第七章 アルザルシア王国とシーファー公爵家と、フレイヤと
フレイヤの両親たちが不穏な会話を交わしているとは露知らず、僕はフレイヤ手製のスープを飲みながら、彼女からこの国のことを聞いていた。
フレイヤ曰く、この国はカーザ大陸の南方に位置する大国“アルザルシア王国”と呼ばれ、彼女たちが暮らす都市はその王国でも三番目に大きい規模を持つらしい。
通称“獅子の牙”と呼ばれ、王族に仕える数多の貴族の中でも一番勇猛で獰猛と評されるシーファー公爵家が治めることでも有名らしい。
公爵家の男たちは先の戦でも高位な爵位にも関わらず、先陣をきって敵陣に向かい多くの敵将の首を獲ったことから、朱牙の獅子として王国民に絶大な人気を誇っている。
国王は王国創建当時から国を守ってきた公爵家に敬意を評し、剣を咥えた獅子の家紋を公爵家に下賜した。
この都市に暮らす王国民のほとんどが、そんな領主様を慕い敬っており、先の大戦でも率先して戦に従軍したらしい。
フレイヤ曰く、
「私のお父さんもお母さんも戦争に従軍したのよ」
とのこと。
なるべくあの人たちには逆らわないでおこうと僕は心に誓った。
それにしてもわりかし物騒な世界に飛ばされてきたなぁ、と僕は遠い目で天井を見上げる。
戦争が終わったのは二年前とのことだが、言葉を返せば二年前までは戦をしていたということだ。
そして、これからも戦が起きないという保証はない。
思わず気落ちしそうになるが、フレイヤに悟られぬように必死に平静を装う。
(にしてもまたまた知らない言葉が出てきたなぁ。王国に公爵家。それに戦争。地球の歴史に照らし合わせると、ちょうど中近世ヨーロッパが該当するかな)
町並みやフレイヤたちが身に付けている衣服、王憲政に貴族制度、文明の水準もその時代に概ね該当する。
唯一違うのは識字率の高さか。彼女たちのような平民には本来読み書きなどは必要ない。
文字が読めたり書けたりするのは統治者にとっては非常に都合が悪いからだ。
必要以上の知識を要すると自らの治世や政策に疑問を抱いたり、反乱が多くなる恐れがあるからだ。
だから読み書きなどは貴族たちの特権であった。
なのに、フレイヤたちは文字の読み書きが出来る。
何てことないようだが驚くべきことなのだこれは。
日本は非常に高い識字率を誇るが、現代の地球上には未だ満足に国民全員が字の読み書きが出来ない国も多くある。
字が読めたり書けたり出来るのは有り難く、それだけ国が発展している証拠なのだ。
(この国の支配者はよほど寛大なのだろう。この街のどこを見ても圧政を強いている風には見えなかったし)
昼間パニックになってこの宿から飛び出し、フレイヤに再びここへ連れ戻される間に街の様子を見る機会があって、断片的にだが街の景観を記憶していた。
戦争があったって聞いてから思い出してみると、あのところどころ街の通りや家々が焼け焦げていていたり倒壊していた理由も納得できた。
しかし、それ以外は活気のある良くも悪くもない、言葉を借りるなら至って普通の街であったと僕は評価を下す。
東街と西街しか見てないから、ハッキリとは断言できないけど、それでもフレイヤたちの表情を見るにこの街はとても良い所なのだというのは理解できた。
僕が物思いに耽っているのにも関わらず、フレイヤはお構いなしに自身の暮らす街の説明を続けていた。
そんな彼女を微笑ましく見つめながら、もう少しだけ彼女の話に付き合うべくほんの少し崩れかけた姿勢を正すのであった。
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