第十六章 憎悪と無力さ、奴隷少女と僕

しばし時が経つのを忘れて、僕はぶつかってきた少女と見つめあった。


この少女の人離れしたあまりの美しさに、あれだけ賑わいを見せていた市場は水面に波紋が出来たかのように静まり返り、気づけば僕らの周囲には黒山の人集りが出来ていた。


要は野次馬である。


まぁ、無理はない。


これだけ美しい容姿の少女は早々お目にかかれない。


日本にいた頃にテレビなどで観た芸能人を遥かに上回る少女の容姿に、僕は呼吸するのも忘れてしばし見惚れていた。


ボロ布を身に纏っていても衰えることのない美貌・・・・・・、そして全身から溢れ出る気品さに皆が息を飲む。


彼女は一体何なんだ? 身なりから察するに浮浪者か?


けれど、とても浮浪者には見えない。


どこぞの王族か貴族のお姫様といった方が説得力がある。


それにその可憐な美貌に不釣り合いな無体な首輪。黒光りしたそれは禍々しいほどの威圧感を放っていた。


最初は黙っていた野次馬連中も時が経つにつれて次第に我に返ったのか、この少女についてザワザワと勝手な憶測をたてて騒ぎ始める。


その声に押されたのか、ネズミの串焼きを食べていたフレイヤは食べかけのソレを僕に強引に手渡すと、


「・・・・・・貴女、大丈夫? 怪我はしていない?」


心配そうに怪我などの具合を確かめつつ、未だ尻餅をついている少女の手を取ってゆっくりと立ち上がらせた。


少女は不安そうな顔で立ち上がると、痩せ細った身体をふらつかせながらもフレイヤの手を振りほどく。


そして何故かは分からないがほぼ初対面で、なおかつ他人である僕の服の袖を握り締めて身体を寄せてきた。


まるで恐ろしい何かから逃げるように、少女は僕の背中に隠れるように身体を小さく丸める。


すると、まるでタイミングを見計らったかのように人混みを掻き分けて、厳つい風貌をした男二人組が姿を現した。


スキンヘッドに刺青、安っぽい麻で出来た服、そして腰にぶら下げた脅し用の殺傷能力の低い短剣。


見るからに裏家業を匂わせるヤバイ男たちであった。


こいつらの目的はこの女の子なのは明白であった。


この男たちの姿を見た瞬間、背後に隠れた少女の僕の袖口を握る握力が強まった事からも明らかだ。


男たちは忌々しそうに凶悪な顔を歪めながら鼻息荒く噛みついてきた。


ヤクザの下っ端のチンピラの如く何度もチッと舌打ちしながら、


「おぃテメェ、ウチの商品に手ぇ出すとはいい度胸だなぁ? あぁん!?」


「痛い目見たくなければ、ソレを置いて帰ってもらおうか? これはなぁ、一週間後に売りに出す大事な大事な商品なんだよ」


本当に言動が不良にソックリだ。


そしてこんなにも怒りを覚えたことはない。


人と人との会話を交わして、こんなにも憎悪と嫌悪の感情を抱いたことはない。


そして単純に気持ち悪いと思った。


人を人とも思っていない発言に、そしてこいつらが浮かべる表情に。


そうか、こいつらは奴隷商人なのか。


異世界ではテンプレな存在だ。


そして数多の転生者はこいつらから奴隷を買っている。


僕もその中の一人になるのか。


忌避感があった。


どこぞの変態野郎に買われるくらいなら、いっそのこと自分が・・・・・・、だけど何のチートスキルも家柄もない、所持金十二円しかないガキが果たして人を買う資格なんてあるのだろうか。


いや、資格なんてのは言い訳でしかない。


僕は責任を持つのが怖いのだ。


こんな鬼畜な奴らと敵対してまで、赤の他人でしかない僕が助けてあげる義理があるのかと。


だけど、すがり付いてくるこの小さな手を僕は振りほどけるのか。


喉の奥が緊張でカラカラに渇く。


相変わらず僕は意気地無しだ。肝心な時に何も行動できないくそ野郎だ。


そしてまた動けない僕に代わって、フレイヤが男たちの前に出て毅然とした口調で言い返す。


「アンタたち恥ずかしくないの!? こんな子供を奴隷にして売るなんて、人間の屑よ!!」


「あぁ、なんだとこのガキ!? 」


「これはな立派な商売なんだよ!! 何も知らねぇクソガキが偉ぶるんじゃねぇ!!」


激しく罵り合うフレイヤと男たち。


このままだと刃傷沙汰になりそうなほどに場の雰囲気はヒートアップしていく。


ヤバイ、止めなければ。


どうすればいいのか。


フレイヤも助けて、この少女を助けられる妙案は・・・・・・、一つだけあるか。


いつ来るか分からない衛兵なんてアテに出来ないし悠長に待ってられない。


一商人のセイラや、助けようともしない野次馬連中になど期待できない。


ならば僕が動くしか。


大丈夫、フレイヤの言葉を信じるんだ。


僕には強い味方がある。


ズボンのポケットに手を入れて、器用に財布の口を開ける。手に馴染んだ硬貨三枚を握りしめ気づかれないように取り出す。


フレイヤの父親に言われた言葉を思い出す。


『このお金は自分のために使え』


人助けではない。偽善と罵られてもいい。


僕は自分のエゴのために、この少女を救うのだ。


僕は今にもフレイヤに掴みかかろうと、男の伸ばした汚い手を掴みあげて、力の限り強く握りしめる。


そして反対側の手の内に隠し持った金を見せ付けるように男たちの眼前に突き付けると、



「ーーーーーーこの子、僕が買うよ」



周囲に一層のざわめきが沸き上がる。


すぐ背後でフレイヤの息を飲む声が聞こえ、それでも僕は聞こえないフリを努めた。


ただ感じるのは微かに感じる女の子の息遣いと存在感だけ。


圧を感じるほどに睨み付ける男たちの眼力に負けないように、僕は目力を込めて睨み返す。


負けないぞ、という気迫を込めて。


事態が好転するかも分からない。


希望を込めて、僕は男たちの次なる行動を待つのであった。











〈セイラside〉


面白い男ね。


黒耀眼の持ち主なのも驚いたが、まさか会って早々の奴隷を買おうとするだなんて酔狂もいいところ。


いや、単なる馬鹿かお人好しか。


それにしてもこれは朗報か。


まさか、探していた神聖国の皇族の生き残りがこうも簡単に見つかるとは。


運がいい。


しかも、ついでお父様に命じられて探していた奴隷商の手の者も見つかるとは。


私は目配せしてすぐ後ろで黙々とネズミの串焼きを焼く少女へと指示を飛ばす。


この店員は私の配下の者で、密偵の仕事に就いており、怪しい人間を索敵したりするのが主な仕事だ。


普段はしがない露店の店員で正体を隠しているが、私の命令一つで非情な密偵に姿を変える。


あの男たちの後を付ければ組織の存在は直ぐに白日のもとにさらけ出されるであろう。


問題はこの少年だ。


奴隷がどれ程の値段がするのか知らないのかしら。


少なくとも気軽に買えるような値段ではない。特に彼女のような容姿端麗な年若い女なら安くとも十二万イェンはするであろう。


そんな大金そう易々と払える額ではない。


さぁ、どうするのかしら?


お手並み拝見ね。


私は胸の奥底から溢れ出る好奇心に突き動かされるの感じつつ、ハヤトの次なる一手を注意深く見守るのであった。

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