第23話 空虚なうつわ

アリアの町のかなり東の山肌近くにファルコンウイングは着陸した。

 そこから降りてきた人間とエルフたちは一様に周囲を警戒していた。

「ここからどれくらいですか?」

 眼鏡をかけた女性、トラシアの言葉に少年が答える。

「すぐ近く、あそこに見える岩の裂け目だよ」

 全員が雷に打たれたように体を震わせ戦闘態勢でカミユの指先に体を向ける。

 確かに指先の岩肌に岩の裂け目があったが、注意しなければ通り過ぎてしまうほどにありふれた風景にしか見えなかった。

 ミオがいぶかしげに声をあげようとして、別の女性の行動に遮られた。

「あそこに間違いないのだな……」

 ミネルバはハルバードをほぼ全力で握りしめて声だけカミユに向けた。

「間違いないよ。ミネルバ」

 駆け出しそうな勢いのミネルバの横に立って、その肩を制するように手を置いてからカミユは答えた。

 ミネルバはいつになく熱くなっていた。だが、肩に置かれた手は、その心の熱さと、自分の動きと、過去の記憶をその場に留めおいていた。

 ミネルバはゆっくりと深く息を吸い吐き出してからカミユに礼を述べた。

「すまない、もう大丈夫だ。ありがとうカミユ」

 いつもの冷静なミネルバを見て、テオが優しく語りかけた。

「昔の辛い記憶と向き合うのですから、冷静さを失いそうになる気持はわかります。ですが、今は昔とは違います。冷静に過去を振り返ることで、乗り越えられると思います。及ばずながら、支えますよ。みんなで」

 ミオがうなずく。ミネルバの顔に笑顔が浮かんだ。

「ありがとう、もう、本当に大丈夫だ。乗り越えられると確信できた」

 ミネルバの顔を見てカミユは安堵し、そして険しい顔をして岩の裂け目に向かう。

「トラシアさん、こっち、来てもらえる?」

 カミユの言葉にいざなわれて、トラシアが岩の裂け目へとはいり、短い悲鳴を上げる。

「なっ!、こ、これは……」

「トラシアさん前言ってたよね、共和国以降の遺跡は魔法回路を隠してるって」

 カミユの言葉に、トラシアは自分の言葉を思い出して深くうなずいた。

 そして、そのまま、トラシアが言葉をつなぐ。

「この、魔法の封印は、魔法陣がむき出し…… 共和国以前の遺跡に間違いありませんわ……」

 トラシアの言葉に一同が息をのむ。

「お、おい、それじゃぁ、これは、本当に……」

「魔神の時代の遺跡…… ということですね」

テオの言葉にトラシアが無言でうなずく。

 その場の全員が戦闘態勢、いや、緊張した。

 なぜなら、共和国以前の話はおとぎ話にすら残っていない、古文書すら存在しないほどの過去、凶悪な、人が滅亡を目の当たりにした時代だとだけ、知っていたからだった。

「とりあえず、入ってみるしかないだろ、テオ」

 ラスタが潔く、扉らしき岩に手を押しあてるが、それはただの岩のごとくその手を押し返した。

「???」

 ラスタは、地面を踏みしめて扉を押すが、何も変わらず、観念してトラシアに助けを請う。

「やはり、魔法の封印らしい、トラシア頼む」

 信頼を受け取るべき、眼鏡をかけた秀才が首を横に振る。

「申し訳ありません、殿下、私は共和国以前の封印を解く方法を存じません」

……

なぜか空気が一方向に流れ、その先には無数の視線に戸惑う少年が右往左往していた。

「ちょ、ちょっと、なに? え? 俺?」

「どうやったらこの扉開けられるんだ? お前何か秘密知ってるのか?」

「おい、こんな状況でもったいぶってんじゃねぇぞ!」

ラスタ、ガルフは、ほとんどどなり声に近い声をぶつけてきた。

「い、いや、俺だって、この扉にこうやって触れただけで……」

 カミユは弁解を続けながら、扉に手を当てた。

 何も動きはなかった。何も音は聞こえなかった。

 そして、カミユの手の先には何もなかった。

話題の中心にあった扉はそこにはなかった。

「!!!」

 全員が言葉を発することができなかった。目をこすったり、瞬いたり。少なくとも、全員が目の前の光景を幻だと決めつけることはできなかった。

「な、何をされましたの?」

 トラシアからの問いは、首の横振りで答えられた。

「え? え? な、なんで? 俺、何かしたの? だって、手で扉に触れただけ……」

 周囲の疑問を受け止められないカミユの脇を、力強く覚悟を決めた赤髪が通り抜ける。

「先に行く。ガルフ、カミユ援護を頼む」

「おい、ちょ、まて、って、聞いてるのか?!」

 ガルフの叫びは無言で返され、言葉の矛先のミネルバに背合わせでカミユが続き、ガルフはほとんど本能的にその死角をつぶす位置取りでそれに続いた。


 ミネルバに続いて全員が遺跡と思われる洞窟に入った。

 そこは、生き物の痕跡が感じられないほど、直線的な岩と思われる何かで構成された部屋だった。柱が幾つかあり、天井全体がほのかに光を発し、天然の洞窟ならば苦労するような事態が何一つなかった。ここが魔神のすみかだということを除けば……

「俺がコアクリスタルを拾ったのは、あそこのすみだよ」

 ガルフはカミユの差す指の先にわずかに視線を走らせ、薬の小瓶の破片を認めた。

「あの破片、お前か?」

 カミユはうなずく。テオが周囲を警戒しながらそのそばに近寄る。

「二年前の話…… でしたよね? ホコリ一つかぶってません。どうなっているんでしょうか…… ここは……」

「テオ、精霊に呼びかけられる?」

 ミオの言葉でテオがハッと顔をあげる。周囲を見渡した後に首を振る。

「いいえ、無理の様です。ミオの方も無理なのですね」

 ミオは首を縦に振った。

「洞窟の入り口にはいるわ、でもこの中には入ってこれないの」

 テオとミオのやり取りを聞いたエリスも、水の精霊を呼び寄せようと試みた。

 周囲に水の力が満ち、エリスの周囲に踊るように水が円を描いて踊りだした。

「エリスは魔法を使えるのね。水だけは特別なのかしら?」

 ミオの言葉にエリスは首をかしげるだけだった。

「エリス、申し訳ありませんが、水を使って周囲を調べてもらっていいですか?」

「はい、わかりました」

 エリスの周囲を回っていた水が、一斉に散らばって細かな水滴となって部屋中に拡散する。そして、すぐにまた元の水へと集まってきた。

「生き物はいません。動くものもありませんでした。ただ、この部屋の一番奥に、何か岩のような、水では入り込めないモノがあります」

 ラスタは話が飲み込めず確認する。

「水では入り込めないモノって、なんなんだ?」

「生き物なら口を開けていれば吸い込まれてしまいます。岩のようなものでも隙間があれば、その隙間には入れます。逆にいえば、隙間のない岩とか、鉄とか、そういったモノは入れません」

 それが何なのか模索する一同、赤髪の戦士はそこから離れ、エリスの指示した場所へと単独で向かう決意をして、一人足を進めた。

 一人足を進めていると、そう考えていたミネルバであったが、警戒し立ち止まったとき、背中に唐突に圧力を感じ、一瞬意識を背中に向けた。

「前を向いてて! 背中は俺が守るから」

 声の主が誰なのか、そんな疑問は浮かばなかった。感謝を心の中で伝えその言葉に従う。

周囲を警戒しようとして、意識を周りに向かわせ、なぜか顔がほころんでしまった。

自分の後ろ、背中だけではなく、人の存在が自分の周りにはあった。右も左も、自分の周囲に死角は存在していなかった。

「これが、私がここにいる理由なのでしょう」

 ミネルバの言葉は論理的に意味不明だった。だが、その心理を理解できない者はその場にはいなかった。

「一人じゃありませんよ」

 その女性の言葉が、自分を理解してくれていると感じさせてくれた。

「カミユ、エリス…… ありがとうございます」

ちぐはぐなセリフ、だが心から出た言葉。その言葉を受け止めた二人は、目だけでほほ笑んで、そして、チームを固めた。

「ミネルバ、ここは魔神がいるかもしれない、それは忘れちゃだめだよ」

 うなずいたミネルバは、周囲を警戒しつつも歩みを進め、目的地へとたどり着いた。

「辺りに動きはない。ただ、こいつが何なのか私にはわからない。トラシア、頼めるか?」

「わかりました、テオさん、手伝っていただけますか?」

 テオは首を縦に振って、トラシアと一緒にミネルバの前へと進みでた。

 トラシアは自分の経験から、ほぼ彫像だと感じ取っていたが、その意識の中で、これほどの彫像をどうやって作るのか、それは理解できなかった。

「魔神崇拝の彫像でしょうか、でも、これほどの彫像を作る腕をもった職人は帝国には、3人もおりませんわ」

「彫像ではないようです、かすかに動いた痕跡が見られます……」

 テオが指さした先は壁だった。普通の壁に思われたその意思には、わずかだが目の前の彫像が背を当てて崩れ落ちたと思われる擦り傷が残っていた。

「どうゆうことですの? まさか、この彫像が生きて動いていたとでもおっしゃいますの?」

 テオはゆっくりとうなずいた。

「この擦り傷と、彫像の位置から、倒れこみながら石化したと思われます」

 テオは、詳細な理論を展開し、その場のすべてがその言葉を理解できた。

「擦り傷のでき具合が、石像と一致しているのはわかったが、なら、こいつはなんなんだ? 悪魔なのか?」

 視線を向けられたカミユが答える。

「俺が出会った悪魔とは違うよ。こいつは俺が出会った悪魔よりもふた回りほど大きい。俺が出会ったのはガルフと同じくらいだったし、こんな頭に二つの角なんてなかったと思う……」

 カミユはガルフよりもかなり大きな石像を見つめていた。

「角が二つ…… まさか、これは、魔神では?」

 トラシアの言葉にはっとしてカミユは頭の中の古代の伝承を思い出していた。

「悪魔の大群の後ろに一体の姿あり、異形にてその頭には角がそびえており、さらに大きな角をもつ異形がその後ろにあった……」

「その伝承は、いつの、どこのものですか?」

 トラシアは真剣にカミユを見つめて問う。

「確かではないけど、おそらくイダスの崩壊の時の伝承を書きとめた文書だったはず。トラシアさんに渡したやつの中でも、一番古い方だったと思う……」

「すみません、古文書を頂いておきながら、未だ一冊も目を通せてはおりませんの」

 カミユはうなずいて、トラシアを安心させた。

「忙しかったからね。ここのところ」

 安堵の空気がわずかに流れたが、その流れを王者たる身が引き締める。

「おい、今は和む時じゃないぞ。カミユ! こいつは魔神か?」

 ラスタの問いは鋭かった。カミユは半瞬だけ迷った上で、うなずく。

「ほぼ、間違いなく」

 しばらく、あたりが静寂に包まれた。帝国に魔神がいる。2体で国一つを滅ぼせるほどの存在。そして、それが既に行動を起こしていることを……

「この石像には魂が感じられません……」

 一同が声の主に目を向け、ミオが問う。

「それってどうゆうこと? 石像なら魂はないわよ。でも魔神なら……」

「この石像は、元は魂をもっていました。魂の痕跡が私には感じられます……」

 エリスは石像をじっと見つめながら答えた。そしてさらに言葉を続ける。

「ですが、今は魂の跡がありません。この石像から抜け出したように……」

「無理を言うかもしれませんが、いつごろかわかりますか?」

 テオはできるかどうかわからないまま、だが、確認したいと頭に浮かんだ言葉をそのまま口にして、エリスを見た。

「おそらく…… 二年ほど前かと。痕跡の残り具合が季節二つ分に相当しますから……」

 エリスの言葉を聞いて、トラシアがラスタに確認をする。

「殿下、キルティス伯爵夫人の噂を覚えておいでですか? ちょっと前になりますが……」

 トラシアから言葉を向けられたラスタが、半拍を置かず答える。

「ああ、覚えている。エリスの話ではないが2年ほど前の話だな。40代に差し掛かる伯爵夫人が若返ったと帝国中の噂になって、俺も一度謁見を受けたが、40代には見えなかった。30、いや、20代後半に見えた。娘が来たのかと思ったくらいだった」

 トラシアがなぜか顔をしかめていた。

「なんだ、トラシア、言いたいことがあるなら言えよ。ここは王宮じゃないんだし」

「殿下がターゲットだったら、いくらでも尻尾をつかめましたのに……」

 ラスタ、ガルフ、ミオ、テオ、4人は空いた口がふさがらなかった。ミネルバは深くうなずいていた。エリスは話が飲み込めていないためきょとんと周囲の表情を見つめていた。

少し間をおいて笑い声が聞こえてきた。

「カミユ?」

 ミオの問いかけに、カミユは笑いながら答えた。

「ラスタ! トラシアさんもミネルバも、ちゃんとラスタを守っているんだね。良かったね!」

 あっけにとられていたラスタは、カミユの言葉から、トラシアの言葉を思い出し、ミネルバのうなずきの意味を把握した。そして、うなずいた。

「ああ、そうだな。俺がターゲットだったら、こんな状況にはなっていなかったな。トラシア、ミネルバ、お前たちの存在をありがたく思う」

 ラスタはおもむろに深々と二人に頭を下げた。

「殿下! そのような行動は臣下の前」

「おまえたちは臣下ではない!」

 トラシアの言葉はラスタの鋭く、強い言葉で遮られた。

「おまえたちは、俺の仲間だ。命を預けられる仲間だ。ここにいる全員が……」

 ラスタは顔をそむけたが、カミユは鼻をすする音が聞こえたような気がして、それを

記憶することから除外した。

 ほんのわずかに一同が心を一つにした。だが状況はそこまで優しくはなく、帝国の臨時軍師が状況を整理して、行動指針を告げる。

「みんな、聞いて! いろいろあったけど、ここで確認できたのは魂の抜けた魔神の痕跡と、帝国内での、主にキルティス伯爵夫人の異常行動だと思う」

 一同は我に返ってカミユの言葉を把握してうなずく。

「この洞窟は共和国時代以前かもしれないけど、調査したいのはやまやまだけど、今、帝国の存続自体が危うい状況だと思う」

「ああ、俺も同感だ!」

カミユの提言に、ラスタが即答する。

「今、俺たちがやらなきゃいけないことは、キルティス伯爵夫人を捜索し、押さえて、そして……」

 その場の全員が、緊張に身を囚われた。

「魔神の存在を排除すること」

 カミユの言葉は明確だった。そして方針は決まった。ラスタが行動を告げる。

「洞窟を出よう。次の目的地はマルセイユ。キルティス伯爵領だ!」

 一行は洞窟の裂け目から日の光の元に現れた。

そして、ファルコンウィングが、森を後にした。


静寂が訪れた洞窟のさらに地の底で揺らいだ影が音を発した。

「主の訪れは、まだ、先か…… 待とう。その時まで……」

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