第19話 悪意のもや

一昨日にワズ、カシュトを弔った一行は、現在帝都に移動していた。

 ラスタの命令に近い頼みで、テオとミオも診療所を帝国軍の軍医にゆだねて、現在、王宮の住人となっていた。皇帝陛下の命で、関係者全員が王宮に護衛付きで、騒動が治まるまで滞在することとなっていた。その一方で、ラスタは、ワズとカシュトが命を失ったのが、自分を狙った策略と知り、その責任を一身に背負ってしまっていた。

「殿下…… 殿下! 何呆けていますの?」

「いや、呆けていたわけではない。ただ、どうやって償えばいいのか……」

 トラシアは全力でため息をついた。

「亡くなった人々の命を、あなた一人でどうやって償うというのですか!!」

 トラシアの言葉は胸の奥深くまで突き刺さった。さらにトラシアは言葉を続ける。

「失われたものを取り戻そうとするのは、愚かもののすることです。殿下は未来あるものに対して、いまだ責任をお持ちなのです。その自覚、なくしてはいらっしゃいませんわね?」

 トラシアは容赦なかった。だが、ラスタはその言葉に救われた。

「ああ、全くだ。俺は、俺にできることをやらなければならない、それも、皇太子として、この国を背負うものとして、やらなきゃいけないことは山ほどある。助けてくれよ。トラシア!」

 トラシアは恭しく、頭を垂れる。

「我が命に代えましても」

 トラシアの表情を苦々しく笑ってラスタは命令を告げる。

「命に代えなくてもいいから、何か手掛かりをもってきてくれ」

 トラシアはいつも通りのラスタの表情を認めて安堵しながらも、苦渋の表情を浮かべた。

「かなり悪い情報なのですが……」

「なんだ?」

 ラスタは、手元の書類を決裁しながらトラシアに先を促す。

「ニースの町を御存じですか?」

 ラスタは手を止めて、帝国の地図を頭の中に浮かべる。ニースは確か帝都の西に位置する穏やかな農村だったはず。

「穏やかな農村だったと記憶しているが、そこがどうかしたのか?」

 トラシアは苦渋の表情のまま説明を始めた。

「一月ほど前にニースで祭りがおこなわれたときに、食中毒が発生して死人が出ました」

 ラスタはいぶかしく感じたが、さらに説明を求めた。

「死者の数は28人、全員が一つの鍋で調理された食事を取り、例外なく全員が死亡しました。」

「例外なく、全員だと? 食中毒じゃなく、毒でも…… まさか、その毒って……」

「残念ながら、毒物は検出されませんでした」

 ラスタは肩すかしをくらい、首をかしげる。

「それと今回の件、どうつながるんだ? ただの食中毒ではなさそうだが」

 トラシアは咳払いをして、核心に触れる。

「ラキアス卿の家の食事を調べましたが、毒物は検出されませんでした」

「なんだと?」

「さらに、帝国の軍医に調べさせましたが、ワズ殿、カシュト殿の死因は心停止。自然死に近いものと報告を受けています」

 トラシアが告げた話は、にわかには信じ難かった。自分たちの目の前で起きた事実と、調査結果が全く一致しない。調査結果が間違っている、と考えたが、食事と亡くなった人物の二つの結果を全て否定はしきれないと思われた。

「かなり混乱してきたぞ、トラシア、お前、この状況喜んでないよな?」

「殿下は一体、わたくしのことをなんだとお考えなのですか!」

人格崩壊の技術狂い……

 命が惜しかったため、声にするどころか、頭に浮かんだ言葉すらも考えから消去した。

「喜んでないなら、この混乱から早く解放してくれ。頭がおかしくなりそうだ」

 トラシアの顔色が明るくなった気がした。おそらく、気のせいだ……

「こほん、確認できていませんが、現在のわれわれの技術では作成できない毒物だと考えられます。連邦時代の記録にわずかに記載があったのを見つけました」

 何でもかんでも、昔を出してきてそれで解決というのは、一切腑に落ちない。というよりも、過去を乗り越えられないというのは、情けなくすらある。

 少しラスタは考えにふけった。何が問題なのか?

「トラシア、3つ疑問がある」

「3つですか……?」

 これにはトラシアも意表を突かれたようで、考え込んでしまった。思案にふけるトラシアを無視する形で質問をぶつける。

「一つ目、なぜカミユは毒を吐きだすことができたのか? 二つ目、テオの薬はなぜ正体不明の毒物に効いたのか? 三つめ、ニースの町の件と結びつける具体的な証拠はあるのか?」

 ラスタが言葉を言い終えたときに、執務室の扉をたたく音が聞こえた。部屋の主の代わりにトラシアが応対する。2~3人の声が聞こえてきて、ラスタはトラシアに入れるように伝える。

「ちょうどよかったですわ。テオ殿、殿下がなぜテオ殿の薬がカミユさんに効いたのか質問されていましたの。お教えいただけませんこと?」

 カミユやエリスには何のことかさっぱり話が見えなかったが、テオとミオは帝国の調査結果を事前に聞いていたため、話をつかむことができた。

「どんな毒かが判明しないのに、なぜ私の薬が効いたのか疑問におもったんでしょうね。結論から言うと、私の薬は毒を無効化するのではなく、体の抵抗力、自浄作用を向上させる薬だからです」

「テオ、一体なんの話? 訳がわかんないんだけど……」

 カミユは隣のエリスを見て、二人して首をかしげていた。

「カミユさんにはお話していませんでしたね。実は、カミユさんが飲んだ毒が少し特殊で、私どもでどんな毒が使われたのかわかっておりませんの」

 自分が被ったつらさを思い出し、それの原因が不明ということはカミユにも理解できた。

「どんな毒かがわからなかったら、他で使われたらまずいんじゃないの?」

「ええ、その通りです…… 残念ながら手遅れですが……」

 ようやくラスタが暗い表情を浮かべていた理由が判明した。

「そうゆうことか、それでラスタがそんなに暗いのか……」

 本心を隠すわけではなかったが、ラスタはうなずいたのみだった。

「ちょっと、話がわからなかったのですが、カミユが飲んだ毒なら、おそらくジキタリスだと思いますけど……」

 意外なところから回答が帰ってきて驚いた。

「ジキタリスとは一体何ですの?」

「エリス、それはいったい?」

 トラシアとテオがほぼ同時にエリスに詰め寄る。少しおびえたエリスは少し体を引いた。と、二人と一人の間に手が割り込んできた。

「ちょっと、落ち付いてよ二人とも、エリスがおびえてるだろ」

 少し涙目になりそうなエリスと、詰め寄る二人の間にカミユは割って入った。

「エリス、あの毒がなにか知ってるの?」

 エリスはかなりおびえながらも、カミユの背後から顔をだして答えた。

「はい、古いエルフに伝わる薬草の一種で年老いた人々の心臓を強くする効果があります。ただ、複雑な手順を追って処理をしないと中毒を起こして、心臓が止まってしまいます」

 トラシアは報告書の内容を思い出して、そのあとでテオに詰め寄った。

「テオ殿、同じエルフなら、ご存じではありませんでしたの?」

「ジキタリスの話は私も初耳です。年老いたエルフなら知っているものもいるかもしれませんが、私の里には100を超える程度のエルフしかいませんでしたし……」

 ずいぶんおいてけぼりを食ったラスタが、我慢できずに割って入ってきた。

「毒薬の話は後にしてくれ、質問は残り二つ、カミユが無事だった件とニースの町の件だ」

 トラシアは咳払いをして答える。

「ニースの町の件は、これまでの話で解決できていると思っておりましたわ。亡くなったお二人とニースの町の28人の死因は全く同一です。もうひとつなのですが……」

 トラシアは、その瞳に怪しげな光を浮かべてカミユを見つめてきた。

「カミユさん、なぜ、あなたがあの毒を吐きだすことができたのか…… 私、不思議でなりませんの。もし、よろしければ調べさせていただきたいのですが……」

 トラシアは言葉を紡ぎながら、一歩、また一歩と、カミユとの距離を詰め、その半分の距離、今度はカミユが恐怖におびえ後ずさる。

 その時、カミユとトラシアの間に、少し小柄な姿が割って入る。

「トラシア、いい加減にしない? それとも、私が相手になる?」

 ミオはかなり怒っていた。その怒気に部屋の中の風がミオの周りに集まり始めていた。

 さすがのトラシアも、恐怖を覚えて、ひきつった笑顔で答える。

「じょ、冗談ですわ。おほ、おほほほ……」

 そのままの笑顔で後ずさるトラシア。

 ようやく安堵の息をついてカミユは話を進める言葉を放つことができた。

「ニースの町か、ねえ、ラスタ、俺たちが行っても何もできないかもしれない、それでも調査に行きたいんだ。なんとかならないか? エリス、テオ、ミオ、手伝ってくれない?」

 テオとミオは、異論なくうなずく。

「俺から依頼するべき話だ。お前には救われてばかりだ、ありがとう。だが、頼るぞ」

 カミユは力強くうなずき、エリスもカミユに倣った。


 時を同じくして、帝都・玉座の間

「ラキアス、この度の不始末、本当にお前には何と言って詫びればよいのか……」

「世を統べるのは、この世の中でもっとも難しい物事。それを乗り越えるのが、お前の定め、わしはそれを支えると誓った。それだけのことじゃよ、クラドス」

 クラドスと呼ばれた初老の男は玉座に座りながらも、目の前のラキアスを対等に見つめていた。

「残念ながら、兄上の動きはつかめなかった。ただ、任務をほおり出した事実が一つだけ報告されてきた」

「任務放棄ぐらいはいつものことではないのか?」

 ラキアスはあごのひげをなでながら、これまでのグラムス大公の行いを振り返っていた。

「ただ、その任務放棄の場所と時期がの……」

「歯切れが悪いの。さっさと言わんか!」

 仮にも帝国30万を統べる男に対して、ここまでの放言を放てば即座に拘束、その場で首をはねられることすら、史実の中に記載されているのだが、周りの衛兵も、皇帝のそばにたたずむ、近衛騎士団団長の女性も言葉が聞こえていないかのように、微動だにしなかった。

「あ奴が巡回を飛ばした町があったのだが、運悪く、その町で食中毒が発生したのだ。巡回していれば、被害は最小限に抑えられたはずなのじゃが……」

「運悪く……」

 ラキアスは背筋が冷える感覚を味わい、玉座の男はそれを察していた。

「ラキアス、すまぬが、一度戻ってきてくれ。あ奴の動きを縛りたい……」

 さすがに、衛兵もその言葉に動揺を見せた。それらすべてをラキアスが代弁する。

「戦艦ガレリア、その艦長を務めろ、と」

 玉座の男はうなずいて、手元の勅書を衛兵に渡した。ラキアスが受け取った書簡には、ガレリア艦長の欄に自分の名前があることを確認した。

「きな臭いことじゃの……」

 玉座の男はうなずいて、ラキアスを下がらせた。心の中で頭を垂れながら。


「これ、操縦していいの? ほんとに? 怒らない?」

 カミユはドキドキしながら、ラスタとトラシアに尋ねた。

「さっさと飛べよ。時間がないんだ」

「これくらい飛ばせないようでは、最新の飛空艇はお渡しできませんわね」

 二人の言葉でムキになるカミユ。

「後悔するなよ? みんなつかまって!」

 カミユはゆっくりと速度を制御する操縦桿を倒し始めた。

「方位9-0-0、微速前進!」

 カミユの言葉とほぼ同時に、中型調査戦闘型飛空艇、ファルコンウイングがゆっくりとドックを離れて浮かび上がった。

 ドックから十分に離れたことを確認したカミユは操縦桿を一気に奥まで倒す。

「船員のみんな、しがみついててね。時間がないらしいから。最大船速! 2時間でニースの町へ向かう!」

 長い付き合いからか、テオとミオはしっかりと座席に自分たちを固定していた。

 もちろんエリスにも同じように固定させて。

 意表を突かれたラスタ、トラシアは驚きの表情を浮かべたまま、座席から転げ落ちた。

「おおおおお、無茶するなぁ!!!」

「まるで、竜巻ですわね。なるほど、って、ええええええ!」

 帝国飛空艇ドックから空に一筋の雲がたなびいていた。

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