第3話 旅立ち
(アリアの町)
昼前に町に着いたカミユ達は、門のところで当然のごとく、驚愕、羨望、嫉妬の感情の嵐に巻き込まれた。そして、最終便が来るまでの間の仮宿、ラキアス邸へとたどり着いた。テオとミオから一通りのいきさつを聞いたラキアス卿は、改まってエリスに向き合って頭を下げた。
「済まなかった。わしらが間に合っていれば、エルフたちは全滅しなかったかもしれん」
エリスは驚き、そして優しく答える。
「里の者たちをこの町の人々と同じように扱っていただきありがとうございます。ですが、もう50年も前のことです。過去を振り返るより前を見よと長老から教わりました。どうかラキアスさんもそのように」
「ありがとう。わしもそなたの力になるぞ。不肖の息子カミユが何かしでかしたら、わしに言ってくれ。きつく灸をすえてやるわ」
「なんでそこで俺が出てくるんだよ…… 」
ふてくされる愚息に対して、
「いつになったら、うちの息子が付いていれば安心だ! と言わせてくれるんかのぉ~」
「ぐっ…… 」
カミユとエリスを除いて爆笑が沸き起こる。
「あの、カミユがいてくれれば、私は安心です」
ラキアス卿は破顔して、
「おおぅ、何と思いやりのある言葉よ、甲斐性なしのカミユにはもったいない。早まることはない。せめていいなづけでとどめておきなさい。世の中にはもっと良い男もいくらでもおるからの。」
「今ほど、おやじと血がつながってないことを感謝したことはないね。このくそおやじ!」
養父と養子の口げんかをよそに、エリスはミオに尋ねる。
「あの、お聞きしたいことがあるんですが、いいなづけってなんですか?」
「ああ、えと、将来一緒になることを約束した間柄のことよ。エルフにはないよねそんなの」
「将来ということは、今は一緒にいてはいけないのですか?」
「あ、いや、そういうわけじゃなく……」
こちらはこちらで、人の社会の常識をレクチャーし始めた。
「ま、時間がそれなりに解決してくれるでしょう。どちらも」
独り言をつぶやいたテオが、ラキアス邸入口に見知った顔を二つ見つけて、ラキアス卿に伝える。
「おお、ガルフ、ということは迎えの船がついたということか。」
「いや俺だけ小型艇で先に来た、ところで件の花嫁とやらはどこなんだ?」
「奥におるわ」
「おお、上がらせてもらうぜ」
ずかずかと上がりこむ大男をよそに、ラキアスはもう一人の男に向かう。
「長い間ごくろうだったの」
「まぁ、エルフのこと以外は大きな問題もありませんでしたし。ゆっくり楽隠居いたします」
長年町の守衛を務めた男はさっぱりとした表情で、町長に別れを告げて去って行った。部屋に戻った町長が目にしたのは、ガルフと、不肖さが自慢の息子との舌戦であった。
「全く飽きもせずに良くやりおるわ。迎えが来るまで退屈だけはしそうにないの」
ため息交じりのラキアスに、
「ほんと、どうしたら、こんな風に育つのかしら?……」
と一番大きな要因が一番不思議と言わんばかりの顔でつぶやいた。
本人とエリスを除くすべての人物が心の中で一致団結した瞬間だった。
(最終日夜明け前)
ドタバタ劇の結果、同じ部屋で寝ることになったカミユとエリス。初日こそ朝まですやすや眠るエリスの顔を見て、眠れない夜を乗り越えたが、二日目以降はとりあえず緊張しつつも寝ることに成功していた。
空が白み始めたころ、いつもよりも早く目が覚めたエリスは、普段と違う感覚に戸惑った。
「???」
これまであったものがなくなり、なかったものが存在している。不意にそれがなんであるかが理解できた。
「カミユ、カミユ、ねぇ、起きてください」
揺さぶられて眠りからさめきらないまま答える。
「エリス、どうかしたの?」
「森がおかしいんです。穏やかだった森が、騒いでいるんです」
「森が?」
起き上がって窓の外から森を伺うカミユにも違和感が感じられた。
急ぎ廊下に出て声を上げる。
「おやじ、ガルフ、テオ、ミオ、起きろ!! 何かがおかしい!!」
各部屋の中で動きが感じられ、それを確認して、装備を整える。
「エリス出られる?」
首を縦に振り、カミユとともに廊下に出る。
ラキアス卿は何事かいぶかしげに廊下に顔を出していた。そこにガルフが出てきて、
「なんかやばいな、急いで出るぞ! ラキアス卿早く準備を!」
「テオ! ミオ!」
カミユの声にテオが答える。
「今出ます。」
答えと同時に装備を終えたテオとミオが出てきた。
「テオとミオは先行して桟橋に向かって、エリスも二人と一緒に行って! おやじ早くしろっ。俺とガルフが最後に出る」
三人が先行して建物を出て、準備のできたラキアス卿と二人が邸宅を出た瞬間、町の門が突如破られ、狂暴化したトレントや草のモンスターのソーンが大量に押し入ってきた。
「数が多すぎる、これじゃ太刀打ちできねぇ」
ガルフが叫びながらグレートソードを構える。
「カミユ、炎の魔法を!」
テオから声が飛ぶ。
「俺の炎の魔法でトレントやソーンは倒せない。杖もないし」
「家屋に火をつけるんです。時間稼ぎはできるでしょう」
「なるほど、でも、くそっ、それしか手がないか」
5年ほど過ごした自分の家に小さな炎の魔法を放つ。3~4発撃ったところで火の手が大きくなり、森のモンスターはたじろいで後ずさった。
「カミユ! 診療所も!」
自分の家に魔法を放ったカミユと同じ表情をしてテオが叫び、カミユは無言でそれに応じる。2件の家の炎がトレントたちを遮ったが、脇から数匹のモンスターが抜けだしてきていた。
「カミユ桟橋まで下がりながら撃退するぞ! トレントは俺に任せろ。ソーンはお前に任せる。」
「わかった」
1~2撃の剣撃でトレントを打ち倒すガルフと、一閃でソーンを倒すカミユ。数に押されながらじりじりと後退して、堤防を桟橋へと向かう。
「カミユ右後方!!」
テオの声が聞こえ一瞬そちらに目をやると、トレントがツタを伸ばして、カミユとガルフの後方に橋を造っていた、そこを2匹のソーンが伝って後ろをふさぐ。
「なめんじゃないわよ!!」
突如突風が巻き起こって、2匹のソーンが堤防から海に落ちる。
「ミオ、助かる!」
「まだまだぁ!」
強い風が一瞬巻き起こり、直後、ツタを断ち切られたトレントも海へと落下していった。
「ガルフ、桟橋まで後退しよう、ここも危険だ」
「だな」
桟橋に陣取った二人の前に、数え切れないモンスターがゆっくりと押し寄せていた。
(昼前のアリア)
「はぁ、はぁ、はぁ、」
肩で息をするカミユとガルフ。エリスは何度目かわからない活力の魔法をかけている。
「ラキアス卿、船は何時頃予定ですか?」
カミユと位置を変わってソーンの相手をしながら問いかけるテオ。
「予定では正午のはず。ただ船長が、「名残惜しいだろうからゆっくり行ってやるよ」と行っておったのが気になる」
「ぐっはぁ、余計な気回し過ぎなんだよ、船長!」
いない相手に毒づくカミユ。
「船、みえたわ。でも、帆が半分……」
「まじゆっくり来てやがる……」
カミユの口が唖然といった形を作る。
「船長! ぶったぎってやる!」
物騒なセリフを吐きながら、トレントをまさしくぶった切るガルフ……
「テオ、交代して、俺もちょっと憂さ晴らし、したくなった…… 」
素早く体位置を入れ替える、カミユとテオ。
「かかってこい!!!」
息を吹き返した二人の勢いに、モンスターの勢いがそがれる。
「まさかと思いますけど、船長、これ、計算してないですよねぇ…… 」
テオがはるかかなたの船を見てつぶやく。
(輸送船)
帆を半分だけにした帆船が海の上を揺れながら滑っていた。
「これでアリアの町も見納めかと思うと、ちょっと来るもんがあるな」
誰かに言うわけではなく、なんとなく言葉が口をついた。
「はっくしょ~い。いい風なんで半分にしたんだが、それでも予定通りに着いちまうか」
「船長、町だ」
マストに登った見張りから、アリアの町をとらえたことが告げられる。
「どれどれ、ちゃんといつもの町があるか確認するとするか」
手元の望遠鏡をもって立ち上がり覗き込む。
焦点を合わせた狭い視界の中の町は、いつもの町とは違っていた。
「煙?…… 総帆ひらけぇ!!! 全速で町へ向かう!!!」
「イエッサァ」
「何がおきてんだ?」
答えは得られない。ただ、長年の経験と勘が告げてくれる。
早く着かないと危ない…… 自分が……
(正午のアリア)
「今、錨をおろす、待ってろ!」
甲板の船員が準備を始める。
「錨は下ろさなくていい、ゆっくりと桟橋をかすめてくれ! 飛び乗る!」
「なっ! わ、わかった。」
要求は無茶ではあったが、桟橋の上にあふれるモンスターを見れば、それしか手はなさそうであった。
「船よせろ~、微速保て」
輸送船は船尾を流しつつ、急旋回をおこなって、桟橋に近づく。
船腹が桟橋にこするように接触する。
テオとミオが先に飛び乗り、後続の二人を促す。
「カミユ!」
エリスが振り返って、声をかける。
「ガルフ、先にいけ! 俺の方が足が早い! 食い止める」
「まかせたぜ」
考えるわずかの時間すら残されていない。ガルフは躊躇なく飛びずさって剣を背に納め、走り始める。ラキアスはすでに船に移っていたが、エリスはまだ桟橋に残っていた。
ガルフは走りながら桟橋のエルフに叫ぶ。
「カミユなら大丈夫だ! それより、飛ぶぞ!」
エルフの答えを聞くより早く、ガルフはエルフの胴を抱えてそのままのスピードで船に飛び乗る。
「カミユ! 来い!」
皆が叫ぶ。カミユは渾身の力で剣を横になぎ、その勢いのまま船に向かって走り出した。船速が出だした船との距離は約2m。ぎりぎり届くかどうかの距離だった。
カミユと相対していたトレントが、ツタを伸ばしてカミユにつかみかからんとしていた。
「カミユ! 避けて!」
エリスの声で状況を把握したカミユは素早く左へ飛んだ。
自分が半瞬前に居た場所をトレントのツタがうちぬく。船を向いたまま剣でツタを切り上げて、そのままの速度で桟橋から飛び移る。
かなりの距離が開いていたはずだったが、カミユは船に飛び乗ることができた。
無事とは言い難いが……
「カミユ、大丈夫ですか?」
エリスが駆け寄って癒しの魔法をかけようとする。カミユはそれを制して、
「いや、魔法をかけるほどじゃないよ。ちょっと痛かったけど」
「マストにぶつかるまで飛ぶって、どうやったらできるんだ? おまえ?」
ガルフが信じられない! という顔つきで質問をぶつける。答えは別の所から飛んできた。
「いや、まぁ、まさか、あそこまでとは、ねぇ…… 」
何だかバツの悪そうなミオ。
その言葉で皆が納得する。カミユを船に届かせるため、風の精霊の助力を求めたのだと。
「あぁ、いや、ミオ、ありがとう。助かったよ」
カミユはミオの気持ちに心から感謝を示す。
「あら、いやに素直じゃない? うちどころがよかったのかしら?」
「ミオに対して素直になる…… うちどころ悪かったみたいですねぇ……」
テオは、ごそごそと薬箱をあさり始めた。
「ちょっと、どうゆう意味よ~~」
笑いの渦が沸き起こる。
そんな喧騒を背に、ラキアスは森の魔物に占拠された離れ行く町を見ていた。
「森に帰る、か、そうじゃの、そうゆうもんじゃ……」
人の住んでいた場所から人が追い出される。
あるいは、魔物の住む場所から魔物が追い出される。
そういったやり取りが繰り返される。
それが世界の摂理。
これはそういう世界の物語
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