第2話 出会い

(朝のアリアの町)

「テオー、いるー?入るね~」

診療所のドアをノックしながら少年が扉を開けて中に入っていく。

本や薬瓶が並んだ机を前に、穏やかな顔でエルフが答えた。

「いますよ。カミユ。今日はどうしたんですか? 怪我でもしたんですか?」

少年が何か答えようと口を開けようとしたが、

「今日はガルフは来てないから、転んだとか。あ、わかった、馬鹿に付ける薬がほしいんだ!」

脇からあからさまにからかう気満々の女性の声が飛ぶ。

「いつもながら高貴で誇り高いエルフとはかけ離れたセリフだね、ミオ」

それに応じてカミユからも威勢のよい声が飛ぶ。

「あら~、私は人と一緒に暮らして、人と接する知恵を身に付けただけよ~。」

「へぇ~下品な方向にしか向いてない気がするけど、もうちょい上品な方向で身につけた方が良かったんじゃない?」

「相手に合わせて使ってるの。わかって? カ・ミ・ユ」

カミユの頭を指先でつつきながら、笑うミオと、悔しさを隠そうとして失敗するカミユ。いつもの日常と言わんばかりの微笑みを浮かべたテオは、そろそろ助け船を出しましょうかと、口を開く。

「まぁまぁ、挨拶はそれくらいで。それでカミユ、用件は?」

少しさびしげな表情を見せて、すぐにそれを真顔で消して、

「引き上げまであと3日だろ? 最後に薬草とってきた方がいいかと思って」

ここアリアの町は、帝国の入植地として、およそ100年ほど前に建設された港町。町から北西に15kmほどのところに鉱山が見つかり、50年ほど前は帝国内でもそれなりに栄えた町として名を知られていたが、近年帝国本土で良質の鉱山が見つかったため、鉱夫は皆そっちに移り、3カ月前に町の引き上げが決まっていた。町の人々は本土の新しい入植地アリアスに移住して、後は町の守衛達と町長など数名を残すのみとなっていた。

町で診療所を営むテオとミオは、万一けが人が発生したことを考えて最後まで残っており、カミユは後見人で親代わりでもある町長ラキアスの護衛を務めるため残っていた。ただし、明日、守衛を引き上げる船が来た際に、護衛役としてソードマスターの名を持つガルフが来るため、それほど重要というわけでもなく、カミユはいつもと同じ退屈さを感じていた。


「薬草、そうですねぇ。新しい町では薬草がどこにあるかわかりませんし、今のうちに確保しておくのが賢明ですかね」

一呼吸思案を練ってカミユに顔を向けた、

「では、薬草お願いしていいですか?最後ですけど、全部根こそぎはしないでくださいね」

仕事を請け負った表情とは別の笑顔を見せたカミユを、ミオは見逃さなかった。

「なんでそんなにうれしそうなのかなぁ? 森に行く理由ができたからうれしいんでしょ~? 森の精霊にだまされたことも理解できないって、ホントにかわいそすぎて、涙がでるわぁ~~、あぁ~かわいそうなカミユ」

これでもかと胡散臭さあふれる演技を振りまくミオ。

「うるさいな!! 俺は本当にエルフに、エリスに会ったって言ってるだろ!!!」

カミユはもう何度繰り返したかわからないセリフを、同じ口調で叫ぶ。

諭すようにテオが告げる。

「しかし、カミユ。あの森のエルフは50年前に暴走したトレントと戦ってみんな死んでしまったんですよ? ラキアス卿が確認していることは聞いているのでしょう?」

さらにテオは言葉を続ける。

「私もミオも森に入ったことはありますし、カミユの話を聞いてエルフの里を探したこともあります。あの森にはエルフの里は見つからなかったんです」

テオはミオの顔を見て、ミオも真顔でうなずく。

「カミユ。精霊が夢を見させることはあるわ。いたずら目的でね。それ以外に考えられないのよ。少し眼を覚ましなさい!」

珍しく、真剣に相手を思いやるミオが言葉を紡ぐ、が、

「まぁ、ねぇ、エルフの女性の夢に虜になるのはわかるわぁ。私みたいにエルフの女はみ目麗しいからねぇ~~」

どこからどこまでが本気なのか悟らせないエルフ(女)。

カミユはかなり真剣な表情をテオに見せて、

「テオ、性格の悪さを直す薬って作れないか?」

「作れるならとっくに作ってますよ。先に調合方法見つけてきてくださいよ」

互いに真剣な男二人。女はものすごい笑みを浮かべている。

「何かおっしゃいまして? だ・ん・な・さ・ま」

背筋が凍る…… 

ひきつった表情で笑みを浮かべたカミユは

「じ、じゃ、行ってくるね。たぶん夕方には戻るよ。」

と、なるべく刺激しないように、そっと後ずさって、診療所の扉を閉めた。心からテオの冥福を祈って、それからすべてを忘れることにした。森に行く理由を除いて。


診療所から久しぶりの音が聞こえ始めたが、カミユは耳をふさいで森に向かった。


(昼過ぎの森)

「こんなもんかなぁ~」

一通りの薬草を採取し、汗をぬぐいつつつぶやく。

「1年前か……」

……

(一年前の森)

「悲鳴? 誰の?」

短く甲高い悲鳴を聞いて、その声のもとへと駆けるカミユ。

そこにはツタをふるって襲いかかるトレントと、トレントに必死に訴えかける金髪の女性の姿があった。

「お願い、鎮まって。私はあなたの敵ではないの。」

女性にツタが振るわれるその瞬間に、剣がツタを一閃し、レザーアーマーでツタの攻撃を受けることにカミユは成功した。

「下がって、早く」

トレントと相対したまま、後ろの女性に言い放ち、女性はそれを受けて少し後ずさる。

女性の言葉を思い浮かべて、言葉を紡ぐ

「君、このトレント鎮められる?」

「おそらく…… 無理……」

消え入りそうなか細い声で女性は答えた。

「やるしか…… ないか……」

覚悟を決めたカミユは攻撃してくる木に声を向けて、剣を放った。

数分の後、肩で息をするカミユの前に、老木が横たわっていた。

剣を鞘に納めると、戦闘の興奮が冷めてきて、体のあちこちの痛みに気がついた。それと同時に思い出して振り返る。その女性は体がふれあいそうなほどすぐそばに来ていた。

輝く金色の髪、美しく整った顔、透き通る瞳。それらに吸い込まれるように目を奪われて立ち尽くすカミユ。


「怪我を、いま、治します。」

女性は声をかけると同時に、カミユの顔に手をあて、何かをつぶやく。

女性の手の周りがうっすら輝くと同時に、傷の痛みが引いて行くのを感じた。

「まだ痛むところはありますか?」

気がつくと体の痛みは完全に消えていて、痛みを感じていた場所を見ても傷の痕跡すらわからなかった。驚いた表情で問いかける。

「癒しの魔法?」

「はい、水の精霊にお願いして癒してもらいました。」

あまりの見事さにあっけに取られ、言葉も思い浮かばず立ち尽くす少年。

再度女性を見て、そして気づく。

「君、もしかして、エルフ?」

「はい」

「そんな、エルフは50年前に全滅したって……」

今度は女性が驚愕の表情を見せた。

「ぜ、全滅って…… 里の皆は死んでしまったのですか? そんな、そんなことって……」

最後は消え入りそうな声になり、その場にへたり込む。

カミユはゆっくりと膝をつき声をかける。

「ちょっとだけついてきて」

優しく手をとって道を先導し、山際の十字架群の前まで歩いた。

「俺はおやじから聞いただけなんだけど、50年前ここらでトレントとエルフの戦闘があって、おやじも駆け付けたけど、間に合わなかったって。里長や年若いエルフまでいたから、エルフの里は全滅したんだろうって言ってた。」

エルフの女性は、その場にへたり込んで、話を聞きながら、ずっと泣いていた。

小一時間ほど時間がたち、カミユは落ち付いたのを見計らって尋ねた。

「君は50年もの間、一人でエルフの里に居たの?」

「…… はい…… 里長から里を出てはならないと言われて。」

「さみしくはなかったの?」

「さみしかった、誰か帰ってくるって信じて待ってました」

また女性の目から涙がこぼれた。カミユはそれを優しくぬぐって、言葉を続ける。

「町に来ない? 人間の町だけど、エルフもいるし、さみしくはないよ」

さみしさが消える期待、未知への不安、掟をを破ることへの後ろめたさ。そんな表情がめまぐるしく入れ替わる。それでも、最後には、

「やはり掟は守らないと……」

「今、決めなくてもいいよ。俺良くさっきの薬草のところに来るから。決心ついたり、相談したいと思ったら、出てきて。話をしようよ」

「でも、里を出てはいけないと…… 」

「でも、だからといって、この先もずっと? 今日みたいに話くらいは?」

少年の言葉で、エルフの女性は、はっとして立ち上がって、少しだけカミユを見つめてから、謝罪の言葉を口にした。

「ごめんなさい…… 」

走り出して森の中に消えようとするエルフ。少年は大きな声で叫ぶ。

「待って、名前を聞かせて。俺はカミユ。君の名前は?」

「エリス」

少しだけ振り返ってた女性は名前だけを残して、森の中に走り去ってしまった。

「エリス」

カミユはエルフの名前を繰り返して、さみしげな表情を浮かべた……


「あれから何度も来ているのに…… 」

あの時と同じ、さみしげな表情を浮かべ、ここに来るのは今回が最後ということを思い出して声を出す。

「エリス、いる? 聞こえてる? 俺、ここに来るのは今日が最後なんだ」

「頼む、お願いだから出てきて。お願い。このままこの森から去りたくないんだ」

森は静寂を保ったままだった。

「はぁ~いっそ暴走トレントでも出てきてくんないかな。怪我したらエリス助けに来てくれるんじゃないかな……」

怪我すること前提の、弱気で物騒な希望を口にするが、森は静かなままだった。ただ、森の上、山肌からコツンと音が聞こえた気がした。

「え? まさか?」

山肌を見上げたカミユの目に映ったのは、落ちてくる崖に生えていた木であった。

「なっ!」

予期していなかったカミユは足をもつれさせ、そしてカミユの額に、太い木の枝が直撃した。一瞬の空白、そして、目を開けるが、額に熱いものを感じて手を当てると、血がべっとりと付いていた。血はこめかみを伝って顎から地面に滴り落ちていた。

「くっ、これ、かなりやばいか? ポーションを、うっ」

ポーションを取り出そうと努力したが、努力が実を結ぶ前にカミユの意識は断ち切られた。

その寸前、カミユは声を聞いた気がした。

「こ、え、? だ、、れ……」


(夕刻のアリア)

「テオ、テオいるかい?」

町の守衛が診療所のドアをたたく。

「どうしたんですか?」

ドアを開けてテオがいぶかしげに問いかける。

「テオ、カミユに薬草とり頼んだんだよな? 量はいつもより多いのかい?」

「いえ、そんなことは、取り過ぎるなと注意もしましたし。え? もしかして、まだ?」

「ああ、まだ戻ってきていないんだ。どうすりゃいい? 探しに行けばいいか?」

テオは少し考えてから答えを伝えた。

「いえ、私とミオが探しに行きます。薬草の場所はちょっと説明がしにくいですし」

脇で聞いていたミオはすぐに装備品の準備を始めた。

「町の門はどうすれば?」

「とりあえず、夜の間は閉じておいてください。いざとなったら乗り越えます」

「わかった。もうじき日が落ちる。急いだ方がいい」

答えるより早く、ミオがテオに装備品を渡して扉を出る。

「テオ、行くわよ! カミユが怪我して泣いているかもしれないし。急ぐわ」

やれやれ、そんな子供じゃ、もうないんですがねぇ…… 

声に出さないまでも、そう表情に浮かぶ。

「早く!!」

「ええ、行きましょう!」

割と全速に近い速さで駆けだしたミオ、遅れまいと全速で駆けだすテオを見送る守衛。

「たのんだぞ!」


(月夜の森)

「たぶんこの辺りのはずです。」

「カミユー、カミユー、でてらっしゃ~い。かくれんぼは終わりよ~」

顔は必死だが、セリフはそうは聞こえないミオの声が、夜の森に響き渡る。

「おかしいなぁ、泣き声も、うめき声も聞こえない」

「泣き声はともかく、うめき声は聞きたくありませんね」

掛け合いで応じるテオも、顔は真剣にあたりを見渡す。

ふと、普段の森と違う風景が月明かりの下に姿を現した。

「あれ、は、倒木ですか、ね」

言葉の途中で隣の人物は駆けだした。声の元もそれに続く。

「カミユ! カミユ!!」

必死にあたりを見渡して人の姿がないか探す。

「ミオ! こちらに!」

テオの緊迫した声に、わずかに体をこわばらせてテオのもとに駆け寄る。

ランプで照らし出された地面には、赤黒い水たまりができていた。

「これ、血!」

「ええ、かなりの量です。危ないか…… 」

「これだけの血を流してて、なんでここにいないの? それでもまだ動けるの?」

「動くのは無理でしょうね…… あれは?」

いぶかしげな声を上げたテオの視線の先をたどったミオもそれを見つけた。

血だまりからわずかに離れた所から、二本の筋が森の奥に伸びていた。

「おそらく、引きずった跡です。カミユの体を」

「なんで? どうして? モンスター? トレント? そんなの聞いたことないわ!」

「とにかくたどりましょう」

テオは追いかけることだけを考え、ミオは最悪の想像を頭から追い出して、見失わないように慎重に二本の筋を追いかけた。

「おかしいですね、血が引いていってます」

後ろを振り返ったテオがゆっくりとランプを動かして、来た道をたどるように照らし出す。照らし出された地面に点々と残された血の跡は、徐々に、しかし、確実に小さくなっていた。

「怪我を誰かがなおした。ってこと?」

「ええ、ここまでの出血量から考えて、簡単にふさがるものとは。誰かが治したとしか……」

「考えるのは後! まず追いかける!」

うなずいて筋を追いなおす二人。と、突然その先で二本の筋が消えていた。その先には茂みがあるのみであった。

二人の頭の中には、横たわるカミユの姿があり、その体が温かいか冷たいかのどちらかであったが、その想像は吹き飛んでしまった。

「???」

もはや疑問の言葉すら思い浮かばないミオ。

それに対してテオはそばの木を調べ始めた。

「ちょっとテオ、何してんのよ。何かあるって言うの?」

「その何か。みたいですね」

「え?」

「ここエルフの里です。かなり巧妙に隠されています。おそらく、外部の者は気がつかない」

テオが言葉を言い終える前に、ミオは前に進んでそして、消えた。

それにテオが続く。


(月夜のエルフの隠れ里)

中を見渡すテオとミオ。

入口から細い獣道が続きやがて広場に出た。中心に人影を認めた二人は人影に駆け寄った。

「カミユ!」

ミオはカミユの手や顔に手を当てて、温かみを確認できて、ようやく息をはいた。

「はぁ~~生きてた。よかった~~。心配掛けさせやがって~~」

全身の力が抜けたミオはカミユの脇に座り込んでしまった。

ミオの隣にひざまずいたテオは、カミユの手首をとって脈をはかり、正常であることを確認した。そしてカミユを膝枕しているエルフに顔を向けて話しかけた。

「あなたがカミユをたすけてくれたんですね?」

エルフの女性は首を縦に振った。目が泣きはらしたあとのように見えた。

「あなた、エリス?」

ミオの問いかけにもエルフの女性は首を縦に振った。そして、

「あなた方は町のエルフですか? カミユさんの言っていた」

「そうです。この近くの町に住むエルフです。私はテオ、こちらが妻のミオ。二人ともカミユが子供のころからの知り合いです」

「そうですか、カミユさんの子供のころからの…… 」

エリスのさびしげな表情を認めた二人は顔を見合わせてから、ミオが言葉を紡いだ。

「エリス、あなた一人なの? ずっと? 50年近くも?」

「はい、カミユさんから里のエルフは50年前にトレントと戦って死んだと聞かされました」

「50年前の戦いの時、あなた以外に里に残ったエルフはいないのですか?」

「いません。私だけが取り残されました」

なぜ、このエリスだけが残されたのか? なぜ50年も一人でこの里に居続けたのか? テオの頭の中は疑問でいっぱいとなった。ふと、広場の奥にそびえる長老の木に目を向ける。

「エリスさん、長老の木は何か伝えてはくれませんでしたか?」

「長老の木は私の問いかけには答えてくださいません……」

さらに疑問が増えたテオは、おもむろに長老の木に手を当てて問いかけた。

「長老の木よ。あなたに問いたい。この里はなぜエルフから隠れていたのか? エリスはなぜ50年前に一人残されたのか? エリスはなぜ里の外に出てはいけないのか?」

ゆっくりと、淡い光が長老の木を包み、おごそかな声が森に響く。

「里の外のエルフよ。礼をいう。そなたの力を借りてようやくエリスに伝えることができる」

長老の木の声はエリスにもミオにも聞こえていた。

「エリスよ、驚くことだろうが、そなたには真実を語らねばならぬ。そなたはこの里のものではない。230年前の朝、私の木の根のたもとに忽然と現れた赤子がそなただ。里のものは私がつかわした宝だと思ったようだが。」

「忽然と、現れた…… ?」

3人のエルフが異口同音につぶやく。

「われにもわからぬ。里のものは宝としてそなたを大事に、森にも出さずに育てたのだ」

「エリスの問いに答えないというのは?」

テオは最後の疑問を口にした。

「われはエルフの魔力を用いてエルフとの対話をおこなっておる。ただ、エリスの魔力は強すぎて、われでも制御しきれぬのだ」

長老の木が制御しきれないほどの魔力、どれほどのものかはテオにも想像がつかなかった。

「んんっ」

と、カミユが膝の上で唸って、うっすらと目を開ける。最初にミオの顔が目に入った。

「あ、れ? ミオ? あれ? 俺? 木が落ちてきて、頭ぶつけて、怪我して…… あれ?そのあとどうなった?」

「大丈夫ですか?」

聞きなれない、しかし、聞き覚えのある声が真上から聞こえてきて目をやる。

同時に飛び起きて向き直る。

「エリス? エリス! 夢?」

エリスの頬や肩を触って、夢かどうか確認する。

「がっ!」

「何やってんの!!」

ミオからゲンコツとしかる言葉が同時に飛んできた。

「エリスが助けてくれたの! まずはお礼でしょ!!」

「え、あ、ああ。エリスありがとう。助けてくれて。それに会えて良かった」

最後の方は少し声が震えていた。

「長老の木よ、もうひとつ聞きたい。カミユの上に落ちていた倒木は、枯れた木ではなく、生い茂る成木であった。あなたの管理下ではなかったのか?」

テオが唐突に長老の木に問いかける。

「あの木をその者に落としたのはわれだ。」

「なんですって~~!!」

一番声が大きかったのはミオだった。

「そ、それは、一体?」

テオは真意を測りかねて質問しきれずにいる。

「エリスをこの里から出すために仕組んだのだ。他に方法がないとはいえ、その者には迷惑をかけた。許してほしい。われにはそう時間は残されていない……」

長老の木は言葉を続けた。

「われの力はもはや尽きつつある。後数日と言ったところだろう」

「そんな……」

エリスが言葉を失う……

「そなたらがこの里を訪れたのは何かしらの定めかもしれぬ、そこの人間よ、名はカミユというのだな」

問いかけに対してカミユは長老の木を見上げて、

「そうだよ。俺の名前はカミユ」

「カミユよ、そなたにエリスを託したい。われの代わりに守ってはくれぬか?」

「なぜ、俺に、テオやミオもいるのに……」

「その答えは、後日エリスに聞くがよい。そなたの胸にもな。わが問いにこたえてくれぬか?」

「??? ああ、守るよ。俺がエリスを守るよ。」

理解できない部分はあれど、頼みに対して迷いなく答えが返る。

「エリスよ、そなたもそれでよいな? カミユとともに歩むこと、異論はないな?」

「はい、異論はありません」

エリスの回答もまた迷いはなかった。

「エリスよ、そなたにこれを託す」

長老の木のそばまで来たエリスの手の中に弓が現れる。

「これ、は」

「そなたの道を切り開くもの」

「カミユよ、そなたにはこれを渡そう。おそらく力になるはず」

カミユの手の中には、少し大きめの古文書が現れた。

「古文書? これ、魔道書?」

「そなたならば使えるであろう。エルフでは無理だが」

「これで力も使い果たした。役目は果たせたであろう。里の外のものたちよ。改めて礼をいう。そしてエリスを頼む」

長老の木を包む光が徐々に強く、そして小さくなっていった……

それに合わせて、広場がぼやけ初め、4人は強いめまいを覚えた。

次の瞬間。そこは森の茂みの手前。二本の筋が途切れていた場所に4人は立っていた。

そして、エリスの手の中には、弓以外に、一つの木の枝が残されていた。

「それは長老の木の枝です」

エリスの疑問をくみ取ったテオが伝える。

「長老の木が役目を終えるとき、木の枝を残すと伝えられています。その枝を刺した場所にまた長老の木が里を作ると」

「この枝からまた里が……」

「あなたが安住の場所を見つけたらそこにさせばいいんじゃない?」

ミオがほほ笑みながらテオとエリスに続けた。

「はい」

エリスは力強くうなずいた。

一人会話についていけない人間の少年は、

「俺が怪我をして、それをエリスが助けて、でもその怪我自体が長老の木の仕業で……」

状況を把握しようと一生懸命のカミユ。ミオはカミユの鼻先に指を突き付け言い放った。

「と、に、か、く、あんたの役目はエリスを守ること! それ以外は忘れていいわ」

「あ、うん、そう、そうだな、守らなきゃ!」

エリスがカミユの手を取ってカミユに向き合ってほほ笑む。

「よろしくお願いします。カミユさん」

「カミユでいいよ、エリス」

「はい!」

とびっきりの笑顔を見せられて、赤くなるカミユ。

それを小が取れかかった小悪魔が見逃すはずはなく…… 

「ねぇ、テオ、町のみんなにどうやって紹介しようかしら?」

「決まってますよね」

うなずきあうエルフの夫婦に対して、いぶかしげに問いかけるカミユ。

「決まってる?」

「カミユの嫁! に決まってんでしょうが~~」

「は? いや、何言ってんだ?」

 テオは当たり前といった表情で、ミオは面白い材料を見つけた表情で、うなずく。

「う~そ~だ~ろ~~~~~~」


当然といった表情のテオ。

新しい材料を得て上機嫌のミオ。

何が何だかわからないがうれしそうなエリス。

頭を抱えて必死に考えるカミユ。


笑いと喜びとわずかな悲壮感を含めた声が、早朝の森に響き渡る。

森はいつもと同じく穏やかな空気で4人を包み込む。

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