第十二章 衛兵に怪しまれ、ピンチ再び

「ここが両替商よ。ちなみにここの店主は中々に癖が強いから気をつけて」


人混みを掻き分けて歩くこと数分。人々の雑踏とざわめきを忘れて、僕はしばし店の外観へと視線を向ける。


両替商という店自体初めて見たし、そもそも両替なんて銀行とかで主に行うので、それ自体を商売にしている人が珍しいというか。


というか、両替で生計が成り立つのか、と疑問の視線をフレイヤたちに投げ掛ける。


彼女たち曰く、両替商は両替した際の手数料を貰って生計を経てているらしい。


その手数料が一割だろうが、商いをする上で両替するのは避けられないから、例え手数料を安くしても十分に儲けが出るのだという。


「店に来る客のほとんどが低いお金で買い物するから、あまり大金がいらないというか、まぁ要は小銭ばっかりじゃ邪魔っていうこと」


全くいらないわけじゃないんだけどね~、と硬貨が入った袋をジャラジャラとわざと大きめに音を立てるように揺らして見せる。


「あぁ、それと他領のお金で払う人もいるからそれの両替もあるし、まぁ欠かせない作業というか習慣というか」


苦笑しながらセイラは両替商の店へと入る。僕もそれに続こうとすると、フレイヤに止められてしまい少し拍子抜け。


その理由を聞くと、


「万が一の事態を考慮してね。両替商は口が固いけど、いざという時のこともあるし」


とのこと。


彼女たちの言うとおり僕の目に希少価値があるのなら、あまり他人と接触しない方がいいのだろう。


だけど、やはり異世界転生ではテンプレの両替商という店を覗いてみたい。


秤で重さを量って、お金を仕分ける仕事振りを覗いて見たかったけど・・・・・・、こればかりは仕方がない。


僕は気を取り直して、僕に付き合ってセイラの用事が終わるのを店の外で待ってくれているフレイヤへと話しかけた。


話す内容は他愛もない世間話。昨日市場に迷いこんだ際に見た食べ物や雑貨などを彼女に聞いて時間を過ごした。


店の人と客のやり取りで出たツゥエンというのがこの国の通貨の呼称で、二ツゥエンというのは石貨二枚のことだというのも会話の流れで教えてくれた。


基本平民の一ヶ月の給料は職種にもよるが、大体百ツゥエンほど支給されるらしい。百ツゥエンもあれば家族四人が一ヶ月間贅沢しなければ満足に暮らせる値段だそう。


となれば単純計算で百ツゥエンは日本円でいうところの三十五万円くらいか。税金などがあるかは分からないが、手取りでそれだけ貰えれば十分だろう。


ちなみに僕の持っている一円玉なんて、この世界の平民の給料の三ヶ月間と同等の価値があるらしく、なんだかあまり現実味がなくて膝がカクカクと笑い初めてしまう始末。


ということはこの十円玉は一体いくらするのだろう。


この十二円でフレイヤの宿の土地が買えるとか何とか言っていたが、ともすると十円はこの世界では一千万くらいの価値があるのかな。


だとすると彼女たちの驚き具合も納得できる。


ハハハ、一千万なんて手にしたこともない、と僕はポケットの中に手を突っ込んで中の財布を確かめる様にして弄くり回す。


(何だか心許ないな、早くセイラが帰ってこないかな?)


僕はソワソワと何だか落ち着かなくなり、しきりにセイラが入った両替商の店へと視線を動かしてしまう。


大金を持ち歩いているお金持ちってこんな気持ちなのかな?


明らかな挙動不審さにフレイヤが怪訝そうに眉を潜めて、


「ち、ちょっとどうしたのよっ? 大人しくしてないと変に目立つわよ」


「わ、ワザとじゃないよ。体が勝手に動くというか、何だか奥底からゾワゾワと嫌な物が這い上がってくるというか、ゴメン上手く言えないや・・・・・・」


そう。言葉で上手く説明できないのだ。


緊張とか不安とかの色んな感情がグチャグチャに混ざり合って、僕の心を雁字搦めに絡めていくような、何とも形容しがたい複雑な気持ちなのだ。


それが行動に出る。


他人の目にはさぞおかしい奴に見えていることだろう。


早くセイラが戻ってくるのを切に願う。もうなんか色々と限界だから。


しかし、僕の願いもむなしく向こうの通りから連れたって歩いてきた衛兵二人組に目をつけられてしまう。


遠くからでも分かるほどに今の僕は目立っていたのであろう。


目付きの険しいガタイの良い男達がガチャガチャと重そうな鉄製の鎧を歩く度に鳴らし、手に持った身長ほどの長さの槍を数回地面に打ち鳴らす。


これが停止の合図なのか。衛兵たちの動作は見事に様になっていた。


見回りの衛兵に運悪く見つかってしまったようだ。


僕の出で立ちなんて怪しい奴そのものだもの。


そうか、だからフレイヤは大人しくしてろと言っていたのかと後悔するも時すでに遅し。


甲冑の隙間から覗く鋭い眼光に睨まれた僕は体を固くして立ち呆けしてしまう。


動かざること山の如しだ。


下手に喋ったり動いたりすると余計に怪しまれる。


僕はフードを目深く被ったまま視線を下げて嵐が過ぎるのを待つ。


衛兵はこのままでは埒が明かないと思ったのか、僕の横に立つフレイヤへと声をかける。


「そこの女。ちょっといいか?」


「正直に言わないと引っ捕らえるぞ」


交互に喋る衛兵たち。


ったく、変に凝ってやがる。普通に喋ればいいものを、と僕は心のなかで悪態を付く。


彼らの物言いもそうだが、初めから怪しいと決めつけている態度はどうかと思う。


犯罪者みたいに詰問するこの衛兵たちに軽い苛立ちを覚える。


しかし、当のフレイヤは彼らの態度に慣れているのか、特に気にした様子もなく普通に受け答えする。


「えぇ、もちろん。獅子さまの剣に嘘は言いませんわ。協力するのは市民の義務ですもの」


堂々とした物言いに、僕は感心して心の中で称賛の拍手を送る。


僕より年下の女の子が大人の男相手に堂々としているのに、フレイヤより年上な僕がこんな体たらくで本当に情けない。


それともこの世界では衛兵に詰問されるのは普通のことなのか?


やっぱり異世界怖すぎる。日本の警察官はこんなに上から目線じゃないよ流石に。


犯罪を犯しているならともかく、こんな道を歩いている程度じゃ詰問されないし。


それにしてもここでは衛兵は獅子の剣っていうのか。ということは公爵様の直属の部下なのか?


だからあんなにも偉そうなのか。納得。


僕は終始上から目線でフレイヤに詰問する衛兵たちを横目で見つつ、針のむしろのような時間が過ぎ去るのを待つのであった。


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