第7話 王の責務

日々の訓練を費やして、幾日が過ぎたか、そんなある日。外で剣をふるっていたカミユは、聞き間違うことがない特徴的な音を聞いて空を見上げた。

「あれって、プライベートシップ!!!」

恋焦がれる飛空艇を見て思わず剣をふるう手が止まる。目が追った先は、守備隊駐在所近くであった。家の中に走りこんで剣を置いたカミユは、その場所に向かって走り出していた。


(駐在所)

駐在武官が最敬礼をもって飛空艇を降り立つ人物を迎える。そして、二人の人物がおりたった。上等の服に身を包んだ青年と、その後ろにつき従う赤い鎧、赤い髪の力強さを感じさせる女性。

「ご苦労! 任務に戻ってくれ」

青年が答え、駐在武官は踵を返し持ち場に戻っていった。

「さて、あいつはどこにいるんだろうな……まさか、昼間から酒場じゃないだろうな」

青年は周りに聞こえる声で呟く。

ふと、ため息に近い声に気がついて飛空艇のそばを向く。そこには目を輝かせた少年が飛空艇を調べるように動いていた。

「こっちがエンジンか…… それでこっちが舵、あれ? こんなにでかいのか? なんか違うような……」

「それは、ウインドブレーカーと言ってな、風の影響を最小限に抑える装置だ」

そこで少年は初めて青年の方を向いた。

「へぇ~、そんな装置があるのかぁ~」

青年は笑みを浮かべて少年に話しかける。

「飛空艇が好きなのか?」

「もちろん、だって空飛べるなんて、わくわくするじゃん」

「俺も同じだ。俺の名前はラスタ、お前の名は?」

「あ、俺はカミユ。この町の町長ラキアスの養子です」

町の外のおそらく貴族と思われる男に対して自己紹介をする。

「おまえがラキアスの息子か、そうか、ん? カミユ? 他にも、あ、ガルフからか……」

「???」

「なぁ、カミユ、いまガルフがどこにいるかわかるか? 俺はガルフを探しに来たんだ」

「あ、たぶん、あいつなら、この時間町はずれで一人で剣をふるっているんじゃないかな。案内しようか?」

「頼む」

「うん、いいよ。こっちだよ。ラスタさん」

「ラスタでいい。俺もカミユと呼び捨てにさせてもらう」

「了解!」

後ろの女性が歩み出てきた。

「私はミネルバ、同じく呼び捨てで良いぞカミユ」

言葉はぶっきらぼうな感じがしたが、表情が少し和らいだ感じがした。

「ん、よろしく、ミネルバ」

カミユは手を差し出した。ミネルバは少し躊躇してその手を握り返した。

「めずらしいな、ミネルバ。お前から名乗るとは」

「そうでしたか?」

首を少しだけ傾げるラスタ。表情のない顔に戻るミネルバ。

町の広場までさしかかったところでラスタがカミユに問いかけた。

「カミユ、お前はずいぶん飛空艇が好きみたいだな」

「もちろん、金貯めて買うつもりだし」

「買う? 飛空艇をか?」

「いま200万位まで貯めた。3000万までは道のり長いけど」

ラスタは歩みを止めてしまった。いぶかしげるカミユ。

「どうしたの?」

「3000万って誰に聞いたんだ?」

「ガルフだよ、なんか、3000万かかるって聞いたことがあるって言ってた」

おもむろに、ラスタは大声で笑い始めた。状況が分からないカミユは困惑している。

「なに? どうゆうこと?」

「おまえは、本気で3000万集めるつもりか?」

「本気だよ。人生賭けてる。あ、いや、たぶん人生では二番目かな……」

「200万貯めて二番目って、一番が何か気になるな」

興味深々のラスタの目を見て、少し躊躇しながらも答えるカミユ。

「守りたい人がいるんだ。自分の夢を差し置いても……」

「女か?」

カミユはうなずいた。ラスタは納得した顔でうなずいた。

「なるほどな、それは良く分かる、俺は飛空艇が好きだ! でも、それ以上に女も好きなんだ」

「それって、ただの女好きじゃないの?」

「う~ん、まだ、自分の夢より大事って女に出会ってないからなぁ…… そう言われても仕方がないかもしれんがな」

真剣な顔のラスタを見て、カミユもだいたいを把握した。

「茶化すつもりじゃなかったんだ。ごめん」

「俺はお前がうらやましいよ。守りたい人をお前は捕まえたんだろ?」

「捕まえたって、人聞きが悪いなぁ…… 俺と、エリスはそんなんじゃ……」

「エリスというのか、お前の想い人は。ガルフの後でいいから、俺に会わせろよ」

「やっぱり女好きなだけなんじゃないの?」

「人の女は盗らんよ。神に誓って!」

「神さま信じてる?」

「いや、全く」

顔を横に振る男のどこを信じればいいんだろうか、カミユは悩み始めてしまった。


(町外れ)

一人の大男がグレートソードを片手で軽々と振り回していた。

「精が出るな」

ラスタは大男に声をかける。大男は手を止めて振り返る。

「ラスタ、どうしたんだお前? こんなところまで」

「ちょいと、まずい話があってな、お前の力を借りに飛空艇で飛んで来た」

「やっぱ、さっきの飛空艇はお前か? 視察かなにかと思ったんだが……」

一瞬だけラスタがカミユを見たが、カミユは不思議に思っただけだった。

ガルフは言葉を続ける。

「で、相手は人か魔物かどっちだ?」

「魔物の方だ……それも、相当やばい、な」

「おいおい、ワイバーンとか言わんよな? あれ相手にするのは結構しんどいんだぞ」

「期待を裏切って悪いな、それも、悪い方向に、だ」

ラスタは苦虫をかみつぶしたような顔をしてガルフを見る。ガルフは嘘つきを信じたいような目でラスタを見ている。

「は? おい、真顔で冗談はよせよ…… そんな魔物、俺はドラゴン以外知らないぞ……」

ラスタはゆっくりと、首を縦に振った……

しばらく沈黙が流れた。沈黙を打ち破ったのは脇にいたカミユだった。

「ドラゴン?!」

ラスタはカミユを見て、再度顔を縦に振って言葉をつなぐ。

「都市国家アルジェから支援要請が来た。数日前からドラゴンの攻撃を受けている、と」

「お前、それ、どうしたんだ!」

「助けたいと思ったが、議会は戦艦ガレリアの派遣を拒否した……」

戦艦ガレリア―― 帝国最強の軍用飛空艇。全長150mの超大型艦。砲門も50を超え、地方都市なら数時間で制圧できるだけの攻撃力を持つ。巨大艦のエンジンの建造する技術は失われており、修理に次ぐ修理ですでにかなりの老朽艦となっている。艦の年齢は300を超えると言われている。

「そりゃ、戦艦ですらドラゴンに太刀打ちできないって認めてるんだろ! 帝国も!」

ガルフがラスタを責めるように問い詰める。

「だからと言って、2000人の町の4分の1が3日で焼き尽くされている。そんな状況ほっておけるか!!!」

ラスタの声は必死だった。誰もが口を閉ざす中、カミユが声に出していた。

「ドラゴン、か、雷の魔法が有効、それ以上に、ドラゴンスレイヤーがあれば、通常攻撃が効くはず…… ドラゴンスレイヤーか、確か砂漠の古文書に……」

カミユを除く3人は、目を見張った。

「カミユ、それは何だ? ドラゴンに勝てるのか?」

顔をあげたカミユはラスタに告げる。

「古文書に書いてあった方法なんだけど、一つは雷の魔法で少しずつ弱らせて最後に大きな雷の魔法でとどめをさす。もうひとつはドラゴンスレイヤー、竜殺しの剣を使えば、通常の攻撃がドラゴンに効くようになるって」

「竜殺しの剣のことか、伝説ならば俺も知っているが、本当にあるのか?」

「古文書に書いてあったの思いだしたんだよ。お宝の一つでもあるし。竜殺しの古文書には砂漠の記述もあったから。たぶん砂漠に近いところならもっと情報があるかも」

「変だな、アルジェは砂漠の都市国家だから、竜殺しがあるなら自分たちで何とかしているだろう」

「500年ほど前の話だし、今はないのかも…… 探すしかなさそうだけど……」

「とにかく、行くしかないってことだな。」

ガルフの言葉にラスタもうなずく。

「カミユ、お前も来てくれないか?」

「いいよ。上級は無理だけど、雷の魔法も使えるし。あ、ちょっとまって、エリスが……」

「正直に話すしかないだろ、テオの診療所だろ。行こうぜ」

声をかけたガルフは既に診療所に向かって歩き出していた。


(診療所)

「愚かさの最高記録更新ね。ここまで極めるといっそ気分がいい、わけないでしょ!!」

ガルフの話でなぜか怒られるカミユ。

「そんなこと言ったって、人がドラゴンに襲われているんだ。助けたいと思うのは悪いことじゃないだろ?」

「気持ちはわかりますけど、ドラゴン相手に人がいったい何ができるというのです?」

ミオだけでなく、テオまでも手厳しい。

「ドラゴンってそんなに強いんですか?」

エリスは当たり前の質問をする。

「今ここにいる人がドラゴンと戦ったら、その人数分死人が増えるだけ、でしょうね。カミユ、あなたは長老の木からエリスを託されたんですよ。忘れてないでしょうね?」

「ドラゴン退治なんか、帝国の軍人に任せておきなさい。ガルフには悪いけど」

友人というより親に近いテオとミオは、親心として当たり前のごとくカミユを諭す。

「帝国議会は、軍隊の派遣を拒否した……」

歯をかみしめ、苦渋の表情をしながらラスタが声を絞り出す。

「まさか、帝国議会の貴族までもが…… まぁ、さすが、人間ね……」

辛辣なセリフを浴びせるミオ。

「議会の馬鹿どもはわかってないんだ、帝国の5分の1は南からの移住者なんだ、拒否したことが知れたら、内乱がおこる。ただでさえ魔物との戦いで必死に生きていかないといけないのに、人同士が争うなんて、そんなばかげた話があるか!!!」

心の底からの怒り。ラスタが放った言葉はそれほどまでに強い感情の表れだった。

「その怒りはわかりますが、あなたが背負うべき必要はないでしょう?」

テオはラスタに問いかけた。しばしの沈黙が流れた。そして男が口を開ける。

「俺は、背負わなければならないんだ、エルドリア帝国皇太子として……」

「皇太子…… 殿下???」

テオとミオは顔を見合わせる。エリスはわけがわからず首をかしげる。カミユは口をパクパクと動かして、ガルフやミネルバの顔を見たが二人ともうなずいていた。

「頼む…… 皇太子としてではなくただ一人の人間として頼む。力を貸してくれ!」

人に頭を下げてはならぬ運命を背負った男が深々と頭を下げている。その全身からにじみ出る必死さを理解できない者はその場にはいなかった。

「殿下、いえ、この場合はラスタと呼んだほうが良いのでしょうね。少し確認させてください。」

テオは覚悟を決めたように言葉を続けた。

「俺が答えられることはなんでも聞いてくれ。正直に答えることを誓う」

「あなたの、皇太子としての権限で今回の救援に回せる戦力はどれくらいありますか?」

「戦力自体は一個中隊30人を動かすことは可能だが、都市国家に移動させる手段がない。」

「戦艦ガレリアは動かせない? と」

「基本的に、帝国内の軍事関係は動かせない状態にある、特に戦艦ガレリアは艦長が派遣拒否の急先鋒なんだ」

「帝国議会の拒否の内容、賛否の割合はどれくらいなのですか?」

「拒否が6割、賛成が1割。残りは様子見だが、基本的には拒否派だ……」

「絶望的ですね。賛成1割、ほんの数人ということですか……」

「ああ、皇帝陛下、俺、ラキアス卿と外務大臣くらいだ。移民を知っている内務大臣ですら、拒否に回ったのが大勢を決定づけた。ただ、移民受け入れと帝国への移動手段の提供は承認された」

「戦力以外で動かせるものは?」

「俺が乗ってきた飛空艇とミネルバ、ガルフくらいなものだろう」

話を追うごとに、テオの表情が苦渋の色に染まっていった。

「ガルフ、一つ聞きたいんだけど、俺達って、帝国の軍人と比較して強いか弱いかどっち?」

唐突にカミユがガルフに質問を投げる。

「ん、ああ、やつらに比べれば戦力としては上だぜ、あいつら集団で戦うことしかしらねぇからな。テオやミオは剣の腕もそこそこだが魔法が使える分は上になるしな」

「軍隊で勝てないのに、どうしようって言うのよ? カミユ」

当然の疑問が飛ぶ。

「古文書にある竜との戦いの記録は、初め大人数で挑んだらしいけど、ダメだったって書いてあった。集団で挑んでも攻撃できる人数は限られてて有効じゃないって。それで、一部の力の強い人数だけ絞って、雷でけん制しつつドラゴンスレイヤーを刺してから、少人数で戦って勝ったと」

「ということは、後はスタミナ勝負になりそうです…… そうするとカミユは反対するでしょうね」

「何を?」

「エリスの水の魔法に頼ることを、です」

「……」

カミユが作り出した沈黙は隣のエルフが打ち破った。

「わたし、やります。それに火を吐くというお話ですし、水の精霊に守ってもらえば、火は怖くはないと思います」

「頼る、というより、エリスにいてもらわなければ、戦いにならないと言った方が正確でしょうね」

「カミユ、エリスは、俺やラスタやミネルバが必ず守る。俺からも頼むわ。こいつが頭下げるのなんて初めてなんだよ」

「カミユ、エリス、帝国近衛騎士団団長ミネルバ、わが命にかけてガルフの言葉を実現しよう」

それほど間を開けずにカミユは答える。

「わかったよ。テオ、ミオ、エリス、行くよね?」

「ま、帝国に恩を売るいい機会だとは思いますしね」

「一人で行かせるには、まだまだひよっこすぎてねぇ、ついていってあげるわ」

「私は、もちろん、ついていきます」

4人がラスタに向かってうなずく。

「ありがとう…… 本当にありがとう」

ラスタは不覚にも涙が出た。

「お礼も涙も早すぎよ、帰ってからにして頂戴。今もらっても受け取れないからね」

「皇太子殿下相手ですら、容赦ないね。まぁ、その態度はエルフに見える。セリフは違うけど」

木のコップがカミユの頭を直撃する。

「行動も、ね」

それにしてもめげない少年。


笑いが、心の不安を一瞬だけ吹き飛ばす。

困難を前にして、意思を示した一人の男。

その意思を紡ぐ仲間たちは、意思を行動に変えた。

その行動がどんな結果をもたらすかわからないままに。


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