第8話 炎上都市

総勢7人となった一行は、一旦帝都で補給と装備を整えて、都市国家アルジェへと飛空艇で移動することとなった。


(飛空艇内部)

「操縦幹は動かした位置で多少固定されるから、他のレバーを操作する時は手を離してもかまわん」

カミユはラスタに飛空艇の操作を教わっていた。飛空艇が好きということもあってカミユの吸収は良く、このアルジェ行きで操作できるようになりそうであった。また、飛空艇には鉄の玉を魔力で発射する砲が二つ装備されており、そちらの操作方法を先ほどミネルバから教えてもらっていた。

「この飛空艇の武装が効いてくれりゃ、俺たちの出番はなくてすむんだがなぁ」

ガルフは本来敵との戦いを好む性格だが、さすがにドラゴン相手に豪語する気にはなれないらしい。

「まったくだ、カミユ、砲は大丈夫だよな?」

「操縦よりは楽だし。まかせて」

「ところで、さっきからカミユが操作しているんですよね? ラスタが操縦しているのよりも安定している気がするんですが」

テオが後ろの座席から声をかける

「実際、安定している。正直俺のプライドの方が安定してない。俺が操作できるようになるまで三カ月かかったんだからな」

ミオが人の悪い表情を作ってカミユに声をかける。

「カミユ、飛空艇とエリス、どっちが好き?」

突如飛空艇が左右に揺れる。

「ミオ!!! お願いですから、操縦中のカミユであそぶのはやめてください」

テオが悲鳴を上げる。ラスタもミオの方に声をやる。

「俺からも頼む、1000万の機体壊されたくはない」

ミオは因果応報と言わんばかりに、飛空艇の隅っこに飛ばされていた。

「うん、そうする」

カミユはきょとんとしてラスタに確認する?

「ラスタ、1000万って、この船の建造費のこと?」

「ああ、そうだ。1000万あれば作れる。他にも問題はあるがな」

「3000万じゃないの? 俺、ガルフから3000万って聞いたんだけど」

「それは輸送艦、つまり中型艦の建造費だ。戦艦ガレリアは作れんしな」

「おおおおお!!! なら、あと800万か、近くなった~~~」

複雑な表情をしたラスタが言葉を続ける。

「喜んでいるところを悪いんだが、実は、そう簡単でもないんだ。」

「え? あ、他にも問題って言ってたやつ?」

「ああ、飛空艇のエンジンの建造に一部問題があるんだ」

「どんな?」

「材料がない」

「はい???」

操縦がぶれるかと思ったが、そのままの形で固まったため、安定飛行が続いていた。

「飛空艇のエンジンはクリスタルを使うんだが、中核にはコアクリスタルが必要なんだ。現在、帝国内で余っているコアクリスタルはない」

クリスタル。淡い青緑色をした半透明な鉱物。マナが自然界の水と水晶に融合して何千年もかけて結晶化したもので、魔力を貯めたり、発動させたりする力をもつ。古の文明ではこのクリスタルに施した魔法回路で、魔法文明を極めたとされる。その中でも高純度で淡い紫色の結晶がコアクリスタルといってより強大な力を持っている。

「ごめん、ラスタ、操縦変わって。ちょっと落ち込みたいから……」

ラスタに操縦を変わったカミユは飛空艇の隅っこにしゃがみこんでしまった。

「あ、あの、カミユ、元気だしてください」

エリスはおろおろしているが、カミユの耳には入っていないようだった。

「エリス、しばらくそっとしてあげてください。さすがにかける言葉が見つかりません」

テオが悲しげな表情を浮かべる。ミオはカミユのそばで頭をなでている。

ふと、必要なこと以外ほとんど話さないミネルバが声を上げる。

「殿下、コアクリスタルとは、確か紫色の魔力をもった石だったと記憶しているが相違ないか?」

「ああ、そうだが、それがどうした?」

「可能性の一つとして、ドラゴンが持っているとは考えられないだろうか?」

カミユの耳がエルフ並みにとんがった気がした。

「ドラゴンと宝物か、良く伝承にある話ではあるが…… そもそもコアクリスタルは、連邦時代に北の大地で産出されていたもので、現在の帝国では見つかっていない」

はぁ~とためいきをつく少年は、今にも消え入りそうだった。

「ドラゴンは光りものを集める習性があったと思うが、気をもたせたかもしれぬ。許せカミユ」

「ありがと、ミネルバ」

カミユは立ちあがって座席についた。

「ないなら、探すまでさ! 絶対あきらめない。まずはドラゴンが持っている可能性があるってことだし、俄然やる気出てきたね」

「欲は身を滅ぼすというわね…… 実現しないでほしいわ。ほんと」

「う…… 気をつけます」

素直にうなずくカミユ。

外を見ると、日は水平線の下に消えつつあった。

「前方に陸地を確認した」

ミネルバの報告で、全員の気が引き締まる。

「みんな、アルジェまで、おそらく数分だ。もしかしたら、いきなりこいつで戦闘になるかもしれん。ベルトで体を固定しておいてくれ」

「ラスタ、左の銃座は俺がつくよ」

カミユは左の銃座についた。ラスタは双眼鏡を覗いて目的地を確認する。

「前方に赤い空が見える。おそらく火だ。戦闘準備しておいてくれ」

「左舷カノン準備OK」

カミユが銃座で確認を行う。

「右舷、OK」

ミネルバの声は短い。

「みんなしっかりつかまっていてくれ、ミネルバ、カミユ、任意に発砲を許可する。ただし町には気をつけてくれ」

「ラスタ、一旦機体を左に振って、そうすれば、旋回しても町を正面にしなくて済む」

「わかった」

「火竜確認しました、火の手の南側、火の手から距離100mです」

ラスタから双眼鏡を渡されたテオが対象の情報を全員に伝える。

「左旋回」

一旦船を左に振る。

「右旋回、第1船速」

船は右に傾きながら加速する。ミネルバとカミユは照準を見据えた。

旋回が止まったと同時に、二人とも引き金を引き、砲が火を噴いた。

一発が火竜の胴に命中し、もう一発は火竜後方の地面に砂煙を作り出した。

「火竜、動きを止めてこっちを向いた。ブレスが来る!」

「揺れるぞ、つかまれ!」

ラスタは声と同時に、操縦幹を右に切る。

船が右旋回を始め、同時に火の玉が船の左をかすめるように飛び去った。

「このまま、右旋回の後、再度攻撃チャンスがあるはず。頼むぞ、ミネルバ、カミユ」

「了解!」

二つの声は一つの音になった。大きく旋回していた船が再度火竜の正面に回る。

カミユは頭の中で火竜と町の位置を思い出し、飛空艇のこの後の軌道を予測する。砲を目いっぱい右上に向けて、足を踏ん張った。

「行くぞ!」

短いラスタの声と同時に照準内部にドラゴンの姿が浮かび上がる。

「あたれ~~~!!」

カミユは素早く引き金を引き、砲を左にずらして再度引き金を引く。

カミユの撃った砲弾はドラゴンの頭と胴に、ミネルバの撃った砲弾は胴に着弾し、ドラゴンがよろめく。そのドラゴンの脇を通過する。

「いよっしゃぁ、このままこいつで何とかいけるんじゃないか?」

操縦幹を左に切りながらラスタが期待を口にする。

「効いているのは間違いないと思います。ただ、この暗闇ではダメージが確認できません。」

テオは双眼鏡で確認していたが、いかんせん速度と夜の闇で、初弾の場所が確認できなかった。その時、飛空艇が振動を感じた。ドラゴンの咆哮だった。


砲弾は鱗に多少の傷をつけていただけに見えたが、実際にはドラゴンに大きなダメージを与えていた。そのプライドに……

たかが人間ごときが、一度ならず二度までも自分に痛みを与えたことが許せなかった。船の速度は速いが、正面を向いたときにしか攻撃できないことはわかっていた。そして、もう一度攻撃を仕掛けてくることも。


「準備はいいか?3、2、1」

ラスタが秒読みを開始する。カミユは照準の中にブレスの火を見た。

「回避!!!」

鋭く声を発したカミユに対して、ラスタは操縦幹の左端をはじくようにたたく。

直後、大きな衝撃が船を襲った。ブレスは船体の後部、エンジン近くに当たって爆発した。

「くっ、みんな、しがみつけぇぇぇ」

ラスタは声を上げ、船の制御を試みるが、操作が効いていないことが分かるのみであった。飛空艇の速度がかなり出ていたが、不時着は可能と判断して。

「不時着する。かなりの衝撃が来る。頼む、みんな無事でいてくれ!!」

エリスとミオとテオが同時に魔力を集中させた。

テオは大地の精霊に、ミオは風の精霊に、エリスは水の精霊に、それぞれ助力を願った。

風が船を包み、砂漠は水のようにうねり、水が船と大地の間をつなぐ。

飛空艇は、火を吹きながらも、穏やかに地面にたどりついた。

「な、何が起きたんだ?」

ラスタ、ガルフ、ミネルバは何が起きたかわからないようだった。

「エリス、念のため、水の精霊に頼んで船を守ってもらえないか?」

「はい、わかりました」

エリスが念じると、着地した飛空艇は水の膜に覆われた。


船がかなり遠くに落ちたことを見届けた竜は、ひときわ大きな咆哮を残して竜は南に去っていった。


「撃墜されたのか……」

「みたいだね。こっちが直線上に乗るのを待ち構えられたって感じだった」

カミユの言葉に、ラスタは首をふるって淡い期待を抱いていた自分を戒めた。

「ドラゴンは去っていったわ」

ミオは風の精霊が教えてくれた内容を皆に伝えた。

「とりあえず、降りよう」

ラスタの意見に皆賛同して、飛空艇の外に出た。


「もう、飛べないのか? こいつ」

カミユが飛空艇を一周してきてラスタに問いかける。

「いや、修理すれば飛べそうだ。ブレスでいかれたのは操縦系だけでエンジンは無事だ」

「よかったな、お前」

カミユは飛空艇をなでながら声をかける。

遠くから声が聞こえる。

「お~い、無事かぁ~~」

ガルフとミオが松明を振ってこたえる。

少ししてラクダから降り立った身なりの良い戦士が声をかけてきた。

「おまえたちは、もしかして帝国の援軍か?」

「その通りだ。少数で済まない。わが名はラスタ・トル・デ・エルドリア。帝国皇太子だ」

「な、皇太子殿下自らが…… 失礼した。わが名はアシュア、アルジェの執政官を務めております」

「頭はあげてくれ、帝国とアルジェは対等な関係。私は臣下でない御身からそれを受ける身分にない。それに詫びねばならぬ。帝国は貴国の救援に対して移民の手を差し伸べただけだ。終の地を去る提案しか提示できなかったのだからな」

「しかし、殿下は来て、そして、あの火竜を退けてくださいました。アルジェの民を代表して、ここにお礼を申し上げる」

「退けただけで、退治できておらぬ…… ああ面倒だ、アシュア、言葉遣いを許してくれ」

「あ、はぁ」

皇太子としては失格だろうなと、ぼそりつぶやくラスタ。

「アシュア、俺たちは帝国の人間としてきたんじゃないんだ。ドラゴンに襲われている町を助けたいと思った者たちの集まりなんだ」

ラスタの言葉に全員がうなずく。

「何と心強いお言葉か! 意思の力は命令よりも強いと教えられてきました。皆さんのお気持ち、心よりお礼申し上げます」

「そんな言葉づかいも不要だ。俺たちのことは仲間と思ってくれ。アシュア」

「はっ、殿下、あ、いえ、ラスタ、で良いでしょうか?」

「ああ、皆も同じだ」

それぞれ自己紹介を行って、アシュアから促されアルジェの町に向かう。


(アシュア邸宅)

「カミユ、だいたいの話は理解できた。ただ、この町で竜殺しの伝承は、私は聞いたことがない。わが家が、一番歴史が古いのだが……」

「う~ん、そうか…… ここ以外の都市国家って砂漠に近い? ラスタ」

「いや、ここから西に3つほど都市国家はあるが、草原や森に囲まれた港町だ。500年前もおそらく同じだろう」

「アルジェの北は豊かな森でしたが、500年前でも南側には砂漠が広がっていました。

この谷が森と砂漠の境目になっていて、オアシスもあったので町が作られたと伝わっています」

アシュアの話でここ以外に竜殺しの伝承はなさそうだと結論に至った。

「なぁ、カミユ、その竜殺しの古文書って、本当にこの辺りの話なのか?」

「500年前だったら、連邦時代以降だし、おとぎ話にしちゃ、結構詳しく書いてあるから、史実だと思うんだけどなぁ……」

全員が思い思いに悩み始めてしまった。

「なぁ、カミユ、その古文書の記載って覚えているか?」

「全部? 無理無理、数ページにわたって書かれていたから断片的にしか覚えてないよ。火をまといし竜とか、竜殺しを民の守護として祭るとか……」

「守護!?」

アシュアが鋭い声をあげ、ラスタが応じる。

「なんだ、思い当たるものがあるのか?」

「ああ、ある。確かに民を守護する鍵があった……」

「あった?」

全員が声をあげた。アシュアの答えは皆を落胆させるに十分な内容だった。

「盗まれたのだ、かなり昔に……」

「要は、無いってことだよね?」

カミユの問いかけは、無言のうなずきで返された。

皆が沈黙に沈む中、カミユはさらに問いかけた。

「アシュア、その守護の鍵の使い方とかってわかる?」

「確か、砂に面し岩の奥に扉ありし、町が死に瀕する時扉を開け、力を得よ、と」

「鍵を使う場所ってわかる?」

「ああ、この町から南西に2日ほど行ったところに、大きな岩がある。おそらくそこだと思う。ただ、行って確認したわけではないが……」

 少し考え込んだカミユだったが、疑問を口にする。

「砂漠に足は踏み入れられないの?」

「そうではないんだが、岩に行ったものは、これまで町まで帰ってきていないのだ……」

 少し考え込んだカミユは、さらに情報を求める。

「往復4日の砂漠の旅って、生きて帰れないほどきついの?」

「4日ぐらいなら、それほどきついことはない。私でも10日ほど旅したことはある」

「ふ~ん、それじゃ、その岩に何かあるのは、確実だね」

カミユはかなりの自信をもってうなずいた。

「なんか自信ありげだな、勝算でもあるのか?」

ラスタがいぶかしげに声をかける。

「まぁね、お宝なら罠ぐらいかけるよ。盗まれないためにね。おそらく、何らかの罠があって、お宝近くで引っ掛かったんじゃないかな?」

「でも鍵は失われてしまった……」

アシュアは再度落胆したがカミユは続ける。

「鍵をもっていっても、罠にかかったらどうなんだろう……」

「まさか、罠の近くに鍵が落ちてるとか?」

「その可能性あるんじゃないかな?」

「行ってみるしかないか……」

ラスタとカミユは顔を見合わせてうなずく。

「明日朝出発するか」

ラスタの声にアシュアが異論を唱える。

「砂漠の日中は体力を削ります。出発するなら夜がいいかと」

「おそらく、日中でも何とかなると思います」

珍しく、エリスが声をあげ続ける。

「この辺りは、砂漠ですけど、水脈が地下に豊富にあるので水の精霊の助けを借りれると思います。日差しや熱はそれで防げると思います」

カミユがエリスの頭をなでて、エリスはうれしそうに笑みを浮かべる。

「あんたらの熱まで防いでほしいわ」

「ん? ミオ何か言った?」

「いいえ、何も……」

「砂漠には他にもいろいろとあってな。ただ、そなたの気持ちはありがたく受け取ろう」

エリスの手を自分の手で包み込んでアシュアは祈る、が、

「おいおい、その手は許せんな」

「ラスタ、それ、俺のセリフなんだが…… お前、何狙ってんだ?」

「お? カミユ、まだ、婚約なんだろ? 俺にもチャンスはあるんってことだよな?」

「アシュア、一つ頼みがあるんだが……」

「なんだ、なんでもいってくれ。力になろう」

「それじゃ、遠慮なく、高貴な人物が安らかに眠れそうな墓を用意してくれないか、すぐに使うことになるから……」

カミユの体から、ばちっと雷に似た音が聞こえる。

「お、おい、カミユ冗談だ、冗談だって」

「こんな状況で、冗談、ね…… 二度と言えないように体に刻みこんでやる!!!」

訓練のたまものか、ガガーンとラスタのすぐわきに雷がさく裂する。


絶望の底で見つけたわずかな光、

その光を知恵で理解して希望へと変える。

希望は人に力を湧きあがらせる。

心を強くし体を奮い立たせる。

三つの要素が明日を形にする。

より強い光に包まれた明日を。

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