第28話 終局
「すまない、ミネルバにやらせてしまって」
まだ幼さが残る少年のわきに、凛々しい赤毛の女性がひざまずく。
「カミユ様、申し訳ありません。カミユ様をお騒がせしたのも、私が軽々しくも」
その口先に意外な人物の指が押し当てられた。
「ミネルバさん、カミユは生きています。私も無事でした。ミネルバさんが守ってくれました。これ以上はなにも望みませんよ」
それ以上の言葉を封じようと、少しだけ意地悪そうな表情を作ったエリスが、ミネルバの口に指を当ててそれ以上言葉を進ませなかった。
帝国の軍師に値するほどの才能を発揮したカミユは、暗部から情報を得たことでグラムスのもくろみをほぼすべて看破した。何に執着して、何を求めているのか? その矛先と思いの強さ、そしてそれゆえに目が見えていないことすらも。
カミユの看破に、トラシアが脚色し、それにラスタが全力で助力した。
グラムスの狙いは、王位。そしてそれを顕現するは王剣。周囲に知られてはいなかったが、現在王剣を所有していたのは、皇帝クラドスではなく、ラスタであった。
王剣を見たことがあるのは、王位継承権5位まで。すなわち周囲の者は、誰も知らない。
念のために、クラドスの王位継承権はく奪を書面にしたため、権力を有した印章を押した文書をカミユに渡した。その過程も含めて周囲の者に見せながら。
トラシアの予想通りに、グラムスは敗北を突きつけられても、王剣に執着した。
それゆえに、ミネルバはちゅうちょなく、死刑を執行した。
感情を押し殺し、粛々と。予定されていた行動を実行した。
すべてが終わったとき、カミユが語りかけてきた。
「ごめん、一番つらいことをやらせた。ミネルバ、俺はミネルバの敬意を受けるにあたらない……」
「この一連の事件ですでにお分かりかとは思いますが、カミユ様は私の上位種。我が主でございます。そのようなお言葉、いただくほどのことではございません」
しばらく、カミユは言葉に窮した。わきにいたエリスは、カミユに微笑んでいた。
「ミネルバ、ありがとう。俺とエリスを守ってくれて」
満面の笑みで、自分の本心を伝えるカミユ。
心から満たされたミネルバには、その感謝を受ける以外に方法はなかった。
清掃が終わり、遺体を整え始めたころに、皇帝クラドス、ラスタ、ラキアスが、結末を迎えた舞台になった戦艦ガレリアの艦橋に姿を現した。
グラムスは、遺体に感慨深い目を一瞬だけ向け、そしてすべてを過去に置き去った。ラスタがカミユのそばまで歩み、カミユは手にしていた剣をラスタに渡す。
知らぬものが見れば、借りていた剣をただ返しただけ。しかし、本当に返したのは、剣ではなく、この帝国すべてであった。
クラドスは、ほんのわずかに心配していた。カミユが王剣の保持をつづけたならば、この帝国はどうなるのか? と。その心配の先に、何があるのか? と問われたならば、クラドスは困惑してしまっていたと感じた。実の息子ですら、その状況を喜ぶのではないか
「ラスタ。とりあえず、全部終わった。で、いいんだよね?」
「ああ、本当に助かった。これで一連の騒動は幕引きだ。ようやく、ワズとカシュトの墓に報告に行ける」
ラキアスとカミユは、その言葉に不意を打たれた。数瞬の間、周囲が沈黙に包まれる。
「う~ん、帝国国民を思いやる皇太子。それってラスタっぽくないなぁ……」
周囲が爆笑に包まれた。言われた本人さえしばらく腹を抱えた後で抗議する。
「お前、俺をなんだと思っているんだよ! だけど、ありがとな」
ラスタはカミユに手を差出し、カミユは固くその手を握り返した。
「カミユ、お前が神龍だろうが、竜神族だろうが、俺の友人に変わりはない!」
ラスタの言葉に対して、カミユは握る手の力で返し、ラスタはそれを受け取った。
数日ののち、ワズ、カシュトの墓の前に、ラスタは生前、ワズとカシュトが育てていた、百合の花を、わきに添えた。胸の前で手を十字に切り、そして心の奥底で誓う。
その誓いの言葉は誰にも聞こえなかった。ただ、ラスタの心の中で宣言されたものだった。
-第一章 終-
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