幕間 不穏な足音と、ある夫婦の会話

「・・・・・・フレイヤはどこにいるんだ? おい、カトリーナ」


厨房から出てきたのは筋骨粒々な武骨そうな中年の男であった。彼は受付のカウンターで帳簿の整理をしている中年の女性ーーーーーカトリーナへと声をかけた。


カトリーナとはフレイヤの母親であり、この“フレイヤのとまり木”の女将でもあり、この男の愛する妻でもあった。


娘を探す旦那へとカトリーナは片手間に彼の問いかけに応える。


「フレイヤは彼のところに行ってるわよ」


「彼? あぁ、あの少年のことか。目が覚めたのか?」


「相変わらず鈍いのね。今日の昼過ぎから意識が戻って、ついさっきまでちょっとした一悶着があったところよ」


仕事一筋な旦那に、カトリーナは淡々と今日の出来事を伝えた。いくら奥の厨房で働いているとはいえ、もう少し注意力を養ってもらいたいものだ。


「一悶着だと? あの少年は何か訳有りなのか?」


眉を潜めて二階へと視線を向ける。本当にに大袈裟な男だこと、それが真ならば大事な一人娘を応対にやらせるものですか。


「大丈夫よルーカス。あの子は普通の少年よ。いい意味でね」


「そんな確証はないだろうカトリーナ。現に俺たちの祖国は二年前まで神聖国と戦争していたのだぞ」


「だから?」


それはその通りだ。我らが祖国であるこの王国は二年前まで隣国である神聖国と数十年に渡る長き戦を繰り広げていた。


互いの国が疲弊していった長き戦争の結末は、我らが王国の辛勝というもので。


敗戦国となった神聖国では粛清の嵐が吹き荒れているらしい。


そのせいか人々の心は荒み、特に我が国では警戒心と猜疑心から余所者に対して厳しい視線を向けるようになった。


だからまぁルーカスの気持ちも分からないでもない。


けれど瀕死の重症を負った子供を見殺しするまでになったらおしまいだ。


これ以上戦争に引きずられる生き方はしたくない。


ようやく暗き時代は終わったのだから。


とはいえ、謎も残されているのは確かだ。


あんな子供が大金を持っていたという事実。


しかも、この国では貴族以下の人間が持てないと言われている大銅貨まで。


彼はどこぞの国の間者なのだろうか。着ている服も見たことのない作りだったし、何より目を引くのはあの黒髪だ。


数十年生きてきて、しかも宿屋を経営して色んな国の人を客として見てきたが、少年のような髪色の人間はお目にかかったことがない。


何か不吉な気配がするのも否定は出来ない。


けれど、あの子は大丈夫だろうという、形容しがたい絶対的な自信があるのもまた事実だ。


これをルーカスに分かってくれとは言わないが・・・・・・、それでも私の愛した男だ。


そのうちきっと理解してくれると信じている。


「まぁ、フレイヤが懐いてるなら悪い人間ではないのだろう。いいか、衛兵には気を付けろよ」


あいつらに目をつけられると大変だからな、とルーカスは再び厨房へと引っ込んだ。


旦那の後ろ姿を横目で見やりつつ、カトリーナは早く仕事を片付けてしまおうと、散漫になりかけていた意識を引き締めて、書きかけの帳簿を片付けるべく手を動かすのであった。

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