第6話 訓練

「うが~~~」

頭を抱えて奇声をあげるカミユ。一人机に突っ伏していた。


(1時間ほどまえカミユの家前)

「ちょっと、あんたたち何やってんのよ!」

診療所のドアから出てきたミオはおもむろに声をぶつけてくる。

「エリスからモンスターと戦う時どうすればいいか聞かれて、まずは訓練っていって」

 カミユのセリフに対して、ミオはいぶかしげな表情で問いかける。

「まさかと思うけど、ここで、その格好で、訓練するつもりだった?」

「え、あ、そうだけど…… 」

「あほかあああああ!!!!!」

診療所から何事かとこちらを見る2,3人の人々。恐る恐る目を開けたカミユの目に入ったのは、壮絶に呆れているミオの姿だった。

「あほだとは思っていたけど、今回のは、これまでの中で最高に最低ね!!!」

「最高に最低って…… 」

「あんたねぇ~~、最初に攻撃をよけたり、受け身をやったりからしたでしょうが~~」

「あ、うん、そういえば、そうだったような」

「こんな石畳の上で、普通の服で訓練すれば、エリスが傷だらけになることぐらいわからんか~~い!!!」

本日二回目のカミナリがカミユに落ちた。一切の反論ができず、首をうなだれる。

「あ、あの、私傷を負うくらいは、全然平気です。治せますし」

エリスが落ち込んだカミユをみてミオに伝える。

「エリス、訓練ってのは、実戦じゃないの。だけどちゃんと実戦を考えてしないといけないの。それに最初は、大けがをしないようにするためのものなの。怪我をしないための最善を考えないといけないのよ。教える方は!!」

うなだれた頭からはぐぅの音も聞こえない。

「私が教えるわ、エリス。あなたが診療所を手伝ってくれれば、普通よりもかなり早く上がれると思うの。そうすればお昼からでも教えてあげられるわ。どうかしら?」

「ぜひお願いします。お手伝いももちろんします」

「うんうん、素直なのはいいことよ~~」

満面の笑みでエリスと会話したミオは、カミユに振り返るまでの0.5秒で悪魔になった。

「で、そこのボンクラぁ、なんか文句ある?」

うなだれたまま首を左右に振るカミユ…… 

「エリス、今から手伝ってもらっていい?」

「あ、え、あの、カミユは……」

「エリス、いいのよ、今日はほっときなさい、あほが頭使う時間ぐらいはあげないとね」


(机の上)

「はぁ…… あほだ、俺……」

ゴン、机に自分で頭をぶつけるカミユ。痛みを振り払うように頭をあげて首を振る。

と、視界に入ったのは長老の木からもらった魔道書であった。

席を立って本棚に手を伸ばすカミユは、長老の木とのやり取りを思い出していた。

「エリスを守らないと…… 強くならないと……」

ぼそっと呟いて、魔道書を開く。

「サンダー、ライトニング…… まぁ、この辺りはそんなに難しくないか……」

パラパラとめくっていったカミユはふと妙なことに気がついた。

「あれ? 魔道書ってこんなに分厚かったっけ?」

帝都の図書館で炎や風の魔道書を読んだときの記憶を思い出していたが、その時の記憶と比べて明らかに目の前の魔道書は厚みがあった。

「専門家に聞いてみるか……」


(古物商)

コンコンとドアをたたく音が、1,2階吹き抜けとなっている建物の中に響く。

「あいとるぞ」

「入るよ、オッジ」

棚には様々な古文書、ビン、どう動くのかわからないからくりなどが所狭しと並んでいる。

「今日は一人かの?」

低いカウンターで古文書を開いていた、老いた男が顔を上げる。

「ああ、今日は俺一人だよ。」

「すまんの、この前きてもらってから今日まで仕入れに行ってはおらぬでな、何も目新しいもんはないわい」

「今日は買いに来たんじゃないんだ。ちょっと見てほしい本があって」

「本? わしから買わずに手に入れてきたのか? どこの遺跡で手に入れたんじゃ?」

「あ、いや、遺跡で見つけたんじゃなくて、この前連れてきたエリスがいた里の長老の木からもらったんだ。ほら、これ」

眼鏡をかけなおして手袋をはめたオッジは、本を受け取ると、1~2ページめくってみた。

「雷の魔道書じゃの、確かにかなり古そうではあるが、別に特別珍しいもんでもないじゃろ」

「初めは俺もそう思ったんだよ、中級ぐらいからは俺もちょっと理解できないってところも、正直そんなもんだと思ったんだけど…… 」

 カミユは首をわずかに傾げて疑問を表現する。

古物商の主がそれを認めて、言葉を続けるように少年を促す。

「分厚すぎないか? それ?」

カミユの言葉を聞いて、オッジは本の脇を見る。おもむろにページをめくり始めたオッジは、短い声をあげたり、ふむ、と一人で納得してみたりしていたが、後半にはいったところで大声をあげた。

「なんじゃと~~!!」

カウンター後ろの微妙なバランスを保っていた幾つかの本が崩れ落ちた。

「ちょ、どうしたの? 何かあった?」

「何かあったもなにもないわい! こりゃ、雷の呪文の奥義までのっとるぞ」

「奥義?」

「神雷もしくはテンペストというのがあるんじゃが、こりゃ間違いなく奥義じゃ。奥義が載っている魔道書を見たのは初めてじゃ。」

「そ、そんなにすごいのか?」

「一説では、共和国時代に開発された魔法で、なんでも魔神にも効いたとか」

「魔神に? うそだろ~。魔神は呪文も普通の攻撃も受け付けないんだろ?」

「カミユ、そなたも目を通したんじゃないのか? 東の国が魔神に滅ぼされた時の記述。」

しばらく腕を組んで思い出すカミユ。

「え~っと、あ、千の稲妻が魔神の膝を折ったって、あれか?」

「おそらくこいつのことじゃよ。ここ読んでみ」

オッジが指示した部分は、古代語で書かれてはいたが、確かに千の稲妻をおこす。とある。

「んじゃ、これを覚えれば、魔神にも勝てる?」

「勝てるかどうかはわからんが、それ以前に覚えられるかどうか。次に覚えられても使えるかどうか…… 」

「どうゆうこと?」

「わしがいま開いているページから最後のページまでどれくらいある?」

「20ページぐらいか?」

「その20ページ全部でこのテンペストの魔法一つが記述されておる」

「に、20ページ~~~」

「おぬし、覚えられるか?」

力なく笑うだけしかできなかった。

「その上、魔力も相当必要みたいだしの。それは古文書の方じゃが術者が100人ほど魔力を集めたとあったはずじゃ」

力なく笑うことすらできなくなった…… 

建物の中は数秒ほど沈黙が支配した。

「とはいえ、奥義と言わずとも、最上級魔法までのっておるんじゃ、一生かけて少しずつ覚えていけばよかろう。長老の木が渡したということは何らかのもくろみがあるんじゃろうて」

「もくろみ?」

「長老の木は、人の力量を見抜くらしいぞ。それで、里のエルフに注意を促すんだそうだ。」

「そんなの、どっかの古文書にあったっけ?」

「昔、エルフに聞いたんじゃよ」

「ふうん」

「ま、気長にがんばるんじゃな。千里の道も一歩からじゃ。ほれ」

「うん」

カミユはオッジが差し出した本を受け取って建物を後にした。


「千里の道かぁ…… まだ0.1ぐらいか?」

「おい、カミユ、ちと、戻ってこい!」

後ろを振り返ると、オッジが扉から顔を出して手招きしていた。

「なに?」

「こっちじゃ」

案内された場所は机だった。とりあえず、椅子にすわす。

「どうしたの? 何かあるの?」

「うるさいのぉ、少し黙って待っておれ」

奥の積み重なった本の中に沈んだオッジは、何か探し物をしているようだった。

しばらく本との格闘の音が聞こえていたが、それが足音に変わって近づいてきた。

「またせたの。まずは、これを渡しておこう」

オッジから渡されたのは、ガラスの玉の下に台座のついたものだった。台座のガラス玉側には、何やら魔法回路が刻まれていた。

「それは、魔法の訓練をするときに使うものだそうじゃ。それに対して魔法を使うと、うまく成功すれば玉が光り、失敗なら何もおきんと聞いておる。」

「こんなのどこから手に入れたんだよ」

「ん? 帝国の技術省の若いねーちゃんからのぉ、ある古文書と引き換えでもらった。なんでも帝国技術省内部でしか作ってないそうじゃ」

それ以上聞くと帝国から追われそうな気がしたので、それ以上は聞かないことにした。

「いくら?」

「ん~1000と言いたいところじゃが、500でいいわい。」

「ずいぶんいきなりな値引きだねぇ。本物かよこれ」

「本物じゃわい。おぬしに偽物を売ったことはないわい。せんべつじゃよ。おぬしの新しい門出への、な」

「それで、金とるのかよ…… しっかりしてるね。ほら」

「確かに、500ゴールド受け取ったぞ。んで、次はちょっと違うんじゃが……」

オッジは何やら魔法陣が描かれた大きな布を机の上に広げた。

「これは?」

「これは属性を調べる魔法の品じゃ。こいつも帝国の技術省の……」

「あ~、いい、そっから先は聞きたくない。品物の説明だけお願い」

「そうかの、ふむ、中心に手をおいて、魔力を手に集中させると、本人の属性に対応した部分が光るんじゃと言っておった」

「やってみていい? お金取る?」

「ただでいいわい。やってみぃ」

カミユは、席を立って手を魔法陣の中心においた。目を閉じて魔法陣を描くときのように集中した。ゆっくりと目を開けると、紫色の場所が強く光り、その両隣の赤とうすい緑が弱く光っていた。

オッジの顔をみると、目を見開いていた。

「オッジ、どうしたの? これって何属性?」

「ちょっとまて、いっぺん手を離してみてくれ」

手を離すと、光りは消えてもとの魔法陣の布になった。

オッジは魔法陣全体を丁寧に見渡していたが、おもむろに、

「もう一度やってみてくれんかの?」

カミユはうなずくと、先ほどと同じことを繰り返した。そして、結果も同じだった。唯一違うのは、オッジの顔だった。さっきよりも強く悩みの色が浮かんでいた。

「雷じゃと? ありえん。ありえるはずがないんじゃが……」

「雷? 俺雷の属性なの?」

「まて、まずはわしの話を聞け」

オッジはカミユの向かいに座った。カミユも座席に座ってオッジの話を待った。

「カミユよ、属性はしっておろうな?」

「そこまで馬鹿にしなくてもいいだろ。火、雷、風、氷、水、森、土、火山の8属性。そのうち土水風火が4大属性と言われているやつだろ」

「うむ、そうじゃ、そして基本的にはそれに属する精霊が存在しておるのもしっておるな」

「ああ、エルフが使役するというか協力を頼むんだろ」

「それだけではないが、人の属性とはその精霊の影響を強く受けて、生まれた時に決まるんじゃ」

「生まれた時に近くにいた精霊だっけ?」

「うむ、その精霊なんじゃが、精霊が生まれた経緯は知っておるか?」

「いや、それは知らない。」

「そうじゃの、古文書に乗っているわけではないしの、わしもとある地方の伝承を聞いたことがあるだけなんじゃが……」

記憶をたどるように目を閉じてオッジは語り始めた。

「地に星が落ち地上にマナがあふれた。マナは地上を駆け巡り、万物と巡り合って長い時をかけて精霊が生み出された。精霊の加護がエルフを、人を、ドラゴンをつつむ。」

「ドラゴンまで精霊の加護があるって?」

「火竜、氷竜、土竜、息や特徴がそれぞれでるのじゃよ。」

「で、その伝承がどう関係するの? 俺の属性と」

「8つの属性の内、雷だけ、精霊がおらんのじゃよ」

「へ? なぜ?」

「伝承を思い出せばわかるんじゃが、長い時間をかけて精霊が生み出されたとある」

「あ、雷って一瞬だから、か」

「うむ、それにこれまで雷属性をもった人はおらぬ。じゃから驚いておったのだ。そなたの属性が雷ということでの」

「俺が生まれた時に、雷に打たれたとか」

オッジは声をあげかけたが、止まって何かを考えていた。 再び口を開けて言葉をつなげる。

「それならば、おぬしはアンデッドかの?」

「いやいやいやいや、何をいきなり…… 癒しの魔法で回復してるっての!」

「ならばそれもありえぬのぉ……」

残念じゃと聞こえたような……

「とりあえず、俺が雷属性だとなにかまずいの? もしくはいいの?」

「まぁ、雷の魔法が得意というだけじゃろうて。まずいことは特にないわい」

「ミオからは風じゃないか? って言われてたんだけど、火の魔法がつかえたから火属性と思ってて。でも雷ならありなのか…… 」

「そうじゃの、自分の属性の両隣は相関が強いから多少は使えるはずじゃ」

「長老の木は属性を見抜いていたのかなぁ…… 」

「かもしれぬ。違うかもしれぬ。まぁ、とりあえず、あの魔道書はお前が持つのがふさわしいじゃろう」

「なるほど」

「覚えて、使えなければ、ただのゴミじゃが」

「ぐはぁ、きっついね、オッジ」

「あたりまえじゃ、骨とう品など普通の人にとってはただのゴミも同然。その価値が分かる人だけが持つべきものだしの」

「う~~ん。説得力あるなぁ…… 了解。わかったよ。がんばってみる」

「うむ、日々研鑚じゃ」

「こっちの練習用のも合わせて、ありがと。じゃ、また来るよ」

オッジは扉を出ていくカミユをテーブルから見送った。

「一番近くの精霊に影響を受ける…… か、そういえばあの方は確かに……」

誰にいうでもない、ポツリとオッジはつぶやいた


(町の広場)

「こいつを使えば魔法の訓練もできるな。でも剣もやらないと…… あ~時間いくらあってもたりね~~~」

ぶつぶつ呟きながら歩くカミユ。そこに、屋台でサンドを買いこむミオが大声で叫ぶ。

「そこの、あほ~~。飯食う気力ぐらいはでたのか~~」

「声がでかいわ!! 偽エルフ!!!」

「え? ミオさんってエルフじゃないんですか?」

横から意外な攻撃をうけてダメージが致命的なミオ。

「ちょっと、エリス…… 冗談、よ、ね……」

屋台の前で立ちくらむミオ

店員から品物を受け取る気力すら失われたらしい。エリスが代わりに品物を受け取る。

カミユは荷物を持て余すエリスに駆け寄って、その荷物に手を伸ばした。

「俺が持つよ。あ、でも、俺も昼飯買わなきゃ」

「あ、ちゃんと、カミユの分までありますよ」

「ありがと、エリス」

「あ、それはミオさんに言ってください。4人分頼んだのミオさんなので」

「そっか、ミオ、ありがと、って……」

先ほどと同じ体勢で何かをつぶやいているミオ

「ミオさん、行きましょ。冷めてしまいますよ」

「え、あ、うん、そうね……」

よろよろと歩きだして、カミユの肩にしがみつくミオ。

「ごめん、カミユ、一人じゃ歩けなさそうなんで、支えてって」

「ちゃんと、エルフの誇りはあったんだな、ミオにも」

いきなり息を吹き返すミオ。

「そうよ、私はエルフよ。あったりまえじゃな~~い、それよりカミユはどうなったの、どこ行ってたの?」

「ま、いろいろと、ね。エリスはミオに任せていいかな、俺、強くなりたいんだ。エリスをどんな敵からも、魔神からも守れるくらいまで」

「エリスは任せて。でも、魔神とは大きくでたねわぇ。なに? なに? 何かあったの~?」

「おしえな~い。日々研鑚あるのみっす。千里の道も一歩から!!!」

「ちょっと~、いいじゃない。少しくらい教えてくれたって~~」

「お~し~え~ま~せ~ん~~~」

「生意気ね! カミユのくせに!!!」

「なんだよ、そのカミユのくせにって!」

「うるさい、ちゃんと支えなさい! 傷心の原因はあんたなんだからね!」

「どこが傷心だよ。もう元気じゃん!!! 俺は昼飯もってるつぅの!!!」

和やかな日差し、それと同じくらい和やかな笑顔の3人は診療所に向かって歩いていた。


弱さを認識し、強さを渇望してあがく。

行動は無様でもなぜか輝いて見える時。

昨日を糧とした今日。

今日を乗り越えた明日。

そうして時は流れてゆく。前へと

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