第二十六章 ダメダメなルーカスと、しっかり者なフレイヤ

「ーーーーーお父さん、いい加減にしなさいよ。子供にヤキモチとか流石に大人げないから」


妻を愛するルーカスは正に旦那の鏡であるが、それも時と場合による。


ハヤトのような成人もしていない子供が妻から抱きつかれているからといって、こうもあからさまな嫉妬心剥き出しなのはいかがなものか。


現にヤキモチを焼かれている当人のカトリーナは、


「・・・・・・あなた、流石に自重しなさいよ」


呆れ顔を浮かべて愛すべき旦那をジト目で見据える始末。


よくよく見るとこめかみに青筋が浮かんでいた。


まぁ、本当のところハヤトの実年齢は十六歳でこの世界に換算するとバリバリ成人している年齢なのだが・・・・・・、ここは自身の身の安全を優先して言わないことにした。


騙しているみたいで気が引けるが、日本にはこのような便利な諺がある。


嘘も方便。


年齢を詐称しているのも、別にハヤト自らが進んで嘘を付いたわけでもないし、向こうが勝手に年齢を間違えているわけで。


それに騙していても互いに不利益があるわけじゃない。


感じで言えば中学生が子供料金で電車に乗るようなそんな感じだ。


向こうが勘違いしているのならば、こっちがわざわざ訂正することない的な。


話が脱線したが・・・・・・、取り敢えずこのままカトリーナに抱かれているのはまずいと判断した僕は自然な形を装って彼女の腕の中から逃げるように離れた。


一児の母親であるカトリーナに抱かれるのは思春期の男子としては気恥ずかしいものがある。


実の母親よりも若くて綺麗なカトリーナに抱かれるのは、その、かなりよろしくないのだ(精神的にも肉体的にも)。


僕もルーカスの気持ちも分からなくなはないし、ここは素直に離れておくのが無難な選択であろう。


ルーカスの嫉妬も僕が離れたことで徐々にだが収束していく。おっさんの嫉妬なんて誰得だよトホホ。


厳つい外見の割に意外と女々しいんだな。けれどルーカスのカトリーナに対する愛の深さの一面を垣間見ることが出来てほんの少しだけ羨ましく思ったのは内緒だ。


僕の両親にも彼らの爪の垢を煎じて飲ませたい。


と、また話が逸れちゃったな。


ギスギスした雰囲気を払拭すべく、僕はこの件に関して全く悪くないが取り敢えず謝ることにした。


まぁ、カトリーナに甘んじて抱かれていたのは事実だし、嫌なら振りほどけば良かったのだ。


それをしなかった僕にも責任はあるので、ここは場を治めるためにも頭を下げた方がいいと判断した。


これも接客業のアルバイトで身につけた処世術の一つだ。


「・・・・・・ごめんなさい。僕のせいで何か変に勘違いさせちゃって」


特に非がないのに口癖のようにすぐに謝罪の言葉を口にする。


外国人にも指摘される日本人の悪い癖だ。


けれど人間関係を円滑に回すには我を通すだけでは駄目だ。


その証拠に僕の謝罪を受けたルーカスは少しバツが悪そうに眉を寄せて、己の感情のコントロールの甘さを反省し頭を下げてきた。


彼も大人だ。冷静になれば己の貴慮の狭さにも気づく。


相手側の気持ちを考えて行動することが、問題を大きくせずに解決するコツだ。


カトリーナとフレイヤはいつにないルーカスの態度に驚きを隠せないものの、僕の大人な対応に素直な言葉で感謝の意を伝えた。


「ありがとうハヤト。歳のわりに大人なのね」


「本当。あの厳つい奴隷商人にも物怖じしないし、とてもあたしの下とは思えない」


誉められすぎるのも問題だな。特に大したことはしてないし・・・・・・。


というか僕の話はいいから、今後の話を詰めないと。


仕事の事とか、ナタリーアのこととか。


辛うじて言葉は分かるけど、文字は読めないし書けない。


皿洗いとかの裏方仕事だから文字は読めなくても困らないのかもしれないけど、それでも後々必要になるだろう。


文字を読めないと詐欺られるかもだし、識字率がどのくらいか分からないけど書けるのとそうでないのでは雲泥の差だろう。


仕事の合間とかに出来ればフレイヤに教えてもらいたいところだが・・・・・・、もし駄目ならば字を教えてくれる場所を教えてほしい。


この世界に本があるのかは分からないが、もしあるのならば字が読めた方が自力でこの世界の文化や歴史を知れるいい機会になるだろう。


フレイヤたちを信じない訳ではないが、記憶喪失(フリではあるが)なのをいいことに、本当のことを言っていない可能性がある。


ナタリーアのことを詳しく知るためにも、可及的速やかに文字の習得は必須事項であろう。


とはいえ真実は言えないため、僕は真意を嘘で覆ってフレイヤたちに要求を述べる。


「・・・・・・あの、こんなことを言うのも図々しいんだけど、出来たらこの国の文字を教えてほしいんだ。


ほら、記憶がないからさ僕・・・・・・」


苦しい言い訳だったかな?


けれど記憶喪失にも色々あるし、何とか騙し通せると思うけど、果たしてどうだろうか。


「字の勉強か。まぁ、無理して覚えることはないけど、読めた方が色々と便利だしな。フレイヤも週に一回ほど南街の外れに建つ教会に通って習ってるから一緒に行ってきたらどうだ?」


そうなのか。


フレイヤけっこう字が読めてたような気がするけどまだ勉強中なのか。


けれどいいことを聞いたな。教会で文字の読み書きを教えてくれるなんて正に異世界転移のテンプレだ。


教会ならばお金も要らないだろうし、一文無しになった今の僕にとってこんなにありがたいことはない。


教会に通う先輩を見るように僕はフレイヤへと視線を向けるも、


「・・・・・・お父さん、私言ってなかったっけ? 教会は先月で通うの止めたって」


なんと、早々の裏切りか。


フレイヤはとっくに卒業していたのだ。


なんか恥ずかしいな。


というかルーカスさんよ、娘のことちゃんと把握しといてよ。


それよりも教会に通うのを止めた?


卒業じゃなくて?


僕、通うの止めようかな・・・・・・。


何かキナ臭い雰囲気がする。


「止めたって、一体どうしてだ? お前が宿屋の女将になるために字の読み書きが出来た方がいいって言うから、俺が教会の神父に頼み込んでやったんじゃねぇか」


本当なら貧乏な子供しか通えないのを無理矢理に、とルーカスは不満そうに呟く。


それに負けじと言い返すフレイヤ。


彼女の言葉遣いからも不満さが滲み出ていた。


「何でって。お父さん本当に言ってるの?

神父さまはあたしのこと体のいいお手伝いにしか思ってないし。字の読み書きだって、孤児の子の面倒見終わって家に帰るほんの少しの間に独学で勉強したわ」


幸いにも勉強する教材には困らなかったから。


それにしてもひどい話だ。ひどい契約不履行だ。


というか軽く詐欺だろ。そんな狸親父に可愛い娘を預けるなんてルーカスはとんだクソオヤジだ。


流石の愛妻であるカトリーナもルーカスの愚かさに引いていた。


「あなた、南街の教会の神父には気をつけてって私言っていたわよね。彼の経営する教会は人手が足りなくて言葉巧みに勧誘して馬車馬のように働かせるって」


特に今は戦後のゴタゴタで孤児が増えてるから尚更よとも付け足して。


なんと、これはアウトだ。


妻であるカトリーナからも注意されていたのに、事もあろうにこのルーカスはやらかしてしまったようだ。


ならばルーカスの案は却下だ。


僕はフレイヤに字を教えてもらうようにお願いすることにした。


「あー、僕に読み書きを教えてくれるフレイヤ?」


男同士ここはルーカスの肩を持ちたい気も山々なのだが・・・・・・、ゴメン。流石に庇いきれないよ。


僕のお願いにフレイヤは満更でもなさそうに頬を染めると、


「し、仕方ないわね。ここはお姉さんであるあたしが一肌脱いであげるわよ」


ツンデレ気味ではあるが快く応えてくれた。


異世界にもツンデレってあるんだな、と変に感心しつつ、取り敢えず異世界の文字を習得する目処が付いたことに心のなかでガッツポーズする。


本が読めれば元の世界に帰る術の一端を知ることが出来るかもしれない。


少しずつ前へと進もう。


僕はカトリーナにこっぴどく叱られているルーカスを横目に見つつ、明日からの仕事の詳細をフレイヤから教えてもらうのであった。

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