第18話 心のありか

夜の帳に包まれたアリアスの町を、武装した一団が全速で駆け抜ける。まだ外を歩いていた人々は、何事かと驚き、小さな叫び声をあげる者も中にはいた。

そんな声にはかまわずミオは全速で、住居区の真中あたりにある家を目指した。

アリアのラキアス卿の邸宅で、ワズ、カシュトの娘夫婦と最後に会話したのは、半年ほど前のことだった。ようやく、立ち上がることができた子供を抱えて、一足先にアリアスの町に移住するといって、港町を後にしていた。

アリアスの町に来てから、一度だけ街中ですれ違って家の場所を教えてもらっていた。小さな女の子は母親の陰に隠れるようにして、自分を見ていたことを思い出した。

目的の家にたどり着いたミオは、息を殺して中をうかがう、しかし、人の気配は感じられなかった。息切れしながらも、風の精霊に願い中を探る。

「ミオ、待て!」

 ようやく追いついてきたラスタの声がミオに届いた。

「中にはいないみたい。どうする?」

「とりあえず、何か手掛かりを探しましょう。ラキアス卿は駐在所の方へ情報収集してからここに来るそうです」

 テオの回答にうなずいて、ミオがそっと扉を開け、ガルフが中に滑り込み、続いてミネルバがガルフと背合わせになるように家に入った。

 ガルフが入口のテオに合図を送るより先に、ミオが何の警戒もなしにずかずか押し入った。

「人の気配も、罠も無いわ。風で調べたから」

「念には、念を、だ」

 ミオの行動に不満を抱いて、無愛想な言葉で返すガルフ。

「だが、確かに誰もいねぇな。トラシア、手掛かりないか調べてくれ」

 トラシアはうなずきながらあたりを見渡して手掛かりを探す。

 入口のすぐわきの部屋は台所になっており、それほど大きくないテーブルの上には、完全にさめきった食べ物が置かれていた。

 その脇からテオが部屋に入ってきた。テオも食事を認め、

「雰囲気から察するに夕食の様ですが、今日のものではありませんね。ちょっと調べますか……」

 あたりに強い魔力が満ちる。

 土の精霊は、食材の中の野菜などから、大地の力の残り具合を感じ取り、それを召喚主に伝える。言葉ではなく、感覚に近い直接的な意味をエルフは感じ取った。

「ふむ、どうやら、おとといの夕食の様です。それと、食事には口を付けた痕跡が認められますね」

 かがんだテオが床から拾い上げたのは、スープが乾いてこびりついたスプーンだった。

「おとといの食事時、夕方か夜にさらわれたってこと?」

 テオがうなずいたことで、ミオが驚きの声を上げる。

「まって、ラキアス卿の家でパーティーを開くって聞いたのはおとといよ。それから動くにしては手際が良すぎない?」

 ミオの疑問は当然だった。ラキアス卿が定期便で帰ってきたのがおとといの昼過ぎ、ワズやカシュトに伝えたのも、それ以降だろうと予測された。

「手際が良すぎるというより、事前に準備をしておいて、チャンスとみて動いたと考えるべきではないでしょうか?」

「そこまで恨まれてないでしょ、ラキアス卿は!」

「恨みというよりは、ねたみかもしれません…」

 声の主にミネルバが問いかける。

「ラキアス卿が大きな武勲をあげた武人であることは知っているが、トラシアは何か具体的な情報でも知っているのか?」

「大きな武勲と言うよりも、陛下の信頼の厚さの方は格別ですわね。下手したら殿下よりも信頼は厚いかと……」

 比較対象は特に不満を感じることなく、淡々と語る。

「下手しなくても、陛下の信頼は俺より厚い。陛下とラキアス卿は、互いに命を預けられる戦友という位だからな」

「今回のアルジェ救出に際して、現場の司令官を任命されたのもその信頼の証です。それよりも貴族たちが驚いたのは、ラキアス卿は5年ほど前に隠居したのちは、一切、表に出てきませんでした。今回のことから、また返り咲くのでは? とうわさが流れています」

 ミオやテオには、あまりピンとこない話ではあったが、ガルフは納得したようにうなずいていた。

「なるほどな、それなら、ラキアス卿失脚を企むやつが、2~3人はいそうだ。とりあえずは軍務大臣辺りか……」

 そこに、話題の中心の人物が合流してきた。

「子供たちは見つかったのか?」

 テオもミオも首を横に振った。

「おとといの夕食の時にさらわれたようだ。ただ、それ以上の手掛かりはない」

 ラスタが痛々しい表情で告げる。

「おとといに間違いはないのか?」

 ラキアスの問いにテオがうなずく。

「駐在所で聞いた話なんだが、おとといの定期便で、一人きな臭い人物がこの町に入ったそうだ」

「きな臭い?」

 ラスタが顔をしかめて問いかける。

「元軍人じゃが、任務の中で誤って民間人を殺害してしまい。軍事法廷で終身刑になった男じゃ。とある貴族が身元引受人となって恩赦で出て来れたらしい」

「その貴族とは?」

 トラシアは、先ほどの議論につながりを感じて先を促した。

「キルティス伯じゃ。北方警備総軍の長のな」

 貴族の名前を聞いたトラシアが考えを巡らせる。北方警備総軍とは、ある意味お飾りの地位であり、ラキアスが仮に復隊したとして、影響があるとは思えなかった。10年ほど前であればいざ知らず、キルティス伯自身はすでに70歳を超え、噂では健康不安も聞こえてきており、ラキアス卿をねたむ余裕があるとは思えなかった。

「ラキアス、話を聞くと確かに怪しそうには思うが、それでもそれほど警戒するような人物にはおもえないんだが……」

 もし本人が狙って民間人を殺害したのであれば、終身刑ではなく、死刑になっているはず。それならば、人間的な部分は悪意に満ちているとは言えないだろうとラスタは考えた。

「元暗部の人間じゃ」

 ラキアスの言葉に、ラスタとトラシアが反応した。

 暗部、軍組織の中でも極秘に運営される部隊であり、その任務は、諜報、暗殺など、人に知られずに任務を遂行する集団である。

「暗部の人間なら、これくらいは朝飯前、か」

 ラスタは思わずつぶやき、それにトラシアがうなずいて同意した。

「ここで考えてたってしょうがないだろ、そっちの方で何か手掛かりはないのか?」

 らちが明かない状況に、ガルフがいら立ってラキアスを問い詰める。

「隠れ住んでいる場所を突き止めてある」

「先にそれを言え! 場所はどこだ?」

 ガルフは背中のグレートソードを引き抜いて、今にも駆けださんと全身に力を込めた。

「まて、そいつが犯人と決まったわけではない。先に作戦じゃ。テオとミオの魔法で、吹き矢などの飛び道具を防いで、できればやつの動きも封じてから家の中を調べる。ガルフ先走らんでくれよ、親子ともども無事に確保するのが最優先じゃ」

 ラキアスの作戦に、ガルフは不承不承うなずく。

「それで場所はどちらですか?」

 テオは落ち着いた声でラキアスに問いかける。ただ、その目はいつもより鋭かった。

「町の大通りをはさんで、逆の方の住居区。歓楽街の裏通りに面した家じゃ。わしについてきてくれ。騒ぎを立てずに近づきたい」

 全員がうなずいた。


 裏通りに入ってほどなく、先行していたラキアスが歩みを止め、後続に止まるように合図を送ってきた。何やら前方に向かって手で合図を送ると、少し先の路地から、一人の男がこっちに向かってきた。

「御苦労。様子は?」

 周囲をはばかって最小限の言葉で会話するラキアスと男。

「見張りがついたのは、先ほどです。誰も出入りする姿は確認していませんが、町中にもくだんの男の姿は見つからないため、ここにいる可能性は高いと思われます」

「魔法を使って調べましょうか?」

 テオがミオの魔法を当てにして提案するが、トラシアから却下された。

「仮にも元暗部、魔法を使えるか、使えなくとも探知できる品物をもっている可能性が高いですわ。別の方法が上策かと」

 難しい顔でトラシアを見るラスタ。

「かといってどうするんだ、こっそり偵察なんてそれこそ暗部相手に勝ち目ない勝負だぞ」

「別の角度から攻めるしかないね」

 その場に集まっていた話の外側から声が聞こえた。

「カミユ、お前、大丈夫か?」

 驚きながらも声をひそめるラキアス。

「激しく動くのは無理だけど、とりあえず、歩ける」

 隣で支えていたエリスが、そばの家の軒先にカミユを座らせて、額の汗をぬぐう。

「何か策はあるか?」

 ほとんど当然のようにラスタが軍師に策を聞く。

「ちょっとそばで聞いていたんだけど、相手は暗部の人間ってことみたいだし、正攻法以外で行くしかないね。おやじ、町の人間何人か動かせる?」

 ラキアスが答えるより先に、男が答えてきた。

「駐在所の数人を、近くに待機させています」

「その人たちをそこの表の酒場に呼んで。俺たちもそこに移動する」

 男はうなずいて路地へと消えていった。

 合流したカミユも含めて9人は、目的地を背に表通りへと向かった。


「そろったね。作戦を言うよ」

 駐在武官2~3人も加わった一行は、人がまばらな酒場の奥の方に陣取っていた。

「まず、駐在さん達に喧嘩してもらおうと思う」

「は?」

 誰かが、顔に間抜けと書き込んだような表情をガルフは作り出していた。

「おまえ、熱あるんじゃないのか? 騒ぎ起こしてどうするんだよ!」

「なんとなく見えてきましたわ」

「わしもじゃ」

ガルフの言葉がヒントになったかのように、トラシアとラキアスがうなずいた。

「騒ぎを起こして、混乱に紛れてあの家に逃げ込むか、もしくは、調べるつもりであの家に入れば、家自体を調べに来たとは思わないですわね。隙を作れそうですわ」

 トラシアの回答に、カミユはうなずいた。

「今回は中を調べるのが目的だし、後者で行くのがいいと思う」

 答え終わってカミユは大きく息をついた。気の緩みが出たのか、椅子にもたれかかるように崩れた。

「カミユ、魔法をかけましょうか?」

 エリスが気遣って声をかける。カミユは弱々しく笑顔を作って向ける。

「さっきかけてもらったから。魔法はいいよ。それに、後はみんながやってくれると思うし、ここで休んでるよ」

 テオとミオがうなずく、ガルフはようやく出番とばかりに腕をまくる。

「あなたはここで休んでてください。私たちの出番ですから」

「出張らせて悪かったな、本当に、今度こそ、休んでていいぜ」

 短い打ち合わせの後、3人の駐在武官が外に出た。しばらくして、言い争う声が聞こえてきた。意外に派手な音が聞こえてきて、内心不安になる一同。

「おいおい、なんか、まじっぽいんだが……」

 ラキアスはしかめっ面で答えた。

「あの三人は、元から仲が悪くての」

 外から何かが壊れる音が聞こえてきて、盛り場に集う人々の悲鳴や、けしかける歓声がひときわ大きくなった。

「んじゃ、いっちょいきますか」

 ガルフはラキアスに声をかける。ラキアスもうなずいて、ロングソードを確かめ、酒場の扉をあける。

「おまえら! 何やってんだ! ちょっと駐在所まで来い!」

 表通りどころか、裏通りまで響き渡りそうな声が聞こえる。この距離ならあの家の中にまで声は聞こえたと思われた。

「おい、いくらなんでもガルフ隊長、相手にできるかよ!」

 そばにころがった木の板を蹴り飛ばして路地裏に逃げ込む三人。

「待ちやがれ!」

 騒ぎの音か小さくなったころ。酒場の中に動きがあった。

「トラシア、ミネルバ、行くぞ。テオ、ミオ手はず通りに」

 4人がうなずいて酒場の入口へ向かう。

「気をつけてください」

「任せたよ」

 エリスとカミユは5人を見送った。


「手近な空き家に隠れろ! 見つかったら殺されるぞ!」

 バタンと、目的の家とは別の家のドアをわざと音が聞こえるように閉める。

 そこにガルフとラキアスが駆けつけてきた。目的の家はすぐ隣だった。

「どっかに逃げ込みやがった。どうするラキアス卿」

「酒場の一部を壊して不問に付すわけにはいかん!」

 ガルフは地声のままで会話したが、ラキアスは怒り心頭といった感じで大声をあげた。

「しらみつぶしに探すか、まずはこの家からか」

 ガルフは目的の家の扉に手をかける。が、鍵がかかっているようで開かなかった。

「おまえら! いるんならおとなしく出てきた方が身のためだぞ!」

 おもむろにラキアスが扉から距離をとり、そして扉に突進する。

 派手な音とともに、扉はちょうつがいの方から壊れて家の中に倒れこんだ。

「わしを怒らせるなよ!」

 本気の怒声を家全体にぶつける。

 ほぼ同時に、テオとミオが精霊の助力を仰いだ。

 テオは家の大半を構成する土壁を通して中を探る。ミオは風をほんの僅かに送り込む。

 二階に3つの人影があり、一階階段近くに一つの人影を認めた。

「人質は二階、男は一階階段よ!」

 ガルフ、ラキアスに聞こえるように大声で叫ぶ。同時にテオが土壁を操作して、階段の途中に壁を作り出した。

「うおおおおおおお!」

 ガルフは全力でグレートソードを振りかぶって階段付近の黒い影に突撃した。ラキアスもロングソードを抜いて、ガルフの背後に回る。

黒い影は、ガルフを認めるや否や階段とは逆の小部屋に逃げ込み、そのままの勢いで窓を突き破って裏通りへと飛び出した。

男は地面に着地するより先にハルバードで胴を打たれ家の壁にたたきつけられる。

反動で後頭部を強打し、頭が真っ白になる。しかし、すぐに目を開けて状況を把握しようとした。把握できたのは、面前に突きつけられたロングソード、右わきにはハルバード、左わきからはエストック。すべてが肌に触れるほどの距離にさし向けられていた。崩れ落ちることすら許されぬ状況を、男は把握した。


土の魔法で拘束された男の前に、ラスタをはじめとした4人を残して、ラキアスはテオとミオの三人で人質の救出に向かった。

ベッドに横たわった大人二人と、母親の脇にいた子供。テオが三人のそばに近づいたとき、窓から月明かりが差し込んできた。その時、子供の体の上で何かが光った。

ラキアスはしばらくその銀の光を見つめていた。

子供の胸に突き刺さるダガーの刃を……


 エリスに抱えられたカミユが路地裏から顔を出した時、二階から男の嗚咽が叫びとなって聞こえてきた。

「おおおおおおお、なんでじゃ、どうしてこうなる! 起きろ、目を開けてくれ!」

……

「おまえ! まさか!」

 ラスタが男の頬を力いっぱいはたく。

 男は何も答えない。

 しばらくして、家からラキアスが出てきた。その顔は怒りに満ちていた。

 いきなりだった。ラキアスはその男を蹴りあげた。

 ガルフの顔のあたりまで蹴りあげられ、そして、地面にたたきつけられる。

「わしに恨みがあるなら、わしを殺せ! なぜ、なぜ、あんな幼子が……」

 ラキアスは膝から崩れ落ち、木でできた家の階段を拳で殴りつけた。

 初めて、男が口を開いた。

「おまえに恨みなどない。ただ、主の命」

「主とはキルティス伯か! わかっているんだ。答えろ!」

 ラキアスは、口から血を滴らせている男の胸倉をつかんで持ち上げた。

 男は無表情なまま口をつぐんだ。

「どうゆうこと?」

 家から出てきたミオがおもむろに疑問を口にする。

「何がでしょうか?」

 トラシアは状況を説明すべきかどうか迷っていた。

「その男の心臓の音をさっきから風の魔法で聞いていたんだけど、キルティス伯の名前を聞いても、音が変わってないの。主はキルティス伯じゃないんじゃないかしら?」

「なんだと?」

 予想外のミオの言葉に、ガルフが応じる。

「あ、やっぱり、今の私の声で、音が変わった。何か隠しているわね。その男」

 ミオは男を睨みつけた。今度はトラシアが男の前に進み出た。

「あなた、魔法は使えませんのね。魔法を使った尋問は御存じかとは思いますが、エルフの精霊を使った尋問は、存じ上げませんわよね? 私も初めてですから」

 満面の笑顔を作り出して、キーワードになりそうな言葉を紡ぐ。

「コルトス子爵、軍務大臣なんかはどうかしら」

 次々と帝国貴族の名前を上げる。

 1~2分ほどたったころ、トラシアは音を上げるようにミオの方を振り向いた。

「だめね、これまでのセリフ一つも反応しなかったわ」

 ミオは首を横に振った。

「大公グラムス」

「反応した!」

 誰かが放った言葉に対して、ミオが沈黙する男の代わりに反応した。

「え? あ! みんな気をつけて、敵がいる!」

 鋭い言葉を放ったミオは、全員に喚起を促す。

 騒然とした中、ラスタがあたりを見渡そうと振り返る。その目の前を大きな斧が横切った。続いて甲高い音が胸元から聞こえた。

「風よ、敵を切り裂け!」

 ミオの声とともに一陣の風が向かいの家の屋根に降り注ぐ。

 一瞬ではあったが、何かが飛びずさって消えたのがわかった。

 そして、ラスタの脇に漆黒に塗られたダガーが転がり落ちた。

「ミネルバ、助かった」

 ラスタは感謝を伝えたが、その顔には苦渋の表情が浮かんでいた。

「男はどうなった?」

「だめだ、即死だ」

 ガルフがひざまずいたその横に、拘束された男が横たわっていた。男の胸には漆黒のダガーが根元付近まで突き刺さっていた。

「さっきのセリフはラスタ? 大公グラムスって、誰?」

 ラキアスのそばにいたカミユが確認する。

 自分で自分の歯を噛み砕きそうなほどかみしめた歯をようやく引き離して答える。

「大公グラムス、陛下の兄君、俺の伯父だ」

「大公殿下が、なぜこんなことを……」

 ラスタの言葉を聞き、ラキアスは放心したようにつぶやく。

「ラキアス、狙いはお前じゃなかったんだ。狙われたのは俺だ…… すまん」

 ラスタは唇をかみしめながらも謝罪の言葉を口にした。謝って償えることではないとわかっていたが、それ以外にできることは何もなかった。

「肉親…… か、辛いね」

 カミユがぼそりとつぶやいた。ラスタは首をうなだれたままだった。


 幾人かの疲労が激しかったため、駐在武官たちを呼び戻して、死んだ男を駐在所に運んだ。ラキアス、カミユ、エリスはそれぞれ家に帰って休むことになった。

 駐在所で男の死体を前に、ラスタ、ガルフ、ミネルバ、トラシア、テオ、ミオの6人は何も考えられないでいた。

 男の口から何かを聞いたわけではなく、証拠となるようなものも何も見つからなかった。とりあえず、トラシアの発案で、カミユが飲んだ毒の解析を行うこととして、ラキアス卿の邸宅を明日調べることにした。

「あんたもかわいそうね。主のために動いたのに、すぐに殺されるなんて……」

 死んだ男に同情して声をかけたミオは、ふと、嗅いだ事のない匂いに気がついた。

「何の匂いかしら、これ」

 死体の襟元近くから不思議な香りが漂うのを嗅ぎとって、服の襟元をそっと探る。指先に少しだけ違和感があった。服の隙間から襟元の違和感を感じた場所に指を入れる。指先にひっかけてそれを取り出す。

「手紙? 見せてくださいまし」

 トラシアが慎重に開いた手紙には、同封した毒をラキアス邸で行われるパーティーに入れるようにと目的が書かれており、そのあとに実行手段として、今日起きたことが記載されていただけだった。

 しかし、トラシアの表情は先ほどよりも勢いが感じられた。

「この香り、香水ですわね。それにこの文字はおそらく女性のものでしょう。この証拠から、尻尾をつかんでやりますわ。殿下」

 ラスタは力強くうなずいた。痛む自分の心を奮い立たせるために。

 だが、しかし、周囲の人間の心に与えた痛みの大きさは計り知れず、憎しみを利用しなければたっていることすらおぼつかないほど、打ちのめされていることはわかっていた。


 窓の外には、静けさの中、満月が銀色の冷たい光を放っていた。

 死を悼むかのように……


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