第二十五章 受け入れる覚悟と中年親父の嫉妬

「ーーーーー寝たのか?」


フレイヤが客室から出ると、廊下で腕を組んだ実父のルーカスが相変わらずの無愛想な声音で話しかけてきた。


気になるのならば直接見に行けばいいのに、と内心そう毒づきながら、フレイヤは律儀に父親の問いかけに答える。


漸く落ち着いて静かにベッドの上で横になっているナタリーアを起こさないように、極力音を立てないように細心の注意を払いながら後ろ手で扉を閉めて。


「・・・・・・えぇ、意識が無いながらも苦しそうに呻いていた。けれど手を握ってあげると徐々にだけど落ち着いてきてね。今は穏やかな顔で寝ているわ」


「ーーーーーーそうか。面倒をかけて悪いな」


「気にしないで。ハヤトの方が大変だと思うし、今頃きっと混乱して戸惑っていると思うから」


彼には落ち着ける時間が必要よ、との言葉も付け足して。


いやはや、女の子は大人になるのが早いなと、ルーカスは娘の成長を目の当たりにして驚きに目を僅かにだが見開いた。


フレイヤに悟られぬよう表情には出さないが、それでも愛娘の成長を喜ばぬ親はいない。


ついこの間成人したとはいえ、ルーカスにとってはまだ可愛い子供でしかなかったが・・・・・・、これは少々認識を改めなければいけないな。


どこか誇らしい表情で頷くルーカスに、フレイヤは怪訝そうに眉根を寄せて、


「・・・・・・どうしたの? 何か変だよお父さん」


フッ、実の父親を捕まえて変とか、なかなか言うようになったな。


嬉しいような悲しいような。


まぁ、今は感傷に浸る場合じゃないか。


取り敢えずそろそろハヤトの所へ戻るとするか。カトリーナが付いてるから大丈夫だとは思うが・・・・・・、とルーカスはフレイヤを伴って一階の自室へと急ぐ。


子供には荷が重い展開になっただろうな、とは思う。


ハヤトとは出会って数日の関係しかないが、それでもかの少年の人となりは大体把握しているつもりだ。


宿屋の経営をしている以上、泊まり客の素性を知っておくのはとても重要だからだ。


取り敢えず金さえ払えばどんな奴でも受け入れるが、宿泊客に他国の患者が紛れていないかを判断し、それを秘密裏に衛兵に通報するのも俺たちの仕事なのだ。


もっと平和に宿屋を経営したいが、そうはいかないのがこのご時世だ。


神聖国と戦をする前は、もっとこの国も平和だったのに、とルーカスは幼い頃の平和で退屈な日々に想いを馳せて懐かしんだ。


戦争の折り返し期に産まれたフレイヤ。娘は殺伐とした空気しか知らない。戦争はあって当たり前と思っている。


だけど、俺たちの娘は優しい人間に育ってくれたと思っている。その証拠に素性不明のハヤトを助けようと誰よりも先に動いたのだから。


その行動は戦争でささくれだった俺たちの心をほんの少しだけ動かした。


いつもなら反対するであろうカトリーナも娘の意思を尊重し、ハヤトを実の息子のように受け入れて可愛がっている。


ならば俺もハヤトの事を息子のように接するまでだ。息子が困っているなら、手助けするのが父親というものであろう。


それが例え、国の命令に逆らうことになったとしてもだ。


「・・・・・・お前は、ナタリーア皇女殿下をどう思う?」


「どう思うって? 言葉の意味が分からないわ」


ふむ、単刀直入に言うべきか。幸いにもここには俺たち父娘しかいない。


「噛み砕いて言うと、あの少女が本物のナタリーア皇女殿下とは限らないということだ」


何もあり得ない話ではない。


王族などの上流貴族にはいざという時の為の代わりとなる存在がおり、件の少女はナタリーア皇女殿下によく似た偽者なのではないか。


そうルーカスは疑っているのだ。


そもそもおかしい話だ。


仮に間者が我が国軍に紛れていたとしよう。


だからといってこうも易々と人質の入れ替えが成功するのかとルーカスは疑問であった。


話を聞いてみた限り、我が王太子様は件の双子の皇女殿下に桁外れの執着心を抱いている。


なれば先程のナタリーア皇女殿下が口にしていた、彼女らが軟禁されていた牢獄塔もそれなりの監視及び警備体勢にあったはずだ。


それだと言うのに、その間者は王太子の目を掻い潜り、ナタリーア皇女殿下を逃がすことに成功したことになる。


そのようなことが可能なのか?


とはいえ、俺も確証があるわけではない。


他国の、しかも本来ならば我が国を治める王族よりも位の高い皇族の顔など拝んだこともない。


なので本物のナタリーア皇女殿下の顔を、人となりを俺は知らないのだ。


そんな俺に本物のナタリーア皇女殿下と、今我が家の空き部屋で寝ている少女の見分けなどつくはずもなく。


とはいえ言わずにはいられないのが人間というものだ。


自分の抱いた疑問を他人にも共感してほしいのだ。それが血の分けた娘ならば尚更であった。


ルーカスの言葉を聞いたフレイヤはしばし熟考するも、あり得ないと言う風に首を振って実父の疑惑の言葉を一蹴する。


「それはないわ。お父さんの考えすぎよ。あの子は正真正銘のナタリーア皇女殿下よ」


「・・・・・・どうして、そう思う?」


「だって、あの方の口にした言葉全てが真実を語っているもの」


演技であそこまで詳細に、様々な感情を込めて言えるものかしら、とフレイヤは呟く。


なるほど、一理あるな。


正直ある程度のことは捏造出来るし、感情の起伏も偽ろうと思えば訓練次第でどうとでもなる。


フレイヤも宿屋の娘として、ある程度の人間の汚い部分を見抜けるよう仕込んだつもりだ。


そのフレイヤがナタリーア皇女殿下の言葉に嘘はないと判断したのだ。


ならば、彼女は“本物”ということになる。


それに、とフレイヤは言葉を溜めるようにして口を開く。


「ーーーーーナタリーア様は、妹様の事を途中から愛称で呼んでいたわ。


姉妹ならば別に珍しくないでしょうけど、それは庶民の話。


皇族ともなると、家族の前以外では愛称で呼ばないものよ」


フレイヤの的を射た発言に、ルーカスは頭の中にかかっていた靄が晴れるのを感じた。


そうだ。


少し考えたら分かることじゃないか。


ナタリーア様は妹君のことを途中からリーシュと呼んでいた。


愛称を知るのは家族間のみ。


特に彼女たちは双子だ。双子の結び付きは普通の姉妹よりも強く、どちらかというと保守的になる傾向にある。


ナタリーア様の姿形は真似れても、妹君の愛称を知る術はない。


もう、決まりだな。


彼女は本物のお姫様だ。


ルーカスとフレイヤは階段を降りきる。いつもなら数分で降りれる短い階段も、今日ばかりは勝手が違っていた。


こんなに気が重い親子の会話が今まであっただろうか。


いや、ないな。そもそも男親の自分とは進んで会話をしなくなった愛娘のフレイヤ。


記憶をたどってみても長くて十分ほどの時間しか二人きりで会話したことことがなく。


ついつい話し込んでしまった(階段というのがいただけないが)。


元より俺はあまり喋る方ではないし、実家は男所帯で女の兄妹はいなかった。実家を出てからは各地を転々とする傭兵隊に所属し、今の妻と出会うまでまともに女と接したことがない。


なので未だに年頃の女とどう接したらいいのか分からないし二の足を踏んでしまう。


とはいえフレイヤは目に入れても痛くないほどに可愛い娘なのは事実だ。


(これもいい機会だ。もう少しフレイヤと会話できるようにならないと)


ナタリーア皇女殿下もこれから家族の一員になるのだし、女の子の気持ちも理解できるようにしないとな。


ルーカスは一人そう決意し、フレイヤを伴って愛する妻とハヤトが待つ自室へと向かうのであった。


「ーーーーーーおい、帰った、ぞ? ・・・・・・」


部屋に帰ると驚くべき光景がルーカスの目の前に広がっていた。背後にフレイヤを従えて。


部屋に入らずに固まって動かない父親の様子に疑問を抱いたフレイヤは、ルーカスの肩越しに首を伸ばして覗き視ると、


「まぁ」


と短い声をあげて驚きに目を真ん丸に見開けた。


それもそのはず。


何せ自分の母親であるカトリーナと、ハヤトが肩を寄せあって抱き合っていたのだから。


フレイヤは抱き合っている事情を女の勘で察するも、色々と疎くて残念な実父ルーカスは見たままに受け入れただろう。


すると、どうなるか。


カトリーナ大好きなルーカスが嫉妬することは容易に想像できた。


「・・・・・・」


案の定ルーカスは目付き鋭くさせて、不穏な空気を全身から発してワナワナと身体を振るわせた。


我が父ながら何と器量の狭いことか。子供にまでヤキモチを焼くなんてと呆れるフレイヤ。


どうにかルーカスを落ち着かせないと修羅場になるわね、とフレイヤは嫉妬の炎を燃え上がらせる父親を宥めるべく行動に移すのであった。

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