第二章 異世界人とのファーストコンタクト
「・・・・・・」
「・・・・・・」
どう会話して良いか分からなくなる。彼女もまさか僕が起きているとは思ってなかったようで、驚きに目をまん丸くして突っ立っているし、僕も僕で言葉が通じるか不安でモゴモゴともたつかせていた。
最初は何を言おうか。挨拶? 試しに「こんにちわ」とか言ってみるとか? 通じたらこのまま話せばいいし、通じなければボディーランゲージでこの場を乗り気ってここから立ち去ればいいだけだ。
どのみち怪我してるし、所持金もないに等しいし、このまま野垂れ死にするのは明らかだ。
元より死を覚悟していたし、根本的な話いつ死ぬかの違いでしかない。
だから、ここは男の僕から話しかけるべきだろう。
そう思って口を開いたその時、気づいてしまった
「・・・・・・」
言葉が出ない。
どうして?
まるで喉の奥がつっかえたみたいに、いつもならスムーズに出る言葉が出ない。
話さなきゃ。
せめてお礼を言わなきゃ、だけど、言葉が出ない。
また、僕は軽いパニック状態に陥る。今まで当たり前に出来ることが出来なくなると、人は簡単に混乱し我を失う。
そんな僕の異変を敏感に察したのか、少女が手にした燭台を部屋の中央に置かれたテーブルの上に置き、僕の方へと素早く駆け寄ってきた。
そして、心配そうな表情を浮かべて僕の方へと手を伸ばして来た。か細く白い素肌の年相応の手だ。
いつもなら女の子の手なんて怖くもなんでもないのに、この時ばかりは怖くて怖くて仕方がなくて。
それがまるで恐怖の対象であるかのように、僕は少女の身体を押し退けるようにして木扉へと走り出す。
怖い。
怖い怖い怖い!!
恐怖に支配された脳が身体に命令を下す。
ここから一刻も早く逃げ出せ、と。
僕は少女の存在も頭の片隅に追いやって、無我夢中になってここから逃げ出そうと走り出す。
痛む身体を余計に痛め付けて。
僕の寝ていた部屋が二階にあるのかも分からぬまま、僕の身体は外に出たいというただそれ一心で動いていた。
走って、走って。
気がついたら僕は、どこかの裏路地に突っ立てっていた。
身体中汗だくで、異世界に来る前に履いていた靴も今は履いてなくて白い靴下が泥で真っ黒に汚れていた。
まるで本当の浮浪者のようだ。
人の好意を踏みにじった僕にはお似合いの姿だ。
いくら混乱したからと言ってあの態度はないだろう。
もう、あそこには戻れない。いったいどんな顔をして戻れば良いんだ。
図々しくもなれない僕は、ズボンのポケットに入ったがま口財布を手に取る。
中には全財産の十二円が入っており、揺らすとチャリチャリと心許ない音がした。
はした金だけど、このお金は僕と日本を繋ぐ唯一の物だ。
どうせ死ぬならこのお金を握りしめて死にたい。
でも、僕には心残りがあった。
それは友達との約束だ。
『夏休みになったら一緒に遊びに行こうぜ』
『来年は俺たち受験で遊べなくなるからな』
そう、僕たちは高校二年生だった。
来年は受験のため勉強漬けの毎日だ。だから最後に夏休みにめいっぱい遊ぼうと、あいつらと約束したのだ。
会いたい。
こんな別れ方は死んでも嫌だ。
僕は何としてでも異世界で生き延びて、絶対日本に帰ってみせる。
それに読んできた異世界ものでも、日本に帰れた話もたくさんあった。
それを希望に生きていかなきゃ。
十二円を大事にして死んだなんて、あいつらになんて顔向けしたらいいんだ。
後悔なんてしてほしくない。
自分が遊びに誘ったからあいつは死んだんだ、って思って欲しくない。
だから、僕は生きる。
グッと唇を噛み締めて、僕はがま口財布を再びポケットにしまい入れた。
そして裏路地の向こうから見える日が当たる大通りに向かって歩き始める。
まずは歩こう。
足を使って情報を仕入れるんだ。
文明レベルは、生活水準は、どんな人種がこの街に住んでいるのかを調べる。
それからでも遅くないはすだ。
この後どうするのかを決めるのは。
〈少女side〉
あの人大丈夫かな?
最初はビックリした。
宿屋の前に人が倒れているのを発見した時は。
お母さんに外に水を撒くように言われなかったら絶対に気づくのが遅れたと思う。
彼をお父さんに頼んで二階の空き部屋に運んで貰って直ぐに応急処置をしたあとに、彼の治療のためにお母さんに呼んでもらった薬師の人によると、
「あともう少し発見が遅かったら死んでいた」
とのことだった。
彼は運の良い人だ。神さまが微笑んでくれているに違いない。
それにしても彼の身体は傷だらけだった。擦り傷や切り傷、打撲傷に内出血。
それに雨も降っていないのに全身びしょ濡れで、薬師の人によれば身体の傷より、濡れたことによる体温の低下で死ぬところだったのことだった。
すぐに身体を温める薬湯を匙で飲ませて、外傷に効くという塗り薬を塗って包帯を巻いた。
かかったお金は安くはなかったけど、それでも人の命を助けられるなら安いものだった。
私の行いをお父さんもお母さんも褒めてくれてとても嬉しかった。
優しい子に育ってくれてとても誇らしいとまで言ってくれた。
別に点数稼ぎのためにしたわけじゃないけど、こうも手放しに褒めてくれるのは嬉しいもので。
ますますやる気になった私は彼の看病に専念しようと気合いが入った。
「お父さん、お母さん。彼の様子を見に行って良い?」
まだ繁忙時には早いし、朝は宿泊客に朝食を出した後はたいしてすることがない。
昨日の宿泊客は数人だし、大体の客は連泊だから部屋の清掃もあまりしなくていい。なのでお母さんと私の二人でも楽にこなせるのだ。
私の申し出に両親は嫌な顔もせずに快く了承してくれた。
「あぁ、いいぞ」
「まだ寝ているかもしれないから静かにするんだよ」
「分かってるわよ」
了承を得た私は手早く燭台の蝋燭に火を灯し、それを持って彼が休んでいる二階の角にある空き部屋へと向かった。
まだ昼間なのに燭台を持ったのは、彼が寝ていると思って部屋の明かりを消していたのと、角部屋のためあまり陽が入らないので薄暗いためだった。
なのであまりこの部屋は人気がない。燭台に使う蝋燭代も安くはない。昼間でも薄暗いこの部屋などに泊まる物好きはうちの客にはいない。
元より私の両親が経営するこの宿は街一番の安宿で有名だ。
安いからと言ってサービスが悪い訳じゃない。朝夕二食付きで部屋の清掃も込み、追加料金も払えば昼も付けるという破格の宿なのだ。
なので田舎から出た家無しの若者が客の大半で、たまに余所の街から来た旅人や商人たちも宿泊することが多い。
とはいえ今の季節は冬なので繁忙期からは外れており、常連客しか泊まらない我が宿屋は暇をもて余しているのだ。
だから、というわけじゃないけど、部屋も余ってるし時間にも余裕がある。
それに今は年末の豊穣祭に向けて街中が忙しく、普段怪我人を診てくれる救護院も去年の春に終結した戦争によって遺された戦争孤児たちの面倒に追われてて、とてもじゃないけど新たな厄介人を抱える余裕はない。
ならば幾分か余裕がある者が引き受けるのが道理であろう。
それが世の道理というものだ。
それにあの少年に少し興味があった。私たちとは違う容姿に、見たこともない衣服。
特に大陸では見たことがない黒髪。
こんなに見事な黒髪は大陸中探しても見たことがないし、噂話でも耳にしたことがない。
どこか違う大陸から来たのかもしれない。生まれてから一度もこの街から出たことない私にとってこの少年は新たな風なのだ。
彼を心配する気持ちの方が大きい。
だけど、次第にこの身体の奥底から沸き上がってくる好奇心に抗えなくなってしまい、ついノックする手つきが荒くなってしまった。
返事かないのをいいことに、私はまだ彼が寝てるだろうと思い込んで無断で部屋に入ってしまった。
薄暗い部屋の中で怯えた子どものように落ち着きなく右往左往し、私の姿を見ると息を飲んで固まってしまった。
混乱しているのかもしれない。何せ彼は生死の境をさ迷ったのだ。それに三日間も寝たままだったし、状況が理解できず錯乱しているのだ。
私は慌てて彼のもとへと駆け寄る。どうにかして落ち着かせなければ。
そして数秒後。
私は自分が取った配慮のない行動を悔いることになる。
もう少し彼の身になって考えたら良かった。
そうしたら彼があんな行動に出ることはなかったのに。
私の身体を押し退けて逃げ出す際に、こちらへと向けられた彼の怯えた表情。
あんな幼い男の子を怯えさせるなんて、私はなんてことを・・・・・・。
「ーーーーーー探さなくちゃ」
お母さんやお父さんに怒られるのを覚悟の上で、私は慌てて部屋を出て両親が働く宿屋の受け付け場でもある一階へと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます