第12話 火竜

(火竜のねぐら)

大きな船が現れ、またしてもわれを邪魔するか、しかも、炎も効かぬ……

許せぬ、人間ごときがわれを妨げるなど、断じて許せぬ……

竜の目は、炎のごとく赤く揺らめいていた


(ファルコンウイングブリッジ)

「ドラゴン来ました」

「警報を出せ!!」

ファルコンウイングから警報音が鳴る。人々は町の北へと避難を開始した。

「アシュア執政官、剣を」

「確かに、受け取った」

トラシアからアシュアに剣がわたる。


(ファルコンウイング格納庫)

「すまん、遅れた」

「いえ、まだ準備中です。少し気を落ちつけてください」

意気込むアシュアに対して、穏やかな声でテオが応じる。

前日に示されたカミユの作戦は、ファルコンウイングの砲撃の合間を縫って、火竜の腹に剣を突き立て、あとはファルコンウイングの火力で押し切る戦法だった。ただ、地面に落ちた場合は、地上部隊が竜にとどめを刺す手筈となっていた。2秒に1発うてるファルコンウイングの砲火をかいくぐるだけでも難しいのに、火竜の腕の直近を時速300kmで地面に向かってかすめるのは曲芸以外の何物でもなかった。

飛空艇にはトラシア女史からクリスタルが設置されており、テオとミオもアシュアに魔法をかけた後は、ドラゴンにとどめを刺す地上部隊に合流する予定だった。

「まずは移動を」

テオの言葉で緩やかに飛び立つ小型飛空艇は町の脇に着陸した。

ドラゴンは赤い炎を吐きながら町に近づいてきていた。

ファルコンウイングが砲火を放つが、ドラゴンはその羽ばたきを止めなかった。

「それでは固定します」

テオが精霊の力を借りると、飛空艇の甲板から木のつるが伸びてアシュアの下半身を包み込んで固定した。

続いてミオが、風の精霊に助力を願う。アシュアだけでなく、飛空艇全体が風の加護に守られた。

「アシュア、頼む」

ラスタはその姿を見届けて飛空艇の内部へ移動した。

全員が地面に降りる途中でカミユはアシュアに声をかける。

「うまくいきそうな気がするんだ、俺」

「ああ、そうだな」

アシュアは心の底からカミユに応じた。

小型飛空艇がゆっくりと離陸する。地上の戦士たちは自らの足でドラゴンの元へと歩みを進めた。


(ファルコンウイングブリッジ)

「そこ譲ってくださいませんこと?」

「と、トラシア女史、砲座に、ですか?」

「私でも扱えましてよ」

砲座に座り、残弾を確認するトラシア。残弾数は攻撃前にもかかわらず、1であった。

「一発しか間に合いませんでしたわね。まずは殿下と執政官のお手並みを拝見しましょうか」

ラキアスはブリッジの窓から、ラスタの飛空艇の光を認めた。

「総員、作戦開始!!!」

9門の砲が、発射のタイミングを合わせ始め、徐々に一つの音を出すようになった。

それを合図に、ラスタは飛空艇を最大にまで加速させて、円を描いて火竜に向かう。


火竜は火を放つ船だけでなく、先日沈黙した船の存在も認めていた。

懲りぬか、人間ども。何度やっても同じこと、わが力でねじ伏せてやろう。

火竜は小型飛空艇を先に焼くことにして、ブレスを連続して放った。


3、いや4発。ラスタは、高速で移動しながら、ブレスを認識して艦を操った。すべてをかわせないと悟って、右から二番目のブレスにあえて前方左舷からぶつかり、その反動で最後の右端のブレスをかわす。船体、操舵、エンジン、問題なしと判断し、再度突入を試みる。

ドラゴン近くをかすめ、再度距離を取って飛空艇が唸る。アシュアは剣を持つ手に力を入れて、ななめ前方に構える。

火竜のななめ上から最高速度で飛空艇が狙いを定めて、あたかも大きな剣が振り下ろされるがごとく襲いかかる。火竜は飛空艇をとらえブレスを吐きだす。

小型飛空艇が耐えられるブレスは一発のみ、ここで水の障壁を展開させ、そのままのスピードと方向で突っ込む。ファルコンウイングから9発の鉄の塊がドラゴンにあたり、そのうち一発は顔に命中した。竜のブレスは飛空艇をかすめて飛び去った。アシュアの目の前に竜の腹があった。そして、打ちおろされる竜の爪。

アシュアは腹よりも先に爪を目にしたが、自らがひきさかれようとも剣を離すまいと、魂のすべてを剣に込めた。

手いや腕全体が引きちぎられるほどの衝撃を受けた。そして地面をかすめる飛空艇。アシュアの手からドラゴンスレイヤーがもぎ取られていた。必死に剣を探すアシュアは、竜の腹に突き刺さった剣を認めた。そして、振り下ろされた腕がちぎれ飛び、苦悶の咆哮を叫ぶ竜の姿があった。

「ま、そこそこの威力でしたわね」

トラシア女史はあまり満足していなさそうに銃座を離れた。トラシア女史がドラゴンスレイヤーを参考に開発した、対ドラゴン用の砲弾がアシュアの眼前の爪と腕を吹き飛ばしたのだった。


竜は自分の力が拡散するのを感じた。なんだこれは、なんだこの剣は、わが力が……


羽根が力を失い、地面に落ちる火竜に9門の砲が火を噴く。

鉄の砲弾は、鱗を砕き、羽根を打ち抜いた。

地に落ちた竜に対して、ガルフが全力で剣を構えて体当たりをくらわす。

ミオは風の魔法の斬撃で胴を薙ぎ、テオは土の魔法で火竜の足を貫いた。

カミユは呪文の詠唱を始めた。

「来たれ天の龍、登れ地の龍、そは互いに求めしもの、ただ、魔の力にて束縛されん」

空から一筋の雷が落ちた。その雷が魔法陣を描き、地面から魔法陣に向かって稲妻がほとばしりもう一つのついになる魔法陣が形成される。

ミネルバが地面を蹴って、ドラゴンの真上から鱗のはがれた首めがけて全体重を込めて突き刺さる。竜は激痛にもだえ、ミネルバはハルバードごと振り払われたが、地面にたたきつけられる前に、体を水が包んで地面に滑り降りた。

飛空艇を着地させたラスタは、アシュアの下半身のツタを開放して、剣を抜き、ドラゴンに向かう。

両の腕があらぬ方向に曲がっていたアシュアは、よろめきながら竜に向かう。いきなり水に包まれ困惑したが、エリスの魔法とわかり、それに身をゆだねる。腕から痛みが引き、活力が戻ってきた。そして、自分のバスタードソードを抜き放って、ドラゴンに向かった。


火竜は怒りに満ちていた。あの船、あの剣を突き立てた人間、そして、声をあげて近づく人間の中に、その姿を認めた。すべての憎しみを口の中に集めんとして、ブレスの呼吸を整える。

地に伏した竜の口からはあふれんばかりの火球が姿を現した。これまで町を襲ったブレスの5倍はあろうかという火球は、もはや破裂寸前となった。そして竜は自分の腹に剣を突き立てた人間に向いて口を開いた。と、同時に自分の周りに不可思議な魔力が満ちるのを感じた。

「魔に縛されし、雷よ、いま、その力解き放たん…… クロスボルト!」

天と地から放たれた10を超える雷光が竜の体を貫いた。

火球は空に放たれ砂漠一面を赤に染める、そして、ラスタの剣が腹を切り裂き、アシュアの剣がそれに続いた。

竜は吠えた、怒り、痛み、そして自分の存在を示すために。

アシュアは、目の前の腹に突き刺さった剣を抜いて、竜の頭に駆けだした。

剣を抜かれた竜はわずかにもどった力を感じ、体を起こそうともがく。

その頭に、真上から剣が深々と突き刺さる。竜殺しと呼ばれた剣が……

竜の意識は即座に断ち切られ、体は砂地へと沈んだ……


火竜はもはや動くことはなかった。

町の人々は声高らかに、アシュアと帝国を称賛した。


ラスタがアシュアを砂から引き起こして、極上の笑みを浮かべていた。

ガルフは少し悔しげな表情をみせて、ミオにからかわれていた。

テオはカミユをみて、父親のように頭をなでていた。

そのカミユに寄り添うように少し悲しげにほほ笑む、金髪のエルフ……


人々の町はようやく平穏に包まれた。それを示すがごとく、朝日が町を照らし出す。

喜びの声が町全体を包み、人々の顔は笑顔に満ちていた。


ただ、ひとり、ミネルバは、目を閉じた竜を前に、悲しみをたたえていた。

「人と竜は、互いに手を取り合って生きていける、私はそう思うのだが、そなたは若すぎたのかもしれぬの……」


エルフと竜人族と人間、心と力と知恵。三つの要素が形作る。

それがこの世の心理。

時はたおやかに流れる。

生命の営みを見守りながら……



-物語は時間によってさらに紡がれていく-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る