第十五章 屋台グルメと奴隷少女(2)
セイラの案内で歩き進めること数分。クラープの屋台よりそう遠くないところに目的の店はあった。
外観は当たり障りのない至って普通の屋台だ。強いて言えば比較的年若い女の子が店を切り盛りしているところか。
辺りに立ち込める香ばしい匂い。ジュウジュウと何かを焼く音。
聴覚、嗅覚を刺激する魅惑的な誘惑。
やはり十代の男としては甘いものより味の濃いガッツリとした物を食べたい。
焼くメニューといったら肉かな?
この際肉だろうが魚だろうが構わない。
久方ぶりに肉にありつけるかも、という期待に支配された僕の脳みそは単純な食欲しか考えられなくなっている。
もしかしたら虫とかのゲテモノなどという忌避感はスポーンと抜けてしまっている状態だ。
ワクワク、ソワソワと落ち着きなく、目的の屋台へと歩み寄るセイラの後に続く。勿論フレイヤも同じ気持ちだろう。
溢れ出る好奇心に押されるかたちでセイラの肩越しに売られている商品を覗き見る。
その数秒後。
僕は先程までの興奮や好奇心がしぼんでいくのを感じた。
簡単に言えば後悔したのだ。
もっと簡単に言えばガッカリしたのだ。
何に?
そう、焼かれているモノに、である。
肉は肉なのだが・・・・・・、いや、まだこれなら虫とかの方がまだマシだった。
焼かれていたのは中型のネズミだった。
しかも、原型を留めたままのネズミが網の上で焼かれていた。
(いや、ネズミはヤバイでしょう)
見た目がどうとかではなく衛生的な意味で、だ。
この大きさなら溝鼠だろうか。不衛生な場所に生息するこのネズミは、文献が残る人類の歴史の中でも病原菌を撒き散らした。
特に中世ヨーロッパで猛威を振るっていたことでも有名だ。
溝鼠は現代でも忌避される厄介な存在だ。
そんなネズミをわざわざ食材にして金儲けするとは・・・・・・、現代人である僕の感覚では到底考えられなかった。
とはいえ、ここは異世界だ。
地球人とは感覚が違うのかもしれないし、このネズミは溝鼠じゃなくて食用のネズミかもしれない。
そうだ、そうだよ。
何でも決めつけは良くない。
僕は一縷の望みを託すようにセイラに話しかける。
「あ、あのさ・・・・・・、そのネズミって」
食べられるんだよね、と言いかけた口を慌てて閉じる。ゲテモノでも何でも食べると言った手前、まさか怖じ気付いたとは口に出せまい。
屋台で売っているのだから、きっと食べれられるものだろう。
セイラのことを信用しなきゃ。
僕の不安を知ってか知らずか、セイラは網の上で焼かれているネズミの串焼きを吟味しつつ、
「ーーーーーこれと、これと、この串をちょうだい。焼き加減は“外よく焼け、中半生で”お願い」
「・・・・・・分かりました」
専門用語を交えて注文するセイラ。
注文を聞いた店員は顔色一つ変えずに、セイラの注文通りに肉を焼き始める。
クラープもそうだが、大体露店で売っている商品のほとんどが石貨三~五枚ほどで買える。
日本円に置き換えると一つの商品の値段は三百円~五百円ほどか。
まぁ、祭りの屋台とかでもそれくらいはするから妥当な値段か。
僕は極力網の上で焼かれているネズミの串焼きを見ないように意識しながら、これから訪れるだろう現実を受け入れるのが怖くて・・・・・・、考えることで現実逃避をしようとしていた。
ゲテモノ、いや、まだゲテモノ系でも初級編だろうか。中にはもっとグロテスクな物もあるはずだ。
内臓系とか虫系とか。
ネズミならまだまだ食える。最初の関門を乗り越えれば、あれはただの肉の塊にしか見えないはずだ。
僕の不安などそっちのけで、すぐ真横に立つフレイヤは涎を垂らさんばかりにジュウジュウと音を立てて焼かれているネズミの串焼きを見下ろしていた。
女の子のフレイヤですらこの有り様なのだ。
やはりこの食べ物は美味しいのだろう。
異世界人の舌では美味なる料理としてお墨付きをもらっているわけだ。
ならば安心か。
男ならば覚悟を決めないと。
再三同じ決意をしては、いらぬ考えをしてソレが萎むを繰り返す。
だがそれももう止めた。無意味だからだ。
来る運命に逃げるのは愚か者がすることだ。
抗うでもなく、逃げるのは最低だ。
命に差し迫ったもの以外は全て絵空事。
受け入れるんだ。
何、死にはしない。ネズミの串焼きがなんだ。
あんなのカエルと似たような物だ。
自分で自分を鼓舞して、僕は店員から商品を受け取ったセイラの一挙手一投足を注視する。
にこやかな笑みだ。
僕にはあれが悪魔の笑みにしか見えない。
ならばさしずめセイラの手は悪魔の手か。
ズズィと香ばしい匂いを放つソレを手渡すセイラ。
戸惑う僕とは裏腹に、
「わぁ~い!! ありがとうセイラ!!」
満面の笑みを浮かべてセイラの手からネズミの串焼きを受け取るフレイヤ。
本当に食べるのか、と喉を鳴らして未練たらしく震える手でフレイヤに倣ってネズミの串焼きを受け取る。
眼下に見えるソレはまんまネズミそのままだ。一体どこからいけばいいのか。
頭か尻尾か。
たい焼きでどこから食べたらいいのか迷う心情に似てる。
俗に言うたい焼き論争だ。
しかし、これはたい焼きではなくネズミだ。
僕は狸や狐じゃなく人間だ。
とはいえ食うと決めたのは自分だ。
ええい、ままよ!
グジグジとうだつの上がらない自分にケリを付けるべく、僕はギュッと両の目蓋を閉じて手に持ったネズミ串へと勢いよくかぶり付こうと口を大きく開けたその時。
ーーーーーーードンッ!!
辺りの賑わいに負けないほどの怒号が背後から聞こえ、ついで不意に背中に伝わる重く響く衝撃。
とっさのことに僕は他のことで頭がいっぱいだった僕は対応できず、手に持ったネズミ串を地面に落としてしまう。
「うわぁ!?」
情けない声と共に僕は閉じていた目蓋を開けて、一体何が起きたのかと周囲の様子を窺う。
ネズミ串を落としたのは怪我の功名だったが・・・・・・、折角のセイラの好意を無碍にしたことは許されないことだ。
この原因を作ったのは誰なのだ、と鼻息荒く犯人捜しに躍起になる。
するとネズミ串を食べていたフレイヤが僕のフード付きの外衣の裾を軽く引っ張る。
「ね、ねぇ!! ハヤト、ハヤト!!」
「・・・・・・なに、それどころじゃないんだけど!!」
「違うって!! 下、下!!」
「下? ・・・・・・!?」
フレイヤに促されるまま僕は視線を足元へ向ける。
すると、視線の先にいたのは薄汚れたボロ布を纏った年端もいかない少女であった。
あちこち傷だらけで泥と垢にまみれていたが、それでも足首まで伸びた白銀の髪と金と銀のオッドアイだけはまるで宝石の様に輝いていた。
どうやらこの子が僕にぶつかって来たのだろう。転んだ拍子に被っていたフードが外れた様子。
その事に気づいてないのか、まるで妖精の如く見目麗しい少女は睨み付けるように、フードに隠れた僕の顔を覗き見んと見上げてくる。
こちらを覗き見る彼女の白い細首に似合わない無骨な首輪がボロ布の隙間から見え、僕は潜在的にこの女の子が奴隷であると察した。
「ーーーーーー君は、」
何事か呟こうとしたその瞬間、僕たち二人の間にそよ風が吹いた。
前髪や服の裾をたなびかせる程度に吹いた風であったが、それでも眼下に尻餅を付くこの奴隷の女の子には神風の如く感じた。
何故ならばこのそよ風が吹いたお陰で、彼女は自分を見下ろす少年の秘めた瞳を見ることが出来たからだ。
嬉しさが全身を駆け巡る。
彼の瞳は、黒。
常闇を思わせる暗き黒だった。
瞳を交わらせた瞬間、感じた感情は歓喜と戸惑いであった。
どうして?
だけど、久方ぶりに会えた同族だ。
この少年に縋るしか道は残されていない。
と、この結論に至るまでほんの数秒ほど。
奴隷少女は助けを乞おうと黒い瞳の君に手を伸ばしたその時、
「ーーーーーーーどこに逃げたぁ!? あのくそアマがぁ!?」
喧騒をかき消すように響く男の汚ならしい怒鳴り声が辺りに響き渡る。
本当に神様は無情だ。
だれか、誰か、ダレカ、私を助けて。
ーーーーーー誰か、お願い。
奴隷の少女は己の首に付けられた首輪を握り締め、宝石を思わせる双眸から涙を一筋流す。
願わくば、目の前のこの少年が助けてくれるのを願いながら。
私は、彼女は己に待ち受ける運命を悲嘆し呪うのであった。
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