第十三章 衛兵去るも、世の無情さを思い知らされる

・・・・・・早く終わらないかな。


衛兵たちと話し続けているフレイヤの様子を蚊帳の外から傍観している僕は、まるで他人事のようにそんなことを考えていた。


怪しまれた原因は僕の挙動不審だったのに、なんて失礼なんだろうとも我ながら思う。


だが思うだけで内心では自身に注目がいかないことにラッキーだと考える僕はゲス野郎 だとも思う。


ともあれ僕はこの世界では完璧にアウェーな存在だ。


卑怯と謗られようが、男らしくないと非難されようが僕は構わない。


大事なのはフレイヤたちに迷惑をかけずに生きていくか。


そう、それ一点だけを考えて行動すべきだ。


僕は道端の隅に転がっている路傍の石のように、極力存在感を薄めて目立たぬよう振る舞うことに注力した。


大丈夫、その内飽きて帰るさ。


衛兵も暇じゃないだろうし、と僕は衛兵らが帰ってくれるよう念を込めて祈るも、その祈りは異世界の神様は拾ってくれなかったようだ。


どうもこの世界の神は試練を与えるのが好きらしい。


その証拠に残酷なことに、衛兵の一人がフレイヤとの会話を切り上げて僕の方へと歩み寄ってきた。


徐々に近づいてくるガチャガチャと耳障りな足音。重そうで頑丈そうな鈍色を放つ鉄製の鎧だ。


そんなフルアーマーに身を包んだ奴に勝てるはずもないし、そんな無謀な行動に出るほど僕は身の程知らずじゃない。


こうなったらのらりくらりと受け流しつつ彼らの質問に答えるしかない。下手に無視すると余計に怪しまれる可能性も捨てきれないからだ。


衛兵の無遠慮に浴びせられる視線に耐えつつ、僕は頭の中で考えられる受け答えのシュミレーションを行う。


こう尋ねられたら、それに沿った当たり障りのない答えを述べる。


大丈夫、大丈夫だ。


僕ならできる。


バイトの面接や、高校受験の面接を乗りきった僕ならばこの難局も無事に越えられるはずだ。


スゥー、ハァー。


深呼吸を繰り返し、パニクりかけた脳に新鮮な酸素を供給する。


冷静になるんだ。


フレイヤの通りにやれば、怪しまれることもなく解放されるはずだ。


僕は俯いていた顔を上げて、それでも目元は晒さないように気を付けながら、僕の前に立った衛兵と向き合う。


フードの隙間から見えた衛兵の顔はよく見る白人系であり、鍛えられているからか中々に精悍な顔つきであった。


切れ長の碧眼を鋭く細めて衛兵は数十cmほど背の低い僕を見下ろすと、


「そこのお前、そのフードを取れ。好天の日にフードを被っている者は問答無用で連行する決まりになっている」


ドンドン、ドンドンと槍の柄尻を地面に打ち付けながら催促する衛兵の男。


これはまずい。非常にまずい展開だ。


命令に逆らうと番屋に連行され、仮に従ってフードを外しても僕の目を見た瞬間に拘束されて連行されるのは明白だ。


なに、これは詰みゲーか。


こんなの強制エラーバグが多発するゲーム並みの詰みじゃないか。


脂汗が滲み出る。


どうすればいいのだろう。このままシカトしていたら余計に衛兵は気が立って強行にフードを脱がしにかかるかもしれない。


ならば、ここは大人しくフードを外したほうが・・・・・・、と僕は圧力に負けてフードの裾へと指をかける。


それと同時にもう一人の衛兵の相手をしていたフレイヤが、まるで弟を守る姉のように果敢に前へ躍り出て、僕を守るように勢いよく両手を広げて立ち塞がった。


自身の邪魔をするように立ち塞がるフレイヤにも衛兵は厳しい視線を向けて、手にした槍の先を彼女の喉元へと突き付ける。


少しの苛立ちも隠さずに、衛兵の男は低く唸るように声を発する。


「ーーーーー女、俺の邪魔をするか。邪魔をするならお前もろとも番屋に連行してもいいのだぞ」


「できるものならやってみなさいよ。そんな権利が一介の衛兵風情にあるの?」


「ーーーーーーっ、このクソガキ!?」


毅然に言い返すフレイヤ。年下の女の子に言い返された衛兵は怒りに顔を赤くさせて体を小刻みに震わせる。


それとは反比例して槍を持つ手に力が込められ、食い込まんばかりの勢いで更にフレイヤの喉元に槍先を突き付ける。


先端の刃がフレイヤの細く白い喉にほんの少しだけ食い込み、ツゥーと赤いちが一本の筋になって伝い落ちる。


流石に見かねたのか、同僚の男が止めにはいるも、ヒートアップしている男は振り上げた拳を引っ込めきれなくなって、行き場のない怒りをフレイヤに浴びせる。


一方的な喧騒に今まで静観を決めていた野次馬たちの間からもヤジが飛び交う。


いい年の男が立場にものを言わせて子供に暴言や暴行を与えているのだ。


いくらこの街の安全を守る衛兵であろうと行き過ぎた行為だと非難の声が上がる。


しかし、この男も立場というものがある。


衛兵とはすなわち公爵の牙だ。


牙は獲物を食い千切るために存在する。


街の安全と平和を守り維持していくためには、多少の脅しも暴力もやむ無しであると彼は考えていた。


彼はまだ新人で、なおかつ生真面目な男であった。


衛兵という職業に誇りを持っていたし、何より憧れの公爵の部下に末端ながらも加われる嬉しさも相まって、普段の数倍増しに彼の生真面目さと融通の気かなさに拍車がかかっていた。


そして何よりこの男は大の子供嫌いである。


まぁ、色々な要因がこんがらがってこのような事態になってしまったというわけだ。


相方の男はやれやれと嘆息し、これ以上は越権行為だと諌めるように新人の衛兵の肩に手を置く。


「おい、その辺で止めとけ。この事が姫様に知られたら面倒だぞ」


「し、しかし!! ヘンリー隊長、公爵様の命令では・・・・・・」


「あぁ、分かってる分かってる。だが、ここは姫様の管轄だ。それに、こんな年端のいかねぇガキが怪しいわけねぇーだろ」


ニカッと人の良さそうな笑みを浮かべて、僕たちに絡む後輩の衛兵を言葉巧みに宥めにかかる先輩衛兵の男。


それでも納得いかないのか、まだ矛を納めない部下に、ヘンリーと呼ばれた隊長はこれでは埒が明かないと言わんばかりに、


「ほら、もう行くぞ。・・・・・・じゃあな、嬢ちゃんに坊主。邪魔して悪かったな」


強引に槍の柄で部下の背中を軽くどつきながらこの場から退散する。


上司にどつかれながら、それでもこちらを疑う目を向けるのを止めない衛兵の男。


刺すような視線に僕とフレイヤは激しく心臓を脈動させて、彼らが去るのを固唾を飲んで見守る。


人混みに紛れて見えなくなったのを視認すると、僕たちは顔を見合わせてへなへなと力なくその場に座り込んだ。


緊張の糸が切れたのだ。特に僕を庇ってあの居丈高な衛兵の前に出たフレイヤはずっと怖かっただろう。辛かっただろう。


僕は怖さで震えているフレイヤの肩を抱き寄せると、小さい子にするようにポンポンと慰めるように軽く叩いた。


まだ彼女は十四歳の女の子だ。年上の僕が本当ならばしっかりしなくちゃならなかったのに。


情けない男でゴメン。


僕は心の中でフレイヤに詫びる。


しばらくフレイヤの頭を撫で擦りながら、僕は彼女の震えが止まるまでしばらく周りの光景を眺める。


野次馬と化していた通行人は衛兵たちが去ると興味を失ったようにその場を離れ、口々に衛兵たちの悪口を口にして僕たちの前を通りすぎていく。


一瞥することも、一声かけることもなくだ。


薄情だ、とも思う。


だけど、これが普通なのだ。


他人には余計な興味を抱かない。


これが面倒ごとに巻き込まれず、平穏な日々を過ごす秘訣なのだろう。


僕はセイラが戻ってくるまでの間、これ以上余計な問題が起きないように切に祈りながら待つのであった。

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