AoR-2「序章」
「何かいっぱいいる…」
「……っ!セルリアンだ…!ベヒモス殿ッ!!!」
クロサイさんがバスから飛び降りてベヒモスさんの元へと走っていった。草原をかけていく黒い犀騎士というものは絵になるなと考えていると、サーバルちゃんが慌てた様子でぼくに叫んだ。
「かばんちゃん!急いで追いかけないと!」
「…はっ!そ、そうだね…!」
運転席に飛び移ってアクセルペダルを踏みこむ。急加速したバスは、セルリアンの群れの中へと飛び込んでいった。
バスで何匹かのセルリアンを撥ねると、急いで降りてデーンアックスへと手をかけた。サーバルちゃんも飛び降りて戦闘体勢をとっている。
「くっ…!すごい数だ…!サーバルちゃん!やれる!?」
「なんとかしてみるよ…!うみゃみゃみゃみゃみゃ!」
圧倒的多勢のセルリアンをたった二人だけで蹴散らしていく。多勢に無勢も甚だしいが、ベヒモスさんとクロサイさんを助けるためだ。見捨てて逃げるわけにはいかない。それに、今までもこういった窮地を乗り越えてきたんだ。今回だって切り抜けれるはずだ。
「ッ…!?」
突如、体中が強張るほどの強い敵意のようなものを感じた。セルリアンたちもただならぬ気配を察知したのか、動きを止めて様子を見ている。サーバルちゃんも例外ではないようだ。
空間が歪んで見える。目の異常かとも疑ったけど、どうやら違うようだった。
ズゥゥゥゥゥゥンッ!!!
地鳴りのような低い音と共に、青黒い光がセルリアンの群れから放たれた。何か大きな爆発があったようで、セルリアンが四散している。
……何か普通じゃないことが起きているのは確かだ。ベヒモスさんやクロサイさんの身に何かあったら大変だ。急いで確認せねば…。
「サーバルちゃん!こっち!」
「え!?ちょ、ちょっと!かばんちゃん!」
セルリアンの群れを薙ぎながら爆発のあった方へと前進していく。そして、そこで見たものは目を疑うものだった。
「あ…あれは…?」
「ベヒ…モス…?」
悪魔のような大角と、禍々しい甲冑に身を包む戦士の姿があった。身の丈は2mはあるだろうか。そのフレンズさんが自身の丈以上にある巨大なランスを振り回して、たった一人でセルリアンを蹴散らしているのだ。
「かばん殿!こっちへ!」
「ッ…!クロサイさん!」
クロサイさんに呼ばれてセルリアンの群れを突っ切っていく。どうにかして包囲を突破すると、川の対岸へと移動した。
対岸からセルリアンの群れを見る。青黒い光に吸い込まれるようにセルリアンが集まっては、次々と撃破されていっている。これはぼくたちが助太刀に向かわなくても良かったのではないか。
「セルリアンはベヒモス殿の輝きに夢中のようだ。しかし、あれだけの数のセルリアンを一人で捌いていくとは…。さすがはジャパリ騎士団の随一のナイトといったところか」
「あれが…ベヒモスさんなの…?」
「ああ。自身の内に秘める深層意識をいくらか開放しているようだな。理性の消失を伴う大幅な自己強化術だ。ベヒモス殿は自分が自分でなくなると嫌っているようだが」
「じゃあ、あれが…」
「けものとしてのベヒモス殿ではなく……悪魔としてのベヒモス殿だ」
「………」
風に吹かれた塵芥のようにセルリアンの亡骸が宙を舞う。あの群れの中、ベヒモスさんは一人でセルリアンを薙ぎ倒しているのだ。
10、20と数を減らしていく。勇み足が過ぎたか、ぼくたちの助けなど必要ではなかったようだった。
数の減ってきたセルリアンの群れに再び突撃して、残党狩りをしながらベヒモスさんの元へと向かっていった。数を減らしたセルリアンは、ぼくたちの敵ではなかった。
大方殲滅し終えたころに、群れの中心だった場所にベヒモスさんの姿を見つけた。……やっぱり、見間違えなどではなかった。悪魔を連想させるような大きな曲がった角に、禍々しく威圧するような青黒い鎧…。姿こそ違えど、ベヒモスさんのものだったのだ。
荒々しく肩で息をするベヒモスさんは、なんだか苦しんでいるように見えた。近寄って声をかけようとしたけど、クロサイさんが止めるようにスピアーでぼくを遮った。どうやら近付くなという事らしい。
「ベヒモス殿、ご無事か」
「はっ…!は…!っはァ…!……く、クロサイか…」
「ご無事なようだな、ベヒモス殿。まったく、無茶をなさる…」
「僕自身の危険性は僕自身が一番よく分かっている。あまり無茶はしないつもりだったのだけど…やっぱり、これは堪えるね…」
「………ベヒモス殿の凶化術は身を滅ぼす禁術だ。くれぐれも無茶なさるな」
「ふふふ、君も言うようになったね、クロサイ君…」
「っ…。気に障ったのなら謝る。申し訳ない…」
「いいや、気を遣ってくれたのだろう?お気遣い感謝するよ。僕もあまりこの術は使わないようにする」
「……ベヒモス殿がいなくなって悲しむ者は、貴方が思っている以上にずっと多い。それだけは忘れないでくれ…」
「……肝に銘じておく。さて、話は逸れるけど、君に会いたいというフレンズちゃんがいる。出てきなさい、シロサイ」
「ぇ……」
突如として現れた言葉にクロサイさんが固まってしまった。目を丸くしてぽかんとしている。
ベヒモスさんの背後に隠れていたフレンズさんが姿を見せる。白い反り返ったスピアーにクリーム色の髪の毛、そして、特徴的なスチールアーマー…。間違いなくシロサイさんのものだ。
「シ、シロサイお嬢様…?」
「……お久しぶりですわね、クロサイ」
「ほ、本当にシロサイお嬢様なのですか…?」
「……それ以外の誰に見えますの?」
「ぁ……。本当に……シロサイ……お嬢様……」
まるで目の前の現実が受け入れられないといった様子だ。手放してしまったものが、将来帰るところにいるはずのフレンズさんが、突如として目の前に現れたのだ。思考が追い付かなくなるのも無理もないはずだ。
「ほら、何してますの?早く次に行きますわよ。それとも、ベヒモス様に用があったのかしら?」
「ぁ……。えっと…。そ、そうだ!ベ、ベヒモス殿!件の異変の大元が判明した。どうやら、ボルテ・チノというフレンズが関連しているようなのだ。そいつが他のフレンズと徒党を組んで荒らし周っているとのことだ。ベヒモス殿と同じように、神話由来のフレンズとのことだから注意するとのようにとおっしゃられていた」
「ふむ…。見回す限りの荒れようだからね。僕も薄々とそんな事だろうとは思っていた。情報感謝するよ、クロサイ」
「私も力になれて良かった。ベヒモス殿はこれからどのようにするおつもりで?」
「うーん、そうだなぁ…。ま、ゆっくりとそれを考えながらのんびりするとしようか。素性も知れない相手に何かしてヘマをしてもしょうがないからね」
「まったく、貴方というお方は…」
そう言いながらクロサイさんは呆れかえっている。それを見たシロサイさんは口を押えて静かに笑っている。
「変わりましたわね、クロサイ」
「えっ…。な、何がですか…?」
「ゴコクエリアに行ってから、随分と成長したと思ったのですわ。昔のあなたなら、ベヒモス様に諫言するようなことはしなかったでしょうし…。話を聞く限り、どなたかに今回の異変の仔細を聞きに行ったのでしょう?随分とたくましくなったのですわね、クロサイ」
「そ、そんな!もったいなきお言葉です!姫…」
「ふふっ。かばん様もお久しぶりですわね。サーバル様も」
「うん、久しぶりだね。でも、まさかシロサイさんがここに来るなんて夢にも思わなかったよ」
「リブトンに帰ってゆっくりしようと思ったのですわ。それが、まさかこんなことになっているだなんて…。かばん様、今回の異変、わたくしも力添えをしてもよろしくて?」
「うん。ぜひ力を貸してほしい」
「では…よろしくお願いいたしますわ、かばん様」
そうして、シロサイさんがぼくたちのパーティーに加わることになった。珍しくクロサイさんがキョドキョドとしているけど、それも見ていてなんだかおもしろい。
ベヒモスさんと別れて、ぼくたちはバスを北へ向けて走らせていった。クロサイさん曰く、リューフォート地方に行くには、メルシア地方を抜けてノーザンブリトン地方を通過する必要があるらしい。結構な長旅になりそうだ。
「クロサイがこんなにキョドキョドするなんて初めて見たよ。今までずっと気難しい顔しか見てこなかったから意外~」
「"しか"とはなんだ"しか"とは」
「わたくしも初めてですわ。そんなにわたくしがここに来ることが意外だったんですの?それともわたくしに会いたくなくて?」
「そ、そんなことありません!私も会えて嬉しいのですけど…。うぅ…。心の準備もしないまま会ってしまったから未だに心が落ち着かない…」
後ろの席で三人が愉しそうに談笑している。ぼくも混じりたいけど、今は運転に集中しなくちゃいけない。がまんがまん。
「しかし、バスに乗ることになるとは思いませんでしたわ。初めて見た時から気になってはいたのですけど…。これは便利なものですわね」
「足も痛くなりませんし、疲れないですからね。長い距離を移動するためには欠かせない乗り物です」
「それに、風を感じることができて気持ち良いですわ。リブトンの風は、心を晴れやかにしてくれる…」
ちらりと後ろを見ると、シロサイさんが気持ち良さそうに風を感じている姿が見えた。確かに、リブトンエリアの風はキョウシュウエリアやゴコクエリアの風とは全然違う感じがする。青々と映える草原と、ほんのりと冷たく澄み切った風は、ぼくの中のやましい気持ちを洗い流してくれるかのようだ。……こんな素敵なところをどういう理由かは知らないけど、荒らし回るだなんて少し許せない気がする。ボルテ・チノ…。何としてでも倒さなければならない。
しばらくバスを走らせていると、何やら遠くに赤く物々しい甲冑に身を包むフレンズさんの姿が見えてきた。犀騎士の一人なのだろうか。なんだか難しい顔をしている。
「クロサイさん、あそこに誰かいるみたいだけど、誰か分かる?」
「……?すまん、よく見えない…」
「確かに誰かいるね。誰だろう?」
「ちょっと近付いてみようか」
ハンドルを切って、その佇むフレンズさんの元へと近付いていく。近付いていくうちに見えてきたようで、クロサイさんもそのフレンズさんを視認できたようだ。
「見たことのないフレンズだ…。最近入った犀騎士か…?」
「わたくしも見たことありませんわ…。あの鎧もサイのフレンズとは大きく異なっているようですし…」
やがてそのフレンズさんはぼくたちに気付いて、こっちに視線を向けてきた。鋭く貫くような視線は、明らかに他のフレンズさんとは一線を画していた。少なくとも犀騎士ではないような気がする。
そのフレンズさんの近くにバスを止めて、あいさつをしようとバスを降りる。……なんだかひどく不気味な感じがする。サーバルちゃんも例外ではないようで、少し身をすくめて警戒しているような素振りをしている。
「あの、ジャパリ騎士団の方ですか?」
「……いいや、少しここいらで視察しているだけだ」
「視察?何かあったんですか?」
「……お前らには関係のない事だ」
なんだか釣れない感じだ。それにジャパリ騎士団のメンバーではないらしい。なのにこの重装備とは少し変な感じがする。
クロサイさんが何かを察したのか、強い言葉で謎のフレンズさんに問いかけた。
「お前、何者だ。名前と目的を言え。ここはジャパリ騎士団の領域だぞ」
「……何故名乗らねばならん。お前らには関係のない事だと言っている」
「私はクロサイだ。昨今、リブトンエリアを荒らして回る不審な者がいるのは知ってるだろう。……お前がそうとも限らんからな。来い。お前をキャメロットに連行する」
そうしてクロサイさんが手を伸ばした時だった。
ブォン!
鋭い風切り音がぼくたちを襲った。
「貴様…!」
「クロサイっ!!」
不意に襲われたクロサイさんが後ろに飛び退いた。シロサイさんが駆け寄ってクロサイを庇うような仕草を見せると、そのフレンズさんは二人まとめて葬らんと大きな大剣を振り下ろした。
「くそっ…!」
手斧を投げて赤いフレンズの手元を狂わせる。狙った通り、大剣の軌道は逸れて二人を外した。
……しかし、なんと禍々しい大剣なのだろうか。鎧もよく見てみると、不可思議な紋様が描かれている。明らかに元の動物にはないであろう特徴だ。……このフレンズさんこそが、ボルテ・チノというのだろうか。
「その得物…。ただのフレンズではないな。貴様、名を名乗れ!名乗らんというのならばこの場で成敗してくれるッ!」
「はっ!いいだろう!心して聞くが良い!」
その瞬間、そのフレンズさんの纏う鎧の隙間から勢いよく火が噴き出した。
「ぐっ…!」
「な、なんですの!?」
あまりもの熱気に思わず身を引いてしまう。炎の中にいるというのに、そのフレンズさんは平然と立っている。
……そういえば、エラスモテリウムさんは言っていた。ボルテ・チノの眷属の一人にいると言われている、赤き炎を身に纏うフレンズ…。まさか、このフレンズは…。
「俺の名はレッド・ホース!黙示録の四騎士が一騎、この世に戦禍と混乱を招く者だッ!今回はただの偵察に来ただけだったのだが、興が乗った!貴様らまとめて相手になってやる!かかって来いッ!!!」
全身から炎を放ちながらレッド・ホースと名乗るフレンズさんが叫ぶ。身の丈ほどのある大剣を片手で容易に操りながら挑発しているのだ。実力差は歴然としているというものだ。
「どうしよう、かばんちゃん…。私怖いよ…!」
「ぼくもだよ…。くそっ、どうしたら…!」
ただでさえ火が苦手なサーバルちゃんが目の前の敵に怯え切っている。ぼくだって怖いと思っている。かつてない未知の存在に脚が震えてしまっている。けど、逃げる訳にはいかない。ここでこいつを逃しては、キャメロットまでボルテ・チノたちが迫るのも時間の問題だろう。
「姫、ここは私にお任せを…」
「クロサイ…!?どうするつもりですの!?」
「奴をここで仕留める…。姫はお引きください。ここは私一人で十分です」
「はっ!ただが獣畜生が俺に敵うとでも!?」
「私を甘く舐めない事だ。私は伊達にゴコクエリアで戦っていたわけではない!犀騎士の名に懸けて、いざ、尋常に勝負ッ!」
二人の騎士が戦場に踊り出る。犀騎士の黒いスピアーと赤騎士の大剣が激しく火花を散らす。
ギィン!
「ほう!中々良い槍捌きだ!だが、その程度では俺を倒すことはできんぞッ!!!」
「どうかな!このまま驕っているようでは、手痛い一撃をもらうことになるぞ!」
鋭く、甲高い音を放ちながら互いの武器が激しくぶつかり合っている。二人とも一進一退の激しい攻防戦だ。クロサイさんもレッド・ホースの放つ爆炎に怯むことなく激しく攻めている。
ダンッ!
「なにっ…!?」
「もらった!」
大剣を踏みつけて、レッド・ホースの胸に向かってスピアーを突き放った。しかし、寸でのところでこれをかわしてみせると、レッド・ホースはクロサイさんから距離を取った。
「ふん、ただが獣畜生と侮ったか…。油断したわ」
「我が名はクロサイ。貴様のように名のあるけものではないが、幾多の戦場を乗り越えてここにある。貴様とは経験が違うのだ」
「ふん、小癪な…。いいだろう、今回の戦いは貴様に勝利をくれてやる。だが、次は負けんぞ」
そう言って、レッド・ホースは去っていった。後に残されたのはぼくたち4人だけだ。
「クロサイ!」
「姫…」
「無事ですの!?まさか本当にあんな怪物をたった一人で相手にするだなんて…!まるで死にに行くようなものですわ!」
「し、心配をおかけしたのなら申し訳ありません…。私も様子見のつもりで矛を交えたのですけど…。けど、レッド・ホースの奴は炎さえ凌ぐことができれば、大した相手ではないことが分かりました。あれさえ封じることができれば、勝算はあります」
「そういう問題じゃなくて…!今までの狩りごっこやセルリアンを相手にすることとは大違いですのよ!?アレは本気で私たちを殺しにかかって…!」
「い、言いたいことは分かります。私も勝てない勝負には挑まないようにします、姫…」
「っ……!以降は気を付けなさい、クロサイ…」
「……はい…」
本気で怒ったシロサイさんの説教にクロサイさんが落ち込んでいる。シロサイさんもシロサイさんでクロサイさんのことを心配しているのだ。その気持ちも理解できるんだけど…。中々難しい問題だ。シロサイさんの中では、クロサイさんはキョウシュウエリアで別れる前の姿で止まっているのだろう。
「ほ、ほら、シロサイさんにクロサイさん。とりあえずバスに乗ろう。レッド・ホースとも一戦を交えたのだし、作戦とか考えないと…」
「……そうですわね。クロサイ、戻りますわよ」
「はい……」
そしてぼくたちはバスに戻ると、キャメロットへと戻っていった。
……バスの中はなんだか気まずい雰囲気だ。せっかくレッド・ホースに勝ったというのに、この尾を引く後味の悪さは何なのだろうか。
しばらくバスを走らせていると、一人の純白のフレンズさんがこちらに走り寄ってきた。見てくれはフレンズさんというよりヴァルキリーのようにも見える。こちらに敵意はないようだけど、どうしたのだろうか。少しバスを止めて話を聞いてみよう。
「良かった、止まってくれた!あなたがかばんね!?」
「う、うん、そうだけど…」
「ユニコーン様…!」
「あら、シロサイまでいたの?エルからはクロサイと一緒にかばんとサーバルがキャメロットに来たって聞いてたけど…。って今はそんなことはどうでもいいの!とにかく、一回キャメロットまで戻って!大変なことが起きてるのよ!」
「大変な事?何が起きたの?」
「キャメロットにセルリアンの大群が攻めてきたのよ…!」
「えっ!?」
「なっ…!」
「……これはいけませんわね。かばん様、今すぐ出発しましょう」
「そうだね。みんな、飛ばすよ!」
そうして、めいっぱいアクセルを踏むと、バスを急発進させた。後ろのゴンドラで誰かが転ぶ音がしたけど気にしてはいられない。とにかくキャメロットに急がなければ。
「か、かばんちゃん!急に飛ばしすぎだよ!」
「仕方ないでしょ!キャメロットが襲われてるって言うんだから急がないと!」
「そ、そうかもだけど…!シロサイ思いっきり頭ぶつけたよ!」
「っ…!あ、後で謝るから…!と、とにかく今は急ぐよ!」
アクセルをべた踏みして可能な限り加速させる。サファリパークの観光用バスとは思えないほどの加速力だ。この乗り物がこんなに速度が出るとはぼくも思わなかった。
「は、速い…!あたしの足よりも速いわ!」
「これだったらすぐに戻れるかもね!かばんちゃん、もっと速く走ろ!」
「今やってる!」
やがて最高速に達したのか、速度計の表示が一定の数字で止まってしまった。これ以上は早く走れないようだ。
しばらくバスを走らせていると、遠くにキャメロットの影が見えてきた。キャメロットから少し離れたところには、ベヒモスさんのくつろいでいた川が見える。
「ッ…!」
突如、ユニコーンさんが何かに反応した。何やら少し怯えているようだ。
「この気配は…ベヒモス…!」
「ベヒモスがどうかしたの?」
「ベ、ベヒモスが…悪魔化しようとしている…!急いで止めないと…!」
「ッ……!つい先刻約束したばかりだというのに…!なぜすぐに約束を反故するというのだ、ベヒモス殿…!しかもただがセルリアンに…!」
後ろからギリッと歯を噛みしめんとするような気配がする。余程いら立っているようだ。
そうしてバスを走らせていると、リブトンを流れる大河のほとりに着いた。そして、ぼくたちは目を疑う光景を目にした。
「あれはベヒモスさんと…誰だろう…?」
「……見たことのないフレンズですわ。クロサイは見覚えありますこと?」
「……いいえ、初めて見るフレンズです。黒い方の汚らしい奴はボルテ・チノの眷属の一人として、もう一人の白い方は…」
「……ブラック・ホースとホワイト・ホース…。こんな所にまで…」
「………」
……驚いた。ボルテ・チノの魔の手がもうすぐそこまで迫っていたのだ。しかも、あのホワイト・ホースの姿…。女神や聖女を思わせるような出で立ちをしている。あれで人類を破滅に導く存在だというのか…?いまいち信じられない感じがする。
「ベヒモスを止めないと…!ベヒモスッ!聞こえる!?」
「あ゛ぁ゛・・・。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・」
「まずい…!ベヒモス殿が完全に凶化しようとしている…!ベヒモス殿!聞こえるか!?今すぐ凶化を止めて我が声に耳を傾けよッ!!!」
クロサイさんの呼び声を無視してみるみると姿を変えていっている。なんだかまるで、自らの意志に反して無理やり変身させられているかのようだ。
「ねえ、なんだか様子が変じゃない…?ベヒモス、苦しそうだよ…?」
「っ…!まさか、ブラック・ホース…!」
「おや、邪魔者ですかな…?」
こちらの方にゆっくりと、そのフレンズさんは振り向いた。浅黒い肌に、世捨て人のようなぼろ切れ…。とてもフレンズさんの姿とは思えない出で立ちだ。
「これはこれは、お初目にかかります。小生はブラック・ホース…。この世に飢えと退廃をもたらす存在であります…。以降、お見知りおきを…」
「ふざけたことを…!今すぐベヒモスを解放しなさいっ!!!」
「それはできませんなぁ…。ベヒモス殿を覚醒させるのは、我がハーンが覇を唱えるために必要な最初の一歩…。ここで止めるのは、我が忠義に反する行いであります…」
「どうしても止めないというのなら、今ここで…!」
その瞬間だった。何かがヒュンとぼくたちの間を通り抜けていった。見ると、女神のような姿をしたフレンズさんが弓を構えているのが見える。純白のペプロスに流れるような銀髪、そして、透き通るかのような青い瞳…。ボルテ・チノに仕える最後の一騎、ホワイト・ホースだ。
「私はホワイト・ホース。勝利と支配を以って、人に圧制を敷く騎士です。私がいる限り、貴方達に勝利はありません。さあ、大人しく投降なさい。我が王は、忠告に従って投降した者には恩赦を与えます。これがあなたたちに与える最後の通告と知りなさい。理解したのなら、跪いて私たちに降伏するのです」
「だ、誰があんたに…!あたしたちは絶対に負けはしないっ!!!」
「それは愚の極みですなぁ…。ホワイト・ホース殿はあらゆる因果を捻じ曲げて、小生達を勝利に導いてくださる…。彼女の加護がある限り、小生達は勝利を約束…強制されたも同然なのです…」
「で、デタラメな…」
黙示録の騎士たちに攻めあぐねていると、突如ベヒモスさんが絶叫した。
「ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!゛!゛!゛」
「ッ…!!」
大気が振動するほどの絶叫だ。肌がビリビリと痺れるようだ。
「ベ、ベヒモス殿…!」
「おお、やっと終わったか。ほっほっほっ…。さあ、存分に暴れ回ると良いぞ…。お主の真の力、そして真の欲望を思う存分に開放すると良い…。それこそがお主の真の姿であり、ベヒモスの名を冠する者の務めなのだ…」
そう言い残すと、ブラック・ホースとホワイト・ホースは影となって消えていった。ベヒモスさんもキャメロットを一睨みすると、そのままどこかへ飛んでいってしまった。後には呆然と立ち尽くすぼくたちがいるのみだ。
「………」
「ぼ、ボーっとしている場合ではない!急いでベヒモス殿を止めに行かねば…!」
「どうして止めに行くつもりですの…?完全凶化したベヒモス様はエル様でさえ手を焼くお方…。わたくしたち騎士団が束になっても勝てるか怪しいところですわ…」
「ぐっ…。ベヒモス殿…。どうすれば…!」
「……とりあえずキャメロットへ戻ろう。今回目撃した情報をすべてエラスモテリウムさんに話すんだ。そうすれば、どうすればいいか意見をくれるかもしれない」
「そうだな…。かばん殿、頼まれるか?」
「うん。急いで向かおう」
ブラック・ホースたちの手によってベヒモスさんが完全凶化してしまった。ぼくたちは、ぼくたちの戦うべき敵と邂逅したのだ。
戦いの化身、レッド・ホース。勝利と支配の女神、ホワイト・ホース。黒き魔術師、ブラック・ホース…。それぞれが打ち倒すべき敵だ。
「ぼくたちは負けない…。これまでもずっと苦しい戦いを乗り越えてきたんだ…。絶対に負けない…。負けるもんか…!」
ぼくたちの新しい戦いが始まる。負ける訳にはいかない新たな戦いだ。倒すべき敵を絶対に倒して、リブトンエリアに新たな光をもたらすのだ。
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