AoR-5「犀騎士の誓い」
キャメロットでの打ち合わせを終えて、ぼくたちは再び外へと出た。どうやらしばらくはリューフォート地方へ攻め込む気はないらしく、エラスモテリウムさんの指示を待って皆で一斉に動くことになった。力を蓄えてからの一斉攻撃ということだ。
しばらく歩いていると、ベヒモスさんのくつろいでいた河原に到着した。シロサイさんとクロサイさんが川のほとりに座って、何やら物思いに耽っている。
「ベヒモス殿…」
「ベヒモス様…」
何やらボルテ・チノたちに対して思うところがあるようだ。しばらく水面を見つめていると、何かを決意したように僕に向かってこう言った。
「かばん殿、絶対に奴らを倒そう。奴らを倒して、ベヒモス殿を救うのだ」
「そうですわ、かばん様。リブトンの平和を乱す不届き物を許すわけには参りません。きっと侵略者を倒して、リブトンに平和を取り戻しましょう」
「……そうだね。何はともあれ、このまま奴らを放っておく訳にはいかない。ボルテ・チノを倒して、ベヒモスさんを救って、リブトンエリアに平和を取り戻そう」
そうしてぼくたちはリブトンの川のほとりで、互いに誓い合った。必ずボルテ・チノを倒して、リブトンに平和を取り戻す…。ぼくは決して騎士と呼ばれる存在ではないけど、リブトンを護る者としての誓いを立てた。
そんな折に不意に不審な気配を感じた。サーバルちゃんやクロサイさんも例外ではないようで、すぐにぼくたちを見つめる気配を感じ取ると、辺りを警戒し始めた。
「誰だ!?出てこい!!!」
「ひっ!」
クロサイさんの喝にどことなく間抜けな声が聞こえた。どうやら、敵の尖兵ではないようだ。
「むっ…。お前は…」
「あら、スマトラサイではありませんか」
「こ、これはクロサイとシロサイお嬢様…。ふ、ふたりともお元気そうで…」
「スマトラサイも元気そうで何よりですわ。それで、リブトンを出奔してパークのあちこちを巡っていたあなたがどうしてリブトンに戻ってますの?」
「い、いやぁ、パークの気になるところはもう遊びつくしましたし、私としても休息が必要かと思いまして…」
「遊びにも休息が必要なのか?」
「多すぎる刺激は身を鈍らすと思ってな。これでも私も犀騎士の端くれだ。戦う時には戦い、遊ぶ時には遊ぶ…。日々の労務無くして真の遊びには至れぬ。メリハリが大事なのだと気付いたのだ」
「………」
呆れたような何とも言えない表情を見せるシロサイさん。新たなステージに上ったスマトラサイさんへどう声をかければいいか分からないようだ。
そんなシロサイさんに気付いてか気付かなくてか、スマトラサイさんはどこか誇らしげだ。
「確か、風の噂ではシロサイお嬢様たちもリブトンから出て行ったと聞いたのですけど、どうしてシロサイお嬢様たちも戻ってこられたので?」
「わたくしはリブトンへ帰って昔の旧友たちとゆっくりしようと思ったのですわ」
「私はこのかばん殿の付き添いだ。あるお方を探しているらしく、何か手掛かりがあればと思いここへ招いたのだ」
「……私の勘違いじゃなければいいのだが、クロサイとシロサイお嬢様はそれまで別れてたのか?」
「勘違いなどではない。事実、私は何年ものあいだ、姫と離ればなれになっていた。ゴコクエリアに遊びに行く前調べとして、姫を残してゴコクエリアへと調べに行った私は、そこで起きていた惨状を目の当たりにした…。無数のセルリアンに怯えて暮らすフレンズたちを私は放っておけなかった…。そこに暮らすフレンズの為に私は戦ったのだ。本当に、孤独とセルリアンを相手に不安と焦燥に苛まれる私の心は死んでいくようだったよ…」
「なんと…」
「かばん殿、お主がゴコクエリアで私と共に戦った年月はどれくらいだったか?」
「ざっと10年だね…」
「じ、じゅうねん!?し、信じられない…。あのクロサイが10年以上もシロサイお嬢様と別れてただなんて…」
「私だって好きで別れてた訳ではない…!おかげで得たものもあるが、それ以上に失ったものを思うと…本当に胸が苦しくなる…」
「……そ、そうか…。私が遊び惚けてる間にそんなことが…」
なんだか気まずい雰囲気に包まれていっている。クロサイさんの過去を知ったシロサイさんも驚きが隠せないようで、口を開けて唖然としている。そういえばシロサイさんも知らないんだったか。
「気にすることはない。君は君の選択をし、私は私の選択をした。君の選択は姫もお認めになっている。そして、私も君の選択を良いと思っている。だけど、私は…」
クロサイさんが俯いたまま沈黙する。僅かに震える肩は、クロサイさんの悔恨と過ちを体現しているかのようだった。
「私は、何も言わずに姫をキョウシュウエリアに取り残してしまった…。そのことだけがずっと気がかりだった…。来る日も来る日もずっとセルリアンをこの槍で葬りながらも、頭の片隅にはずっと姫の幻影が映りこんで離れなかった…。姫は今ごろどうなさっているのか…。怒っているのか、見限ってはいないか…。いつしか、それすらも私の心を枯らしていくものでしかなかった…」
クロサイさんの独白は続く。
「姫、私はゴコクエリアの惨状を見て、姫よりもゴコクエリアのフレンズを救うという選択をとりました。姫を裏切ることになる…。その事実が、私を10年以上に渡り、私を苦しめる事となりました。帰ろうと思えばいつでも帰れるのに、私はそれをしなかった…。姫…。私は…私はずっと姫に謝りたいと思っていました。心で、体で、行動で姫を長きに渡って裏切ってしまった…。許されようだなんて思っていません。ただ……貴女に……謝りたかった……」
膝をついてシロサイさんに許しを乞うている。小刻みに小さく震えるクロサイさんの姿はいつもと違って見えた。
力強くて、皆を護る犀騎士の姿ではない。そこにいるのは、小さくて弱い存在だ。
顔からひとしずくの涙が零れ落ちる。クロサイさんは心の底から本気で悔いているのだ。自分の犯した過ちと、その過去を、恨んでいるのだ。
「ふふっ…。おバカね、クロサイ」
「えっ…」
「誰も貴方を責めたりなんてしませんわ。そりゃ、わたくしだって最初は怒ったりもしましたわ。いつまで経っても戻ってこないで、何をしてるんだって。けど、おかしいって途中から思いましたの。あのクロサイが、わたくしをほったらかしにするだなんて普通はあり得ませんもの。何か良くないことが起こっている…。けど、わたくしには何をしてよいのかわからない…。自分の無力さだけが募っていくばかりでしたわ…」
伏し目がちにぽつぽつと言葉を紡いでいく。その顔は後悔と、積年の虚無感が心の中で湧きあがっているかのようだった。
「謝るのはわたくしの方ですわ、クロサイ。貴方がそんなつらい目に遭っていたというのに、姫として何もできなかったこのわたくしを…許してもらえるかしら…?」
「そ、そんな…!姫は何も悪くないです…!だからそんなことを…」
「いいえ、謝らせてもらいますわ。クロサイ…。何もできなかったこのわたくしを…どうか許してください…」
跪くクロサイさんの前に膝を折り、クロサイさんと同じ目線に立つ。姫と慕われるシロサイさんが、クロサイさんと同じ目線に膝を折ったのだ。普通では考えられない光景だ。
小さくぎゅっという音が聞こえた。それは、シロサイさんの胸に当てられた拳を握りしめる音だった。
クロサイさんと同じく、シロサイさんも心の底から悔いているのだ。クロサイさんの想いにも負けない程の負い目を、心の底から感じているのだ。
「顔をあげなさい、クロサイ」
シロサイさんの呼び声にクロサイさんが顔を上げる。そこに見たシロサイさんの顔は、涙で赤く腫らしたシロサイさんの瞳だった。
「姫…」
「それに、こんなにたくましくなって…。今度からは、本当にわたくしは守られるようになるのでしょうね。……嬉しい思いますわ、クロサイ」
シロサイさんが立ち上がる。そして、クロサイさんに自身の右手を伸ばすと、立ち上がるように促した。
「立ち上がりなさい、わたくしの騎士。あなたのそのランスで、わたくしたちを導くのです」
「っ…!……分かりました。このクロサイ、この槍に誓って、必ず姫を、リブトンを、パークを救ってみせることを約束します…!」
「……頼りにしてますわよ、クロサイ」
涙で濡らした瞳が凛と輝く。アレこそが、クロサイさんの本当の姿なのだろう。気難しい顔をした、漆黒の鎧に身を包む孤高のフレンズさんなんかではなく、姫の従者としてその槍を振るう姿が本来の姿なのだと、改めて認識した。
しかし、そこにいるのはその二人だけではなかった。
スマトラサイさんだ。居たたまれない様子でそわそわとしている。
「いやぁ…。これは私の立つ瀬がないぞぉ…」
「あはは…。ずっと遊んでたんだっけ…」
「そりゃあ、私だって腐ってもジャパリ騎士団の一員だ。私もクロサイと一緒にシロサイお嬢様に仕えてたんだ。けど、私はある時を境に遊ぶことの楽しさに気付いたのさ。それからはシロサイお嬢様の元を離れて、ずっと遊んでたからなぁ…。同じくシロサイお嬢様の元から離れたというのに、クロサイはあんなに成長して…」
遠くを見つめながらぼやくように呟く。
「そりゃあ、私だってただ遊んでたわけじゃないぞ?戦う時はちゃんと戦ったし、困っているフレンズがいれば助けることもした。それだけは本当だからな?」
「うん、まあ、それは分かったよ…。けど、ほら…」
指さす方にスマトラサイさんの顔が向けれられる。そこには目を爛々と輝かせるクロサイさんの姿があった。
「スマトラサイ。共にシロサイお嬢様の元へ戻ろう。特に、今はリブトンの非常事態だ。私もかつての同胞である君の力が欲しいと思っている。共に戦ってくれるか?」
「え゛っ…。いや、まぁ…。でも、ベヒモス殿が…。うーむ…」
なんだか悩む素振りを見せている。心の中に迷いが生まれているようだ。
やがて、何か決心したようで、腹を決めたようにクロサイさんに告げた。
「分かった。このスマトラサイ、一時ではあるが貴君たちにこの槍を捧げよう。シロサイお嬢様、一度貴女から離れた身ではありますが、何卒よろしくお願い申し上げます」
「ええ、歓迎しますわ、スマトラサイ。わたくしも嬉しく思いますわよ」
「ははっ。また君と共に戦えるとはな」
「今回だけだぞ、今回だけ」
「分かっている。よろしく頼むぞ、スマトラサイ」
黒い鎧と紅色の鎧がぶつかる。クロサイさんの顔には、古い旧友に会ったかのような朗らかな笑顔が見て取れる。これまでに見たことのない、屈託のない良い笑顔だ。
「クロサイのあんな顔を見たの初めてだね」
「だね。ここに来てから、やっと重い責任から解放されたんだろうね。これがリブトンエリアの異変の最中じゃなかったらよかったんだけど…」
「……クロサイのためにも頑張らないと、だね」
「そうだね。ぼくたちならきっとできる。きっと…」
ぎゅっと拳を握りしめる。ここにはみんなの笑顔がある。そして、守りたいものと、守るべきものがいる。それを思うと、絶対に負ける訳にはいかないと思った。
クロサイさんはようやくゴコクエリアから解放されて、シロサイさんと再会し、古き戦友であるスマトラサイさんとも再会を果たした。
これまで見せることのなかったあの笑顔を奪われる訳にはいかない。何が何でも守らなければならない。そして、この美しい自然を荒らされる訳にはいかない。
ハーンと呼ばれるフレンズはそれらすべてを破壊し、蹂躙しようとしている。どうしてぼくが見過ごすことができるのだろう。絶対に、止めなければならない。
…………
キャメロットを襲撃したセルリアンたちは無事に撃退することができた。ベヒモスの暴走や、私の放ったロートールド・ホーンランスのせいで多少なりとも被害は出たが、概ね満足のいく結果に終わったと思う。
キタシロサイは無事なようだが、ニシクロサイのランスが破壊されてしまったのは痛いところだ。時間も経てば元に戻るだろうが、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。それに、ランスの修復にもサンドスターを消耗する。ニシクロサイにも少なくない負担がかかるだろう。
「さて、エル。これからどうするおつもり?ジュチも逃がしてしまったし、これからもセルリアンの襲撃も増えてくると思うわよ。それもあの大規模な騎兵隊としてね」
「弱小なセルリアンなど我々の足元にも及ばん存在だ。さっさと頭でも砕いてやれば良かったものを…。お前も詰めが甘いな、エル」
「……手厳しい言葉、感謝する。だが、我々はペイル・ホースという頼もしい存在を仲間にした。彼女を使わない手立てはないだろう」
「……正気か?後顧の憂いを断つ為に、どこぞの馬の骨とも知れんアイツを使うつもりか?」
「彼女は私の良く知る恩師の部下だ。心配はいらん。それに、君も彼女の実力は見ただろう。アレだけの大軍を、いとも簡単に滅したのだ。彼女一人で一個師団を手に入れたようなものだ。大丈夫だ。責任は私がとる」
「……気に入らんな」
「まぁまぁ、ニシクロサイ。ここはひとつ、ペイル・ホースとエルを信用しましょ?わたしも今ひとつ信用できないところはあるのだけど、人員も状況も限られている今ではエルの言う事が最善の策だと思うわ」
不貞腐れるようにニシクロサイがそっぽを向く。渋々ではあるようだが、同意はしてくれたようだ。これで心置きなく私も動ける。
「では、我々も行動に移すとしよう。キタシロサイ、手配を頼む」
「了解。良いように都合をつけて来るわ」
「ニシクロサイ、我々三人はしばらく旅に出る故、ケブカサイやテレオケラスらに守備陣地を敷くように言っておいてくれ。我々の留守の間は、ケブカサイが守備隊のリーダーになるともな」
「…了解だ」
二人が円卓の間を後にする。……私も準備をせねばならない。
私は私の願いを叶える為に、様々な犠牲を払ってきた。私の姉妹を手にかけるのは未だに抵抗があるが、その迷いを払拭する為にも、私は慈悲の心を殺すようにしてきた。
「ユニコーン…」
遠く、地平線の彼方に私の旅路を見る。この旅を最後に、ジャパリ騎士団は解散するだろう。リブトンエリアも消えてなくなるはずだ。それが、私の願いを叶える果てにあったとしても、私は後悔しない。それだけが、私の望みなのだから…。
「私は、君を殺すことになるだろう…」
そう言って、私は円卓の間を後にした。
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