第13話 お守り

都市国家アルジェでは昨日のドラゴン退治と町の平和を祝って、朝からお祭り騒ぎで、町全体が勝利と酒に酔っていた。戦いの疲れから休んでいたカミユはまどろみの中から強引に引き戻された。

「いつまで寝てるんだ、いい加減起きろよ、カミユ」

 声の主は豪華な礼装に身を包んだラスタだった。

「はぁ、あ、ラスタ、おはよう。って、何その格好」

ラスタの衣装に多少驚いたカミユは、ラスタの衣装に目を走らせながら問いかけた。

「何って、パーティー用の服だ。お前、パーティーに出たことないのか?」

「そんな服着るようなのには出たことないなぁ。あぁ、でも、おやじは着てたか…」

「あんまり悠長にしゃべってる暇はないんだ。さっさと起きてお前も着がえろよ」

「へ? 俺も着るの?」

「当たり前だろ、俺達全員が招待されてるんだ。ほら、行くぞ」

持ちにくいものを引っ張っていくような感じで、ラスタはカミユをベッドから部屋の外へと引っ張り出した。


(パーティー会場)

日中の祭りの雰囲気をそのまま引きずった人々は、挨拶がまだにもかかわらずパーティー真っ最中のにぎやかさを作り出していた。アルジェの有力者などの攻勢をうまくかわしてラスタは目的の人物の所にたどりついた。

「カミユ、ドタバタになる前にちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」

「なに?」

鳥らしき肉の焼き物を皿に乗せながら応対するカミユ。

「たとえばの話なんだが、非常に攻めるのが難しい砦に強力な守備部隊がいる場合、有効な攻め方とかはあるのか?」

「う~~ん、知りたいのはどっちかっていうと奇略のたぐい?」

「そうそう、そうゆうので頼む。手元の戦力が乏しい場合で」

「俺が考えた方法じゃないけど、城に出入りしている従者に戦士を潜り込ませて、眠り薬で守備隊を眠らせて無血開城ってことがあったらしいよ。他って、ちょっと今すぐには思い出せない」

「なるほど、いや、参考になった。ありがとう」

手を挙げて謝意を示してそばを離れた男の顔には、勝利を確信した笑みが浮かんでいた、わずかな邪悪さとともに……。

カミユはいぶかしげに首をかしげたが、料理のにおいに意識を持っていかれて、わずかな疑問は食欲でかき消されてしまった。

ラスタは地元の有力者と話をしていた。ふと、部屋の入り口近くの人の塊から感嘆の声が聞こえてきた。感嘆の声が入口からパーティー会場の中心近くに移動してきて、ラスタは感嘆の原因を視界に留めた。

そこには、可憐なピンクのドレスに包まれたミオがいた。

「ミオ似合うじゃないか、ミオのそんな一面みたら、テオも驚くんじゃないか?」

 満面の笑顔を浮かべたラスタの心の中は全く異なっていた。

(攻略対象はこいつじゃない)

「ラスタ、なんとなく褒め言葉が少ない気がするんだけど、気のせいかしら?」

「いや、気のせいではない。ただ、心の言葉を口にすると、テオに悪くてな。まぁ、今日のパーティーの華だ、この後いくらでも聞くだろうしな」

「なんか気にかかるけど、まぁ、いいわ。ところでミネルバにはドレス着せないの?」

「いや、俺もドレスでいいと言ったんだがな…」

言葉を口にしながら普段と同じ鎧姿のミネルバに顔を向けるラスタに、ミネルバは表情を変えないまま即答する。

「こういった場でこそ油断はゆるされぬ」

「たまには気を抜いてもいいと思うんだけど。ま、ミネルバらしい、って感じね」

ミオは少々あきれた感じでミネルバにほほ笑む。

ラスタはミオにワインのグラスを渡して、自分もワインに手を伸ばした。ふと、会場の入り口付近が静寂に包まれているのに気がついた。ミオがため息とともにつぶやく。

「華の寿命はみじかかったわ…」

 先ほどの感嘆と同じく、今度は静寂が移動してきた。そしてラスタも目を見開いてその静寂に巻き込まれた。

 ラスタの瞳に映っていたのは、髪を結いあげ、口には紅を差し、胸元の大きく開いた深紅のドレスに身をつつんだエリスだった。

 ラスタの思考は停止していた。しかし、本能が過去の記憶を呼び覚まして体を動かす。エリスに使える騎士がごとく、片膝をつき右手を差し出して、その美しいエルフの手を取ろうとした、その時、

「あの、ラスタさん、カミユはどこですか?」

攻撃開始の準備が整った瞬間の砦側からの先制攻撃。ラスタは一瞬で封じ込められた。ラスタは体勢はそのままに、わずかにうなだれてから、差し出した右手をそのまま右の方にいるカミユへと向けた。

カミユの元へとエリスは歩み寄っていき、会場の沈黙はため息で破られ、元の喧騒へと戻っていった。

「ふっ、これで勝ったと思うなよ。カミユ。勝負はここからだ」

道化を演じた男の眼には炎が宿っていた。


主賓全員がそろったところで、アシュアから都市を救ってくれた戦士たちの紹介があって、パーティーの開始が宣言される。帝国皇太子でありながら一戦士として力を貸してくれたラスタと、雷の魔法と古文書の知識で困難を打ち破ったカミユを称賛する声が大きかった。ただ、やはり飛空艇と帝国の力のためか、ラスタを称賛する声の方が多く、そして大きかった。

ラスタをはじめとして活躍した戦士たちの周りには人だかりができていた。ラスタはうまくころ合いを見図って、自分の周りの人だかりをカミユの方へと誘導した。

刺客として……

不敵な笑みを浮かべてつぶやくラスタ。

「カミユ、お前は大した軍師だ。これで、攻略に向かえる。悪くおもうなよ」

ラスタの思惑通り、砂漠の民は若い軍師に酒を注ぎ、カミユはかわし方もわからず飲みっぷりを示して期待にこたえる。口元の笑みを隠せないラスタの横に大柄な男が近寄る。

「おいおい、ちょっとばかり、やりすぎだろ」

「難攻不落で攻撃の機会さえない砦を落とすんだ。攻撃の機会を作るのは定石だろう。それに、テオもいるし、いざとなったら看病してくれるだろ」

ラスタの作戦はおおむね成功していた。砦の攻略方法は自分の腕にかかっている。そちらに関しても抜かりはない。そしてその時はやってきた。

「目がまわる~、き、気持ち悪い……」

 よろめくカミユ。こっそりと喜ぶラスタ。ただ、その喜びは長くは続かなかった。

「カミユ、カミユ、しっかりして、テオさん! カミユが!」

エリスの声に駆け付けたテオは少々厳しい表情を見せて、

「これは結構まずい。吐かせないと」

テオは周りの比較的酔いの浅い何人かに手伝いを依頼して、カミユを運び出していった。当然のごとく、砦をひきつれて……

呆然と立ち尽くすラスタ。当たり前の成り行きを見送ってガルフがとどめをさす。

「おまえには軍師の才能はねえな」

 あきれ顔でガルフは矢を放つことさえできずに敗退した兵の隣を去った。

「お、おい、どうしたんだラスタ。そんなに落ち込んで、町のものが何かしたのか?」

 元気のないラスタを心配したアシュアが声をかけてきた。

「うが~~~、飲む! 俺は飲む! アシュア付き合え!」

樽にグラスを突っ込んでこぼれるのもかまわずごくごく飲みほし始めたラスタ。そして、アシュアの空になっていたグラスを奪い取って同じようにワインをくみ取って、アシュアの口に押しつける。

「ちょ、おい、ラスタ、うぐ、うぐぐ~~」

哀れにも巻き込まれたアシュアはラスタと運命を共にすることになった。

そして、小一時間の後、パーティー会場全体に及んだ騒動で、会場は激しい戦闘後の荒野と見まごうような、酒臭く横たわる屍のごとし酔っ払いで埋め尽くされていた。


 カミユの看病がひと段落したエリスは、部屋に戻る途中で建物を出ていくミネルバの姿を見つけた。テオの薬で落ち着いたカミユのことは心配ではあったが、ミネルバが気になって後を追った。

 砂漠側の町の門近くでミネルバに声をかけた。

「ミネルバさん」

「エリス! カミユは大丈夫か?」

「ええ、テオさんの薬で、今はぐっすり眠っています」

「そうか、よかった」

「ところで、どちらに行かれるんですか?」

安心した表情を浮かべ、そして少し考え込んだミネルバは

「少し行きたいところがあるんだが、一緒に来るか? 朝までには戻れる」

「え、あ、はい」

少し驚いたが、ミネルバの誘いに応じた。

たわいのない話をしながら砂漠を歩くエリスは、普段よりも表情の豊かなミネルバに気がついた。

「ミネルバさん、なんだか、雰囲気が違う気がします。今の方がいいと思うのですが…」

「え、あ、ああ。普段というか、人の前では、な、あまり感情的にはなれなくて」

 少し遠い目をしながら声を絞り出す。そんなミネルバの様子に、少しはばかられながらもエリスは疑問を口にした。

「何かあったんですか?」

 当然の疑問、しばらく考え込んだミネルバは逆に質問で返してきた。

「エリス。カミユのことが好きか?」

突然質問で返されて戸惑うが、エリスは素直に答えを返す。

「え? はい。好きです。ずっと一緒にいたいと思っています」

「一緒にいて幸せか?」

「はい。もちろん」

少しの間沈黙が続く。ミネルバは夜空を見上げたあとに答えを伝え始めた。

「私にも、あったんだ、エリスが感じている幸せが」

悲しげなミネルバの顔と声に躊躇したエリスではあったが、

「あった、とは、今はもうない。ということですか?」

「ああ、私自身の手で壊してしまった。愛する人を…、私は殺した」

エリスは立ちすくんで声を出せなくなってしまった。直前のミネルバの質問から、頭の中で自分の想いを確認していたエリスは、自分自身のことのように想いを馳せ、そして悲しみにうまく口がついていかないまま、声を絞り出した。

「ど、どうし、て?」

「あの者は、優しく、私に喜びと楽しみを与えてくれていた」

エリスにあわせて立ち止まり振りかえったミネルバではあったが、前に向かって歩みながら語り始めた。

「ある日、あの者は、私に新たな喜びを与えようとして、危険な場所の奥にあると言い伝えられた宝石を探しに旅に出たのだ。そして、戻ってきたときには、あの者の内に人ならざるものが棲みついていた」

息をのむ。その声にならない音だけを聞いて話を続ける。

「心を支配されたあの者は、人々を虐殺した。数多くの人を。止めなければ町がほろびそうなほどに」

 苦痛の表情で、だが、口調は淡々と物語を語るように言葉を紡いだ。

「あの者がそのようなことをするはずがなく、私は何度も声を、あの者を引き戻したくて声をかけたが、言葉は返ってはこなかった。ただ、ただ一瞬だけ瞳が悲しみを訴えていたのが分かった。そして、その意味も……」

 エリスはしばらく、その意味を考えていた。ただ、もし自分が何者かに操られて、人を、大切に思う人を殺そうとしたら……

「愛する人に、自分を、止めて、欲しい……」

ミネルバは目を閉じていた、一瞬だけうれしそうな表情を浮かべ、そして消した。

「だから、私は、私の力で、その者を殺したのだ。それ以外の方法が見つからなかった」

ミネルバの言葉には一切の感情がこもっていなかった。ただ、手だけがすべてを握りつぶせそうなほどに硬く握りしめられていた。

 エリスにはミネルバの気持ちが、心が壊れそうなほどの悲しみが、理解できた。硬く表情を変えないミネルバと、ただひたすらに涙を流すエリス。かなりの距離を歩いたミネルバはふと歩みをとめた。その時、エリスは涙を流しながらも声をあげた。

「でも、もう愛されたくないなんて、悲しすぎます」

ミネルバは優しくエリスにほほ笑んだ。

「そう思う。ただ、今はやるべきことが他にあるのだ。時が解決してくれるかもしれぬ」

ミネルバはそっとエリスの涙をぬぐって、話を変えた。


「さて、十分町からは離れたか。エリス、驚くだろうが、安心してほしい。よいか?」

わけがわからないままうなずくエリス。そしてミネルバはエリスから少し距離を取って祈るようなしぐさを見せた。


ミネルバが赤い光に包まれ小さくなり、そして、光は大きくなって消えた。代わりに目の前には、昨日戦った火竜よりも一回りも大きな、赤い竜がたたずんでいた。

赤い竜が、優しい目でエリスを見て、ゆっくりと頭を近づけてきた。

(乗ってくれ)

「え? 乗る?」

エリスの声に竜の頭が縦に揺れた。エリスは声に従って首の上によじ登った。

(飛ぶぞ、しっかりつかまっていてくれ)

「は、はい!」

エリスはたてがみをしっかりと握りしめた。竜はゆっくりと羽ばたいて地面を蹴り、空へと飛び上がった。

「ミネルバさん、なんですか?」

ようやく言葉にできた質問に、先ほどから頭に直接伝わる声が答える。

(そうだ、すまぬな、驚いたであろう。私は竜人族だ。少々遠いところまで行くため、竜の姿となった。そなたにだけは見せてもよいと思ってな)

「竜人族……」

 エルフにも伝説として伝わっている竜と人二つの姿をもつ生き物。

「それで、あの、どちらへ向かっているのですか?」

(昨日の火竜のねぐらだ、おそらく、ではあるが)

「おそらく?」

(私も火竜なのだ、火竜が心地よいと思える場所はこの近くだとそう多くはないのでな)

 それほどの揺れは感じないが、ミネルバはかなりの速度で空を駆けていった。そして、緩やかに地面に近づいていった。

(エリスよ、水の魔法で熱を防いでおいてくれ)

 エリスは水の精霊に呼びかけ熱さを防ぐ守りを得た。ミネルバの言葉に疑問は無かった。火山が赤い竜をさらに赤く染め上げていたからだった。

 衝撃もなく岩棚におりたった竜は、即座に人へと姿を変えた。

「やはり、ここだったか。エリス、すまぬが、少しだけ待っていてくれ」

言葉だけ残してミネルバは岩肌に近い、火山とは異なる光へと向かった。そこには、土竜の腹の中で見た金色があった。戻ってきたミネルバは、おもむろにエリスの頭の上から首に、銀色の、糸より少し太い鎖の首飾りをかけてきた。先には優しい銀色に輝く親指先程度の玉がついていた。

「これは? 首飾り?」

「お守りだ。付けておいてくれ。今はそなたが持っているのが良いと思ってな。それだけは他のものに渡したくはなくてな」

意味がわからず、銀色の玉とミネルバを交互に見やるエリス。ようやく、エリスの戸惑いに気がついたミネルバは、言葉を付け加えた。

「ああ、それは私の宝だ。そして、ここはかつて私の寝床だった場所だ。土竜の所で宝を見つけた人々が、ここにきて持っていかれるかと思ってな」

「私が身につけていてよいのですか?」

「ああ、そなたに持っていてもらいたいのだ。さて、そろそろ戻らぬと皆が心配する。帰りもしっかりとつかまっていてくれ。戻ろう」

そして火山を背に、火竜は空へと消えていった。


町の出入り口に近づいた二人は、門の脇にうずくまる人影を認めた。そばの守衛が肩を揺さぶっている。どうやら眠っているようだった。その人物が誰なのかがわかると、エリスは砂を蹴って走っていった。ミネルバは笑みを浮かべてエリスとその想い人を眺めていた。

そのミネルバの鎧の中には、エリスに渡したものとは色違いの首飾りが赤く光っていた。


東の空は白んでおり、町は眠りから覚めつつあった。

空の星は代わりに眠りに就こうと、その目を閉じる。

3つの種族は既に交錯していた。よい音を奏でんとして。

ただ、静かに……


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