフは受け取ってぞっとした。あれが練習用の剣でなく、刃のついた通常の剣だった場合、一撃目を止められるか? 否。一撃目どころか、五撃目くらいまでは痛みを先に感じていた。

「おまえ、なんて魔法覚えてやがる……」

 背筋が凍る。呪文の詠唱自体もそれほど長いものではなく、おそらく10秒を切る。相手との間合いの取り方次第では、相手に気が付く余裕すら与えずに一撃を与えられる。

「体がついて行かなくてね。魔法で体のすべての速度をあげられるんだけど、血管とかの強さは変わらないから、細かい血管が切れるんだってテオが言ってた。こめる魔力の強さで調節してるけど、うまくいかなくて、文法まで調べて考えないといけないかも」

 まだせき込むカミユの背をエリスが優しくなでる。その二人を呆れ顔で眺めるミオ。

「おい、あんまり無茶すんな。お前は軍師役でもいいんだからな」

 意外なガルフのセリフではあったが、カミユは軽くうなずいただけだった。

 そこに、聞き覚えのある音が空から聞こえてきた。

「ん? ラスタか?」

 ガルフは剣を鞘に納めて駐屯所に向かいはじめた。

「それじゃ、今回の勝負もカミユの負けってことで、お開きね」

 あえて敗者の傷口をえぐるミオ。カミユはこぶしを自分の膝にたたきつけて悔しがった。


「なんだ、お前か。何の用だ?」

 駐屯所のわきでガルフがため息をつく。

「なんだ、とはなんですか。まったく、あなたにそこまで言われる覚えはありませんわ」

 眼鏡をかけた技術狂、もとい、技術省筆頭主任技師のトラシアは、不機嫌さをあらわにガルフの鼻先に指を突きつけていた。

 その指先を手で押しのけて、ガルフは問答をつづけた。

「この二月ほど、ずっと技術省に籠って何やってたんだ?」

「あなたより先に、その内容を伝えないといけない人物を迎えに来たのです。後日その方からお聞きくださいまし。で、カミユさんはどちらに?」

 問いかけに対し、さっきまでいた方を振り返って、そして、こっちに歩いてくる二人を見つけ、伝えようとした矢先。

「ああ、こちらに来られるみたいですね。ガルフ、もう結構ですわ」

 手で追い払うしぐさをするトラシア。

「お前、俺はイヌか何かかよ!」

 目と目で応戦する二人。

 険悪な二人の仲を、のんびりとした言葉が遮った。

「トラシアさん。ひさしぶりだね~どうしたの今日は? なんかあった?」

 ガルフとの喧嘩を瞬間で忘れ去り、そしてこれまで見たことが無いほどの笑顔でトラシアは、訪問相手であるカミユに、慎重に、言葉を選んで話し始めた。

「ええ、実は、ちょっとしたことがありまして、カミユさんとエリスさんのお二人のお力を借りたいと思いまして、足を運んだ次第ですわ」

 直前とは異なる口調、態度、その他もろもろが、いろいろ気にかかる。

「え、あ、そ、それって、なんか、一大事とか、んーんー」

 言葉の最後の方はトラシアの手で口を押えられたため声にならなかった。

 鼻先が接触するほど顔を近づけて、真剣なまなざしでカミユを見据えるトラシア。

「どうか、内密に、内密にお願いしますわ。エリスさんもそのように」

 首を90°横に振り、エリスにも念を押す。びっくりしたエリスも、否応なく首を縦に振る。そして、二人とも、拉致同然に飛空艇に押し込められて、飛び去って行った。

「あいつ、一体何しに来たんだ?」

 一人残されたガルフが、首をかしげるが、どうでもよくなり、忘れることにした。

「まぁ、いいや、きな臭いことじゃないし。よし、今日はもうあがる!」

 そして日の高いうちに、ラッシュの店に足を向けた。


 小一時間で帝都についた3人はいつもと違う場所、通常の発着場ではない、修理をするためのドックに到着した。

 そのドックを降りて、さらに奥に伸びる廊下に足を踏み入れた。

 トラシアの案内に続いて、無機質な廊下を歩くカミユとエリス。

「トラシアさん、こっちってこれまで行ったことないんだけど、何があるの?」

 一瞬だけ戸惑ったが、トラシアは素直に答えた。

「技術省の研究部門の一部がありますの。もう少しですわ…… この先です」

 トラシアが促した先には、廊下の出口があり、日の光が差し込んでいた。

 トラシアに続いて、カミユとエリスが出口をくぐる。


 ほの暗い廊下から日の光の中に躍り出て、カミユは目がくらんでいた。そこに森の木々の緑が飛び込んできた。

「え? 森?」

 眼を閉じて、一瞬考え込んだカミユは目を開け、そして、驚いた。

 

 目の前は、かなり広い飛空艇のドックだった。戦艦ガレリアすら収まるほどの広さがあり、その中央に橋がかかっていた。そしてその橋の先に、緑があった。


 ファルコンウイングよりは二回り小さく、ラスタの飛空艇よりは一回りほど大きい。船体は新緑を思わせる色をしていた。塗られてはいなかった。自然にその色に染まっていた。

 カミユは、その船体に目を奪われていた。一瞬ではあったが、そばにいたエリスの存在すら忘れそうなほどに。

「これが、カミユさんの飛空艇です」

 カミユは間違いなく数分固まっていた。

 声を出せないまま、トラシアに促されるままに、カミユは新緑の機体に乗り込んだ。


「まだ最後の設定が終わっておりませんの。カミユさん、エリスさん、最後の設定の手順をお教えいたします。お二人の力で、この船に力を与えてくださいまし。」


 飛空艇は、三つの力を持って構成されている。知恵を担う魔力、心を担う精霊力、そして、力を担う精神力。魔力はカミユが担い、精霊力はエリスが担当した。精神力をつかさどるために、帝都の神殿から、司祭が3人派遣されていた。

「カミユさんとエリスさんの力に、三人で対応できるのかしら……」


 トラシアは、不安を抱きつつ、まず最初に三人の司祭に配置につかせた。

「カミユさん、エリスさん、この儀式は力の強さよりもバランスが大事なのです。三人の司祭が精神力を込めます。その力に合わせて、魔力と精霊力を込めてください。」

 カミユとエリスはうなずいて位置についた。三人の司祭が、魔法陣の一端にたたずんで目を閉じる。

「三界の力を担いし我らの力をここに集結せん」

 三人の言葉が一つの音となって木霊し、魔法陣が白く光りだした。

「三界の心を担いし我が力をここに示さん」

 エリスが言葉を紡ぎ、魔法陣が青く輝きだした。

「エリスさん、力が強すぎます、もっと抑えてください」

 エリスはそれほど力を込めたわけではなかった。だが、3司祭のすべてを軽く凌駕してしまっていた。

「ええ、その強さで大丈夫ですわ。やはり、3人では足りませんでしたか。致し方ありません。まずは起動させましょう。再設定は後からでも可能ですし。カミユさん、お願いします。」


 カミユはゆっくりと魔力を紡ぎだした。

「三界の知恵を司りし、我が力、ここに顕現せよ」


 絶妙にバランスがとられ、飛空艇のエンジンに、蒼、黄、赤の三色の光が駆け上る。


 そして光が消えた。


「あら? どうしたのかしら? コアクリスタルの反応が……」


 トラシアが一瞬の静寂に驚いてエンジンに近づいた、その瞬間、甲高い音とともに、エンジンが銀色に輝く光に包まれた。


 周囲にあった計器がすべて、反応し始めた。

「な、な、な……」

 トラシアは絶句していた。目の前のコアクリスタルはこれまで見たことがないほどに強く、銀色に輝いていた。

 新緑の機体は周囲に対して、緑色に輝いていた。そこから光に驚いた司祭達が飛び出してきた。

船体がきしみそうなほど、力にあふれているのがわかったカミユは、瞬間で次の行動を、力を開放する手段を考え、そして行動に移す。

「総員退避! 一旦飛空艇を飛ばすから。中にいる人は近くの何かにしがみついて!」

 伝声管をつかんで声を放ったカミユは、そばのエリスを抱きかかえて、操縦桿を握る。トラシアが近くの椅子にしがみついたことを確認して、操縦桿を引く。


 一瞬だけ機体が揺らされる。

「トラシアさん、俺が名前を付けてもいいのかな? こいつに」

「もちろんですわ、ですが、一体……」

「グラントリーフ、発進する!」

 その瞬間、飛空艇が喜びに身悶えたように感じた。操縦桿を引いたときに、すでに飛空艇、グラントリーフはドックの外にまで浮遊していた。

 カミユは、その操縦桿を空に向けて解き放った。


ドックの中に一瞬だけ嵐が吹き荒れた。気が付くと、新緑の痕跡を残して飛空艇は空に消えていた。

「うおおおおぉぉぉ!!時速200、250、300、まだ上がる! エリス大丈夫?」

「私は絶対についていきます!」

 穏やかに、カミユは愛しいエルフに微笑んだ。

「ありがとう、全力で行くよ!」

 カミユは操縦桿を最大に傾けた。飛空艇は空に弧を描いて、蒼い海へと向かう。海面近くをかすめるように、そのはるか後方に、巨大な波しぶきを立てながらグラントリーフが疾走する。

 これまで体験したことがないほどの高速に、トラシアも呆然としていた。

「まさかこれほどとは……」

 小一時間も立っていないうちに、眼下に森に包まれたアリアの町が姿を現した。

「時速500を軽く超えていますわね。殿下の飛空艇の二倍以上……」

「今650だよ」

「ろ、ろっぴゃく50??」

「ウインドブレーカーはまだ余力あるけど、前進する力はこれで目いっぱいって感じ。旋回はスムーズだよ。」

 カミユは操縦桿を右にわずかに倒し、機体もそれに応じてゆっくりと旋回する。

「推進力は、精神力の力に依存します。司祭3人の力ではまだ足りなかったのですわね。」

 トラシアは、いまだ全力を発揮していない、緑の飛空艇に心の底から狂喜した。

「ウインドブレーカーの出力はどれほどですの?」

 トラシアの上ずった声に、カミユが答える。

「45%ほどだよ。全力出せば、竜巻の壁本当に超えられそうだよ!」

 そのセリフに、トラシアが爆発する。

「よっし、いよっし、いよっしゃぁぁ!!! いける、いけますわ。古代帝国がつくりし、あの竜巻の壁、私が、こ・の・わたくしが! 超えて見せますのよ~。おーっほっほっほ~」

 ひとりスポットライトをまぶしく浴びている人をほっておいて、カミユは冷静に計器をチェックし、エリスを座席に座らせた。

「それじゃ、戻ろうか、帰りは巡航速度維持するよ。」

 微笑むカミユ、同じく微笑むエリス。ひとり馬鹿笑いのトラシア。

 カミユは、うるさい荷物だとしか考えていなかった。


 後日、司祭を10人単位で呼び、カミユの飛空艇、グラントリーフは再設定を終えた。巡航速度は600km/hを超え、最大船速は900km/h。それでもウインドブレーカーはまだ25%ほど余力があった。

 事前に調査した壁の竜巻は、風速500km/h。風量がかなりあるため2割ほど空気の密度を上積みして、600km/hで耐えられる船体ならば、竜巻に侵入して抗うことが可能と判断していた。

「ついに、つ~い~に、この時がやってきましたわ。私が古代帝国を超える日が!」

「あ~さて、諸君、これまでの研究および帝国に対する貢献に対して、帝国皇太子ラスタ・トル・デ・エルドリア、心より感謝の意を表したい。」

 さくっと、技術狂をわきに追いやって、ラスタはこれからの挑戦を始めることにした。

「諸君らも知っての通り、われらの帝国には、古から竜巻で周囲を囲まれているという事実がある。そして古文書などの文献から、その外側にも土地が、人々がいる可能性がある」

 ラスタが周囲を見渡すと、研究員たちがうなずいていた。

「われらは、ようやく神に挑戦するだけの力を手にすることができた。それが神の意志に反するかもしれない。これまで神の手に守られてきたかもしれない……」

 一瞬、飛空艇ドック内が沈黙する。

「だが、いつか子供は親の手を離れるもの。守ってくれていた大きさに感謝しつつ、それでも、危険をこうむる覚悟と力を得たと自信を持って、加護を離れ、自分の力を信じ、自分の足で立って、歩む。それが子供たちの定め。今、その時が来た!」

 ラスタはこぶしを握り、手を天に掲げる。ドック内に、研究員と探検隊に加わる者たちの歓声が巻き起こる。そして異質な笑い声。

「お~ほっほっほ、それというのも私が天才すぎるからですわ~」

「ああ、本当にお前は天才だ、この国の宝、至宝と呼ぶにふさわしい!」

 有頂天になったトラシアに対して、最大の賛辞を贈るラスタ。そして

「ってことで、お前は探検隊から除外な。トラシア」

 優に10秒以上の沈黙。

「はっ?」

「だ・か・ら。お前は居残り組だ!」

「はい!? なんですってぇ~~~」

 広い飛空艇ドック内に、確実に3回ほど木霊が聞こえた。

「なんで、どうして、どうゆうことですの? 殿下、いくらなんでもあんまりですわ!」

 いつもの傍若無人ぶりを知っている研究者ですら、スズメの涙ほどに同情する状況。

 しかし、ラスタの方が役者は上だった。

「トラシア、お前の成果はカミユ達と俺が確かめる。そして、お前にはもっと重大な、お前にしかできない位置で、役目をはたしてもらいたい」

「私にしかできない役目とはなんですの?」

 半泣きのトラシアが、主たるラスタに歩み寄る。

「お前の成果を確かめる者たちを見守り、送り出し、そして、最悪の時、助け出せるのはお前だけだろ。俺の飛空艇を救出用に整えておいてくれ。お前なら命を預けられる」

 皇太子殿下からの、完全な信任。トラシアは涙し、心を震わせてその命を受ける。

(あ~われながら、ここまでだますと心が痛むな~、トラシア許せよ)


 茶番が終わり、グラントリーフに次の役者が乗り込んだ。カミユ、エリス、ラスタ、ミネルバ、テオ、ミオ。

 ガルフは見送り組に残った。実際には帝国軍の総司令としてラキアスが現役に戻っていたが、現場を仕切るためにはガルフの力が必要だった。

 そのガルフとラキアスも、グラントリーフのわきに、ファルコンウイングで待機していた。

「おまえら、本当に大丈夫か?」

 クリスタルを使った伝声管からガルフの言葉が響いてきた。

「ちょっと心配な部分はあると思いますが、おおむね大丈夫です」

 テオがガルフの心配に答える。そこに、一つ思い至ったカミユが依頼をする。

「おやじ、俺たちの目の前にある竜巻に、一発打ち込んでくれない?」

「ふむ、それくらい朝飯前じゃの。装填確認。撃てぇ!」

 カミユの思いつきに即座に砲を打ったラキアス。そして、一同がその砲弾の行先を見据える。

 砲弾が竜巻の表面に触れた瞬間、爆発は起きなかった。ただ、砲弾がちぎれとんだ。一瞬の出来事だった。

「は? おい、ファルコンウイングの砲弾って、どれくらいの速度だ?」

 ラスタの質問に対して、伝声管からトラシアの回答が聞こえてきた。

「時速に換算して1500kmですわ…… 竜巻の壁表面で破壊されたのですか……」

「おい、トラシア、お前大丈夫って言ってたよな? 計算通りだと」

 明確な返答はなく、怒鳴るラスタをなだめて、カミユが伝声管に耳を当てる。小声で、女性の声が聞こえてきた。

「まさか、私がそんな簡単な計算間違いを…… 5倍も間違えていたなんて……」

 ラスタはカミユの顔を見た。首を横に振ってこたえるカミユ。

「だめっぽい、グラントリーフでも粉々になるのが目に見えてるって感じ」

 今度はラスタが落胆し、崩れ落ちた。

「ウソだろ、帝国の外に、伝説のありかに行けると思ったのに……」

 カミユも表情は同じだった。

 その時、外部から先ほどと同じ音が聞こえてきた。

「おやじ、また撃ったのか? 結果は同じだろうに」

「ああ、下の方を狙ったんじゃが同じじゃった」

 竜巻の下の方を見つめたカミユは、ちぎれ飛び散らばる砲弾の破片を目の当たりにした。ふとその先に、砲弾の破片とは異なる鈍い銀色の何かが目に留まった。

 テオから双眼鏡を借りて、その場所を探る。

「なんだ? あれ?」

 カミユのセリフと指先に疑問を持ったテオが同じ場所を確認する。

「カミユ、明らかな人工物だと思いますが、あなたの意見は?」

「自然じゃないのはわかる。でも、あんなの初めて見たし、古文書にも載ってないよ」

 カミユの疑問の声に、ラスタも双眼鏡を覗いて疑問を追加する。

「あんなものがあったなら、これまで報告されていないはずはないんだが……」

「殿下、私にも見させていただいてよろしいでしょうか?」

 意外にもミネルバが興味を示していた。

「あれは、私のブレスの痕跡です」

「この前の魔神との戦闘の時のか?」

 ミネルバは深くうなずいた。

「ラスタ、あそこ調べよう。何か手がかりが得られるかもしれないし」


 グラントリーフを切り立った岸壁に接岸させ、ファルコンウイングから移ってきたトラシア、ガルフも含めた一行は、むき出しとなった金属のなにがしかを調べ始めた。

「害はないと思いますが、念のため直接触れるのはお避け下さい」

 トラシアの警告に対して、きょとんとした表情で答えたものが一名。

「あれ? 触ったらまずかった?」

 トラシアの視線の先には、得体のしれない金属質に、べったりと両手をついたカミユが居た。

「あ、あのですねぇ…… 仮にもトレジャーハンターでしょうが! 警戒してないんですか!!!」

 カミユが驚いて手を放した。その直後、右手を触れていた部分が、まさしく、カミユがふれていた部分だけが、手形となり、青白く光り、そして、光が消える。

 直後に竜巻の壁の土台たる山が大きな音を立てて震えだす。

 崖に降り立っていた一行は、身の危険を感じてグラントリーフに戻り、カミユが崖から船体を離す。

 目の前の切り立った崖が、震え、そして崩れ始める。そして、表層の岩だけが剥がれ落ち、宮殿の壁よりも大きな巨大な金属の壁が目の前に現れた。

「なんだ、これ、なんなんだこれ……」

 カミユの驚きの声とともに全員が息を飲み、その巨大な壁を見ていた。縦幅は100mを超え、横幅はその端が見えなかった。否、これまで山として認識されていたものが、実は人工物であったこと、そしてそれを実現するほどの技術とはなんなのか? 理解を超え、神の存在を意識せずにはいられないほどの圧倒感に打ちのめされる。

 なんの前触れもなく、その壁の中央付近に、招くように正方形の入り口が姿を現した。

ちょうど、グラントリーフが降りられるほどの空間が提供された。

「行こう!」

 カミユは単純明快に言い切った。

「ちょっと、罠の可能性考えなさいって」

 ミオがカミユの肩をつかんで思いとどませようとした。

「危害を加える気なら、わざわざ中に入れる必要ない。今撃ち落とされてもおかしくないし」

 カミユのセリフは一理あった。

「でも、入り口が開いたくらいで歓迎されているとは思えませんが……」

 トラシアのセリフにカミユもうなずく。

「うん、中に入ったら注意しないといけない。何が出てくるかわからない……」

 答えはわかっていた。それでも、念のために確認する。

「戻るという選択肢もあるんですよ。カミユ」

 テオの表情にたしなめる要素はなく、仕方がない、と少しはにかんでいた。テオは心配して、それでもついていくという意志をその表情に込め、カミユはそれを受け取っていた。

「行きたいんだ。俺、本当は…… 本当にエンタープライズ級の飛空艇があるのか、あるなら、見てみたい、飛んでみたい。この気持ち、もう、我慢できない!!!」

 テオはゆっくりと首を縦に振った。ミオは、両手を肩まで持ち上げて、首を横に振る。

「やれやれ、ほんとに、育て方間違えたわね~」

「言葉と表情があっていませんよ」

 意外にも、笑いながらエリスがミオにつっこみ、ミオは笑顔だけで答えた。

「カミユ。行くぞ!」

「ちょ、ラスタ、それ、俺のセリフって、あ~操縦桿握ってるし~~」

 前人未到の空間に、にぎやかな一団が訪れた。

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