AoR-6「動き出した物語」
「ワシがぁっ!?」
「これはエル直々の勅令だ。反論は許さん」
「っていうかエルが旅に出るってどういうことよ!?説明しなさいよ!」
日も暮れてきた頃にキャメロットに戻ると、何やら場内で騒いでいる様子が聞こえた。見てみると、ユニコーンさんと茶色い甲冑にもこもこした鎧毛をたくさん身に着けたフレンズさんが、ニシクロサイさんと言い争っているようだった。
「貴様たちには関係のない事だ。概ね、ボルテ・チノをエルが直々に叩くことにしたのだろう。私の言う事が理解できたのなら、さっさと準備にとりかかかることだ。セルリアン共もいつ襲撃してくるか分からん。遅延は許さんぞ」
「アンタねぇ…!」
これはケンカになりそうだ。急いで止めないとまずいかもしれない。
「ま、まぁまぁ。二人とも落ち着いて…」
「むっ…。なんだ、貴様」
「なによ!邪魔しないでくれる!?」
「あっ、はい…」
あまりもの凄みに思わず身を引いてしまう。情けない姿をサーバルちゃんたちに見せてしまった。恥ずかしさやら惨めさに思わずいたたまれなくなってしまう。
「少しは言い方っていうのがあるでしょう!?納得できる理由を言うまで従う気なんてないんだから!」
「客将の分際で調子に乗るなよ?私は気が短いからな。それに、私はただ命令を伝えに来ただけだ。貴様らはただ黙って命令に従っていれば良い」
「ああ、良いわよ!!あったま来た…!いくらアンタやエルの命令って言ったって納得もできないまま従ってられるかってのよ!!!」
「ほう?私とやり合う気か?エルの寵愛を受けてるからって私が手加減すると思うなよ?」
ユニコーンさんが拳を振り上げる。ニシクロサイも加虐心が刺激されたようで、ニヤリと口角を吊り上げた。
「止めないかッ!!!」
鎧毛のフレンズさんが喝を飛ばす。二人はビクッと体を跳ねあげ、そのフレンズさんに顔を向けた。
「ユニコーン、ワシも気持ちはわかるが手をあげてはならんだろう。それにニシクロサイ。お主も言い方には気を付けるのだな。いくらエルの命令ともいえども、その言い方では誰も従わんぞ」
「……ごめんなさい、ケブカサイ。少し頭に血がのぼってしまったわ」
「……くだらん」
「ワシの言う事が分からんかったか?ニシクロサイ」
「……少しは改めよう。忠告感謝する、ケブカサイ」
そう言ってニシクロサイさんはこの場を後にした。だけど、去り際にケブカサイさんたちに改めてエラスモテリウムさんの命令を下した。
「私も言い方が悪かった。だが、今回下した命令は確実に実行するように。分かったな」
「分かった。良いから行け」
その言葉だけを残してニシクロサイさんは去っていった。ユニコーンさんはまだイライラしているようで、愚痴をこぼしながら足早にどこかへ行ってしまった。
「キャメロットをおざなりにして勝手に旅に出るなんて信じらんないわ…!」
「……すまないな、嫌な場面を見せてしまって」
「いえ、良いんです…。……何かあったんですか?」
「エルと親衛隊の二人が旅に出ると言い出したみたいでね。しばらく留守にするから、その間にワシたちに防衛陣地を築けと、あのニシクロサイがワシたちに命令してきたのだ。あぁ、あと、ワシはケブカサイだ。よろしく頼むぞ」
「あ、ぼくはかばんです。こっちはサーバルちゃん」
「よろしくね!」
「うむ。さてさて、どうしたものかな」
そう言って、ケブカサイさんはぽりぽりと頭を掻きながらキャメロットの奥へと行ってしまった。
けど、旅に出るというのはどういうことなんだろう。今日の会議では一言もそんなこと言っていなかったように思うんだけど…。
「ふぁ……」
見事な大あくびをかましてしまった。サーバルちゃんにもうつったようで、ぼくみたいに大きなあくびをすると、眠たそうにまぶたを擦った。
「今日は大変だったからな。今日はもう休もう」
「賛成ですわ。リブトン初日だけで1週間分の出来事が起きたような感じがしますもの。お疲れでしたわ、クロサイ」
スマトラサイさんはどことも知れずにふらふらと歩くと、さっさと個室のような部屋に閉じこもってしまった。スマトラサイさんはスマトラサイさんで何かやってたのだろうか。
「私もへとへと~…。かばんちゃん、悪いけど私も先に寝るね~…」
「うん、おやすみ。ゆっくり休んでね」
再び大あくびをしながらサーバルちゃんは空き部屋へと入っていった。ぼくも疲れがひどくて早々に休みたいのだけど、ぼくはぼくで気になることがある。それを解決しないことには、恐らく眠ることはできないだろう。
「エルさん…。議決の内容とケブカサイさんたちに下した命令の内容と全然違う…。議決と命令があんなにも乖離するなんて普通はないはずだけど…」
キャメロットの内部を散策する。あくまでも自然体に、自然体に…。あくまでも散歩しているだけだと思わせるんだ。
そうしてしばらく歩いている内に、どこからか話し声が聞こえてきた。一つの声はエルさんのものと分かる。けど、もう一つは…?
…………
「とうとう行動を起こす気になったか…。くっくっくっ…。余も待ちわびたぞ…?」
「いくらでも嗤うと良い。私は貴様に魂を捧げ、貴様は私に力を与える…。それだけの関係だ」
影の中で悪魔が嗤う。半裸の女の姿をした、歪な形の悪魔だ。
「左様…。それだけの関係だ…。だが、余にも楽しみを持つ権利はあるはずだぞ…?余は、お主の歩む未来を見たいのだ…。お主の魂は醜く、それでいて美しい…。余は、それに惹かれたのだ…」
「戯言を…。さあ、黙って消えるんだ。これ以上私の邪魔はしないでくれ」
「あい分かった…。それでだが、お主、周りには気を付けた方が良いぞ…?誰かがこの話を盗み聞きしているようだからな…」
「っ……。曲者か。忠告感謝する」
「くっくっくっ…。力が欲しければいつでも呼ぶと良い…。悪魔は、常にお前のことを見ている…。さあ、お主の定めし破滅の未来…余が、見守ろうぞ…」
そう言って悪魔は消えていった。曰く、奴もサンドスターの奇跡によって生まれたフレンズの一人なのだという。犀騎士の特徴である鎧もなければ、鳥や蛇の特徴もない、歪なフレンズ…。
羽はあるが背中に生えている。角はあるが、同時に燭台のようなものも頭に立っている。かのようなフレンズはいるのだろうか?
否、そんなことはありえない。故に、奴は悪魔を自称し、その権能を行使している。私はそんな歪な存在に誑かされているのだ。
「………」
いずれにせよ、奴は私にとって都合の良い存在だ。この身が滅び、存在が無くなろうとも構わない。私は、私の望みを叶えるだけだ。
…………
「何のご用かしら?」
「ッ…!」
不意に声をかけられた。驚いて声のした方へ振り向くと、純白の鎧に身を包む犀騎士の姿があった。キタシロサイさんだ。
「こんな時間にエルに用があるのかしら?」
「えっ、いや、眠れないからちょっと中を散歩しているだけで…」
「そう…。この先はエルの座する間よ。気を付けなさい」
「は、はい…」
そう注意されて、ぼくは踵を返した。なんだか怪しい感じがする。あの低く呟くような声は明らかにキタシロサイさんのものなんかではない。もっと別の誰かがいるのは確かだ。犀騎士なんかではない、別の誰かが…。
わざとゆっくりと歩きながら背後の声に聞き耳を立てる。会話はキタシロサイさんとエルさんのものだ。
「キタシロサイか。なんか異常でもあったか?」
「いいえ、何も。眠れないって言ってかばんがふらふらしてただけよ」
ドキンと心臓が跳ねあがる。飄々としているけど、その言動には確かな観察眼があるように思える。
「むっ…。そうか…。奴との会話は聞かれてはいないだろうな?」
「さあ?聞かれてるかもしれないわよ?たまたまなのか、そう装ってるかは知らないけど」
「………。出発は翌朝の東の空が白む頃だ。ニシクロサイにも伝えておくように」
「まったく、もうすっかり夜も更けてるっていうのに人使いが荒いわね。ニシクロサイも文句を言うわよ」
キタシロサイさんの言葉も届かず、エルさんは部屋の奥へと戻っていった。
蝋燭と思われる明かりが消える。どうやら、エルさんも眠りにつくようだ。やっぱり寝るときは、あの重厚な鎧は脱ぐのだろうか。それだけがちょっと気になってしまう。
やがて緊張感は薄らいでいき、辺りには薄い月明かりと静けさだけが残った。ぼくも部屋に戻って寝ようかな?いや、もう少しぶらぶらしようかな?
疲れてはいるんだけど、妙に眼が冴えてしまってよく眠れそうにない。ぼくはもうしばらくキャメロットの中を散策してみることにした。
階段を上って、門塔のような所へと出る。そこには、風に当たるユニコーンさんの姿があった。
「あら…」
「ユニコーンさん…」
星空と青い草原を背後にユニコーンさんがひとり黄昏ている。夜風になびくポニーテールがどこか幻想的な雰囲気を醸し出していて思わず見とれてしまう。
「あなたも眠れないの?」
「まぁ、そんなところかな」
「そう…。あたしもなの」
「………。となり、失礼しますね」
背の低い胸壁に身をもたれて遠くを見る。地平線の先に暗い海のようなものが見える。どうやら、キャメロットは思ったよりも海に近いようだ。もう少し遠いと思ったけど、意外とそうでもないようだ。
「ねえ…。あなた、かばんっていったかしら」
「え…。そうですけど…」
「えっと…。さっきはごめんなさいね?嫌なところを見せちゃった…わよね…?」
「いえ、そんな…。ニシクロサイさんもだいぶ高圧的な言い方をしてらしたようですし、ユニコーンさんの怒る気持ちもわかるような気がします」
「……まあ、アイツのことは好きじゃないし、言い方のこともあるけど…。あたしはエルの下した命令が気に入らなかったのよ。会議ではボルテ・チノを攻めるのは当面先って言ってたし、しばらくはリューフォートへ攻めるつもりはないって言ってたじゃない?けど、実際はそうじゃないみたいなのよ。エルはキャメロットを放って何かしようとしている。それも、あたしたちに内緒にしながらね」
「……そうなのかな…?」
「じゃなきゃ、ジャパリ騎士団のリーダーが実質的な権限をケブカサイに委ねて旅に出るような事なんてするのかしら?スマトラサイじゃあるまいし…。あたしは絶対に何かあるって踏んでるわ」
少しいら立ったような口調で今回の命令のことを批判している。まるで裏切られたともいわんばかりだ。
「そういえば、あんたってかばんって言う名前なのよね。そんな名前の動物聞いたことないんだけど…。どんな生き物なのかしら?」
「ぼくは、ヒトっていう種類のけものです。ヒトっていうのは、このパーク自体を作ったけものらしくて、ぼくはそのヒトを求めてあちこち旅してまわってるんです」
「へぇ…。それは大変ね…。見つかりそうなの?」
「それがまだちょっとわからなくて…。キョウシュウエリアではいくつか手掛かりを見つけたんだけど…。ラッキーさん。ホロの再生をお願い」
「わかったヨ」
手首に巻かれたラッキーさんのレンズからミライさんの姿が再生される。その姿を見たユニコーンさんはビクッとした様子で少し跳ね上がると、まじまじとその姿を不思議そうに観察した。
「な、なにこれ!?」
「ぼくの探してるヒトの一人であるミライさんっていうお方です。キョウシュウエリアから別のエリアに行ったことは確かなんだけど、それっきり分からなくて…。もういいよ、ラッキーさん」
ホログラムの映像が消える。なんだか久々に見たような感じがした。そういえば、このヒトを探してぼくはゴコクエリアに行ったんだっけ…。ちょっと懐かしいな。
「そうなのね…。あなたたちの旅路に、リブトンの風のご加護があることを祈るわ。まぁ、ちょっと水を差すようだけど……リブトンにヒトがいたっていう話は聞いたことがないわ。このキャメロットもいつ頃から建っていたか分からないし、ヒトが建てたにしてはなんか不自然じゃない?キャメロットの周りには草原しかないし、他にあるとすれば少し大きな川しかないし…。騎士団もリブトンがどんなところか調べるためにあちこち周ってるんだけど、ヒトがいたっていうような痕跡がどこにもないのよ。まぁ、見逃しているだけなのかもしれないけど…。いるのは元々リブトンに住んでるフレンズか、外から来たフレンズだけ…。食料も自給自足なのよ、あたしたち」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。あなたが言うラッキーとかボスっていうのはここにはいない。栄養やサンドスターの補給はそれらが溶け込んだ水や食料を摂取しないといけないわ。ジャパリまんなんてものは期待しない方が良いわよ」
「わ、わかりました…。情報ありがとうございます」
「別にいいわ。あたしも良い気晴らしになったしね」
そう言って背伸びをしながらユニコーンさんは下に降りていった。どうやら本当にユニコーンさんが言うように、リブトンエリアにはヒトはいないのかもしれない。
ちょっとがっかりしてしまった。いないと分かれば早くこの島から出て行くものだけど…。今はリブトンエリアの非常事態だ。見捨てて出て行く訳にはいかない。
「……必ず、勝ってみせる。こんなところで負ける訳にはいかないんだ」
黙示録の騎士たち、ボルテ・チノ、ジュチ、そして、ベヒモスさん。これらは将来、矛を交えることになるだろう。それだけは確かな予感がする。
勝てるかどうかは分からない。けど、ぼくたちが確実に勝たなければいけない敵たちだ。彼女たちは、ぼくたちが乗り越えるべき壁なのだ。そして、リブトンに平安をもたらさなければならない。
胸の内が大きく滾るのがわかる。ぼくはまた新しく誓いを胸に立てると、下へと下りていった。
…………
青く映える草原を駆ける夢を見た。私は常に自由の身であり、何も私を縛るものはなかった。西は最果てに輝ける島を探し求め、東にオリエントの夢を見た。
だが、私の夢は叶う事ならず、世界を見るに至らなかった。
私は次の夢を見るだろう。それは、小さな島々に始まることなれど、私には偉大な一頁を記す大きな物語だ。
星を包む帝国のまた一つの物語だ。私はそれを、必ず成し遂げてみせよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます