第14話 報酬

「あ~めんどくさぁ」

帝国宰相執務室。豪華な調度品、贅沢な作りの机、そして最高級の椅子の上に座る男は、その服装と容姿に一切合致しない表情で、ため息のような声を吐きだしていた。

目の前の机の上には、何十にも及ぶ、承認の必要な書類が乗っており、まだ3分の1を終わらせたところだった。これが終われば、町の有力者や貴族との謁見で一日が終わる。このような生活をここ1週間ほど毎日行っていた。

執務室の扉がノックされる。

「開いてるぞ、入れ」

 ぞんざいに言い放つラスタ。扉から入ってきたのは、技術省の主任研究員のトラシアだった。トラシアはため息をついて説教を開始する。

「殿下! 私だから良いものの、他の臣下に今のような表情を見せていただいては困ります。帝国の頂点たらしめるのは、単に皇太子としての地位ではなく、それを勤め上げる人間としての品位、行動が必要なのですわ。殿下はそのあたりが、いささかではなく足りていないと申し上げます」

「あ、終わったのか? 説教は」

両耳から手を離して応対するラスタは、珍しくあきれ果てたトラシアの表情を見て満足そうだった。

「私は、私の仕事をさせていただきます」

 投げやりなトラシアは、扉の外に待たせていた衛兵に荷物を運びこませて、礼を伝えて下がらせた。

「なんだそれ?」

「アルジェからの品です。それと殿下へアシュア執政官より手紙が一緒に来ておりまして、読み上げてよろしいですか?」

トラシアを促して内容を聞き終えたラスタは、驚きの表情を浮かべていた。

「5000万ゴールドだと? それほどまでの宝だったのか? あのドラゴン、いや、火竜のもあるということはドラゴン2匹分か……」

しばらく考え込んで、トラシアにも意見を聞いた。

「この金は誰が受け取るべきだと思う?」

「少なくとも、ラキアス卿と私以外ですわ」

 予想外の答えだったため、少々驚いたラスタは理由を問う。

「なぜおまえたちが除外されなければならないんだ? 十分な働きだったと思うが……」

「私たちは、皇帝陛下の命で動きましたので、それに対して他国から報酬を受け取るわけにはまいりません」

 失念していた事実を告げられて納得してうなずく。命令で動き、それに対して別の所から報酬を受け取るのは、帝国内の法律で禁じられている。賄賂など腐敗を防ぐため。

「殿下、あとミネルバ様も除外されるかとは思いますが、それ以外の協力していただいた方々に等しく分けるのが上策かと存じますわ」

「ふむ、カミユ、エリス、テオ、ミオ、ガルフ。ちょうど5人か、ガルフにも意見を聞いてみたいな。トラシア、ガルフを呼び出してくれないか?」

「承知しました」

 うやうやしく頭を下げてトラシアは退出した。


「いらねぇ。とのことでした」

ガルフが来ると思っていたのに、再度ドアをたたいた訪問者はトラシアだった。

「いらないって、おいおい、そんな簡単に割り切れる額じゃないだろ」

「ガルフの言葉ですが、テオさん、ミオさんも同じことを言うだろうとのことです」

「本人たちに確認せずに決めるわけにもいかないだろ」

と口では応じつつも、外れてはいないだろうとラスタは考えていた。

「ガルフの話にはまだ続きがありまして、カミユの希望をかなえてはどうか? と」

 両手を組んで考え込むラスタは、一つだけ思いいたって、トラシアに依頼を告げる。

「トラシア、急ぎの仕事がないなら、一つ頼みがあるんだがいいか?」

 トラシアはうなずいた。

「俺の飛空艇を使っていいから、カミユとエリスに内緒で、テオとミオに、報酬の打診をして回答を受け取ってきてくれ」

「かしこまりました」

 そしてトラシアは退出していった。

ラスタは考え込む。確かにカミユは都市国家アルジェを救った。しかし、それは帝国内ではあまり認識されていない。飛空艇は帝国でも最重要の技術であり、簡単に渡せるようなものではない。帝国内でも何らかの手柄を立てれば、貴族たちも不満は言わないだろう。先に内緒で作らせておいてもいいか。まあ、トラシアの持ち帰る回答次第だが……


翌日

「ま、予想通りだったわけか。面倒事を頼んで悪かったな」

「いえ、面倒などとはつゆとも感じませんでした」

なぜか目を輝かせていたがその理由がラスタには全くわからなかった。

「トラシア、帝国の最新技術を全て注ぎ込んで小型飛空艇を作るなら、いくらかかる?」

「5000万ゴールドですわ。殿下」

 即答で答えが飛んできて、ようやくトラシアの目の輝きの理由が判明した。

「おまえ、作りたいのか? 金に糸目をつけずに、全力で、飛空艇を……」

「私はこれでも技術者のはしくれですわ。自分の限界に挑めるのであれば、寝食を彼方に蹴り飛ばしてでも、やり遂げる所存です」

 勢いだけで目の前の書類が吹き飛んでいきそうな、初めて見るトラシアに驚きつつも、昨日から考えていた問題点を告げる。

「おまえの気持はわかった。こうして予算も十分にある。だが、コアクリスタルがないだろう。お前がこっそり隠し持っているなら別だが」

「隠し持ってなどおりませんわ。でも、それは問題にはなりません」

 ラスタは意味がわからず、話を促した。

「殿下、昨日のアシュア執政官からの手紙に、金品以外に帝国に役立つと思われるもの、とあったのを、覚えていらっしゃいますか?」

「まさか、ドラゴンがコアクリスタルをもっていたとでも?」

「その通りです!」

 昨日から置き去りになっていた品物の一番上の箱を開けてそれを示す。かなり大きな執務室を、濃い紫色の光が染め上げる。色の濃さと光の強さがその石の力を現していた。

「うお! 俺でもわかるぞ、その色と光、どれだけの力持ってるんだ?」

「もしかしたら、ガレリア級戦艦でも動かせるかもしれませんわね。これだけの質と大きさ。私も初めて見ました。そして、心を奪われてしまいましたの。うふ、うふふ……」

「ちょ、ちょっとまった~! ガレリア級すらって、そんなもんで小型飛空艇作る気か?」

「あんなデカ物、美しくありませんもの。小型飛空艇で力を凝縮させれば、もしかしたら、竜巻の壁すら越えられるかもしれませんわ」

 竜巻の壁。一列に並び、世界を隔てる竜巻が帝国の北に存在している。その列は、西は海の上から続いており、東の果てはいまだ確認されていない。伝説では、魔神を防ぐため神が作り出したものとされている。その魔神は存在すら確認されてはいなかったが。

「竜巻の壁を超える! できるのか?」

「これだけのコアクリスタルなら、ウインドブレーカーの方にもかなりの力を割くことができます。帝国の技術の限界を突破して見せますわ」

 技術狂いのトラシアだけでなく、ラスタすら、胸が躍るような興奮を覚えていた。連邦時代には竜巻の壁を超える飛空艇が存在していたとされている。自分の見知らぬ土地、帝国の外の世界を見にいける。

「トラシア、最新の小型飛空艇の建造計画、極秘で持ってこい。親父には俺が言っておく」

「承知いたしました」

 そして、ラスタは生まれて初めて、喜びでスキップする女性を目にした。

「カミユ、お前、とんでもないもの、手に入れたのかもしれんな」

 技術狂いが全力で作ったシロモノを操縦する実験台……

「幸か、それとも不幸か……」


「へっ、くしゅ」

「カミユ、風邪ですか?」

 エリスの様子を見に診療所を訪れていたカミユをいたわるように気遣うテオ。

「あ、いや、別に熱もないし。あ、でも、ちょっと背筋が寒いかも」

 エリスが心配そうに顔を覗き込んで額に手を当てたりしている。

「普段から、熱いんだから、熱が出ても気がつかないんじゃない?」

「なにそれ?」

ミオの皮肉にカミユは気がつかなかった。

「まぁ、今日は患者さんも多くはないですし、エリス。もう上がってもいいですよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 エリスはお辞儀をして、カミユの手を引っ張って自分たちの家に向かう。

「昔は、ミオの役割でしたね。さみしいですか?」

「少し、ね。でも、ある意味、安心してるわ。あ~もう。子供いないのに姑気分か」

テオとミオは顔を見合わせて、心の底から笑った。

幸せな、本当に幸せな時間が、そこにはあった。

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