第9話 砂漠行

(夕刻の砂漠)

明け方に寝所に入って、午後遅くに起きた一行は、砂漠行の準備をしてアルジェの町を後にした。砂と大気はかなりの暑さを帯びていたが、エリスの水の魔法で快適さが保たれていた。

「すごいものだな、これならば確かに日中動こうとも、暑さにやられることはないな」

「昼夜逆転の方が体のバランスがおかしくなるんじゃないかしら。」

アシュアの驚きにミオが応じる。

「暑さだけであれば、な」

「他に何かあるっていうの?」

ミオの疑問に対してカミユが答えを返す。

「一面砂ばかりだけど、死の世界ってわけじゃないんだよ。結構きついかもね。」

「?? まさか、魔物がいるっての?」

「魔物というより、普通に砂漠の生き物なんだけどね。蛇とかサソリとか蜘蛛とか」

「いや~~~、全部いや~~~、特に蜘蛛はダメ、絶対ダメ!!!」

天下無敵のエルフを超えたエルフが悲鳴を上げている。

「まぁ、この辺りで蜘蛛はおらんな。ただ、蛇とサソリはおる。かなりの強敵だ」

 アシュアがミオの悲鳴を聞きながら受け答える。

「強敵ですか? 蛇やさそりが?」

背中にしがみついたミオを意外そうに思いながらテオが質問を続ける。

「普通の生き物ではあるが魔物よりも手ごわいな。何しろでかい!」

ミオは信じられないものを見るような目つきでアシュアをみて震え始めた。

そんなミオにかまわずテオは続ける、

「どれくらいの大きさなんですか?」

「砂漠の蛇は4~5mと言ったところか、サソリは2mくらいだ。蛇は少ないがサソリは数が多い。おそらくこの辺りの砂地の下には今も眠っているだろう」

ふむ、と思案したテオは杖を構えて集中した。

「そこそこいますね。あのへこんでいるあたりに1匹、そこに盛り上がった影に1匹、あとあっちにも…… ぐっ」

それ以上言葉は続かなかった。必死の形相でミオがテオの首を絞めていた。

「それ以上いわないで、ね、あ・な・た」

息がつまったまま、こちらも必死に首を縦に振るテオ。

「はぁはぁはぁ、砂漠の生き物より先にミオに殺されるところでしたよ」

さらっと流すあたりやはり夫婦なのだと感心させられる。

「アシュア、毒はあるんですか?」

危険の度合いを調べるためにテオはミオにおびえながらもアシュアに確認する。さすがのミオもそのあたりはわきまえているのか、耳を両手でふさいでいる。

「蛇の方は毒は持っていないが、サソリの方は毒がある。まぁ、しびれて動けなくなるような感じだが、何よりでかいだけあって、毒の量も多い。呼吸が止まることがよくある」

「なるほど、強い麻痺という感じですか。まぁ、薬は十分持ってきていますから大丈夫でしょう」

「ただ、岩に行ったもので砂漠で死んでいた者がいたんだが、こっちは毒で死んだ可能性が高い。しかも襲われたのは昼間だ」

「なぜ日中とわかるんですか?」

「夜になれば死体とて、食われてしまうからな」

「なるほど、死体が見つかれば、日中は確実、しかも、その日というわけですか」

「ああ、岩の近くにオアシスがあって、そこに少量だが薬草が生えている。それを取りに行ったものが見つけたんだ」

岩の近くまでは人が行っても大丈夫ということを示唆している。ということは罠の可能性が高い。だが、毒ならば量が決まってしまうから何人かが引っ掛かればいつかは無くなる。そこまで考えたカミユはアシュアに尋ねてみることにした。

「アシュア、岩に行った人間の数ってどれくらいかわかる?」

「正確にはわからんが、過去100年で100人以上だ」

「その毒の人は最近?」

「最近というわけではないが、10年ほど前の話だ」

考え込むカミユ。古文書や宝探しで毒のトラップに関しては知識があるが、100人もの人間をすべて殺しきるほどのトラップなどは見たことも効いたこともない。仮にすべてが毒で無かったとしても、100年近く保存された毒がはたして効力を発揮するのか?

「ねぇ、テオ、毒って100年とか保存が効くのかな?」

「う~ん、条件によります。変化の少ない場所、要は低温の場所ならかなりもちます。ただ、この辺りの気温では、それこそ数日、もしくは数時間で効力がなくなると思います」

「どう思う? さっきのアシュアの話」

「ふむ、カミユは扉の所にトラップがあると考えていたんですよね。でも、トラップで死んだのであれば、誰かが毒を補充している。といったところでしょうね」

「人はいないんでしょ? アシュア」

「無理だな。町に知られずにこの砂漠で人は生きてはゆけぬ」

人ではない。ただ、最近でも毒を作っている何か…… カミユは何も思い浮かばなかった。

「トラップじゃないかもしれない。岩近くまで行ったら警戒しながら動いた方がいいかも」

「トレジャーハンターとしての勘か?」

ガルフが声を上げ、ラスタとミネルバが振り向く。

「ああ、なんか嫌な予感がする。予想ができないときは最大限の警戒をした方がいい」

「わかった」

ガルフとラスタが同時にこたえる。ミネルバは首を動かして了解を示す。

日は砂の下に沈み、空は星がまたたき始めたころ、アシュアがエリスに頼んで少しだけ水の魔法を解いてもらった。砂からも風からも暑さが消えていた。

「そろそろ、警戒したほうがいい」

アシュアの声に、テオが大地の精霊に呼びかけを行う。

「地に住まいし精霊たちよ、われらに近づきし存在をわれに教えよ」

大地の精霊は答えた。

「これ以降は、朝まで私たちに近づく何かがいればわかります」

テオの言葉に、皆がうなずく。

「エリス、水の魔法は寒さも防げるか?」

 アシュアはエリスに問いかけ、エリスが応じる。

「寒さ? いえ、寒さは無理です。でも、どうして寒さを気にされるのですか?」

「砂漠の夜はね、寒くなるんだよ。下手したら水が凍るくらいまで」

カミユの答えに、何人かがびっくりした。

「ちょっと、砂漠だぞ? お前何言ってるんだ?」

ラスタが声を上げる。アシュアが目を見張るようにカミユに質問する。

「それも、古文書に乗っていたというのか…… いやはや、恐れ入る。」

「まぁね、水が豊富な場所ならそうでもないんだけど、水がほとんどない場所は、昼間は暑く、夜は冷えるっていう記述があってさ。たぶんそれだろうなと思っただけ」

「カミユの言うとおりだ。水が凍るとはいわぬが、肌寒さを覚えるほどにはなる」

「それで、荷物にもう一つ上着を入れたということですか」

テオはようやく納得がいったとばかりにうなずく。が、テオにしがみつく手に力が入ったのか、テオがよろめく。

「テオ、そんなのどうでもいいから、ちゃんと、見張ってて。何か来たら困るでしょ?」

「まだ、砂の中に動きはないみたいです。ちなみに、私とミオのいる真下に一匹いますよ」

「ぎゃ~~~~!!!」

どたどたと走り去って、カミユの背後に隠れるカミユ。そのすぐ後にテオが続いてカミユに近づいた。

「失敗しましたね。皆さん、きます。私がいたところに1匹、それと、ガルフの前方5mのところに1匹、アシュアの左10mのところに。2匹。全部サソリです」

テオの言った場所の砂がむくむくと盛り上がり、はさみと尻尾が現れ、そして体全体が姿を現す。

「結構でかいな」

ミネルバはアシュアのそばに移動し、ラスタがテオの前面に出る。ガルフは一人で前方のサソリにグレートソードをたたきつけた。ガンと鈍い音が響く。

「ぐあっ、かってぇ…… これかなりきついな。切るのは無理だ、突くしかない」

ガルフは自分が得た情報を全員に伝達する。

「先にはさみか尻尾を! はさみと尻尾は別々に動く。気をつけてくれ!!!」

アシュアが叫ぶ。ミネルバは近寄ってきたサソリにハルバードの穂先で突くが体勢を崩してはずす。ガルフも砂地に足を取られてうまく動けていない。ラスタは砂地を蹴ってサソリの上から剣をつきたてるが、硬い甲羅に阻まれた。動きが止まったところに尻尾が振り下ろされる。背中に突き立てられたサソリの尻尾はカミユの杖に突き刺さっていた。

「助かった」

「いったん下がって!」

カミユは鋭い声を発した。サソリは少し距離を置いて隙を窺っているようだった。

「エリス、水の精霊は使える?」

「はい、少し時間はかかりそうですが、なんとかなります。どうすればいいですか?」

「無茶言うけど、雨降らせる? 砂地に水を吸わせたいんだ」

「やってみます」

カミユの言葉を理解したものは、その場にはいなかった。皆、襲ってくるハサミを武器ではじき返して距離を作ろうとするが、サソリはじりじりとその距離を詰めてくる。

全員の体がふれあいそうなほど追いつめられた時、水滴が顔に当たった。すぐわきの地面から噴き出した水が噴水のように、あたり一面に降り注ぐ。ただ、サソリはその水滴にかまわず、歩みを進めてきた。

「これでいつも通り動けるはず、頼む、みんな」

その言葉で全員が理解した。砂地を水でぬらすことで、地面を固めて砂地に足が取られないようになっていた。

「いよっしゃぁ!!!」

ガルフは、足に力を込めてサソリのハサミを剣で払う。サソリのハサミは体から分断されていた。テオは、杖を構えて集中し、アシュア、ミネルバ前方に杖を振りかざす。

地面が勢いよく突き上がり、二匹のサソリが飛ばされ裏返る。そのすきにアシュアとミネルバは地面をけって飛び上がった。

それぞれが体重を込めた一撃は二匹のサソリの体中心を貫いた。剣と鉾を刺したまま飛びずさって様子を見る。起き上がれないままのサソリではあったが、砂漠のいきものらしくその動きはまだしばらくは続きそうだった。

「くっ、しぶとい」

アシュアの声に、ミネルバはもう一度飛んで貫くかどうか迷った。

瞬間、強い光が背後からサソリに向かって放たれた。光はアシュアの剣に吸い込まれサソリの体を雷が覆う。サソリからは焦げ臭いにおいがただよい、動きが止まる。直後にもう一度同じ光景がもう一匹のサソリに生じ。二匹のサソリは動かなくなった。

驚いた二人が後ろを振り返ると、ガッツポーズのカミユがいた。

「よっしゃぁ!!! 訓練のたまもの!!! どうよ、ミオ!」

「カミユ、えらい、すごい、かっこいい~~」

「カミユ、ホントすごいです」

二人のエルフに抱きつかれて、少年は少し戸惑っていた。

「すごいのはわかったから、こっちも頼む!」

ラスタの言葉に、二人のエルフが離れ、カミユは杖を構えて準備に入る。ミネルバがひっくり返ったサソリからハルバードを抜き、飛ぶようにラスタの先に向かう。

ラスタはハサミも尻尾も完全に無視してサソリの頭めがけて剣を体ごと突きさした。ラスタの体に向かう尻尾を、体を回転させてふるったハルバードで切り飛ばすミネルバ。

カミユは、呪文を唱えようとして止めた。

「カミユ?」

いぶかしげるラスタは、すでに稲妻を避けようとサソリから飛びのいていた。ミネルバも同じであったが、稲妻は飛ばなかった。

「ちっ、今度は出番なし、か」

カミユの視線の先のサソリはピクリとも動いてはいなかった。

「こっちも終わったぜ~~」

声の先のサソリは、なんと体が両断されていた。

「ふっは~~、やっぱ、ガルフすごいね~~~」

カミユは本気で感心していた。

「お前にだけおいしいところもっていかせねぇよ~~」

カミユの頭をがしがしなでながらガルフは上機嫌で応じた。

「水で足場を固める作戦といい、雷の魔法といい、カミユ。そなた軍師に向いているのかもしれぬな」

「こいつが軍師? なんか、一番真っ先に敵に突っ込んで行きそうなのに」

アシュアの称賛にラスタが疑問の声をあげた。

「戦う軍師、ってのも面白いかもしれませんね」

テオは本気か冗談かわからないようなセリフを吐く。

当の本人はミオに抱きつかれて、かなり困っているようだった。

「ところで、ミオ、今回何してたの?」

意地の悪い声がカミユから飛ぶ。

「えっと、みんなの応援と、感謝と、それから、それから」

精一杯のかわいらしさをアピールしようとがんばるミオではあったが、

「ついにエルフの誇りまでもなくしたか…… テオ、ミオに付ける薬は?」

「あるはずありません。別に具合が悪くてそうなっているわけではないですし」

「そうだ! サソリの毒からミオをおとなしくさせる薬って作れないかな?」

「それ、いいアイディアですね。できれば尻尾の先ごと家に置いておきま、ぐぇ」

ミオはテオの首を絞めたうえで、カミユを睨みつけて話す。

「サソリと私とどっちが怖い?」

「こ、答えなくてもご存じかと……」

「ほんとに~~~?」

こくこくと震えながらうなずくカミユだったが。

「ミオ、ミオ、テオが泡吹いてるって」

「あ、やだ、ちょっと、ごめん、テオ、しっかり。エリス、お願い」


戦闘が終わったというのにあわただしい一行。

しかし、なぜか笑いが心を満たしていく。

アシュアは、自分の心の中に不安が存在していないことに驚き、

そして、納得した。仲間。それが不安を消してくれたのだと。

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