第九章 一家団欒? 女帝の貫禄

ーーーーーードンッ!!


あれよあれよといつの間にか厨房奥の食卓テーブルの一席に座らされた僕。


明らかな家族用の食卓テーブルだ。四人がけのテーブル席の端に僕が腰掛けると、その隣の席にさも当然とばかりにフレイヤが腰を下ろす。


その様子を見た父親である男が苛立ちを隠しもせずに、雑多に注いだスープが入った器とコッペパンのような見た目のパンが二個ほど載った皿を僕の目の前に乱暴な手付きで置いた。


あまりの勢いに器からスープが溢れ、皿の上からパンが一個ほどポトリと音を立てて落ちた。


それを見たフレイヤがまたまた父親を叱りつけた。


「お父さん!! 大人げないことしないで!!」


バンッ!! と机に思いきり手を叩きつけて、烈火のごとく父親を怒鳴り付ける。


僕は何だか居たたまれなくなって、フレイヤを諌めるように声をかけた。


というか、何もそんなに怒らなくても・・・・・・、思春期の女の子はかくも父親に厳しいのか。


それともこの世界の女の人はみなこんなに苛烈なのかと僕は思わず身震いした。


プルプルと小刻みに震えながら、


「あ、あのさ、フレイヤ。僕は気にしてないから、そんなに怒らなくてもいいよ。全然気にしてないしさ、本当に」


「駄目よ!! さっきお母さんに怒られたのにも関わらずまた懲りずにやったんだから!! ここはちゃんと叱らないと!!」


いやいや、お父さんはフレイヤが心配でついつい攻撃的なってしまうんだよ。


そりゃそうだ。


こんなどこの馬の骨か分からない男と娘が親しくしていたら、そりゃ男親は気が気でなくてつい辛辣な態度になるよなぁ。


なので同情こそすれ怒りは湧かない。


そのことを上手く伝えられたら良かったのだが・・・・・・、無理。


だってフレイヤ怖いだもの。


どんどん尻すぼみになる僕とは裏腹に、ますます言葉の鋭さが増すフレイヤ。


そんなフレイヤを見かねたのか、


「止しなさいフレイヤ。ご飯時に怒ったら折角の食事が台無しになるでしょう」


掃除用具を片付け終わった母親が、厨房と宿屋のエントランスとを隔てた扉を開けながら、呆れ顔でフレイヤを叱りつける。


手を洗っていたのか、小綺麗な布で湿った手を拭きながら、言ったことが分かってないようねと娘と旦那を睨み付けて、


「ルーカス、ハヤトは怪我人で我が家のお客様でもあるのよ。それに子どもに焼きもちを妬かないでちょうだい。みっともないでしょう」


「・・・・・・」


ルーカスと呼ばれた男は何か言いたそうに口を開きかけたが、妻の一睨みで慌てて口を閉ざす。


情けない父親の姿にフレイヤは嘲笑を浮かべるも、そんな娘にも母親は容赦なく叱りつける。


「フレイヤ。貴女も貴女よ。お父さんに向かって生意気な口をきくんじゃありませんよ」


「だって、お母さん!!」


「だって、じゃありません。貴女ももう十四歳になったんでしょう? 淑女にならないと嫁のキテが無くなるわよ」


一切の口答えを許さない、とフレイヤを睨み付ける。


まさしく女帝の貫禄だ。


女帝に睨まれた哀れな子羊たちは身体を小さく丸めて怯えるしかなかった。


フレイヤたちはバツが悪そうに互いの顔を見合わすと、一先ず矛を納めて大人しく食卓に着いた。


その様子を満足そうに見ていた女帝ーーーーー、母親は手早く食事の準備を進めていくと自身も同様に席に着いた。


「ごめんなさいね、騒がしくて。お腹空いてるでしょう? たくさん食べてね」


にっこりと何事もなかったように振る舞う彼女に、僕は何も言えず無言でコクコクと何度も頷いて、自身の目の前に置かれた朝食に手をつける。


スープを飲んでも、パンを口にしても極度の緊張感から味が分からない。


それでも腹は空いてるので器の中身がドンドン空になっていく。


それに気を良くした彼女は、


「食欲旺盛ね。スープのおかわりはどう?」


頼んでもないのに、僕のスープ皿が空になったのを目敏く見つけておかわりを促してくる。


妻のお節介な行動に黙々とスープを啜っていたルーカスと呼ばれた男が、


「・・・・・・カトリーナ、あまり無理強いするな。迷惑かもしれないだろう」


「あら、ルーカス。無理強いって何よ。ついさっきまで彼の事を邪険にしてたのに、いったいどういう風の吹き回し?」


カトリーナと呼ばれた女帝と、ルーカスは静かな攻防戦を食卓テーブルで繰り広げる。


というか、たかだかスープのおかわりでもめないでくれませんかねぇ!!


僕は半泣きになって、カトリーナへと空になった器を差し出して、


「あ、あの、おかわりをお願いします!!」


提案もといおかわりを受け入れることにした。


残念だな、ルーカス。


この家で誰に逆らったらダメか、誰に従う方が利口か。先程のやり取りですでに把握済みなんだ。


僕はしれっと庇ってくれたルーカスを見放す。男同士の友情? そんなものは犬にでも食わしてやるよ。


この世界に生きていくためには、僕は非情にでも何にでもなるさ。


そう覚悟させられるほどに、フレイヤの母親は恐ろしく迫力があったのだ。


僕は憮然とした表情を浮かべ固まっているルーカスを横目に、ニコニコ顔で差し出されたスープの器に追加のスープを注ぐカトリーナへと愛想笑いを浮かべる。


そんな僕と両親のやり取りをスープを啜りながら見ていたカトリーナは、


「・・・・・・案外小賢しいのね」


と、さも愉快そうに微笑むのであった。


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