第十四章 屋台グルメと奴隷少女(1)

「ーーーーーーお待たせ~、って、一体どうしたの?」


ニコニコ顔で両替商から出てきたセイラは、えらく疲れた表情で待ち呆けていた僕とフレイヤを見て目を真ん丸に見開いた。


どうやらあの騒ぎを知らない様子。


あんなに大声で言い合っていたのに、とセイラの鈍さに辟易しつつも僕は事の顛末を彼女に手短に説明した。


ふむふむ、と僕の説明を黙って聞いていたセイラであったが、やがて怒りに眉を寄せて目付きを鋭く尖らせて、


(・・・・・・あいつら、後で締めないと)


獣の唸り声のような低い声を発して何事か呟くも、すぐさま人の良さそうな笑みに戻って僕たちへと向き直る。


「ーーーーーーというわけなんですよ。って、聞いてますかセイラさん」


「え? あぁ、聞いてるよ。災難だったね~フレイヤにハヤトくん」


通行人の喧騒の中でも僕の会話の一言たりとも聞き漏らさないセイラの聴力の良さに感心しつつ、僕はセイラの用事が終わったのかを尋ねる。


まぁ、ホクホク顔で店から出てきたから万事上手く事が運んだんだろうけど。


僕の予想通りセイラはピースして、袋の中身からいくつかの石貨を取り出すと、


「えぇ、無事に両替し終えたわ。これもフレイヤのお陰ね。ここの店主、愛想はないけど腕は確かね。損も無しに全額両替出来たし」


これで何か美味しいものでも食べましょうか、とチャリチャリと石貨を掌で遊ばせながら魅力的な提案を持ちかけるセイラ。


奢りと聞いて、ついさっきまで意気消沈していたフレイヤの灰色の双眸がうってかわってキラキラと輝き始める。


「い、いいの? 私、お腹空いてるから遠慮しないよ?」


「とは言っても屋台のやつだけね。儲けたと言っても微々たるものだし」


遠慮しないのかよ。かくいう僕も少しだけ異世界の食事に興味はある(既に食べてはいるが宿屋でしか食べてないため)。


屋台グルメと聞いて、日本では縁日の屋台とかB級グルメとかを思い出す。僕も休みの日に近隣でイベントがあれば友達と食べに行ったな、と今は遠い過去を懐古する。


「ハヤトくんは嫌いな食べ物はない? 言っちゃなんだけど、屋台の食べ物は結構癖が強いというか、ゲテモノ系も多いから」


「好き嫌いはないから大丈夫です。それに結構ゲテモノ系も得意なんで」


カエルとかなら好奇心で食べたこともある。見た目は確かにグロいけど食べてみれば鶏肉と遜色なく美味しく食べられた。


セイラの言うゲテモノ系も所詮そのレベルであろう。


だから大丈夫だ。ギリ蜥蜴までならイケる。


「そっかそっか。それを聞いて安心した。じゃあ早速行こうか」


意気揚々と鼻歌交じりに僕とフレイヤを伴って市場の西側へと赴く。


西側といえば、僕が迷いこんでフレイヤに見つけてもらった中々に思い出深い場所だ。


そういえばあそこは生鮮食品を売っていたな、と記憶の片隅に眠っていた記憶の断片を拾い上げる。


まぁ、この世界での売買いを経験出来る貴重な経験だ。


なんか忘れているような気がするけど、まぁ、いいか。


僕は重大な事を忘れているような様な気がしたが、初の異世界での屋台グルメに心を踊らせてしまい、それ以外の事はスポーンと頭の中から抜け落ちてしまった。


奢ってもらう嬉しさに舞い上がってセイラの腕に抱きつくフレイヤの姿を横目に見つつ、置いていかれないように慌てて彼女たちの後を人の波を縫いながら追うのであった。




ーーーーーー歩くこと数分。



人の雑踏賑わう西市場へとたどり着いた。


辺りには料理や生鮮食品を売っている屋台で犇めきあっており、売り込みをする店員と談笑をする客の活気で満ちていた。


美味しそうな匂いが周囲に充満していて、既に朝食で食べたスープとパンを消化していた僕のお腹はグゥーと空腹を告げる音を奏でた。


何を食べようか、と忙しなく食べ物屋の露点を物色していると、早速抜け目のないフレイヤが行動に移す。


「ほらほらセイラ!! この店のクラープすごく美味しいのよ!!」


クラープ?


音の響きはクレープみたいだけど、女の子の好きな食べ物だからやはりお菓子なのかな?


ともあれ初の異世界の露店グルメ、しかもスイーツらしき食べ物だ。


楽しみで仕方がない。


ソワソワと落ち着きなくフレイヤがそのクラープを売っている露店で買い物をしている様子を眺める。


馴染みの店なのか、店主と気軽に談笑するフレイヤ。その様子を少し離れた場所で観察する僕と彼女にお金を渡したセイラ。


「フレイヤはすごいよね。話した人と誰とでもああやって会話できるんだから。あれはもう天性の才能よね」


「天性の才能? ちょっと大袈裟な様な気がするけど、まぁ、職業柄人と話すのが好きなのかもしれないけど」


「それも一理あるかもしれないけど、それでも全く知らない赤の他人とああも気軽に話せるのは才能の一種よ。私も最初のうちは苦労したし」


そういうものなのか。


まぁ、僕も接客のアルバイトをしてるけど、中々に客と必要以上の会話はできない。


もう少しフレンドリーに出来たらと思うけど、そう簡単に自分は変えられない。


だからかな、誰とでもフレンドリーに話せるフレイヤみたいな人が正直羨ましい。


僕みたいな人見知り気味なのはともかく、商売人のセイラもあまり人と話すのが好きじゃないのは驚いたけど。


けれど、それでも商売人の職に就いたのはそれ以外に道がなかったのか。それとも何かのっぴきならない事情があるのか。


つい先程知り合ったばかりの少女の過去を推し量ることは出来ないのだが。


「ーーーーーお待たせ~! あの店員さんえらく気前がよくてさー、一枚おまけ貰っちゃった」


と、しばし他愛のない会話に夢中になっていた僕たちの前にクレープらしき食べ物を両手に持ったフレイヤがホクホク顔で戻ってきた。


そして、手に持ったクラープを各々に手渡し、余った残り一個をどうしようかと迷っているフレイヤ。


そんな彼女にクラープを受け取ったセイラはにこやかな笑みを浮かべて、


「いいわよ食べても。それ、大好物なんでしょ?」


はむっ、と焦げ目の付いた茶色の生地を食みながら、見た目にそぐわない味に舌鼓を打つセイラ。


気前のよいセイラに感謝の言葉を述べつつ、パクリと大きく口を開けてクラープにかぶり付くフレイヤ。


実に美味しそうに食べるなぁ、と僕も先程から漂ってくる焼けた生地の香ばしい匂いに抗えなくなり彼女たちに倣ってかぶり付く。


サクリ、薄い生地のサクサク感が、ついで優しい甘さが口一杯に広がる。


ハッキリ言ってすごく美味しい。


老若男女問わず食べられるお菓子だ、とも思った。


生クリームがベタベタ付いてるクレープより、僕はこっちの方がアッサリして好きだな。


砂糖とか使っているのかな? 調味料の値段とかは分からないけど、砂糖や塩、胡椒とかの香辛料の類いは高額で庶民には高嶺の花だと歴史の授業で習ったことがある。


それに今朝食べたスープは日本で食べていた物と比べてもだいぶ味が薄かった。


ならばやはり調味料は高くて庶民には中々手が届かない、ということになる。


なのに、このクラープというお菓子は十分に甘さを感じられる。


露店で買えるお菓子なのだから安価なはず。だけどちゃんと甘味を感じる立派なお菓子だ。


ふむ、と顎に手を当てて思案する僕を見たフレイヤ。早一つ目のクラープを完食し、間髪を容れずに二つ目のクラープを噛りながら口を開いた。


「・・・・・・もしかして、口に合わなかった?」


「えっ? あぁ、いや、そんなことないよ。すごく美味しい。けれど、お菓子って高いんじゃないの? 言っちゃなんだけど露店で買えるものなのかなぁって」


「確かにお菓子は高いけど、それは貴族御用達の店だけね。あれは砂糖をふんだんに使ってるから」


「クラープの甘さの秘密は蜂蜜だから。蜂蜜は庶民の強~い味方なの。街の外れに大きな養蜂場があって街の特産物にも指定されているから他より安く手に入るの」


セイラとフレイヤが交互に僕の問いに答えてくれる。


なるほど、この優しい甘さは蜂蜜か。正直砂糖よりも僕は好みだ。


というかクラープでこれだけ美味しいのだから、他の露店の食べ物も期待できるな。


クラープを完食し終えた僕は次なる獲物を狙うべく辺りを見渡す。


正直に言おう。


字が読めないから何の露店かも分からない。


なので僕はセイラに助け船を求めるべく、彼女へと自然な流れを装って視線を向ける。


「それで、セイラさんのおすすめは何ですか? 僕食べてみたいです」


「私の? ・・・・・・いいけど、大丈夫?」


クラープを半分ほど食べたセイラがそう答える。どことなくこちらを心配している様なそんな口調だ。


なに、ついにゲテモノ系か?


大丈夫、覚悟はできている。


それに言うだろう。


ゲテモノは美味い、と。


ならば食らうまで。


何か覚悟を決めた僕の顔を見てセイラは神妙な顔つきで頷くと、


「ーーーーーー分かった。じゃあ、付いてきて」


クラープの最後の一欠片を朽ちに放り込むとゆっくりと優雅さを漂わすように咀嚼する。


そして喉を鳴らしながら飲み込むと、にこりと笑って手招きをしながら歩き始める。


迷いもない足取りだ。


僕とフレイヤはどちらともなく顔を見合わすと、少し前を歩くセイラの背中を追うのであった。

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