AoR-3「狂騎士ベヒモス」

「……して、お主は騎士団を裏切ってまでも、自身の望みを叶えたいと…?」

「……今更聞くまでもないだろう。私の望みはそれだけだ。そのために貴様を呼んだのだ」

「ふっ…。破滅の未来を自ら望み、それを歩むか…。面白い…。余が、お主の歩む未来を…見届けてやろうぞ…。そして…それを叶えられるだけの力を、悪魔が捧げよう…」


 薄気味悪く笑う悪魔に自身の腕を差し出して、供物とする。この契約をして、私の魂は悪魔のものとなり、その代価を頂くのだ。


「我が魂を捧げる。我が魂は御身と共に、我が血は呪いの代償に、この身を貴方に捧げよう。我が力は正義を否定し、悪を敷く物である。サタナキア、偉大なる悪の魂よ…。我が問いに、我が声に応えたまえ」


 魔法陣の中に自らの血を垂らす。蒼い輝きが私の鎧を鈍く照らす。この契約を以って、私の魂は悪魔に捧げられたのだ。


「……お主の望み、確かに聞き届けた。良いだろう。お主の望む力を、この悪魔がくれてやろう。これによりお主は、世界の破壊者となる…。……お主の持っていた崇高な理念は、既に過去のものとなった。今ここにあるお主は、すべての罪業を背負いし反逆者でしかあらぬ。……すべてを裏切り、自らの血肉を分けた姉妹を殺め、そのすべてを我が物とする…。ふっふっふっ…。お主の辿る結末、余も楽しみにしておるぞ…」


 そう言って悪魔は消えていった。……私は私の望みを叶える。その為ならばどんな手段をも厭わない。全てを裏切り、失望されようとも私は構わない。自らの呪われた過去を滅ぼし、私も消える…。それだけが、私の望みなのだから。



…………



 混沌とするキャメロットの中で斧を振るう。いったいどれだけの数のセルリアンを倒したのだろうか。腕は乳酸でパンパンに張りつめ、眼には汗が染み込み、視界が定まらずにいる。

 サーバルちゃんやクロサイさんらにも疲れの色が見えている。セルリアンの襲撃にしてはあまりにも数が多く、あまりにも不自然だ。自然発生したセルリアンとは思えない。何か、悪意ある誰かが大量のセルリアンを召喚したと考える方が妥当だろう。考えられるとするならば…。


「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!゛!゛!゛」


 ベヒモスさんの咆哮が響く。ぼくたちはベヒモスさんとの戦闘に備えながらセルリアンを倒さなければならないのだ。エラスモテリウムさんやジャパリ騎士団が束になっても勝てない、悪魔の姿を模ったフレンズさん…。仮にも矛を交えようものなら、数分と経たずに討ち負かされるだろう。それほどまでの実力をぼくたちは目にしたのだ。


 ズゥゥゥゥゥゥン…。


 青黒い火焔が空を昇る。溢れんばかりの負のオーラが具現化したかのようだ。抑えきれない破壊衝動が形となって、セルリアンに無限の死を与え続けているのだ。


「かばんちゃん!これ以上は無理だよ…!数が多すぎるよお!」

「わたくしたちではさすがに無理がありますわ!こんなのいくら倒してもきりがありませんわ!」


 雪崩の如く迫りくるセルリアンにサーバルちゃんたちが悲鳴をあげている。かく言うぼくも既に限界を迎えているのだ。デーンアックス柄にはひびが入り、切れ味の鈍った刃はじわじわとぼくの体力を奪っていっている。

 けど、ぼくがやられる訳にはいかない。ぼくがやられては、戦線は崩壊して確実に全滅してしまう。それだけは避けねばならない。


「あーもう!エルは何してるの!?まさか中で玉座に座っているんじゃないんでしょうね!?」


 ユニコーンさんがそう叫んだ時だった。キャメロットの入り口から、黒い閃光が瞬いた。


「あ、あれは…」

「エル…!?」


 黒い閃光と共にセルリアンの群れが宙を舞う。一瞬に見えた群れの隙間に、スピアーを振るうエラスモテリウムさんの姿が見えた。そのそばには、キタシロサイさんと…もう一人の黒い鎧を纏うフレンズさんの姿があった。

 キタシロサイさんともう一人のフレンズさんが眼前の敵を次々と打ち倒していっている。対するエラスモテリウムさんはスピアーを両手に持ち、何やら祈るような構えをしている。

 スピアーから黒い炎のようなものが昇る。やがて、それがスピアー全体を包むと、静かに振り下げ、詠唱のようなものを唱え始めた。


「この槍は未来を生きる者達への希望、理想に燃え斃れた騎士達の光である…。受けてみよ…!」


 詠唱と共に黒い炎が大地を穿つ。やがて、詠唱を終えるとその槍をセルリアンの大群に向けて大きく振り上げた。


「ま、まずい…!皆、伏せるんだっ!!!」

「ロートールド────ホーンランス!!!」


 振り上げられたスピアーから黒い波のようなものが放たれる。黒い光が次々とセルリアンを呑み込んでいっては、セルリウムの灰燼と化していっている。


「……す、すごい…」


 あれほどいた大量のセルリアンがいなくなっている。あの一撃で、ぼくたちを取り囲んでいたセルリアンを滅ぼしたのだ。


「くっ…!エル殿は私たち諸共吹き飛ばす気だったのか…!?」

「そんなことはどうでも良いですわ!とにかく今は包囲を突破しますわよ!」

「御意…!このクロサイ、粉骨砕身の意にて姫を包囲から守り切ってみせます!」

「……頼りにしていますわよ、クロサイ」

「……!!うおおおおおおおおおおおおお!!!今、このクロサイを止めれるものは何もいないっ!!!いくらでもかかってこおおおおおおおおおおおおいっ!!!」


 頼りにしていると言われたクロサイさんが奮起している。ただでさえ無限になだれ込んでくるセルリアンに疲弊しているはずなのに、今までにないほどに槍を振るっている。姫と慕う犀騎士に頼られるのはそんなにも嬉しいものかと、思わず考えてしまう。


「ぼくたちも負けていられないね、サーバルちゃん…!」

「だね…!よーし、私ももうひと頑張りするよ!うみゃみゃみゃみゃみゃみゃ!」


 5人で次々と残されたセルリアンの群れを打ち破っていく。セルリアンは徐々に数を減らしていき、その場に残ったのはぼくたち5人と、ベヒモスさんだけになった。

 禍々しい青黒いオーラを放ちながら荒々しく息を吐いている。まるで本物の猛獣のようだ。少しでも動こうものなら補足されて食べられてしまう。そんな気がした。


「ベ、ベヒモス殿…」


 クロサイさんがふとベヒモスさんの名前を漏らした。その瞬間、ベヒモスさんの悪魔のような眼光がぼくたちを捉えた。


「ッ…!!」


 ぼくたちを補足したベヒモスさんが突進してくる。もはや、ぼくたちは蛇に食べられるだけの蛙でしかないのだ。

 死を覚悟した。けど、その時だった。


 ギィンッ!


 耳をつんざくような金属音が聞こえた。頭をあげてその音の方を見ると、一騎の純白のフレンズさんがベヒモスさんの一撃を防いでいた。


「随分と醜く成り果てましたわね、ベヒモス…。けど、貴女のような裏切り者を誅するのは実に気分が良いというものよ!ここで打ち倒してくれるわ、ベヒモス!!!」


 キタシロサイさんのスピアーがベヒモスさんの巨大なスピアーを弾き返す。しかし、そんなことも構わずにベヒモスさんは次の一撃を繰り出した。


 ズゥン!!


 地面を穿つほどの重い一撃が振り下ろされる。あんなものに当たっては即死も免れないだろう。当たりが良くても致命傷を負うはずだ。

 しかし、キタシロサイさんは何ら臆することなくベヒモスさんの攻撃を受け流しては、的確にスピアーを叩き入れている。


「ふん!さすがは元ジャパリ騎士団随一のナイトといったところかしら!いくら凶化してもその腕に劣りはないようね!これはわたしも燃えてきたわ!」

「キ゛ィ゛ィ゛!゛ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」


 獣が絶叫する。理性を失った獣と言えども、元ジャパリ騎士団のナイトなのだ。荒々しいように見える槍捌きも、一寸の乱れもなくキタシロサイさんの体を打ち砕かんと振るわれている。

 ……ぼくにはとても太刀打ちできない。オークの木の柄に泥炭から精製した刃を取り付けただけのぼくのデーンアックスでは、あの巨大なスピアーにはとても敵わない。それにあの凶化っぷりだ。ぼくのデーンアックスでは、辛うじて入れた一撃だけでも鎧を削るだけが関の山だろう。

 やっぱり、フレンズさんに対抗できるのはフレンズさんだけなのか。そう思うとなんだか悔しかった。非力なぼくの存在が矮小なモノに思えるかのようだった。


 ガィンッ!


 ひと際大きな鋭い音が鳴った。見てみると、キタシロサイさんのスピアーがベヒモスさんに飛ばされたようだった。

 絶体絶命、万事休す化のように思えた。

 しかし、そうはいかなかったようだ。

 ベヒモスさんの背後に一騎の犀騎士が舞い飛ぶ。そのフレンズさんは何かナイフのようなものを構えると、ベヒモスさんのうなじ目がけて投げ飛ばした。


 ヒュンッ!


 しかし、ベヒモスさんにそれは効かなかった。振り向くまでもなく、飛翔するナイフに手を伸ばすと、そのまま篭手で握り潰したのだ。恐ろしいまでの反射神経と直感だ。


「流石はベヒモス殿。凶化してもその勘に鈍りはないようだな」


 黒き鎧を身に纏うフレンズさんは言う。


「ニシクロサイ殿…」

「ニシクロサイ…?」

「ジャパリ騎士団親衛隊の副隊長だ。エル殿やキタシロサイ殿が騎士団の光の象徴であるならば、ニシクロサイ殿は闇の象徴であると言える。それ故、黒い噂の付きまとう騎士なのだが…。その腕はエル殿に匹敵すると言っても過言ではない。己の腕一つだけで親衛隊の副隊長まで上り詰めた実力者だ」

「そんなフレンズさんが…」


 クロサイさんの得物にも似た黒いスピアーを構えてベヒモスと相対する。やがて、お互いが必死の覚悟を決めると、両者先陣を切って激しく矛をぶつけあった。

 赤い火花が激しく飛び散る。ニシクロサイさんはベヒモスさんのスピアーを確実にかわして、的確な間合いを自ら作り、確実にキルゾーンにベヒモスさんをおびき出している。確かな技量を持ち合わせているようだ。


「ッ…!」


 急所目がけてニシクロサイさんのスピアーが放たれる。しかし、ベヒモスさんはそれをかわすと、冗長ともいえる拳をニシクロサイさんに叩きこんだ。


「ぐっ…!」


 ベヒモスさんの鋭い拳がニシクロサイさんの胴体に重く入った。さすがに鎧を着ていても相当なダメージがありそうだ。事実、ニシクロサイさんは胸に手を当てて苦しそうにしている。

 二~三度荒々しく呼吸すると、すぐに調子を取り戻したようで、軽くあしらう様にベヒモスさんを挑発した。


「ふん、ただが一撃、私に入れたからと言って良い気になるなよ?私も燃えてきたところだ…。がっかりさせるなよ…!」


 興奮したニシクロサイさんがベヒモスさんに飛びかかった。さながら狩りを始めたチーターともいうべき俊敏さだ。とても重い鎧を纏った騎士とも思えない動きに思わず目が釘付けになってしまう。

 自身の身の丈はある黒いスピアーを片手で軽々と振り回している。乱暴に振り回しているようだけど、確実にベヒモスさんの一撃を防いでは着実に鎧に傷を入れていっている。


「ハッ…!ハッ…!」


 鋭い突きがベヒモスさんを襲う。一撃、また一撃とベヒモスさんに入れていくたびに、ニシクロサイさんのボルテージも上がってきている。攻撃の手は緩むことなく苛烈になっていき、ニシクロサイさんの表情もサディスティックに歪んでいっている。まるで、敵を追い詰める悦びを愉しんでいるかのようだ。


「ズァッ!!!」

 

 ニシクロサイさんのスピアーがベヒモスさんの篭手に命中する。ベヒモスさんは攻撃を受けた衝撃から自身の得物を手放してしまい、丸腰となってしまった。


「マヌケ…!」


 止めの一撃がベヒモスさんに放たれる。しかし、ベヒモスさんはこれを弾くと、何も怯むことなく徒手空拳のままニシクロサイさんに立ち向かっていった。

 おおよそ通常では考えられない程の速さで拳が繰り出されていく。突き出されるたびに鳴らされる風切り音は、遠くから見ているだけのぼくでさえ恐怖するほどだ。

 鋭い拳圧がニシクロサイさんを威圧する。それまであった攻めの姿勢は崩れ、守勢に回っている。嗜虐心に歪んでいた顔にも焦りが見え、次々と繰り出される乱舞ともいえる圧倒的な攻勢に怯むばかりだ。


「ぐっ…!」


 ベヒモスさんの一撃を受けたスピアーがひしゃげてしまった。これではまともに戦えない…。そう思ったときだった。

 一陣の風が吹き抜けた。風の吹いた方向を見ると、ひとりのフレンズさんがゆっくりとこちらに歩み寄っている姿が見えた。見間違えるはずがない。エラスモテリウムさんだ。

 エラスモテリウムさんの放つ覇気がぼくたちを包み込んでいく。どうやら、ベヒモスさんとやり合う気のようだ。

 両者一定の距離を保ったまま睨み合う。ベヒモスさんもただならぬ気配を感じ取っているのか、臨戦態勢のままエラスモテリウムさんを睨んだまま威嚇している。


「………」


 静かに得物を構えて眼前の敵を睨む。その目はさながら獲物を狙うハンターのようだ。百獣の王にも負けないその眼差しは大鷲の如く、ベヒモスさんを倒さんと睨んでいる。

 ゴウとスピアーから漆黒の炎が放たれる。あらゆる存在を抹消せんと立ち揺れるその炎は、ベヒモスさんを葬らんと燃えているようだ。


「我が魂は死の風に跨り、この手に破滅を宿らせ給う…。いと暗き深淵の闇より出し月の女神よ、我に常しえの闇の力を与え給え…」


 エラスモテリウムさんが何やら詠唱するかのようにまじないを唱える。やがてその槍に闇の力を宿わせると、ベヒモスさんに向けてその切っ先を向けた。


「悪の道に堕落せし騎士を騙る獣よ……この槍にかけて、貴様を誅せん…!」


 そう告げると、漆黒のスピアーがベヒモスさんへと襲い掛かった。

 しかし、ベヒモスさんはその巨体に見合わない俊敏な動きを見せると、エラスモテリウムさんの先手の一撃をいなした。

 頭上高く跳ね上がって自らのキルゾーンにエラスモテリウムさんを捉える。アレを回避し損ねてしまえば、強烈なダブルスレッジが叩きこまれるだろう。


「………」


 エラスモテリウムさんはスピアーを構えたまま冷静にベヒモスさんを見上げている。太陽を背に、確実に仕留める気でいるのが分かる。


「カ゛ァ゛ッ゛!゛!゛!゛」


 地面を揺るがすほどの大きな衝撃がぼくたちにも伝わってくる。アレをまともに喰らっては即死は免れなかっただろう。しかし、エラスモテリウムさんは見事にそれをかわしてみせた。

 地面を蹴ってベヒモスさんとの距離を取る。ベヒモスさんもすかさず距離を取ると、自身の得物を再び自らの手にした。

 スピアーから青黒い炎のようなオーラが昇る。凶化の術に呑まれながらも、騎士としての誇りを忘れていないかのようにも思えた。

 二つのスピアーが互いに火花を散らす。スピアーが交わるたびに甲高い鋭い音が草原に響き渡る。さながら闘技場や一騎打ちを連想させるかのようだ。


「ス゛ア゛ァ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

「フンッ…!」


 二つの闇の力が互いに激しい火花を散らす。顔に、鎧に傷を増やしていく。狂乱する犀獅子を御するエラスモテリウムさんは、さながら闘牛士のようにも思える。

 ベヒモスさんがスピアーを突くたびにボンボンと空気を裂く音が聞こえる。確実に急所を突かんと放たれる一撃は、ジワジワとエラスモテリウムさんを追い詰めていっている。無限とも思えるスタミナと憤怒の情に押されていっているのだ。


「助太刀しますわ、エル!」

「……私も黙って見てる訳にはいかないな…!」


 キタシロサイさんとニシクロサイさんがエラスモテリウムさんのそばに付いた。得物が壊されたニシクロサイさんの手にスピアーはなく、徒手空拳のまま戦うようだ。


「感謝する、二人とも。……ジャパリ騎士団の真の力、ここに見せてくれよう…!覚悟ッ!!!」


 三騎の犀騎士がベヒモスさんへと突進していく。しかし、ベヒモスさんはそれを見切ると、冗長ともいえるリーチで三騎士を薙ぎ払った。

 すかさずエラスモテリウムさんが反撃に躍り出る。それに連携するかのようにキタシロサイさんが純白のスピアーを振るうけど、ベヒモスさんには大した効果が見られないようだった。


「貴様の相手はここだ、ベヒモスッ!」


 ニシクロサイさんの鋭い蹴りがベヒモスさんの顔面を捉える。しかし、ベヒモスさんは軽くこれをいなすと、ニシクロサイさんの脳天目がけてスピアーを叩きつけた。


 ズガンッ!!!


 地面に大きくクレーターが開かれる。これにはたまらずニシクロサイさんも少し恐々としているようだ。


「ふぅぅぅ…」


 大きく息を吐いて眼前の敵を睨む。対するベヒモスさんも品定めするかのようにスピアーを構えてニシクロサイさんを睨んでいる。


「ッ……!」


 先陣を切ったのはニシクロサイさんだった。俊足の足を以ってベヒモスさんの懐に潜り込むと、みぞおち目がけて強烈なパンチを叩き入れた。


「ク゛ゥ゛ゥ゛ッ゛・・・!゛?゛」


 渾身の一撃にベヒモスさんが苦悶の声を漏らした。いくら鎧で身を固めていても、打撃の衝撃というものは十分に伝わってくるようだ。

 次々とニシクロサイさんの鉄拳が叩きこまれていく。肩に、腕に、腹部にと打擲と蹴撃が叩き入れられていく。冗長ともいえるスピアーのリーチも、ここまで深く入り込まれると反撃できないのだ。

 武器にはそれぞれの得意とする距離がある。それを誰よりも理解しているのは騎士団のフレンズして他にない。


「ニィッ…!」


 不意にニシクロサイさんが不敵な笑みを見せる。右手には何かがキラリと輝くものがちらりと見えた。


 ジャッ!


「ッ……!」


 鮮血が舞う。ニシクロサイさんは逆手にして隠し持っていたナイフで、ベヒモスさんの顔を斬ったのだ。

 ベヒモスさんが攻撃に怯む。その一瞬の隙を見逃さずに、キタシロサイさんが追撃に躍り出た。


「ハァッ!!!」

「ク゛ゥ゛ッ゛!゛!゛?゛」


 胸部に強烈な一撃が叩きこまれる。その背後からニシクロサイさんが飛び出すと、ベヒモスさんの喉にめがけてナイフを差し出した。

 ニシクロサイさんの体がベヒモスの急所へと飛んでいく。絶体絶命とも思えた、その瞬間だった。

 ベヒモスさんの瞳に光が灯る。……アレは間違いない、野生解放だ。

 ベヒモスの左腕が弧を描く。ナイフを薙ぎ払うために振るわれたその腕は、ニシクロサイさんの攻撃を払うには十分だった。


「その程度の読み、私たちが呼んでいないとでも思ったか!?エル、今だッ!!!」

「……ロートールド……ホーンランス…!」


 闇の波動がベヒモスさんを襲う。すべてを呑まんとする漆黒の光はベヒモスさんを呑み込むと、そのちからでベヒモスさんの体を焼き尽くした。


「キ゛ァ゛・・・ッ゛!゛?゛」


 漆黒の波動がベヒモスさんの体を包み込んでいく。セルリウムでさえ灰燼と化す圧倒的な破壊力は、通常のフレンズであれば塵としても残らないだろう。けど、ベヒモスさんはその力に抗おうと必死の抵抗を見せている。

 しかし、その圧倒的な力に敵うはずもなく、ベヒモスさんは闇の波動に身を焼かれるだけだった。


「カ゛ッ゛・・・ア゛ァ゛ァ゛・・・」


 エラスモテリウムさんの波動から解放されたベヒモスさんが膝をつく。あの攻撃を耐えたのもすごいけど、さすがのベヒモスさんも堪えたようだった。


「……エルの波動を耐えたか。流石はベヒモス殿と言う他あるまい」

「けど、これでわたしたちの勝利も約束されたというものですわ。エル、とどめを刺しましょう」

「……そうだな。心苦しくはあるが、致し方あるまい。悪く思うな、ナイトよ」


 エラスモテリウムさんたちがとどめを刺そうとベヒモスさんに歩み寄っていく。全身を焼く痛みに身を悶えるベヒモスさんに抵抗することはできないようだ。絶体絶命という状況がこれ以上ある状況は他にない。そう思った時だった。


「ぐっ…!なんだ…!?」


 突如、真っ赤な炎が三騎士の前に吹き荒れた。何もない無の空間から姿を現したそれは、ぼくたちを驚愕させるのに十分だった。

 見覚えのある禍々しい紋様の描かれた鎧が姿を現す。身の丈ほどもある大剣に、全身を包む真っ赤な炎…。レッド・ホースだ。


「悪いが、こいつには死なれては困るのでな。こいつを殺したければ、俺を倒してからにしな。ま、もっとも出来るのであればの話だがな」

「レッド・ホース…」


 吹き荒れる灼熱の炎の中に立つ騎士は言う。世界に戦禍と混乱を招く破壊者…。特に自ら戦場に立ち、世界に戦争を煽る存在のレッド・ホースは生粋のパワーファイターと言ってもいいだろう。

 吹き荒れる炎が甲高い音を放つ。まるで鋼鉄の鎧が悲鳴をあげているようだ。

 やがて、レッド・ホースは大剣を振るうと、爆炎を放ちながら騎士団に対して戦争の開始を告げた。


「さあ、リブトンの騎士たちよ、戦いを始めようかァ!!!」

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