第16話 遺跡
昼過ぎの日差しが少しだけまぶしく照らす午後。泉は、森の喧騒とは違う人の声に包まれていた。少し前に、大きな音とともに、木々を揺らして舟らしき物体が空から泉近くに降り、その中から、6人の人が泉近くに降り立っていた。
昨日朝にはその場に二人の人影があり、それから丸一日を経過していたが、これまで泉はこれほど数多くの人の訪問を受けたことはなかった。泉は、ただ、初めての状況を楽しむかのように水面を揺らしていた。
6人の中の一人の少年は興奮した表情を浮かべて、中でも長身の眼鏡をかけた女性に向かっていた。その女性はほとんど表情を崩さないまま、目元だけは優しく少年の言葉を受け止めていた。
「やっぱり、飛空艇は早いね~~。すごいや~~。これトラシアさんが作ったの?」
少年は目をいっぱいに見開いて船と長身の女性の間に視線を交互させていた。
「この船は5年前に作りましたが、私としてもなかなかいい出来栄えだと感じていますわ」
トラシアと呼ばれた女性は少し複雑な表情を浮かべ、即座に消して少年を向き直った。
「カミユさんは飛空艇をご所望とお聞きしましたが、この飛空艇はいかがですか?」
少年はきょとんとした顔を浮かべていた。仮定の話なのはわかっていたが、思わず考え込んでしまう。ふと目の前にある白いラスタの飛空艇を見渡す。
小舟の上に一回り大きな船をひっくり返したような形ではあるが、そのなめらかな曲線は美しいと思えた。中央部から後ろにかけては上部に小さな翼があり、その先端にさらに小さな翼がついている。飛空艇の下部は前方に一つ、後方に二つ、斜め後ろに向かって船体を支える突起の様な足がついていた。
これがあれば、自分は空を飛ぶことができる。いきたいと思う場所に行くことができる。そう思うのだが、自分の頭の中のイメージに、この飛空艇が当てはまってこない。
「う~ん、なんでだろう。飛空艇はほしいんだけど、この飛空艇に乗って飛ぶっていうイメージが浮かばない…… この飛空艇が悪いってことはないんだけどなぁ……」
カミユは首をかしげて悩みこんでしまった。
トラシアはもう少し深く聞いてみた。
「イメージですが、カミユさんの中では、この飛空艇はどんな感じですの?」
「う~ん、なんとなくきつい感じがする。突風みたいな感じ? 風を切り裂いていくような感じがするかなぁ……」
トラシアはなんとなくイメージがわかってうなずく。
「俺がほしいのは、なんていうか、いろんな風。森の中を舞うそよ風みたいで、空を飛ぶ鳥と同じように飛ぶ感じかな。つむじ風や嵐も嫌いってわけじゃないんだけど、どれか一つだけじゃなくて、全部合わせて風なんだと思うから」
トラシアは背筋がぞくぞくと湧き立った。カミユの要望はこれまでの飛空艇のすべてを実現するようなものだった。それに全力で挑める。そして、成し遂げる。トラシアはカミユに気付かれないように心に誓う。必ずやご期待にお応えいたしますわ、と。
「その想い。大切にしてくださいまし。いつの日か実現できると私も祈っておりますわ」
少年は力強くうなずいた。
時は少しさかのぼって、同日午前。
雑貨屋で必要な道具を見つくろっていたカミユだったが、探しに来たエリスから、ガルフとトラシアが来ていることを告げられると、足早に診療所へと向かった。
扉を叩き中から声が応じるのと同時に扉を開けて中に入る。すぐに長身の眼鏡をかけた女性が歩み寄ってきてカミユの手をつかむ。その目は、異常なまでの輝きに満ちていた。
「遺跡をみつけたとは本当ですの? いつの時代の? どれほどの大きさの? どこに在りますの? 急いでいきますの!」
あまりに勢いに、追いやられて後ろによろめくが、エリスがうまく支えてくれた。しかし、前方の女性からは圧倒される雰囲気はいささかも衰えていなかった。
「ちょ、ちょっとまって、トラシアさん、いきなり色々言われても困る。少し落ち付いてよ!」
必死に近い声を聞いてトラシアは我に返って深呼吸をして気を鎮める。
「失礼いたしました。私とあろうことが取り乱してしまいまして。ただ、封印の解かれていない遺跡の発見は帝国技術省でも、数年に1回ぐらいしかありませんの。だいたいは、あなた方の様な冒険者に先を越されてしまいますので」
トラシアは取り乱した理由を説明したが、一方でカミユはその言葉に不安を感じた。
「むぅ~。帝国技術省が出張ったら、こっちのもうけがなくなる。飛空艇が遠くなるよ」
通常、冒険者が遺跡を探索して手に入れたものは、価値がありそうならば競売にかけ、価値がなさそうなら、帝国技術省に売り込みに行き、それでも買い手がつかなければ雑貨屋等に売り払う流れになっていた。
カミユの不満に、トラシアは危機感を抱いた。警戒されている。このままでは遺跡の場所を教えてもらえない。かといって、高価なものが出てきた場合に買い取るにしても、技術省の予算は、ファルコンウイングでほぼ尽きていた。
ドラゴンの宝の件が頭に浮かぶが、ラスタからは極秘と言われているため、当の本人に伝えることができない。歯がゆい…… トラシアぎりぎりと歯を食いしばる。
「ひぃ! ト、トラシアさん、そ、そんなに怖い顔しないでよ」
あまりの表情にカミユとエリスは震えあがってしまった。
トラシアは誤解を与えたことに気がついて謝罪する。
「あ、いえ、申し訳ありません。技術省の予算の少なさに、少々いら立っておりまして。カミユさん、ものは相談なのですが、今回の遺跡の発掘で、技術的なものは技術省が、価値の高い装飾品に関しては、皆さんの方に所有権を認める形でいかがでしょうか?」
トラシアの案は技術省にとっては、苦肉の策ではあった。しかし、発見者は民間人であり、この場合、優先権は民間人の方に存在するため、最低限抑えたいものだけは確保するつもりであった。
カミユは少し考えて一つだけ条件を加えた。
「技術的なものの中で、飛空艇に関連したものや伝承に関した文書があった場合、複製をもらえないかな? 俺もそういったもの集めてて」
「古文書を集めているのですか? ああ、そういえばアルジェの戦いでは、その豊富な知識が民を救ったのでしたね。失念しておりました」
トラシアは頭を垂れて謝罪を示す。しかし、はたと気がついて、カミユに目を向ける。
「ところで、どれほどの古文書をお持ちなのですか?」
頭の中で大雑把に数を数えて口にする。
「300冊ぐらいかなぁ」
「さんびゃくぅ!」
トラシアは目が点になった。帝国技術省の予算が少ないとは言えそれでも帝国の一行政機関である。しかし、その蔵書は1000冊をわずかに超える程度であり、300冊もの古文書を個人が、しかも年若き少年が所有していることは、想像の域を超えていた。
「本当ですの? いつの時代の? どれほどの詳しさで? どこに在りますの? ぜひとも見させてください!!」
「ちょ~~っと、まったぁ! 今は先に遺跡じゃない? 俺の古文書は逃げないってば」
「でも、しかし、少しだけでも」
トラシアは食い下がってでも一目見たいと懇願した。
「カミユ、診療所は午前で閉めて、そのあと食事をしてから、飛空艇で遺跡に向かいましょう。まだ少し時間があります。食事時に呼びに行きますので」
その間トラシアの相手をしろということですか…… カミユは大きくため息をついた。
「でわ、早速!」
トラシアは言葉が早いか、飛び出すのが早いか、診療所を後にした。
カミユを引きずって……
トラシアはカミユの蔵書の数々に数瞬の間想いを馳せていた。
「トラシア、おい、トラシア」
無骨な声でその想像がかき乱される。
「なに、ぼ~っとしてるんだ? 遺跡は目の前なんだぞ。気合い入れろよ!」
ガルフの声で我に返ったトラシアは、現状を再確認する。
カミユの家で蔵書の数々に圧倒されたのち、アリアスの町で帝都よりも数段上と思われる味付けの食事を取り、飛空艇で遺跡へと目指し、今自分たちは遺跡の目の前にいる。
「トラシアさん、こっち、こっち~」
カミユの声が滝の脇から聞こえてきた。飛空艇の舳先で滝の流れを遮った先には、奥の壁が見えるほどの浅いほら穴が開いていた。トラシアも急いでそのそばの人影に合流した。
「これは、連邦政府時代の封印ですわね」
「間違いないの?」
カミユの問いかけは、ある意味、ほとんど意味をなさないものではあった。
「連邦政府時代以前に、この辺りに文明が栄えていたとすれば、古代文明以降ですわ。古代文明の遺跡は見つかっておりませんが、連邦政府時代の遺跡は、魔法回路を見せないように二枚重ねの扉の間に魔法回路を組み込む形になっています」
「そうなんだ…… ってあれ? どこかで複雑な魔法回路がむき出しの扉に出くわしたような気がする……」
トラシアはカミユのつぶやきが耳に入らないくらい扉に集中していた。
「これなら、私が開けられますわ。皆さん、何が出てくるかわかりませんので、準備だけはしておいてください」
トラシアは壁の左脇にしゃがみこんだ。ガルフが盾を構えて扉の中央に構え、カミユが剣を構えて右わきに立った。テオ、ミオ、エリスは、ガルフから3歩ほど下がった位置で、精霊に加護を求め、テオが準備が整ったことをトラシアに告げる。
「準備はできました。気をつけてください」
トラシアはガルフとカミユに目配せをして、二人がうなずいたことを確認して言葉を紡いだ。
「われ、汝らの主たらしむるもの。我らが施し封印よ、解き放たれん」
一瞬の静寂の後、一枚と思われた岩が、中央から二つに割れ左右の壁に飲み込まれていった。
ガルフは目を凝らし、扉から少し先に広がる部屋に動くものが無いことを確認して、足を進める。カミユ、トラシアが、そのすぐ後ろに続く。テオは、ミオとエリスの顔を見てゆっくりと先頭と距離を保ちながら歩み始めた。
扉から伸びた通路が終わり、部屋の領域にガルフが足を踏み入れた瞬間、違和感が走った。それに、ガルフ、カミユ、トラシアが気付く。
「なんだ?」
「?」
「部屋が動き出したのかもしれませんわね……」
トラシアの言葉とほぼ同時に、ガルフは部屋の左壁際に小柄な人型の石像を認めた。そして、その石像の足、手、頭がゆっくりと動き、ガルフに向かって移動してきた。
「ちっ! 罠か!」
ガルフは、右手のグレートソードを力任せに振りかざして、石像の脳天に振り下ろした。
「お待ちなさい!」
トラシアの鋭い声は、鈍い激突音で答えられた。即座に部屋に変化が訪れる。どこからか黄色い光が部屋を一定間隔で染める。そして、部屋のどこからか判別がつかないが、声が響き渡る。
「本施設の民間人の立ち入りは禁じられております。速やかに退去してください。猶予は1分です。再度警告いたします、本施設の……」
ガルフの一撃に反射的にカミユが駆け出していた。カミユは声に反応して体を止めようとしたが、勢いがつきすぎていたため、肩から石像に突っ込んでしまった。
いきなり部屋全体が赤色に染まる。
「本施設の守護者に対して攻撃を感知。侵入者とみなし、これより攻撃を開始します」
石像は右の腕を振り払いカミユをなぎ払うと同時に、左手をのばした形でガルフに対して突進してきた。
ガルフは盾でそれを受け止めようとしたが、盾ごと壁まで吹き飛ばされた。
「お二人とも、一旦引いてください!」
トラシアは部屋の入口の通路で二人に叫んだ。
石像は声を放った女には構わず、向きを変えてカミユに襲いかかる。壁にたたきつけられたカミユはよろめいていた。その体全体が石の塊に吹き飛ばされる。
背骨がきしむような痛みを覚えたカミユは、開けた薄眼で石像とその後ろから体当たりを仕掛けたガルフを認めて、震える右足を蹴って左わきに転がる。
カミユが気がついて避けることを想定して、ガルフは石像の後ろから体当たりをした。石像は体当たりで壁に押しあてられるが、体当たりの影響は石像を通して壁に、そして壁から石像を通してガルフに跳ね返った。
想定していながらも、苦悶にゆがむガルフは息を吐きだした。
「カミユ、今のうちにさがれ!」
ふらつく足で視界が揺らされながらも、出入り口を目指してよろけながら走り出す。
ガルフはカミユの一歩後ろを後ずさりながら石像の動きを目で追う。
出入り口近くでよろめいてつんのめったカミユは、手をつかまれ引きずり出される。
「ガルフ、早く!」
カミユを引っ張るトラシアとテオ、ガルフは石像を向いたまま、それに続く。
石像が壁を離れ、ガルフに向かって追撃を加えようと迫る。
ガルフも通路に入って部屋と通路の溝に足を取られ尻もちをつく。
石像の左手が振り回されガルフの顔面に振り下ろされる……
……
ガルフの目の直前で石像の左手が止まっていた。そこは、部屋と通路の境界上であった。
ガルフはぎりぎりのところで踏ん張って、尻もちをついたまま後ずさった。石像は体を通路そばまで移動させたが、それ以上の追撃は行ってこなかった。
「申し訳ありません。私の思慮が足りませんでした」
封印の扉の外まで移動したパーティは、トラシアの謝罪に驚いた。
「なんでトラシアが謝るの? 封印を解いて、守護者が襲ってきただけでしょ?」
ミオは突然の状況に対して、これまで起きたことを簡潔に言葉にまとめた。
トラシアは、どのように説明してよいか少しだけ考えて、口を開けた。
「実は、守護者がいることは予想しておりましたの。そしてガルフが攻撃してしまうところまでも予想しておりました」
トラシア以外の皆が首をかしげる。
「なんで、それで、トラシアさんが謝るの?」
カミユは当然の質問を口にした。
「一度攻撃を加えただけの状態でしたら、守護者を止める方法がありましたの」
「なにぃぃぃぃ!!!」
ガルフとカミユは声を出して驚き、3人のエルフは声にならず驚いていた。
「封印と同じで、言葉でもって守護者を抑えることができるのですが、通常の状況から、一度攻撃を加えられると、警告が放たれ、そのうえで攻撃を加えると、侵入者とみなされ排除しようと、攻撃を加えてきますの」
これまで起きた事実そのものをトラシアの言葉で全員が再確認する。
「おい、今から、なんとかなんねぇのかよ?」
ガルフの言葉にトラシアは首を横に振った。
「一度攻撃に入れば、そこにいた人もエルフも、排除対象になるので、解除の言葉は受け付けられなくなります。カミユさんがあそこまで俊敏に反応できると思っておりませんでしたので……」
6人は部屋の入口にたたずむ石像を見ていた。
「状況を整理しようよ」
カミユが建設的な意見を述べる。
「現時点では、守護者は私たちを排除する状況になってしまいました。そして、ガルフ、カミユの攻撃で守護者は傷一つついていない。おそらくこんなところでしょうか?」
テオの言葉に、全員が肯定の意を示す。
「あの石像に、魔法は効くのでしょうか?」
エリスの質問は否定で答えられた。
「守護者は魔法で動いていますが、外部からの魔法をほぼ完全に遮断します。物理攻撃以外では破壊できません」
トラシアの言葉にうなだれる面々。カミユから異なる質問が飛ぶ。
「過去に守護者を破壊したことはあるの?」
「一度だけありますわ。ただ、50人ほどの兵士が犠牲になりましたが、石鎚などで石像を少しずつ削って、内部の魔法回路がむき出しになったときに魔法回路を寸断させました。それで守護者は止まります」
「要は今のメンバーでは、お手上げってことね」
ミオの言葉は現実的な回答だった。
「まぁ、追ってはこないみたいですし。命が一番大事ですからね」
テオが相槌を打つ。
「まぁ、しょうがねぇわな」
ガルフが声をあげて洞窟の外に向かい、テオ、ミオ、エリスがそれに続く。
カミユとトラシアは息も絶え絶えに首をうなだれたままゆっくりと洞窟の表に出た。
全員が飛空艇に乗り込んだ。カミユは左の銃座に座り込んだ。なんとなく照準の中心に目を向けると、部屋の入口の石像がそこにはあった。
「くやしい…… こいつをぶっ放せたらすっきりするのに……」
トラシアはカミユの言葉に反応できずにいた。いや、頭は反応していた。それがあった!
「ちょっとお待ちください」
トラシアは、自分の荷物の中から砲弾を取り出して、左の大砲の弾倉にそれをこめた。
「これを石像にたたきこんでくださいまし!」
勢いに押されて、カミユは照準を再び覗きこむ。
「照準よし、弾丸よし。でも、トラシアさん、まじでやるの?」
「撃ってくださいまし!」
トラシアの合図で引き金を引くカミユ。魔力で押し出された弾丸は、その先端が鋭くとがり、真中付近に魔法回路が施されていた。一瞬の間に弾丸は石像の中心に突き刺さり、鉄の玉が石像を削りながらひしゃげ、魔法回路が石像の体に張り付いた。そして、洞窟の奥から、太陽が爆発したような閃光がほとばしって、その数瞬後に大音響が、滝に、泉に、森に響き渡った。
何が起きたのかわけがわからないカミユは答えを求めたくて操縦席のトラシアを振り返った。そこには、ガッツポーズを決めたトラシアが、恍惚の表情を浮かべていた。
「ふふふ、やはり私の技術は最高ですわ。連邦政府を既に超えてしまったのですね……」
カミユは昨日感じた背筋の寒さを、再度感じていた。
「とりあえず、ガルフ、どうなったのか気になるし、一緒に来てよ」
応とおうじて、ガルフとカミユが洞窟の奥に向かった。
エリスは心配になって飛空艇を降り、それを止めるために、ミオとテオも飛び出していた。トラシアは悠々とそれに続いて飛空艇を降り立った。
洞窟からゆっくりとカミユとガルフが姿を現した。
「粉々」
カミユのセリフに一人を除く全員が目を見開いていた。ただ一人、トラシアだけは鼻を高く伸ばしており、そのまま地面に突き刺せば天に登れるかと思うほどだった。
「トラシアさん、悪いんだけど、この後何もないよね?」
散々、ひどい目にあったカミユは、トラシアを問い詰めた。
我に返ったトラシアは咳払いを一つして、明確に答える。
「ええ、もう大丈夫ですわ。一つの遺跡に二つ以上守護者がいたことはこれまでにありません。さぁ、奥にまいりましょう!」
トラシアが奥の封印を解いて、その先の部屋に全員が入り込んだ。そこには古文書が幾つかあり、隅に一つの箱が置いてあった。カミユはその箱を目にとめて、即座にその箱を調べ始めた。
「ん、罠はないみたいだね。開けるよ!」
ガルフは何か出ないか周囲を警戒していたが、お構いなしにカミユは箱を開け、その中にふた振りのエストックと紙切れを認めた。
「何これ? う、読めない……」
トラシアがカミユから紙片を受け取るが、そこには自分が知らない文字が記載されていた。
「それは、古代エルフ文字です。残念ながら私も読めません」
テオが事実を伝える。しかし意外なところから声が上がる。
「私にも見せていただけますか?」
エリスが手を差し伸べ、トラシアがため息交じりに紙片を渡す。
「この…… ふた振りの剣…… 悲しみの中互いの生命を終わらせし剣。呪いに引き裂かれた二人のエルフの魂がこれに宿る。悲しみをいやす資格在りし者のみが手に取らん」
エリスの言葉に表情を硬くしてテオが反応する。
「この二本の剣は、エルフに関連するものと言うことですか?」
エリスはテオに振り向いてうなずく。
「トラシアさん、このふた振りの剣、私とミオがいただきます。もし、必要なら対価をお支払いいたしますが、いかがですか?」
ミオは驚いてテオを見ていたが、テオは覚悟を決めたような真剣な表情をたたえるだけであった。
「ちょ、テオ、なんかやばい品物ぽくない? 大丈夫?」
カミユは心配するが、テオはゆっくりとうなずくだけだった。
「事前の合意では、装飾品の類は、カミユさんが所有権を保持しておりますので、私には異存はありませんわ」
トラシアの言葉で自分が呼ばれたカミユは、
「テオ。エルフの剣なら二人が持つのがいいと思うよ。エリスは剣は苦手だしね」
テオは深々と頭を下げて、青いエストックを自分の腰に、緑のエストックをミオに渡す。ミオは、何かを感じたのか、何も言わずにその剣を腰にさした。
その時カミユは上を見上げて呆然としていた。
「カミユ、どうしたんですか? 何かあるのですか?」
エリスが不思議に思ってカミユの視線を追った。
「あれは、なんですか? 絵?」
「違うと思う。なんだろ……」
カミユの言葉に全員が天井を見上げた。そこには天井一面に描かれた図形があった。
「あれは、布か何かに描かれた後に天井に貼りつけられていますわね」
トラシアは簡単に分析した結果を告げる。
「トラシアさん、あれの複写、俺にももらえるかな?」
トラシアはうなずいた。
「ええ、これまで見たどんな古文書よりも不思議な感じがします。ただ、カミユさんの蔵書を技術省に寄贈いただけるという約束の対価でかまいませんでしょうか?」
カミユはトラシアを見て複雑な表情を浮かべる。
「はぁ、トラシアさんも苦労してるのね。了解だよ。俺の蔵書持っていっていいから」
トラシアは満足にうなずいた。この図形は何なのだろうかそれだけが、トラシアの頭の中を支配していた。
テオは真剣な表情で泉を見つめていた。そのそばにミオがやってきた。
「テオ、この剣って、もしかして言い伝えにあったあの剣なの?」
テオは自分の妻を見て悲しげに、優しくほほ笑んだ。
「ええ、ほぼ間違いはありません。この力を使わなくて済めばいいのですが……」
テオの言葉は、ミオには重くのしかかったが、
「それでも、私はうれしいと思うわ。あの子たちを全力で守りたいと思うもの」
優しくミオはテオに口づけをかわして、泉のほとりでたたずんでいた。
自分たちとは血を分けていない子供たちに、
自分たちができることが増えたことを喜んで。
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