2-9. 標的




 ここは、ウェールズ王国から遥か遠くの大地。

彼らの目が行き届かないところ。大陸の一部ではあるが、大きな領地を持つこの地域にも人がいる。湖や川、大地に生い茂る草花などといったものとは、やや無縁の地域。荒廃した土地の上に石造りの家の数々が立ち並び、その数は遠目で見ても確認出来ないほど多い。家はほぼすべてが統一された大きさ、形をしている。まるで初めから家を作る基準が設けられていたかのように。この土地に根付く自然の色と言えば、近くを流れる綺麗な川くらいなもの。町を離れればそこは「荒野」とも言え、目印となるような建物も無くなる。起伏こそあまり激しくないものの、凹凸が目立つその大地は芽吹かせるほど元気のあるものではない。しかし。それでも人々はその大地に生を営んでいる。たとえどれほど自然色に満ちていない大地だとしても、住めない訳ではない。工夫の必要はあるが、しかしその工夫も「領主」の意向ですべてが定められている。石造りによる家も、また周りの建物よりも数倍大きいその城のような要塞も、すべて領地の主や主に仕える者たちが定めたものだ。その基準のもと、民たちも生活をしている。そういう意味では、自治領地と何ら変わりはない。だが、自治領地とは決定的に違うものがある。


 彼らの行為。彼らの思想。彼らの目的。

それに敵対する存在が明確に分かっており、その存在を葬るために、各地で争いの種を巻いている。



 ウェールズ王城から北東に遠く離れた場所にある、この土地。その名を「レオニグラード」と呼ぶ。マホトラス勢力の領地の一部であり、領地の中では比較的規模の大きい町だ。大きな工場が幾つも存在し、その工場では日用品のみならず、武器や防具などの生産も大量に行っている。とは言っても、工場制手工業のために時間はかかるのだが。

 レオニグラードの中に、ひと際目立つ建物が一軒存在する。周囲に点在している石造りの家よりも遥かに大きく、階層で言えば7階に相当する。更に左右にも広く、建物全体が四角形のような姿をしている。ここが、マホトラスの軍事基地の一つだ。ウェールズ王国のように、各地に駐留拠点を構えるのと同じように、このレオニグラード基地も、彼らの生活や攻撃準備、防衛のために置かれている駐留拠点である。



 「さっさと動け!!」

 「ボケっとするな!!」



 その駐留基地の高層階にある一室に、二人の男がいる。一人は自分の背丈より長い槍を携えながら、外の怒号が鳴り響く様子を見ている。外では工場に向かって、手を縛られて引き連れられる白い服を着た一般人が歩いている。兵士たちが時々そういった手荒なことをしながら、彼らをどこかへ連れて行く。槍士には彼らが誰なのかはよく分かっているし、他の誰が見てもそれは明らかだろう。マホトラス陣営は幾度の戦争で多くの捕虜と難民を確保している。彼らに衣食住を提供する代わりに、対価として労働力を支払ってもらっているのだ。強引な形とはいえ、それに従えば命は取られない。勢力の増強に繋がれば、彼らはより肥大化する。その分食事を提供して、毎日生きられるようにする。そんな単純な構図がここにはある。今のこの街に人道的なものは無いに等しい。マホトラス陣営の中枢部が統べるこの街、この領地。彼らこそが絶対の存在で、その存在の一人が今、この槍士の目の前に居るもう一人の男だ。

 その光景とその男を前に、槍士は一言。



 「――――――――――くだらねえ。」

 そう吐き捨てる。



 「くだらないかね。今、彼らの生活を支えているのはこの私たちだ。形はどうあれ彼らが命を繋ぐ為に必要なことをしているつもりで、その対価を彼らに払ってもらっているだけだが、君はどう考えるのかな。」


 「アンタらは元々自由と平等を旗印にこの地を蹂躙したんだろ。それを今こうして奪って、みっともねえとは思わねえのか?」


 「かつてこの大陸は無数と言われるくらいに多くの自治領地があり、あらゆる形態で人々はそこに住んでいた。マホトラスという領地も同じ。多くの人々がそこに住まい、領地繁栄の為の努力を続けてきた。ウェルズの者たちと組んだのは、彼らの目指すものと我らの求めるものとが一致していたからに他ならない。だから、こうなった今は焼き直しと言っても良いのだろう。本当の意味で我らの求めるものを具現化するために。そのために彼らの力が必要なのだ」


 「………それ本心か?テメェの言葉にはあまり聞こえねえんだけどな。んで、自ら進んで協力する民もいれば、ああやって連れていかれる民もいるってことか。ほんとくだらねえな」


 「はじめにも言ったが、何にせよ彼らの生活を支えているのは私たちだ。無償の生活などどこにもないし、生きる上で働くのは人間の本質だと私は思う。さて、今日はそんな話をするために君を呼び出したのではない。本題へ入っても?」


 「勝手にしろ。」



 その槍士の名前はオーディル。マホトラス陣営に与する槍使いの兵士にして、公にはしていないが一部の者はよく知る魔術師でもある。マホトラスの軍勢の中では際立って実力のあるオーディルは、他の兵士たちからも信頼の厚い存在なのだが、一方の彼はあまりそういったものを気に留めず、己が道を征くというスタンス。誰かの為にどうこうしようという気もなく、こうして命令されることがとてつもなく嫌に思う人なのである。

 「王都カルディナを目指す部隊は、このまま北部と北東部から南下を続けて、バンヘッケンの街まで制圧の行程を進める予定だ。しかし北西や西方にある敵の拠点や部隊を野放しにしては、占領後に逆撃を受ける可能性がある。これを排除するのに新たな部隊を送り込むことにした。この部隊に君も加わって欲しい。」

 「ようやく準備が整ったってことか。方々に嘘をばら撒いて味方を募った甲斐があったな」

 「辛辣な物言いだな。まあいい。ウェストノーズから中央部にかけて大きな拠点が幾つかあり、都市を制圧しながら敵の戦力を削ぐ。追い詰められた奴らは後退しながら王都を目指すだろう。その方向性を示すのだ」

 「追い詰めた後は一網打尽にするってことか。しかしそう上手くいくかね。戦力差は相変わらず敵が優位にある。北西部で勝てる見込みがあるんなら別だが、そうなのか?」

 「北西部へ向かわす部隊の数は揃える。中央部よりもな。そして中央部にはを使わせる」




 ――――――――――――。

 その意味が分かるや、槍兵オーディルはそこに座る最高司令官を鋭く睨み付けた。その場の空気が一変してしまうほどに。しかし司令官の男は一切怯むことなく、僅かな笑みを浮かべながらその睨みに対峙した。



 「どうもあの女はいけ好かねえ。それに、あんな方法が許されるべきじゃねえだろうが。………まあ俺が任される場所じゃねえなら、何も言わねえけどよ」


 「そうだ。君は何も言う必要はない。求められた通りに動けばよい。それに、気掛かりなこともある」


 「んだよ」


 「君は、死地の護り人と呼ばれる少年を知っているか――――――――――?」

 西の大陸にいて、兵士や軍属、また多くの戦う身分のものたちにとって、広く知れ渡っている存在。かの国の中だけでなく、他の自治領地やこのマホトラス陣営でもその存在を知る者は多い。オーディルもその存在は知っている。今の時点では会ったこともないと思い込んでいたが。



 「その少年とはウェルズの剣士で、実力だけで言えばあの七騎士にも等しいという。これまでの戦いで何か憶えは?」


 「ねえ。居るんならもっと楽しませてもらえそうだがな。」


 「相変わらず強い敵を求めるのが君の望みか。もしその少年を見たら、手心無く即座に抹殺しろ。あれは我々にとって将来害となる存在だ」


 「チッ、あいよ司令官どの。だが俺は俺のやりたいようにやらせてもらうぜ。今まで通りな」



 槍兵オーディルはそう吐き捨てると、自分の槍を担いで返事も聞かないまま司令官の部屋を出て行く。静寂が室内に戻ると、一息ついて男は椅子にもたれかかる。あの男を制御するのは難しい。好き勝手させられて味方に迷惑が掛かっていることは無いが、あの槍兵を制御することが出来れば、もっとうまく立ち回らせることも出来るだろうに、と男は思う。マホトラス軍の最高司令官。この男はこの時点でウェルズ王国に所属する、名を知らない死地の護り人が脅威であると認識し、それを討つように命じている。だがその命令は軍全体に行っているものではなく、ごく一部の限られた者にしか伝えていない。オーディルは、戦場で強い敵と心行くまで戦うことを目的の一つとしており、彼ならばその少年と対しても不満は無いだろうと考えていた。実はこの時点で二人は既に対峙した経験があるのだが、オーディルの方は再会するまでそのことに気付かなかったのだった。

 ―――――――――マホトラス軍は、更なる侵攻作戦を実行に移している。

 彼らには勝算があった。全体的な兵力差で言えば、国家レベルの規模を有するウェルズ王国が優勢であった。しかし、単純な数の差を数以外の方法で覆す手段を、マホトラス陣営は有していた。それは、全員が知るものではなく、限られた者だけがその実態を知っている。兵士たちからすれば、あのような者たちはであることに変わりはないのだが、それでも勝利をもたらしてくれるのであれば、そう文句も言っていられない。そう思っていたのだ。

 「失礼します。ご用と伺いましたが」

 「そうだ。次の駒を進めるが、その前にギルメディアに行き、あの女めに会って作戦の概要を伝え、調整槽にいる兵士を出撃させるよう伝えてもらいたい。よろしいかな、騎士サーランズベルク。」

 「私が………でありますか?」

 続いて司令官の執務室を訪ねたのは、騎士ランズベルクと呼ばれる男。グレーの長いマントを下げ、銀色の鎧を全身に身に纏い、刀身の太い剣を鞘に収めてカツカツと音を鳴らし入ってきた。サイナス・フォン・マホトラスによってその才幹を見出され、ともにウェルズ王国の建国に携わった文武両道の青年剣士である。サイナスが王国からの離脱を宣言した後に、彼を守る役割を担い、彼の領土に帰参した。マホトラスがウェルズと戦うようになってからは、主君の命を受け、かつての同胞であるウェルズ王国軍と戦うことを選んだ。ウェルズ王国にあっては「騎士」の称号を授かっていたが、ここマホトラスの陣営において本来騎士などという立場は存在しない。だが、彼は自らを誇りとし、その騎士の誇りを忘れまいとしている。

 「ご命令とあらば謹んでお受けいたしますが、閣下。あのような紛い物を信じて前線に登用するのですか」

 「使えるものは使う。そうでなかったとしたらあの女ごと斬り捨てる。ただそれだけのことだと私は思うが、貴殿はどう思うのだ。」

 「戦力として数えるのは構いませんが、些か不安定な要素ではありますまいか。まだ現物を見ぬ故に判断しかねますが、人為的に作り出した者が、本当に十数人の戦力分を担う兵士となり得るかどうか………私には信じられませぬ。」

 「私も実のところ信用はしていない。だがやらせてみるのも一興だと思っている。それで充分に戦力としての役割を果たすのであれば、より有効な手立てとなるだろう。私もあの女にたぶらかかされたとは思っていない。」

 その騎士としての誉れが、彼の言う紛い物の存在を信用しなかった。当然といえば当然だろう。誰しもその正体と手段を知れば、疑いたくもなるものだ。だが司令官はそれでも使えるものなら利用するだけのこと、とハッキリ伝えた。ある意味では分かりやすい。役に立つのであれば、たとえどれほど非人道的なことであったとしても、有用な手段として行使する、と司令官は言っているのだ。ランズベルクとしては信用ならない気持ちに変わりはないし、自らの力や鍛え上げた兵士たちの力があれば、ある程度の軍勢は突破できると自負していた。その意思を削がれるような決定だったので、抗議の意味も含めて確認をしたのだ。

 「。それが真であるか、貴殿も前線でよく見ると良い」

 「………はっ」

 「バンヘッケンまで制圧出来たとすれば、その先のカルディナまではそう遠くない。長い行程になるだろうが、貴殿の見識からして、敵の騎士が前線に出てくる可能性はあるか?」

 「あるでしょう。特にバンヘッケンを抜かれれば、カルディナまで防衛線を張るのは難しい。もっともバンヘッケンに至るまでにも幾つかの高い障壁がありますが、それが討ち破られるようなことになれば、充分にあり得ると思います」

 「………ウェルズの七騎士は、剣士の最たるものと聞く。貴殿は勝てるか?」

 ランズベルクも、かつては騎士の一人として国に仕え、多くの政務と軍務をこなした経験がある。貴族連合会の出身ということもあって、彼らとの取り纏めを担ったこともあった。元々とある理由で離脱した騎士がいて、その席次を埋めるためにランズベルクが登用されることになったのだが、その才幹は軍務においても高く評価されていたのだ。因みに七騎士という存在が生まれたのは、“ある一人の騎士”が騎士を、そして国を離脱した後のことであり、ランズベルクは初代の七騎士の一人ということになる。彼がマホトラス陣営に帰参した後に加わったのが、騎士の中でも現役最年少のエミールである。


 「最も警戒すべきはガライア卿でしょう。かの騎士はウェルズ最強の剣士の一人。彼の持つ銘剣は魔術により編まれたもので、決して折れない堅牢な刀身を持っていますし、ガライア卿の防御力も凄まじいほどです。そのほかにディルク卿、ノルディリアス卿が強者であると認知していますが、アルゴス卿、ヘルダーシュタット卿、アルグヴェイン卿の三人は年齢も上で、前線には出て来ないでしょう。エミール卿は………まあ、問題ないでしょう。しかしそれも、閣下のお墨付きである“あの者たち”ならば切り抜けられるのではありませんか」


 「私が気にしているのは、貴殿が彼らと対した時に勝てるかどうか、という点だ。そのためにこそ貴殿を南の主戦場に回すのだから。」


 「―――――――負けない戦いをする、それが昔から変わらない我が信条です」



 騎士として、敵対する勢力に決して情けはかけない。だがこの先に控える敵もそう簡単に討ち果たせる者ばかりではないだろう。ウェルズが危機に瀕するのであれば、間違いなく七騎士が出てくる。彼らとの対峙はランズベルクにとっても本望であり、全力の勝負を挑みたいとも思っていた。しかし、それで突貫して命を無駄にするようなことは決してしない。ランズベルクにとって“あの女”と共に最前線に乗り出すのは本意では無かったが、司令官の命令には従うことを確認し、用が済んだとして執務室を去って行く。

 「――――――――――――。」

 中々に、散々な言われ様だな、と薄ら笑いを浮かべながら、司令官は手元の書類に目線を戻す。そこには軍から提出された侵攻作戦の実行計画ともう一つ、ごく一部の者しか見ることの出来ない極秘文書として、【人形ドールたち】という名前の書類が綴られていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る