第二十七章 初バイトin異世界(1)
この宿屋の主と女将であるルーカスとカトリーナが揉め事中なので、僕は明日のことをフレイヤと相談していた。
場所?
あそこで話し合うのは気まずいので、場所を移動して僕たちが今いるのは宿屋の待合所だ。
時刻は夕方を少し回ったところか。
そろそろ宿泊客は入れないのか、とフレイヤに尋ねると、
「うーん、名簿を見ても新規の客はいないし、連泊している常連客も今日は戻ってこないから・・・・・・、開けなくても大丈夫だと思う」
パラパラと名簿らしき紐で綴った分厚い冊子を捲りつつ呟くフレイヤ。
連泊している人が戻ってこないなんてありえるのか?
そんな疑問を率直にフレイヤに伝えると、
「あぁ、連泊の人はもうここで暮らしているような人が多いし、この宿に泊まっている人は冒険者とか傭兵とかの人が大半だから。任務とかの都合で戻ってこれない時も多いの」
その場合は月の終わりにまとめてもらう料金を安くして請求しているの、とも。
サービスといったら部屋の掃除くらいだし、それでお金をもらうことは出来ないわと名簿を元の場所に戻しながらあっけらかんと笑うフレイヤ。
なるほど、と思う反面この宿はえらく気前がいいんだなとも驚いた。
サービスがいいとされる日本の宿泊業ですら、ただで部屋を掃除してくれたりはしない。
最近は月額でホテルの一室を借りられるサブスクなるものが流行っているが、泊まらない日の料金を引くことはないだろう。
そんな甘さで経営が成り立つのかと思ったが、それはどうやら余計なお世話のようだ。
見たところ生活が苦しそうな感じはしないし、人件費が抑えられているのと住居兼宿屋というのが功を奏しているようだ。
となると、僕の給金を余分に払わないといけないのと、僕とナタリーアという食い扶持が増えるから大変になるんじゃ、と僕は胸の奥に抱える不安を包み隠さずに言葉をのせてフレイヤに伝える。
「ハヤトは子供の癖に気にしすぎ。大丈夫よ、食材は安く仕入れる店を何軒か知ってるし。それにお父さんとお母さんは先の戦争で受勲をされてるから、国から報奨金を年に一回贈与されることになってるの。
こう言っちゃ皮肉なんだけど、余所の宿屋よりは生活が楽なの。
だから大丈夫」
受勲者か。
あまり強そうには見えないけど、ルーカスとカトリーナは相当の手練れのようだ。
受勲されることになった戦歴はなにか知ってる? と僕はフレイヤに尋ねるも彼女は首を横に振ってみせた。
「・・・・・・知らないわ。私からは聞かないし、お父さんたちも自分からは言わないしね。
確かお父さんは前線部隊に、お母さんは後方で支援兵として戦場に赴いたはず」
なるほど、まぁ妥当な所属といえようか。
それにしてもまだルーカスは分かるけど、カトリーナも受勲されたのは驚きだ。
後方支援で受勲されたのだから、よほど戦場で活躍したのだろう。それか特別な特技があったか。
フレイヤの話を聞いて、僕はますますあの二人には逆らわないでおこうと誓った(特にカトリーナに)。
まぁそれはさておき、心配事が無くなって幾ばくか胸が軽くなった僕は仕事内内容とシフトをフレイヤと擦り合わせる。
女将であるカトリーナではないから詳しく言えないけど、と断りを入れたフレイヤ。
だが大まかにだが伝えてくれた内容はこうだ。
「貴方の仕事は基本炊事場での皿洗いね。仕事の時間は早朝から昼前まで。基本は宿屋だから毎日だけど・・・・・・、さっきも言ったとおりお客様がいない日は原則休みになるから。
給料は全額薬代返金に当てるとして、全額返し終わるのは早くて半年かなぁ~。
あっ、お金が要りようなら遠慮無く言ってね。別に利子もないし、ハヤトが働く期間が延びるだけだから」
ふむふむ。
休みがないのはキツいけど、仕事柄それは無理なのは分かるので大丈夫。
まぁ、半日しか仕事がないのでどうにかこなせるだろう。
本当に僕は運が良い。
実に良心的な人達に助けられたものだ。
自分の強運さが恐ろしいくらいだった。
と、話を進めていく中で自然と話題はナタリーアへと移っていく。
フレイヤは二階で寝ているナタリーアへとチロリと視線を向けると、何か含みをもった意味深な笑みを浮かべて僕へと話しかけた。
「・・・・・・それで? ハヤトはナタリーア姫殿下のことをどう考えてるの?」
お父さんと話したんでしょ、色々と。
そう、フレイヤは暗に言ってるのだ。
自分にも僕の考えを聞かせろと。
まぁ、別に良いんだけど・・・・・・、僕は困惑顔でポリポリと後頭部を掻きながらルーカスの前で口にした自分の思いを誠意を込めてフレイヤに話した。
恩人に嘘はつきたくなかったから。
「・・・・・・奴隷って僕のいた国ではもう存在しなくて。だからかな、歳の近い女の子が奴隷になってるのを見て可哀想って思ったんだ。
だけれど奴隷なのは彼女だけじゃなくて、他にもたくさんいて。
それなのに憐れみだけで彼女だけを助けた僕の行いは偽善だと思うし、それを否定するつもりはない。
だけど、これで良かったのかって今も自問し続けてる。
僕は神様じゃないし、ただのガキだ。
人間の女の子を結果的に助けたとはいえ物みたいに衝動買いした罪悪感に押し潰されそうになる。
けれど、あそこで動かなかったらもっと後悔していた。
彼女は一国のお姫様で、だけど帰る国も、家族も失くした天涯孤独の身で・・・・・・。
僕と一緒なんだ、彼女は」
一気に吐き出す。
フレイヤは黙って聞いてくれている。言葉を挟むこと無く、両の目蓋をつぶって、口を真一文字に結んで。
たっぷり一分ほどの時間を溜めて、漸くフレイヤは口を開いた。
「・・・・・・そう、ハヤトの考えは分かったわ。
きっと、豊穣と献身の女神メサルサ様も貴方の行いを赦し認めてくださる」
もちろん、私もね。
フレイヤは胸の前で十字を切ると、聞いたことの無い神様の名前を口にしてやんわりと微笑む。
ともあれフレイヤからの理解を得たことは大きく、そしてとても頼もしかった。
きっとその女神はフレイヤの国の信仰神であり、その名前を出すことはフレイヤたちにとって譲歩というか最上級の赦しの言葉なのだろう。
僕は胸の奥がポカポカと温かくなるのを感じ、それと同時にむず痒さも感じてついフレイヤから視線を逸らしてしまう。
美少女から真っ直ぐに見つめられるというのも気恥ずかしいもので。
それもフレイヤは極上の美少女だ。僕が助けたナタリーアにも匹敵するほどの美しさがある。
正直いって場末の宿屋の娘に置いておくのは場違いなほどだ。フレイヤの端正な容姿はお姫様といわれてもなんの違和感もない。
こんな美少女と一緒に働けて、しかも同じ屋根の下で暮らせるなんて、日本にいた頃に比べてものすごく恵まれている。
正しくリア充、勝ち組。
友達が知れば羨ましがるだろうな、と親友二人の顔を不意に思い浮かべる。
馬鹿ばかりしてたけど、やっぱりあいつらに会いたいな。
その為にも僕はここで生き、絶対に日本に帰る。
美少女と屋根の下で暮らすのも魅力的だ。
だけど、僕には日本での生活も大切で、手離しがたい宝物なのだ。
その為にも僕はここで精一杯生きて、生きて、生き抜いてやる。
帰るためならば皿洗いでも、何でもやってやる。
フンス、と気合いを入れる。
そんな様子が可笑しかったのか、フレイヤは短く笑って目を細める。
美少女は何をしても様になるからズルいよな~、僕はフレイヤの輝かんばかりの美貌に目眩を覚えながら、ルーカスたちが来るまでの短い間しばし二人きりの談笑を楽しむのであった。
❬あとがき❭
長いので三partに分けます。
中々更新が出来なくてスミマセン。
それでも拙作を読んでくださる読者の皆様に深い感謝を。
そして最後に本作を応援、フォロー、読んでくださる全ての人に最大限の感謝を。
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