第10話 矛盾

(岩近くのオアシス)

夜更けにオアシスに到着した一行は、オアシスのほとりでまどろんで朝を迎えた。

「昨日の蛇にはまいったな」

ガルフの声にミオが威勢よく言葉をぶつけてきた。

「思い出させるな~~~」

戦闘の間中、目と耳を覆ってしゃがみ続けたミオは、必死の形相でガルフを睨みつける。

「も、もう、いや、はやくかえりた~~い」

「う~ん。ミオが悲鳴を上げるなんて考えられなかったね。来年も来ようかテオ」

「そうですね。これ自体がいい薬かと」

「お~ま~え~ら~~~!!!」

朝からにぎやかなやり取りをするいつものメンバー。ラスタが真剣な顔で声を上げる。

「おまえら、こっから先が正念場なんだぞ、そんなことで体力使うなよ」

カミユとミオは素直にうなずいた。

「しかし岩というか、山に近いね、これ」

カミユは数百mはありそうな大きな岩を見つめていた。その岩の中ほどに二人ぐらいが横になって通れそうな穴が開いていた。

「軍師殿なにか作戦はないのか?」

ラスタが声をかけてきた。カミユは気がつかないまま考えにふけっている。

「おい、カミユ、聞いてるのか?」

「は? え? なに?」

「軍師に作戦を聞いているんだが……」

「軍師? って茶化すなよ。まじめに考えているんだから」

「こっちも茶化すつもりはない。お前の作戦を聞きたいというのは本当だ」

どうも、持ち上げられたことをからかわれたと勘違いされたようだ。

「作戦っていっても、とりあえず状況を整理すると。まず、岩の中は相当に危険だということ。その危険は毒が関係している可能性が高いってこと」

「まぁ、そこまではこれまででわかっているよな?」

「要は相手がなにで、どんな方法で行けばいいか情報がないってことだよ」

「軍師殿もお手上げか……」

「情報がないなら情報を収集するところから考えればいいだけだよ」

ラスタをはじめとして全員がカミユの話を聞いていた。

「まず、岩の中に入ってみないことにはわからない。そこで、エリス、ミオ、テオの魔法の力を借りて、可能な限り攻撃を防ぐように対策を取る」

「次に、全滅しないように、隊を三つに分ける。先頭はミネルバと俺」

「軍師が先頭に立ってどうするんだよ!」

 ラスタの声は当然と思われたが、カミユは顔色を変えずに言葉を放った。

「俺が確認したほうが、情報集めやすい。代わりに誰かトラップとか気づける?」

その言葉は、全員を沈黙させた。

「つづけるよ。二番手は、ガルフ、アシュア、テオ。先頭が何らかの問題があったとき、救援もしくは撤退を指示して」

「撤退って、お前先頭を見殺しにしろってのか?」

ガルフが怒鳴る。エリスが悲痛な声を上げる。

「ならばせめて私を二番手にしてください」

「だめだ。エリスは撤退できないと思うから。3番手にしたの。それと、ガルフ、俺たちの目的ってなに?」

「ドラゴンスレイヤーを手に入れることだろう?」

「違うよ、アルジェの町を救うこと、だよ」

「あ!」

全員が息を飲んだ。

「竜殺しは町を救う手段の一つ。今のところは唯一かもしれないけど、ここで俺たちが全滅するわけにはいかないんだ」

沈黙が続く中、アシュアから提案があった。

「先頭のメンバーと二番手が撤退も選択しなければならないことは了解した。ただ、できれば先頭のメンバーと二番手のメンバーをロープでつないでおきたい」

「いざという時、引っ張ってでも撤退する、か、了解」

エリスは何かを言いたそうだったが、ミオがそれを制した。

「三番手了解よ。カミユ」

「なんで俺が三番手なんだ?」

ラスタが問いかける。

「後ろから敵が来ないとは限らないからね。それに皇太子ってこと忘れてない?」

「くそっ、投げ出したいぜ、こんなもの」

ラスタは毒づいたが、それができないことも十分に分かっていた。

「ところで、軍師としては合格かな? 皇太子殿下?」

「十分だ。そのまま帝国で采配振るってほしいくらいだ」

「言い忘れていたけど、一度入って中を確認したら、いったん外に出るつもりでいて。最優先は状況把握だから」

全員が了解した。


(岩の通路)

ミオからは風の防御の魔法をかけてもらい。飛んでくる矢や毒ガスなどは防げるようになっていた。エリスは水の魔法で全員を包んで、ドラゴンのブレスでも焼け死ぬ心配はなくなった。テオの魔法は、足元の砂がいざという時前面に貼りだす盾になるようになっていた。

カミユとミネルバの荷物はガルフなどが分担してもち、可能な限り迅速に対応できるようにして、徐々に岩の奥に進み始めた。

「緩やかなカーブがあと50mぐらい続いているみたいです。その先に広場があるみたいですが、よくわかりません」

「わからん? なぜだ? 魔法で探ったんだろ」

ガルフはいつものテオの魔法の正確さを知っているからこその疑問を投げた。

「土の精霊が広場の手前までしかいけないんです。何かが、あるんでしょうね、その広場に。通路にトラップなどはなさそうです」

カミユとミネルバはうなずくが、それでも緊張を緩めずに慎重に進む。

「ストップ」

カミユの声に全員が警戒する。

「骨、人のか、これ……」

完全に白骨化した死体が、砂の中から手をわずかに覗かせていた。

カミユは慎重に砂を払う。衣服の正面と背に穴が開いていた。右手の骨も肘の部分が粉々に砕けていた。

「攻撃のあと、か。骨を砕くほどの?」

慎重に洞窟の先の壁を見る。よく見ると奥の方に、何箇所か後から削られたようなくぼみが見える。ただ、その周りは砂が多少あるだけで、岩などは見当たらなかった。

「ミネルバ、あの、壁のくぼみあたりは、かなり危険な場所になりそうだから、気をつけて。前方から何かが飛んでくるかもしれない」

「わかった、注意しよう」

カミユは後ろを向いて、口に指をあてた。

全員がうなずいて、声を発しない

カミユは左壁、ミネルバは右壁沿いに慎重に前に進んだ。そして、カミユが注意を促した場所にさしかかった。突然、目に見えない攻撃が全員を襲う。大きな咆哮、ほとんど全員が耳を押さえてうずくまった。カミユとミネルバだけは、耐えて一瞬で体勢を立て直して、一気に先へと躍り出た。

眼前には30mほどの円形にくりぬかれた広場になっていた。声の主はその中心にいた。

「ドラゴン!!!」

茶色の竜は、大きく息を吸い込んだ。カミユはその空気の流れでバランスを崩した。吸い込みが止まる、瞬間ミネルバは地面をけってカミユを引き戻した。連続して降り注ぐ雷のような音がした。カミユの脇腹に激痛が走る。

うずくまってはまずい、まだ来る。直感がそう告げていたが激痛で体が動かない。と、体が強い力で引き戻された。すぐわきには血を吐いたミネルバが同じように引きずられていた。

「先に、外へ……」

かろうじて声を絞り出して、カミユは気を失った。


(オアシス)

声が聞こえる。エリス?

「あ、気がついた」

ミオの声だった。体の痛みは消えていた。ミオに手伝ってもらって体をおこしあたりを見渡すと、テオとエリスがミネルバの治療を行っているところだった。

「大丈夫? どれほどの傷?」

「脇腹に一発、あと、背中に二発、手の甲に一発。手の甲は骨が砕けていました。ただ、エリスの魔法が効いているので、命に別条はないでしょう」

カミユは心の底から息を吐いた。

しばらくして治療を終えたエリスは、さすがに疲れの表情が浮かんでいた。そしてカミユを見てほほ笑むと、カミユに倒れこんできた。

「エリス? エリス?」

「魔法を使いはたして疲れただけですね。」

カミユは安心して、膝にエリスの頭を乗せた。

「死ななくてよかった、本当に……」

アシュアは責任感からなのだろうか少し涙ぐんでいた。

「おい、カミユ、ドラゴンって声が聞こえたけど、まさか、ドラゴンなのか? あそこにいたのは……」

カミユは首を縦に振った。

「たちの悪い冗談だろ!!! 竜殺しを取りに来たってのに、ドラゴン倒さないと竜殺しに到達できないなんて……」

全員がその皮肉な状況を痛感して言葉をなくしていた。

長い沈黙が続いたが、

「どんなドラゴンでしたか?」

テオは痛々しい沈黙を破るように質問する。

「茶色いドラゴンだった。口から吐いてきたのは、おそらく砂の塊だと思う。毒も吐く可能性があるね」

「飛んできて、あそこをねぐらにしてるってことでしょうか?」

カミユは先ほど見たドラゴンの姿を思い出していた。火竜よりは比較的小さな体で、背中の羽根はぼろぼろだった。顔には口の付近に幾つかの傷があったように見えた。

「なんか変だったな…… 羽根はボロボロだったよ、他にも顔に傷があったと思う」

「私から見ても、相当弱っているように感じた」

起き上がりながらミネルバが話しかけてきた。

「おいおい、もう大丈夫なのかよ?」

ガルフは言葉をかけるが、ミネルバの表情からは無理も苦痛も感じられなかった。

「ああ、痛みはない。エリスの魔法か?」

テオがうなずく。

「私に魔法は効きにくくはなかったか?」

「ええ、おっしゃる通りで、普通なら結構簡単にふさがるのが、なかなか効かなくて。何か思い当たる節でも?」

「思い当たる節というか、生まれつき、魔法が効きにくいのだ」

魔法に対して抵抗力持つ人間は、まれにだが存在している。

「初めてですよ、強い抵抗力をもった人間にあったのは。それに、薬は効きましたから」

「そうか、礼をいう。テオ、ありがとう」

軽く応じるテオ。ミネルバはカミユの方を見た。

「カミユも見たと思うが、あれは土竜だ。相当弱っているように感じはしたが、それでもドラゴンだ、私でもこの様だ」

「テオの砂の防御は蹴散らされたしな……」

「しかたありません、土竜相手に土の魔法で勝ち目はありません」

「カミユ、何か作戦思いついたか?」

「ごめん少し考えさせてほしい。どっちにしても、今日は無理だし、明日朝までに何か無いか考えてみる」

「わかった、すまん、お前にばかり頼って。俺たちも考えるから」

カミユはうなずいて、膝のエリスの頭をなでていた。


(夕刻のオアシス)

空が赤く染まり、影が長くなっていく、エリスの水の魔法がなかったため、全員が砂漠を実感していたが、オアシスのほとりということもあって、過酷ではなかった。

カミユの頭はいろんな考えが浮かんでは消えて、ということをくりかえして、沸騰寸前だった。頭を冷やすため、オアシスの水を頭からかぶったところだった。

「砂のブレスから後衛を守る方法がなければ…… でかい盾なんてないしなぁ……」

前衛にはミオが風の魔法で速度を強化して避けることができると思えた。ただ、そのためには、少なくとも後衛もあの広場の近くにいなければ魔法が途切れてしまう。しかし、後衛では砂のブレスを避けることはできない……

「あ~~~!!! くっそ~~~」

手にしていた杖をほおり投げ砂の上に転がるカミユ。

「あっちぃ!」

砂はまだ熱く寝転がってその熱さを味わってしまった。

「日陰だと思ったから油断した……」

「ちょっと、カミユ砂だらけよ、髪まで。」

ミオはカミユの体の砂を払い落した。

「これで砂はなくなったわよ。もう、子供なんだから」

瞬間、頭の中のイメージが形になった。

「ナイス! ミオ、いける。これで何とかなりそう!!!」

「あ、なに? どうしたの? カミユ、熱でもあるの? ちょっと、テオ~カミユを診てやって~」

カミユは一人ガッツポーズをしていた。


(食後のオアシス)

「こいつは、持久戦になりそうだな」

「土竜の弾が尽きるまで砂を使わせるって、何日かかるんだよ」

ラスタやガルフが困難を指摘する。

「ふむ、そこまでもかからないかもしれませんね」

「私が風で外まで運び出せばいいんでしょ?」

「ええ、そうです。広場の砂も大部分は外まで出せるでしょう。なら、今日の攻撃2~3回分回避すれば、おそらく砂は尽きるかと」

テオとミオがうまく作戦をつなげてくれた。

「あとは、前衛の力押し、か。ふむ。なんとかなりそうだな」

「よっしゃぁ~~、腕がなるぜぇ~~」

アシュアは希望への路に、ガルフは闘争本能に燃えていた。


(対土竜戦)

ガガンと砂弾が飛んできたが、どうやらそれが最後らしかった。

「よっしゃぁ、いくぞ!!」

ガルフ、ミネルバ、アシュア、ラスタが広場に飛び出した。

カミユ、テオ、ミオ、エリスは砂弾が到達した場所に陣取った。

ドラゴンが咆哮する。しかしミオの風で咆哮の音を相殺していた。

「いざ、まいる!」

アシュアが掛け声とともに、ドラゴンの脇から首めがけて切りかかった。

ギイン、鈍い音で鱗にはじかれる。

「鱗の隙間を狙え!鱗は硬い」

事前の打ち合わせ通り、情報を皆で共有する。

「おおおおおお!」

ミネルバは助走をつけて首根元の鱗の無い部分を狙って突撃をかける。

ハルバードの鉾が竜の皮膚を切り裂く。

「首の根元は比較的弱い! いける!」

土竜は腕をミネルバに振り下ろす。間一髪で直撃を避けたが、竜の一撃は床の岩を砕いて、その破片がミネルバに襲いかかる。わき腹と額に鋭い痛みが走る。そして竜は中に舞い上がった岩の破片を腕でなぎ払ってミネルバへと差し向ける。

間に大きな影が立ちふさがる。盾で岩を防ぐガルフ。

「すまん」

「ミネルバ、一旦、後衛のところへ。動きが鈍ってる。」

ラスタの声が飛び、ミネルバは飛び退って後衛のいる洞窟に入る。

アシュアとラスタは交互に竜の腹に剣を切りつける。距離を取ろうとした二人をボロボロの羽根が襲いかかり二人を打ち上げた。壁にたたきつけられる二人。

土竜はアシュアに向き直って牙をむけた。

とっさに壁を蹴って攻撃を回避するアシュア。土竜の頭は壁にめり込んでいた。土竜は壁から岩の塊ごと首を引き抜き、首だけでその岩を投げ飛ばそうとした。

タイミング良くカミユの雷が発動し、竜の体を雷が駆け巡る。岩はあらぬ方向の壁に激突した。

右わきからガルフがグレートソードを振り上げて首を狙う。深手を負った竜は狙いも定めず、腕と羽根をふるう。ガルフが壁まで飛ばされ、その脇に盾が突き刺さる。

腕をかいくぐってミネルバが再度突撃をかける。ガルフが作った傷に寸分狂わず斬撃を繰り出す。

「カミユ、俺の剣に雷をぶつけてくれ!」

アシュアは覚悟を決めた。

「わかった!」

呪文詠唱をはじめ、稲妻がアシュアの剣めがけて放たれる。

雷の激痛に耐えたアシュアは、稲妻を帯びた剣を構えてドラゴンに走り出す。

竜は稲妻をまとった男を最も危険と判断し全力で排除すべく羽根を打ちおろす。

だが、右の羽根は盾で止められ、左の羽根はハルバードによってうち払われた。残された牙で向かってくる男を食い殺そうと首を伸ばすが、脇から躍り出たラスタがその隙を逃さず、深手の傷口に剣を突き上げた。

竜の首が跳ね上がり、傷口がアシュアの真正面に向く。稲妻の剣が突き刺さり勢いそのままに体ごとぶち当てた。

剣をそのままに脇へと転がり抜けるアシュア。盾ごと左へ吹き飛ばされたガルフ、ラスタの剣は土竜に突き刺さったままで、ミネルバだけが土竜の正面で構えていた。

土竜はなおも攻撃をしようと腕をふるうが、腕の振り上げよりも先に全身が地面にひれ伏した。土竜の腕も最後に力尽き岩盤を打ち鳴らした。

土竜の体からは生命の輝きが消え去っていった。

前衛全員に風の魔法をかけ続けていたミオは、

「ぎりぎりだった、みた……」

言葉を最後まで紡げず倒れこみカミユが受け止める。

ほぼ全員がその場にへたり込む。テオとエリスは薬と魔法をかけるため広場にかけていった。

「ミオ、お疲れ様」

カミユは気を失ったミオに優しい言葉でねぎらった。

エリスに活力と治癒の魔法をかけてもらっていたラスタがふと、手を伸ばして脇の石をつかむ。

「おい、アシュア、これって……」

アシュアはよろよろ立ち上がってラスタの元までたどり着いた。

ラスタが手にしていたのは、六角形をした石板だった。

「守護の鍵! あったのか、ここに!!!」

アシュアの疲れは一気に吹き飛んだ。しかし、体がついてこずひざまずく。

アシュアは顔を何度も横に振ったが、最後には空を見上げて神に感謝した。


竜殺しの前にいたドラゴン、

知恵と力で打ち破った人々に、

神は希望の鍵を授けてくれた。

全身の傷も誇らしく思えた。

希望を手繰り寄せたことを。

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