2-5. 暗中模索




 上層階の展望フロアから城内部に戻っていたアトリ。クロエから貰った煙草の入った箱は自分の手元に仕舞っている。煙の立つものなので、あまり城内で堂々と吸うものではないな、という認識で、城の品位を穢さないようにしようと心掛ける。

 そう、王城とは高潔なるもの。この国の最も象徴的な建造物として、外見も内見も輝ける意志の表れでなくてはならない。そこに穢されたものを持ち込むことは許されない。煙草がそれに値するのかは全く分からないし予備知識さえ無かったが、他の人が見て真似をするものでもなし、この街で手に入らないからこれ以上増えることも無いだろう。

 ウェストノーズへの道のりはかなり長いことが想定される。その前に充分に装備を整えておこうと考えた彼は、レイモン鍛冶士のところへ行こうとする。その道中、上層階にて。

 「アトリか。その様子では、今日は非番のようだな。」

 「ガライア卿。はい、明日には出立しようと思いますが、今日はそのための準備に充てるつもりです」

 「北西部までの道中は長いから、十二分の用意をすると良いだろう」



 騎士サーガライア。ウェルズ王国の七騎士の一人で、王国軍兵士の中でもアルゴス卿に次ぐ最高位の権威、権力を持つもの。深い茶髪の長身の剣士で、常に外套を羽織りその下には鎧を着込んでいる。澄んだ瞳に穏やかな表情を見せ、男性剣士の中でも美貌な顔立ちを持つ。それでいて勇ましさも兼ね備え、その屈強な容姿と穏やかな表情から、多くの兵士に絶大な人気を集める騎士である。王国は、貴族連合会と決別しマホトラス陣営との内戦に突入した頃から、兵士の中でも特に秀逸な存在を登用して王国の政務と軍務を兼任させるようにした。その権威を持つことが許されるのが騎士の階級を持つ者であり、騎士は合計で七名いる。ガライア卿はその中で最も騎士らしく誉れ高き剣士であると言われている。まだ騎士たちが最前線で戦わなくてはならない状況は発生していないが、その時には颯爽と現れては敵を次々と斬り倒してくれるだろう、と期待されている。

 「ガライア卿はこれから何をなさるおつもりですか」

 「我らはこれから騎士たちと会合があるが、その前にアルゴス卿のところへ行く。………そうだな、少し貴公にも話を共有しておくべきか。」

 騎士ガライアは、アトリが前より死地の護り人として大勢の民を救ってきた事実を知っているし、その実力も高く評価している。彼が今回ウェストノーズという遠い地の防衛を任されたのも、そうした実力を持ち信頼の厚い兵士を要衝に送っておきたいという軍務の狙いもある。騎士の中には、あくまでアトリは一介の兵士なのだから他と同列に扱うべきだと主張する者もいる。それも当然の話なのだが、ガライアは彼に他の者たちとは異なる期待をかけている。その思惑が行動を起こさせた。

 「少し付き合ってくれるか?アルゴス卿の執務室まで一緒に来てほしい。」

 突然ガライア卿にそう言われ、彼としては断ることもせずただ一緒についていく。どのような話かも分からない中で、自分は何をすればいいものなのか。二人でガライア卿の執務室に入ると、アルゴスは少し驚いた様子も見せたが、特に何も言うことはなかった。ガライア卿がアトリを連れてきた。それだけで真意を汲み取ったのだ。

 …………それにしても、アルゴス卿は相変わらず室内でも完全武装姿である。



 「ここにアトリを連れてきたということは、アトリにも事情を話しておきたい理由があるのだろう、ガライア。」


 「ええ。彼はこの国の秘密を一つ知った。その事実があればこそ、いざという時に協力してもらえると思ってのことです。」


 「―――――――――――まだ、あれが関わっているかどうかは分からないが。」



 二人だけの話だったのなら、その存在を隠すことも無かっただろう。しかし、ガライア卿は彼は既に秘密を知っている、と話した。それが何のことであるか、分からない彼ではなかった。つい昨日のことなのだから。

 「まあいい。この件について、現時点でアトリに頼むことは一切ない。だが聞いておくのならそれでもいい。」

 「……………。」

 理由もなしにここに連れて来られたにしては、随分な話し方ではあった。だがアトリは黙って頷く。この二人の話すことは、世間的には知れてはならないものだ。それが自分とどう関わりが出てくるのか、興味があった。

 「キエロフ山脈の麓からその周囲にかけての出来事だが、先日、ある自治領地に属する村の一つがもぬけの殻になったそうだ。」

 「………もぬけの殻………」

 「先に言っておくが、マホトラス陣営によるものでもない。その地では他の自治領地との戦闘行為も行われていない。にも関わらず、生活感を残したままもぬけの殻になったのだ。古来、領地の農村を棄てる時には引っ越し以外に、農地を燃やす、使える道具を使えなくする、というような方法を用いているのだが、そこではそのようなものは一切行われていない。ただ単に、。」



 …………何なんだ、それは一体。

 言葉にはしなかったが、明らかな不審を抱いたアトリ。生活感だけがそのままに、人が突然いなくなるなんてことが現実にあるものか、と彼は思う。しかし、アルゴスが言うように、廃村にして別の地へ移住するとすれば、そうした痕跡があっても不思議ではない。そこではそうした痕跡すらも無かったと言う。一体どのようなことがそこで起きたのか。

 アトリはふと考え着いた。この話に自分が呼ばれた理由を。

 「………もしや、魔術に何らかの関係があるのではありませんか」

 「察しが良いな。私もそう睨んでいる。更に言えば、その事態を掴んだ複数人が直接調査に行き、戻って来なかったと聞く。他者の手が絡まない失踪などあり得ないと考えていたが、現実に起きているのだ。」

 「しかし、分かりません。それが何に魔術と関連しているのか、想像も」

 「無理もない。お前はその存在が事実であると知ったばかりだ。だが、お前ならどう考える?」

  魔術と何らかの関わりがある失踪事件。村にいたはずの人々が突然失われる。これだけでは情報が不足している。魔術が何らかの関係を引き起こしているのだとすれば、それを裏付ける情報があるのではないだろうか。

 「確か、魔力と言うのは本来自然界に流れる力を意図的に変換して生み出されるもので、それを操れるのを魔術師と言うのでしたね。であれば、自然に流れる力そのものが何らかの理由で人に害を与える状況を生み出してしまった、と考えますが………」

 「………良い勘を持っているな。私も同意見だ。」

 アルゴスもガライアも、まだ知識を得たばかりの魔術師ですらない少年が、そこまで洞察していることに内心で驚きつつも感心していたのだ。魔術師が扱う魔力は、元々自然界に流れる力を作用させるもの。その力の源となるものが何らかの異常を起こした可能性がある。アルゴスは彼に聞く前からそのように考えをまとめていたのだが、彼がそのような考察を出すとは思いもしなかったのだ。とはいえ、考えだけが先行するばかりでそれを裏付ける情報を取得する機会が無い。そもそも何らかの理由で害を与えてしまったとしても、人のみを消すことが出来るものなのかどうか。考えれば考えるほど謎は深まるばかりであった。

 「この現象を確認する為に、国から調査隊を派遣させる。そこへ私かガライア卿も同行するつもりだ」

 「自ら行かれるというのですか…………?」

 「貴公にも伝えておこう。七騎士は全員魔術の素養がある。習熟度はそれぞれ異なるが、特にアルゴス卿と私は騎士の中で誰よりも長く魔術を扱っている時間が長い。もし本当に魔力が起因とするものであるのなら、そこに魔術師が行けばより正確な情報が得られると考えている。」

 「同行する兵士、というのは?」

 「彼らは戦力の一部だ。魔術師ではない。そもそもこの国に魔術師としての素養を持つ兵士は居ないのだ。」

 「………………。」

 彼は既にマホトラス陣営の魔術師と対峙しこれを辛うじて退けている。魔術師に対抗するには魔術師が必要だ、という考え方からすると、彼らにそういった人材が幾人もいるのであれば、七騎士たちこそ彼らの相手をするべきであろう。恐るべき相手と戦った者にしか分からない葛藤だった。しかし、騎士たちは王家の者と共にこの国の政務を司る存在であり、国の代表的な人物。騎士を分散させ行動させることは難しいことも彼にはよく分かる。それが尚更彼の中で葛藤を生み出すことになった。しかしアルゴス卿の話すこの事態も、それほど楽観視できるものでもない。何らかの異常が魔力によるものであるとすれば、魔術師が行かなければ原因の究明すら出来ないだろう。そういう点では、騎士を現地調査に動員するのも止む無しといったところか。恐らくこの後の会合でその件について話し合われるのだろう。

 「はじめに話した通り、この件にお前の出番はない。だがもし新たな情報が得られた時にはお前にも報告する」

 「…………人の手で止められるものであれば、良いのですが」

 それ以上の情報がこの場で知らされることはなかった。そう、彼がこの場で出来ることは無く、この先この件が彼に任されることはない。今のこの体制が続く限りは。それよりも目前に控えた脅威から民たちを護ること。これが彼に与えられた任務だ。



 …………だが、気にならないと言えばそれは嘘になる。

 なぜ、態々自分を連れてまでその情報をもたらしたのか、その真意とは。



 彼が退出した後。

 「卿は、アトリに多大な期待を持っているようだな。」

 椅子に座り腕を組みながら、ガライアにそう話すアルゴス。彼自らアトリをこの部屋に導いたのには並々ならぬ理由と、何より感性があった。

 「そうもなるでしょう。の子にして、我らにとっても希望となり得る存在。期待を持たずにはいられない。アルゴス卿もそうお考えだと思っていましたが」

 「それはそうだが。」

 「――――――――私は、彼にこそ魔術の素養を取得してもらいたい、そう思っているのです。彼はその能力を持つに相応しい。」

 大胆な発言ではあったが、その言葉の意味をアルゴスは複雑に捉えている。誰にでも魔術師になれる訳でもない。しかし、確かにあれほどの強さを持つ少年が魔術の力を得ることが出来れば、更に強い兵士としての片鱗を見せることも出来るだろう。国としては理想の兵士と言うことになるのかもしれない。幾多の危機を救う死地の護り人。そのために必要な力を手にし行使する。だが、アルゴスは言う。

 「…………そうだな。そうかもしれない。だが、あれが力に溺れることが無ければ、良いのだが」

 「……………。」

 アトリなら、たとえ魔術師になれたとしてもその力を使いこなすことが出来るだろう。ガライア卿は彼を高く評価し、そういう状況でも自分の最善と思う道を貫く、と考えていた。そして国としても、また彼らとしても理想の兵士を築くために、必要な情報を彼に与えるべきだと考えている。いつかこの国をも背負っていける、

 かつて、七騎士などという大そうな存在が居なかった時に、この国に忠を尽くした、あの騎士のように。



 「アルゴスから聞いた。また剣を折ったようだな」

 「………聞いていたのですね。」

 気まずい空気をひりひりと感じ取りながら、彼はこの城一番の鍛冶士であるレイモンの工房にやってきた。西方への出征が決まっている。そのために必要な武器は揃えて行かなくてはならない。彼はここで支給される武器を最後まで持ちかえることがほぼなく、毎回の出征で調達している。そのため、レイモンからは厄介者扱いをされているのだ。とはいえレイモンも仕事であるが故に断ることは無い。アトリとしても、ここで作られる剣の大半が支給品でありそれほどコストを掛けていないものであることは充分に分かっている。だからといって毎度の如く剣を折られるのは、この剣の質よりも自分の腕が未熟であると自負している。因みにレイモン鍛冶士はこの城に仕える人の中でも最高齢に近い位置にいるが、七騎士たちを敬称無しに呼ぶのはこの人や王家の人間ぐらいなものである。

 「何を焦っている。お前の本来の戦い方に徹すれば、いかに強敵であろうと。」

 「…………そう、でしょうか。」

 「なんだ。自信を無くしたのか?」

 レイモンは戦場を知らないからそういうことが平気で言える、と思ったことは口にしない。既に彼が見ているものはごく普通の人間が剣を持つ姿ではなく、人間としての能力を超えた存在と戦う相手である。その相手に普通で挑んだところで勝ち目はない。知識としても、戦いを経験した身にも染みたことだ。そういった手合いの者を相手に出来るのは、そういった手合いの者だけなのだと。そう思うと、自信が無くなったというよりは、不安になるのは当然だろうに。流石に死地の護り人として幾多の戦場を越えてきたが、不安一切を払拭して無の境地で剣を振るうほどに人を辞めてはいない。

 「………腰抜けになってもらっては困る。これを持て」

 「え…………」

 レイモンがその場に立ち上がると、棚に立てかけてあった鞘入りの剣を彼に放り投げる。そしてその剣を抜け、とレイモンは言った。一方のレイモンは、何の変哲もない支給品用の剣を手に持つ。

 「れ、レイモンさん、一体何を………」

 「少し付き合え。俺も久々の運動だ」

 「――――――――――は?」



 あろうことか、レイモンは剣を両手で持ち、構えている。今すぐにでも剣戟を放つことが出来るというぐらいに準備は整っている。相手は自分よりも3倍以上も歳が離れている。肉体、精神、何もかもが若い彼を前に、男は何も言うことのないまま、剣気だけを膨らませた。



 「お前はお前の戦い方に徹しろ。なに、当てはせん。」

 「―――――――――――!!?」

 刹那。レイモンは彼の身体の中央に向かって突きを繰り出した。突進からの目を疑うような速さの突き。当然その攻撃を回避するために彼は行動する。だが、そんなことよりも目の前のご老人の俊敏さに度肝を抜かされていた。当てるつもりはないと公言されているが、その剣戟どれもが直撃すれば只事では済まなくなるという実直な太刀筋であり、彼としては実戦さながらの空気を感じた。これは自分に戦い方を思い出せ、ということなのか、それともこの剣の性能を確認するためなのか。他の支給品とは明らかに異なる剣を手にした彼だったが、幾度かの打ち合いの後、すぐに剣に馴染むように扱い始める。

 「………………!!」

 彼にはその攻撃が見えている。確かに驚愕に値する剣戟なのだが、ハッキリとその軌道が見えている。まるで剣の先端が線を引き弧を描くように、角度、速度、長さが見て取れる。アトリの戦闘時の基本姿勢、防御にて攻撃を受け流し、隙を突いて強力な一撃を相手に与える。殺し合いであればそれも胴体に目がけて放たれるものであるが、レイモンの意図が分かった以上、それをする必要は無い。しかし、気付いたことがあった。この剣は今まで自分が使っていた支給品と比べて全体的に太く分厚い形状を有しているが、その割には軽い。攻撃を受けた時の打感はしっかりとしている。耐久性をより強化したのだろうか。しかし、耐久を強化しながら重量を軽く出来るというのが不思議に思えた。

 ………ところで。レイモンさん、一体何者?

 「ふむ。こんなところか」

 「………………。」

 驚きの連続だったが、1分と無かった剣戟の打ち合いはこれで終わった。なんと鍛冶士レイモンは息を切らすこともなく、ふうっと一息ついて呼吸を整えていた。剣戟の力強さとその速さ、とてもご老体のものとは思えないほどのものであった。

 「我慢強い性格のはずなのだが、体格がそれに見合っていないな。どんな危機的状況に陥ったとしても、中々挫けることは無いだろう。だが精神がそうであったとしても、身体がそれに伴わなければ意味がない。今のお前は防御からの速攻に重点を置いている。だが防御も体力を使うし筋肉疲労も起こす。もっと身体を鍛えることだ」

 「…………なるほど。」

 「戦時下に身体を鍛えるというのが難しいのは分かる。だが機を見て取り組むがいい。それとその剣はお前用に打ったものだ。もっていけ」

 「これを、ですか…………?」

 「そうだ。二本とない剣だ。いいか、二本目は無いからな。」

 無論、その意味は幾つかあるのだろうが、これは今までになかったことだ。兵士の支給品を多数使い続けてきた自分が、自分の為に打たれた剣を扱うことになるとは思ってもいなかった。だが、使いこなせれば今までとは違う結果も導くことが出来るかもしれない。ありがたく使わせてもらうとしよう。彼が剣を携え用が済んだと判断し工房を去る。



 「――――――――――――。」

 レイモンは自らが作った支給用の剣を見た。強度の確認で同じ支給品を打ち合わせて確認することは毎日している。だが、あの打った剣と支給品とを比較する機会は無かった。何しろ急造の剣だった。しかしどうやら上手くいきそうだ、と男は内心で思っていた。その剣に絶対の自信を持っていたという訳ではなく、慢心していた訳でもない。ただ、そうしろと命じられて打ったのがその剣であり、それを指示したのは

 「よく出来たものだ、レイモン。それにそなたもまだ現役だな」

 「…………遥か昔に現役を遠ざけたのは自分の意思です。王よ」

 ――――――――――エルラッハ国王。彼がレイモンにそう頼んだのだ。

 「無理な注文をしてすまなかった。鍛冶士から見た出来栄えはどうだ」

 「悪くはないでしょう。急造なもんですし実験した訳でもありませんから、不安は多少残るでしょうけど、剣として使うならば問題はありません。」

 「なるほど。」

 アトリとレイモンが一分ほどの打ち合いをしている間、王は工房の奥に隠れてその様子を観察していた。衛兵も連れずに城内を彷徨うことも無い王が、自分一人だけでここにやってきた。理由は至って単純だ。自分が頼み込んだ特注の剣を渡す瞬間をきちんと確認したかったからだ。王が工房を訪問することは少ないが、全く無い訳ではない。兵士たちが使う武具の出来栄えを確認するのも王の役目の一つだ。しかし王は物の製造については現場に一任している。レイモンがここの工房の主であるため、彼に委細を任せている。王自らが武具を注文することもほぼないし、誰かの為に剣を打たせることを命じることもない。だから、レイモンとしては明らかに今までとは違う仕事をする自覚はあった。―――――――――先日、アトリの帰還と時を同じくして玉座に呼び出された時に、その依頼を受けたのだから。

 「しかし、理解が出来ませんな。なぜこんな回りくどいことをするんです」

 「………………。」

 「あの少年なら、直接その身に力を得たとしても、充分に扱えるでしょうに」

 工房の中には二人しかいない。隣室にも誰もいない。つまりこの会話はこの二人しか聞いていない。他の人に聞かれるのは絶対に防ぎたい内容だった。レイモンも王もそのことを自覚しながらも、誰も聞く人が居ないということが確認出来ているため、話を止めることはしなかった。

 「直接では恐らく適合しないのだ、あの少年にはな。」

 「なんですと?」

 「それに、我らの持つそれは、もう随分と前から存在しその力のほとんどを失いかけている。それでもこうして依頼したのは、僅かな力しか残されていなかったとしても、普通を貫くよりはその奇蹟に頼るほうが、より生存率も高くなると分かっているからだ。正当な持ち主が扱えばより強い効力を引き出すのだろうが、そうでなかったとしても、その資格を有する者が手に取れば、その力を少なからず引き出すことは出来よう。」



 「………なるほど、そういうことでしたか。そうでしょうな。そうでなければ、態々こんな回りくどいことはしますまい。適合しないモノを直接手にしても、身体は拒絶し調子を崩す。大事な戦いの前にそれは避けたいが今のままでは勝てる見込みを見出せない。だから、本人にも内密にこれを埋め込んだ、と。なんと不器用なことでしょうな」

 「それが国のやることだ。それにかつての失敗を考慮してのことでもある。ともあれ、ご苦労だった。あとは彼の行動に委ねるとしよう」



 それ以上の思惑を打ち明けることはなかった。第一、レイモン鍛冶士に打ち明けたところで事態がどう変わる訳でもない。彼自身がそう思っていたのだから、上の人や騎士はそう判断しているに違いないだろう。エルラッハ王は工房から立ち去る。一振りの剣がどれほどの影響を与えるものなのか、あるいは王の言うように、元々あの少年には適合しない可能性があるから、今までと同じものなのか。直接戦いを見定める役割にないレイモンにとって、それは確認する術の無いことだ。直接力を引き出すことは出来ずとも、適性を持つことの出来る者の傍にあるだけで、多少の力は引き出すことが出来る。その王の言葉が今回のすべてだろう。だが、直接的に話すことの出来ない、施すことの出来ない理由が、必ずあるはずだ。もっとも、それをレイモンが知ることは二度と無かった。最期の瞬間が来ても、なお。

 ――――――――あの少年に、魔術を授けることの出来ない、理由が。

 




 ……………。



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