2-2. 魔術探査




 この世には、人の身では到底届き得ぬ奇蹟チカラがある―――――――。



 一体誰がそのような存在を信じるだろうか。一体誰がそのような存在を受け入れるだろうか。当事者であれば言うことはない。だがそれに巻き込まれた者たちはどうなる。生身の人間では成す術などなく、一方的な死を迎えることだろう。それはあまりに惨い状況とも言える。だからせめてその事実を知る者となった以上、それに関する知識を蓄えておきたい。

 魔術に対抗できるのは、魔術のみ。ハッキリとそう断言できる訳ではないが、人並み外れた能力を持つ者を相手に、凡人が敵うかと言われれば、そうではないと言い切っても良いだろう。あの黒剣士の剣捌き、体捌き…そして槍兵と同じような感覚を持つ、あの男。奴らが魔術の心得のある兵士だとすれば、他にも奴らの中に魔術に心得のある兵士がいる可能性だってある。

 そもそも。魔術という存在を知る人はそう多くは無い。文学作品の中ではそのような設定を用いられることは多い。彼もそれを見て育ってきた。しかしそれはあくまで空想上のおとぎ話に過ぎなかった。だが、それが現実に存在しているものであれば、話は大きく変わってくる。魔術………人間には到底理解し得ない神秘的な現象。理解に苦しむというのに、理解にならない特別な力を行使出来てしまう。それに対抗するには、まずは魔術そのものをもっと詳しく知る必要がある。すべての兵士にこの情報を共有するのは不可能だ。宝物庫にある宝具の数々は、外部はもちろん味方の兵士でさえ開示を許可されていない。エルラッハ王が宝物庫の魔術本の開示を許可するにも、悩んだはずだ。しかし、そうしなければ自分たちが脅かされるのだと分かっている。戦闘の参考にするためには、何より情報が必要だった。相手を無と考えこちらが攻撃しても、相手の策に乗せられてしまえばそこまでだ。



 勝てないと分かっていても、戦わなければならない時もある。いつか来るその日に対抗し得るための手段…でなくとも、一矢報いるだけの知識と技量を考察しておかなければ。



 国王エルラッハから直々に宝物庫の開示を許されたアトリは、エルラッハが言ったようにその日の20時に宝物庫にやってきた。宝物庫は王家の者しか出入りの出来ない上層階にあり、各フロアごとに衛兵が厳重に警備を行っている。王から既に衛兵たちに用件は伝えられており、彼は何の障害を受けることもなく宝物庫までやってきた。宝物庫は城の内陸に位置しており、出入り口はたった一つしかない。外のフロアに面しても居ないので、光が入り込むこともない。言葉だけ聞くと華々しいものすら感じられるが、その実態は大きな鉄の扉に覆われた、隔絶された部屋なのである。

 「おかえりなさい!アトリ君。お待ちしてましたっ」

 「え、エレーナ………っ!?」

 そしてその鉄の扉の前で待っていたのは、王女エレーナであった。どうやら彼女がエルラッハの話した助っ人らしいが、彼は心底驚いた。まさかエレーナを向かわせるとは全く想像していなかったからだ。

 「もう。相変わらず不自然ね。私はいつもと変わらないのにっ」

 「い、いやしかしな………驚いたよ。」

 「ふふ、そうだよね。お父様が、アトリ君が今晩ここで調べものをするから手伝いなさいって。ということで、私も手伝いますっ」

 “宝物庫でお仕事なんて、珍しいね?”と彼女は笑顔で彼に話す。少し彼女の笑顔に戸惑いを覚えた彼だったが、手伝ってくれることにありがたみを感じ、彼もまた静かに笑みを向けた。そして同時に、彼女に伝えはしなかったが、彼女の姿を見られて安心する自分がいることも実感していた。普段から宝物庫は固く閉ざされているが、今日はエレーナがその鍵を持ってきた。扉が開けられ、彼女は順番に中の照明を灯していく。部屋はかなりひんやりとした空気が漂っている。宝物庫と言うからには、多くの宝石などの貴重なものが置いてあるのだろうと彼は思っていた。しかし、それは正しくはあるが実際には書類や武具、衣類などの日常で見かけるものも数多くあった。そのどれもに意味があるとしても、まるで宝物庫というより倉庫という印象を持った。それでもこの扉が固く閉ざされているのは、ここにあるものがいかに重要で“知られてはいけないもの”かというのを物語っているのだろう。

 「よくこれだけの物があって埃まみれにならないな」

 「そこは、きちんとここを掃除してくれる人がいるからだよ?」

 「そうか。全く出入りが無い訳ではないんだな。」

 ここからお目当ての資料を探し出すのは骨が折れる。宝物庫の空間自体はそれほど大きなものではないが、大きな棚に何層もの分けられた仕切りがあり、その中に夥しい量の資料がある。ここを管理している人なら、どこに何があるのか分かるのだろうが、入ったことも無い者がこの中から特定の資料を探し出すのは困難だろう。一晩では到底足りるものではない。

 「どう?これが王国がこの城を作った時から隠し続けている、お宝倉庫よ」

 「お宝と言うよりは歴史の集まりっていうか………」

 「うん、いいポイントついてる。ここはこの国のこれまでの経緯を記録する場所。人々の記憶だけでは残せない膨大な量の情報を、人々の記憶に入ってはいけない秘匿すべき情報を保管する場所。」



 ―――――――――そして、魔術もそのうちの一つ。私たちが隠してきた、事実。



 驚く表情を浮かべる彼に、真剣な眼差しを向ける王女エレーナ。私たちが隠してきた事実、それはまさしく王家の者が語る言葉にして王家がこれまでそうしてきたことを証言する言葉だ。



 「魔術は、本当に存在する…………と言うのだな。」


 「うん。間違いありません。魔術って言うかな………その基となる力は、実はごく自然にありふれているって、私たちは考えてる。目に見えない、形のないものだけれども、私たちはそれを利用して大きな力を宿すことが出来る。それをどう使うかは私たち次第だけど、それについて王国はつい最近まで研究を続けていた。人々の目に触れないようにね」

 それについて彼女から話し出すということは、もう既に父であるエルラッハから今日の経緯についてよく聞いているのだろう。そうでなければ手伝いになど寄越すはずもない。だが、彼は正直ありがたいとも感じている。彼女はここの宝物庫にも通じているし、実在すると言われる魔術について知っていることもある。それを聞きたいと願ったのは、自分自身だ。彼女がそういった王国の裏にあるものを知っている、ということを目の当たりにし、改めて王家の人間であることを意識したアトリ。

 「今は研究していないのか?」

 「ええ。それどころじゃなくなったって言うか、それが出来る人がいなくなっちゃったから」

 「いなくなった、か…………事情ありだな。」

 「まあ、そんなところね。でもアトリ君、魔術本見てどうするの?」

 「せめて魔術師が相手になったとしても、知識だけは持っておこうと思って」

 そっか、と彼女は静かに言う。彼は既に魔術師と対峙しており、退けることに成功している。だがこの先もあのような手合いの敵兵士と遭遇することは充分にあり得ると、彼自身が危惧して今回の行動を起こした。エレーナも、既にアトリが魔術師に相当する敵と戦っていることを知る。魔術師には魔術師でしか対等に戦うことが出来ない。その教えを彼女も知っており、魔術師でないアトリが魔術師に対峙するとどうなるか、想像が出来てしまった。そうなって欲しくないと全力で願いながら。

 「敵に、いるのね。そういう人が」

 「…………ああ。」

 「アトリ君の行くところはいつも危険で一杯だなあ。でも、今回もこうして帰って来てくれたんだから、本当に良かった。」

 「そうだな。またすぐに行かないと、だが。そのためにもここで知識を蓄えておかないとな」

 「…………そうね。出来る限り協力する。」




 いつも感じるけれど、今回もそう。きっと彼の生き方は変わらない。誰にも変えられない。いつか聞いた、彼という存在が始まったあの瞬間から。どんなに強い敵が目の前に立ちはだかったとしても、彼は彼の信じるものの為に戦うだろう。まるで決して変えることの出来ない宿命のように。

 そう、エレーナの心境はとても複雑だった。言葉には表せなかった。出来ることなら戦って欲しくない。そんな相手と戦えば、死ぬ可能性は高まってしまう。けれど、その選択肢を除外するということは、彼の信条を棄てさせることになるから。今もどこかで苦しんでいる民たちを救うために、悪しき強きを挫く。その道は遥か遠く、いつまで続くかも分からず。





 「ねえ、これなんていいんじゃない?初級本っぽくて」

 「見てみよう。概要って感じかな」

 魔術とは。本来人の往きつかない未知なる領域の一つであり、いまだにその存在は解明されていない。多くの人が作り出した作品の中に登場する魔術は、普通の人から見れば当然のことのように、架空の存在として知られている。時にその者に力を与え、希望と絶望を謳う。それらを見て憧れる者もいれば、本当に存在すればただ事ではないと思う人も中には居るだろう。だが、魔術は本当に存在する。本来は存在してはいけないのかもしれない。人の手が持つにはまだ早すぎるのかもしれない。現実に魔術は存在し、それを扱う者も中にはいる。そういった者たちを、私たちは『魔術師』と呼んでいる。

 「研究者の日記みたいな感じだな。」

 「でも実際の言葉っぽくて信用があるしょ?」

 「まあ、確かに。」

 魔術師になるためには。前提として、魔術師になれる者は『魔力』の備わっている人のみである。『魔力』とは、それこそ説明し難いが人のあらゆる能力の先を行く未知なる存在である。私は、この魔力とこの世界に流れる何らかの力が作用しているのではないか、と考えている。それを理由とするものが、一つ。魔術師はその存在になるために、魔力の供給を行う必要がある。魔力とは好き勝手に使ってしまえば失われてしまう。何もしなければ補給することも出来ない。幾らそれが神秘的で効果的なものだったとしても、無限に垂れ流すことなど絶対に出来ないのだ。魔術師になるためには、そもそも魔力が必要。

 ではその魔力をどこから得て、供給するか。魔術師の魔力は、魔力を身体に得た時点からその消費が始まる。黙っていても魔力を消費し続けるのだが、これは日常生活では殆ど気にしなくても良い話だ。何故なら、魔力の供給は、人の欲求である「睡眠」「食事」など、身体を休めることである程度自然回復をしてくれる。そのため、日常生活で気付かずに使用している魔力の供給は、何ら問題ない。面白いことに、食事や睡眠といった効果が顕著に現れる者もいれば、大して気にするほどの回復量でない人もいる。魔術師の持つ魔力には性質があり、その性質によって行使できる魔術も異なる。魔力をある程度自然的に回復できる者と、そうでない者がいる。私の経験では前者の効果はやや薄く、後者は常に別の手段で回復を行う。



 その回復の方法は、魔術師になるための手段と似ている。魔術師となる者は、魔力を貯蔵し引き出すための所有物を持っている。



 「魔力を引き出すための所有物………」

 「身近なところで言えば、石に魔力を宿すとかって、書いてるね」

 「これはエレーナは知ってたのか?」

 「ううん。あ、でも何かを媒介にしないといけないっていうのは聞いたことあるかも。そんな身近なものだとは思わなかったけれど………」

 魔術師は常に魔力を消費するものではないと言うが、戦闘時にそれが使用されると著しく魔力を消費する。そうなれば自然に回復させようとしても相当な時間が掛かるものらしい。一方で、魔力を貯蔵する何かを所有していれば、それを介して魔力を回復させることが出来るらしい。それでも即時回復とはならないそうだが。中には一日と経たずに全快する者もいれば、一度使うとたとえ媒介を通しても一週間かかる者もいる、とここには書かれていた。

 そもそも、自分が魔術師に必要な魔力を取得したとどう判断するのか。この研究者の記録を読み取ると、多少のことは分かる。よく魔術師が魔力を貯蔵するために持ち歩くものが石だと言うが、他の石と区別して原石クリスタルという呼び方をする。日常的に手に入れられるものではないが、自然界に流れる力を媒介にしたものである以上、ふと手にすることもあるだろう。探すのは非常に困難だが、いつの間にその力を宿していて、それに気付かない人もいるらしい。魔力を手にし、魔術師としての適性を持つようになると、はじめの数日に身体に異常が現れ、徐々に落ち着いてくるという結果が残されている。まるで風邪が重篤になったかのようなもので、中にはその症状が風邪に似ていることから気付かない人もいるという。魔力を有したからといって誰もが魔術師になれるものでもなく、魔力と性質とが適合したうえで、はじめてその力を作用させるための条件が一つ揃うという。こうした予備知識が無ければ、はじめからすべて自分一人の手で魔術師になるのは不可能だとされている。魔術師の存在が知られていないところは、その辺りが原因だろう。

 「魔術師になる前段階は分かったな。しかし、どうやってそれを扱うのか………」

 「適性ってやつかな?これ見て。」



 自然界の五大元素である“地”“水”“風”“火”“空”を用いた魔術は、それぞれ三つの系統が存在すると言われており、その中でも攻撃魔術に特化したものが圧倒的に多い。

 【攻撃魔術】………五大元素のうち一つを適性とし、それを利用した攻撃手段。例えば火属性であれば火球を生み出して射出する、風属性であれば暴風を巻き起こす、など。自然界に溢れる力を源とする傾向が強く、使用者もこれらの分野に頼るものが多く最も効果の表れやすい魔術である。消費する魔力は多め。最も単純な魔術行使となるため、使用者が最も多いと考えられている。

 【防御魔術】………五大元素に頼らない、無性質により形成される手段。主に身体や武具の強化に使われる。魔術師であれば身体や武具の強化は所有する魔力を使用して容易に行うことが出来るので、防御魔術に特化する魔術師は殆ど見られない。また、魔術による強化を施してもそれが永続することは無い。表出させている間も常に魔力は消費する。最も使用者が少なく、特徴が無い魔術である。

 【支援魔術】………治癒、回復など、身体機能の回復を行う為の魔術。身体的疲労の回復、傷の修復といったものから、時には瀕死状態にある人間を生存可能状態にまで回復させる効力を持つ魔術もある。三つの型でも最高位にあり、これを習得している魔術師はほぼ居ないと思われる。ただし、即時全快するものではない。



 「攻撃こそ最大の防御、とは言うが………恐らく奴らはその気になれば、この元素を用いた攻撃も繰り出せるんだろう」

 「そうしたら、どうやって対処するの?」

 「そうだな………それこそ、相手と同等かそれ以上の魔術をぶつけることが出来れば、勝ち目はあるだろう。それかここに載っている防御魔術を展開する術を見つけるか。だが、現状魔術師は自らが魔術師であることを公にはしない。軍勢の混戦状態にあっては、こんなに目立つ手段を用いることはしないだろう。あるとすれば、自分の武具を強化するくらい、か………それなら多くの人にばれずに出来るだろうし」

 思えば、あの槍兵や二刀使いが武器の周りに表出させたのも、その強化という手段ではなかったのだろうか。

 彼女は横目で彼の表情を見る。彼は真剣そのものであり、彼が兵士としてこれまでの戦場を駆け抜けてきた経験から、冷静な分析をしていた。魔術師などという存在をこれまで戦う中で意識したことは無かっただろうが、マホトラスを相手にする際にはそうも言っていられなくなった。彼が言うように、魔術は基本表には出ていない存在。これが公のものになれば、市民は慌て、混乱し、同時に絶望するだろう。そんな強大な敵を相手にどう勝てるというのだろうか、と。

 「でも、これは可笑しな考えかもしれないな。俺はそもそも魔術師ではないから、この対処法は読んでも使えない。だが恐らく、どの資料を読み漁っても生身の人間が魔術師に勝つ方法っていうのは無いんだろう」

 「……………。」

 剣戟だけで相手を凌げるのならいい。だが、魔術などという力を見せつけられれば、一瞬にして勝敗は決するだろう。それでも知らないよりは知っていたほうが良いというのがアトリの考えであり、そのためにここに来ているようなものなのだから。

 「ここに原石があると思う?」

 「これだけの記録があれば有りそうなものだが、そういうものは見当たらないな。」

 「そうね。これについては本当に表に出してはいけない事だったから………」



 彼は、この場であえて聞こうとはしなかったが、ある一つの疑問を抱いていた。彼女エレーナは、王家の人間として魔術に関する情報を持っている。それを封じているのは王家の皆がそうしていて、世間を混乱に陥れないように、という表向きの理由があるのは分かる。だが実際はそれ以上の何かを隠しているのではないか、と彼は思っていた。この場で自分に話すことが出来ないような、国に関わる重要な何かを。それから他の資料も閲覧したが、やはり魔術師は基本的に自らがそうであることを隠す傾向が強く、恐らくは目に見えない掟として自身を縛り付けているのだろう。良識の無い人間が魔術師になれば、この辺りの神秘が失われる可能性はある。寧ろこれだけ長い間文明があった中で、公にされてこなかったというのが不思議に思えた。

 「こんなところか。さて、そろそろ終わりにしようかな」

 「え、もういいの?一晩だけなんだよね?見られるのは。」

 「ああ、そう聞いてるよ。機会があればまた見られるさ」

 “これが必要とされる行為であればね。”と彼は言い、パタンと読んでいた本を閉じると、彼は一呼吸置いて笑みを浮かべながら、彼女にそう話した。意外そうな顔をする彼女の前でそのように話した彼。結局のところ、自分も魔術師にならない限りはここで手に入れた知識を使う機会はそうそうないだろう、という結論に至った。今まで魔術師であろうとされる槍兵と二刀使いの黒剣士が、あの戦いでどのような魔術行使をしたのかも想像が出来た。それの対処方法は浮かばないままだが、自分は魔術師では無いのでどうしようもない。残念だがこれが現実だ、と彼はあっさり認めてしまった。

 「それに、あまり貴方を拘束し過ぎるのも申し訳ない。」

 「なにも、全然気にしなくていいのに。相変わらず遠慮がちな人なのねっ」

 「今に分かったことではないだろう」

 「うん、知ってますっ。ところでアトリくん、少しお腹に余裕ある?」

 ねぇねぇ、と彼にすり寄って来ながら上目でそう話すエレーナに、少し驚いた彼。なんというか、余裕を感じる姿と言動というべきか。

 「まあ。食事は済ませてはいるが、それほど腹いっぱいというほどでも」

 「そっか!ちょっとお願いしたいことがあって。昼間に沢山パンケーキを作ったんだけれど、どうも家族や衛兵の皆さんだけじゃ食べきれなさそうだから、アトリくんにも手伝って欲しいんだ」




 ―――――――ちょっと私の部屋まで来てもらってもいいかなっ。



 最近はあまり無かったが、過去幾度か王女エレーナが使う私室に入ったことはある。王家の人たちならそのこともよく知っている。彼が死地の護り人としての仕事を与えられる前は、王城勤務であったし、二人とも遊び仲間であった。お互いに遊びを楽しむ年代の友人がおらず、二人が出会ってそういった親交を持つ間柄になってからはよく話をし、遊んだものだった。彼はその時のことを思い出した。なぜ余すほどパンケーキを作る?と突っ込みたくなるのを心に留めておきながら。とはいえ、彼に断る理由は無い。せっかく頂けるものなら頂こう。一通り見た書類を元あった位置に戻し、宝物庫を離れようとした、その時。

 「ん…………。」

 「?いこ、アトリくん」

 「ん、ああ。」



 書類の山に、一つ。目に留まる記録本の題名があった。

 【時間の起源】。

 王国の歴史や魔術の記録といったものが多く存在する宝物庫の中で、一つそういった異質な名前を見たような気がした。それがなぜ異質に思えたのかは分からない。一瞬ではあったが、それが何の本であるか気になりはしたが、結局見ることは無かった。それが後に彼の運命を大きく変えることになる、一つの遠因であるとも知らずに。




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