第11話 剣

(守護の間)

「は? 剣が? ない??」

ラスタが間の抜けた声を上げる。剣が封じられているはずの台座には剣が突き刺さっていたと思われるくぼみしか残っていなかった。8人全員が入るといっぱいになってしまうほどの広さの部屋に、他に隠し場所があるようには見えなかった。

「まさか、そんな…… 希望が……」

アシュアが天を仰ぎ、嘆く。皆がアシュアの心境を思いやる。


(侵入前の守護の間の扉)

「この石板が鍵なの?」

カミユが興味ありげに石板を覗きこむ。

「ああ、そうだ、これがなければ扉は開かないと聞かされた」

カミユは扉と石板を見比べた。

大きな岩を削り出して作られた頑丈なつくりと、魔法の封印が施された扉は鍵なき者を完全に拒んでいた。

「あけるぞ」

アシュアは石板を扉のくぼみにはめ込んだ。重い音を立てながら扉は左右に分かれていく。守護の間の中には少量ではあったが砂が入りこんでいた。それに気をとめたのはカミユだけであった。


(守護の間)

「やっぱり、ないか」

「やはりとはどういう意味だカミユ」

アシュアが血相を変えてカミユにつかみかかる。

「げほ、ちょ、アシュア、落ち付いて」

「す、すまん、だが、お前は予想していたのか? これを」

「予想と言うより、扉を開けた時に部屋の中に砂があったじゃない? ここを作ったときに封印して扉を閉めたなら砂は入らないだろうと思って」

「誰かが鍵を使って入った。それも封印後しばらくたってから。要するに盗掘済みというわけですか」

テオがカミユの後を続けた。カミユはうなずいた。

絶望というなの沈黙が全員を包む。

「とにかくあたりを探してみよう」

ラスタの言葉で全員があたりを分担して探し始めた。

小一時間ほど守護の間と土竜のいたあたりを探したが、剣は見つからなかった。

「持ち去られたんじゃねぇのか?」

ガルフが当然の疑問を口にする。

「しかし、町のものは、もし隠し持っていたとしても、火竜相手なら出してくると思うが」

アシュアは町の民を振り返って言葉を紡ぐ。

「そのまま、砂漠で野垂れ死にでもされてたら、もう、どうしようにもないわね」

ミオが最悪の事態を口にする。それはすなわち、火竜に町が滅ぼされるのを黙って見ているしかないことを意味している。

「剣がなくても、たとえ私一人でも、私はあの火竜と戦う。町を治める者の務めだ!」

目の前の希望がついえたとしても、アシュアは意思までもは投げ出さなかった。

「一人ってわけはないさ、当然俺たちも手伝う。なぁ、カミユ」

ラスタが声をかけるが、カミユは一人思案にふけっている。

「さっきから、ずいぶんおとなしいと思っていましたが、どうかしましたか?」

テオが心配そうに顔を伺う。

「おなかがすいてるとか」

ミオがちゃかす。

「おなか……!」

おもむろにカミユは走り出し、土竜のそばで剣を抜く。

剣で土竜の腹を切り裂き始めたカミユ。皆、カミユが何をしているかわからず立ち尽くす。そしてテオが次に思い至った。

「カミユ、手伝いますよ」

「あ、うん、もうちょい待って…… OK、テオ、砂だけ掻き出せる? 土の魔法で」

「砂だけですね、わかりました。しかし腹の中の砂は吐けなかったんですね」

しばらく集中したテオ、土竜の腹から砂埃が舞い上がり、全員が目を覆う。

目を開けた時、金色の光を全員が目にした。

「うっわぁ…… もってんなぁ、こいつ」

皆の目の前に現れたのは、まばゆいばかりに輝く宝物の数々であった。

喜ぶカミユに対して、テオを除く全員が非難の目を向ける。

「おい、カミユ、今はそれどころじゃないだろ!」

ラスタがカミユにしかりつける、が、カミユの顔に反省の色は見られない。

「カミユ、今も町は火に包まれているかもしれん。頼む。まじめにやってくれ」

アシュアもまた心から非難の声を上げる。

「ん? やめるの? お宝見つけたのに、さ」

悠長な声を上げるカミユに、さらに非難の視線が集中する。

「お宝はっけ~ん」

「カミユ!!!」

テオを除く全員が非難の声を上げる中、テオだけが違う声を上げる。

「さすがカミユ、いい勘してますね」

「ま~かせて!! いよっしゃぁぁ~~~!!!」

黄金の中に手を入れたカミユが引き抜いたのは、ひと振りの剣であった。

全員の目が、剣に集中する。

「なっ、まさか、それが?」

「ドラゴンスレイヤー!!!」

アシュアの驚きの声とそれ以外の唱和が響く。

土竜の腹の中に刺さっていたのは、まぎれもないドラゴンスレイヤーであった。

「だから弱ってたってのか……」

ガルフが感心したようにつぶやく。

「ふふん、どうよトレジャーハンターの嗅覚、って、あれ?」

剣を持ち上げたカミユがよろめいて、座り込む。

「カミユ! 今活力の魔法をかけます」

「ありがと、エリス。アシュア、これ受け取って」

柄をアシュアに預ける。

「いいのか? お前が持たなくて」

「砂漠の民を救う剣、俺よりアシュアがふさわしいと思うけど」

柄を握り締めたアシュア、立ち上がるカミユ、直後にエリスの魔法が発動する。

その瞬間を見ていたのはテオのみであった。

「今のは…… エリスの魔法より前に回復したように……」

誰にも聞かれることのない、独り言をつぶやくテオ。

「見間違い、ですかね」


(夜のオアシス)

「さて、われらが軍師殿、火竜相手はいかほどに?」

ついに来た…… カミユは複雑な表情をして息を吐いた。

「ブレスはエリスの水の魔法で何とかしたとしても…… ちょっと、ね」

「ちょっとってなんだ?」

「どうやって火竜を地面に引きずり下ろすか…… 全くわからない……」

カミユを除く全員が失念していた。ドラゴンスレイヤーは剣であり、火竜は空を飛ぶ。相手が空を飛ぶ限り剣を突き刺す方法がない。ようやく全員がそこまで思い立った。竜殺しが手に入れば勝ちは決まったとだれもがそう考えていたが、実際にはそうではなかった。

「ガルフが剣をもって、ドラゴンに食われる、とかどお?」

「ふざけんな!!!」

ミオとガルフがやりあっていた。

「こうなると飛空艇が落ちたのは痛いな……」

ラスタの独り言にカミユもうなずく。

「直せないかな?」

「砂漠では無理だ、帝都のドックに持ち込まなければ、ガレリアか輸送艦で運ぶしかないが……」

「その間にドラゴンに攻撃される、か」

ラスタとカミユは同時にため息をついた。

「飛ぶ敵相手なら普通は飛び道具だがなぁ……」

「残念ながらわが町には、石弓などはない」

ガルフとアシュアの話を聞いていたラスタは覚悟を決めた。

「帝国から持ってくる。決めた、誰が反対しようが構わん。帝国を敵に回してもやるぞ!」

「おいおいおい、いくらなんでも過激すぎだろ! おまえは皇太子なんだぞ」

「皇太子なんぞ、くそっくらえだ!!!」

ガルフがまともな発言をするが、火がついたラスタはそれも蹴散らした。

「とにかく、アルジェに戻った後、船か何かで帝国に連絡を取る。武器を整えて火竜を倒す。ミネルバ異存があるなら帝国に戻ってかまわんぞ」

「殿下の無茶を止めるのが私の責務なのですが…… 今回は止めますまい」

「すまんな、巻き込んで」

「いえ、私自身もこの戦い決着をつけたいと思いまして」

「おまえが? いや、ここまで一緒に戦ってきた仲間ならそうだな」

他のみんなも同じく同意していた。

アシュアは、ただ、感謝を、心からの感謝を涙で示した。


(飛空艇墜落地点近く)

「あれ? 飛空艇がない?」

カミユが一番初めに気がついた。

「何? 馬鹿なことを言うな、あれは簡単には動かせんぞ」

ラスタは驚いてはみたが、確かに落下地点に飛空艇はなかった。

ただ、アルジェの町の方向に飛空艇を引きずったあとらしきものが続いていた。

「まさか、町の民が? 私は確かに、あれは帝国の船だから町の者は手を出さぬようにと、厳命したはず」

「とにかく、町へ急ごう」

カミユは走り始めていた。それに全員が続く。

300mほど進んで谷に差し掛かった時、カミユは足をとめてアルジェの町、

正確にはその上空を見ていた。

「飛空艇……」

「なんだ、カミユ何があるんだ?」

息を切らせて追いついたラスタが見たのは、アルジェの町の上に浮かぶ大型の飛空艇だった。あっけにとられているうちに全員が追いついて、同じ光景を見上げた。

アルジェの町の上には大型で、砲門が10ほどもついた明らかな戦闘飛空艇が一隻、町を守るように存在感を示していた。

「ファルコンウイング…… 帝国の最新型だぞ、完成はしていなかったはず……」

と、ファルコンウイングと呼ばれた飛空艇の後ろから、ラスタの飛空艇が飛び出し、こちらに向かって飛んできた。目の前に着地した飛空艇から降り立ったのは、一人の女性だった。

「トラシア、お前、なんでここに。それにそいつ壊れていたはず」

「あら、殿下、これくらい私の手にかかれば、修理なんてあっという間ですわ」

眼鏡の女性はさも当然といった感じで話を続けた。

「それ以外にも、陛下からファルコンウイングの完成を急がせろと、最優先命令が出ましてね。徹夜で完成させたんです。まぁ、話は飛空艇でいたしましょうか、お乗りください皆さん」

あっけに取られながらも、最新飛空艇に移動したメンバーは、艦長を見て再度驚いた。


(ファルコンウイングブリッジ)

「ラキアス卿!!!」

「お、おやじ?」

「ほっほっほ、ええのぅ、人を出し抜いた時の表情というのは、ええもんじゃ」

「いい性格してらっしゃいますこと……」

「トラシア、お主にだけは言われたくないのぉ」

「おやじ、なんでここに?」

「いやぁ、退役してのんびりしておったんじゃが、陛下から依頼があってのぉ、最新型飛空艇の試運転の艦長を引き受けてほしいといわれての。なぜか、弾薬&兵隊満載で、じゃ」

人の悪い笑顔を見せてウインクする初老の人物は全く憎めそうになかった。

「は、はは、あっはっはっはははは」

みんなが自然と笑いだした。

「うちのおやじもやるときゃやるなぁ~」

ラスタは本気で感服していた。

「議会はどうなんだ? ラキアス卿」

「議会? そんなもんは関係ありませんな、殿下。これはまだ未完成。要は帝国内では存在していない船ですぞ? 技術省内部の承認のみで動けますわい」

再度笑い出したラスタは、落ち着きを取り戻した後、ラキアスに確認する。

「ドラゴンとは戦ったのか?」

「一昨日に、こちらの砲にひるみはしておったが、あまり効いてはおらぬようじゃった」

「ブレスとかは来なかったのか?」

「ふっふっふ、私に、抜かりの言葉はありませんよ。殿下」

トラシアが示したのは、ブリッジ中央の大きなクリスタルだった。そのクリスタルは水の力に満ちていた。

「こいつで飛空艇の前面に水の障壁を貼りました。ブレス10発程度は防げます」

「そして、その間に、こっちは、100発以上弾をたたきこんで撃退したわぃ」

得意満面の二人ではあったが、カミユはうなった。

「う~ん、100発たたきこんでも、倒せない、か、やはり、竜殺しを刺さないと倒すのはむりか……」

現実に引き戻された全員と、はじめてみる愚息のまじめなセリフに心底驚くラキアス。

「な、カミユ、お前……」

「ま、ラキアス、自分の息子の成長が信じられない気持はわかるが、こいつはいまや、俺たちの軍師なんでな」

「その竜殺しとはいったいなんですの?」

トラシア女史が当然の疑問を口にした。

「これのことです」

細長い布を解いてドラゴンスレイヤーが姿を現す。目を見張るトラシア女史。

「すごい、剣全体に魔法回路が張り巡らされている。これは、連邦、いや、もっと前の技術かしら……」

「殿下、この剣は?」

「ドラゴンにこいつを刺せばドラゴンを弱体化させられる。そういった剣だ」

「まさか、そんなものが……」

「確認済みだ、既にそいつの刺さったドラゴンを一匹倒してきた」

「ドラゴンを倒した~~~!!!」

ラキアスとトラシアは目を丸くして、そのままの形で固まってしまった。

「まぁ、とにかく、こいつが刺されば、剣でもドラゴンにダメージを与えられる。まぁ、鱗は硬すぎるが、腹などは剣でも切れたからな。問題はどうやって刺すかなんだが……」

「いや、いけるか、飛空艇内部から水の魔法で飛空艇前面を守って、飛空艇甲板に剣を固定できれば……」

「カミユ、剣の固定は俺にやらせてくれ! 俺がやつにこの剣をたたきこむ!」

アシュアが申し出る。

「生身で飛空艇の甲板に? 正気?」

「わが命のすべてをかける」

アシュアの覚悟は決まっていた。

「ま、私たちがアシュアを死なせないようにサポートすればだけのことでしょ。軍師殿」

ミオがつなぐ。

「サポートって?」

「風の魔法でアシュアを風から守るわ」

「大地の魔法を使えば、飛空艇に彼を固定できます。ただ、あまり速度が出過ぎると、彼の腕が折れるかもしれませんが……」

ミオ、テオの言葉に、アシュアは

「両の手がちぎれてもかまわん! 頼む」

必死の願いは皆に受け入れられた。

「アシュア、俺に命を預けてくれるか?」

ラスタも覚悟を決めた。

「無論だ。ラスタ」

二人は硬い握手を交わす。

少しして、トラシア女史が歩み出てきた。

「アシュア執政官、戦いに挑むまでの間でかまいませんので、そのドラゴンスレイヤーをお貸しいただけませんか?」

「え、あ、ああ、かまわないが……」

「傷などは絶対に付けませんわ。仕組みなどを少し調べたいだけですの」

「わかった、大事にあつかってくれ」

「承知いたしました」

なぜか、口元の笑みが気になったが、アシュアは剣をトラシアに託した。

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