1-11. 手助け




 セヴァルニが救援要請のあった自治領地の中心町だったが、そこは既に襲撃された後の死する町と化してしまっていた。本来、アトリはこのような状況を起こさせないためにその要請を受けて戦う剣士となるのだが、この地は王都から距離も遠く間に合わなかった。間に合わなかった、という事実はこれまでに何度も経験している。だからそれは彼の責任ではないし、運が無かったと思うしかないだろう。

 ところが、単純ならざる事情が絡んでいる可能性も充分にあり得る。それを紐解くのも彼の今回の役割の一つ。ここで得られた情報を、隣接する王国領の駐留部隊に持って行くことも重要な仕事の一つだ。現地の部隊が直接乗り込んでしまえばいいのでは?と思われることもあるだろうが、王国の部隊はあくまで王国の領地を守るために配備されているのであって、自分たちと関わりの無い自治領地を防衛するために使わされるものではない。その点、アトリは死地の護り人としての役割があるため、その職務に縛られることはない。彼にとってもそれは望ましいことだ。近い距離感でより助けを必要としている人たちの傍に居られるのだから。

 「私はアトリと言います。ウェルズ王国の剣士です。貴方たちの発した要請を受けてここまで来たのですが………間に合わなかったようで、面目ございません」

 「自分はアルディオと言います。そんな申し訳なさそうにしないで下さい。元々貴方たち王国にその義務は無かったのですから、答えてくれただけでも感謝しています。ですが見ての通り、町は失われ多くの町民が連れ去られてしまいました。」

 「そのようですね。アルディオ殿は、これが誰の仕業かをご存知ですか」

 「もちろんです。」

 残された人々は僅かに15名。大人が6人、子供が9人。エリという女性の案内を受けて、壊れた家のそのまた地下に避難し隠れていた生き残りの民たちのところに来た。アルディオという男性は、自治領主の実の息子だという。彼自身も襲撃の際に戦って幾人もの相手を倒したのだが、自身も負傷してしまった。町の中で気絶し倒れてしまったとのことだが、敵は彼を死体と判断して何の確認もしなかったのだとか。幸運なことではあったが、自責の念は強い様子だった。他の民たちの多くが連れ去られたとのことだが、彼は残ってしまった。だがそのおかげで、こうして子供たちが守られている。子供たちにも疲労はあるし、このような狭い空間の中では精神的にも辛いだろう。それで先程表に出て行ってしまっていたのかもしれない。

 「ここより北にある自治領地………いえ、マホトラス陣営の占領地から彼らはやってきています。この周囲の自治領地や王国領にも攻め入りはじめ、多くの労働力を確保しながら占領地を広げていると聞いています。」

 「……………やはり。」




 マホトラス。ウェルズ王国の内より出でた叛乱勢力。最近その動きが活発になっているという報を受けての派遣だったが、それは間違いなかったようだ。そして彼らは既にこの地域の一帯もその手中に収めている。




 「奴らの侵攻を聞いて、自警団が総出で抵抗したのですが………見ての通り、戦いに出た男たちは皆殺されました。女子供は連れていかれ………なんとも無念です」

 「いいえ、そんなことはない。貴方たちは勇敢に戦い、結果は敗れどその意思は貫いたのです。決してすべてにおいて悲観したものでもありません」

 「…………」

 「?あの、何か………」

 戦うことに意味がある、とはよく言ったものだ。結果をもたらすことが出来なければ、ただの無駄死にでないか、と思う人もいるだろう。だが、敵対する相手に屈することを選ぶのではなく、あえて茨の道に進み必死に抵抗したことそのものは、彼らが決断したこと。喜ぶべきものは何一つなかったかもしれないが、彼らの行ったものの意味は決して無駄ではない。………などと考えつつそのような言葉をアトリが伝えると、他の大人たちも含めて、皆が驚いたような表情をしていた。それを見て思わず疑問符を浮かべた彼。

 「い、いえその。子供ながらそうとは思えない言葉に、驚いたものでして」

 「………ああ、なるほど。」

 「王国の剣士というのは、皆がそういった姿を纏う者なのですか」

 「そういう訳ではありません。見識豊かで経験豊富かもしれませんが、私たちも一人の人間であることに変わりはありませんから。」

 アルディオはじめ、ほかの人たちは彼の言葉の節々を聞いて、彼が自分たちよりも歳下の少年であることを忘れてしまっていた。一人の立場のある者としてその話を聞き入れていたのである。子供っぽくない、そう思われているのだろう。だがそれは慣れたこと。今更何を思うものでもない。

 「皆さんがどこへ連れていかれたか、分かりますか」

 「………いいえ、そこまでは。ここからレオニグラードまでは遠すぎますし、他にも労力を必要とする町はあるでしょう。その、いずれかに…………」

 「レオダスという比較的大きな町があります。マホトラス陣営に早いうちに占領され、そこには彼らの基地が建設されているって聞いたことがあります。そこに連れて行かれたんじゃ………」


 レオダス。

ここより北に少し離れたところにある、かつては王国領だった土地。マホトラスの陣営に加担したことで、王国から叛逆した自治領地の一つであると認識されている。アトリもその辺りの経緯は歴史の中で既に知っている。その自治領地がマホトラス寄りの者たちの集まりであったことも。それまでの道のりには幾つかの村や町が点在していて、更にそれらを結ぶ街道には簡易的な防衛拠点が幾つも設置されている。レオダスという町は、それらの類と比べても大きな基地が置かれているらしい。マホトラスが占領する領地は、どの町や村に行くにしても検問が敷かれており、偵察目的で軍を送り込むなど出来るはずもないし、隠密行動で潜入出来るような方法も無い。そのため、王国が持ち合わせている情報と彼らの現実とでは、若干の差がある。その差を埋めるためにも彼が送り込まれている、と言ってもいい。

 エリの話でその可能性に触れることが出来た。彼女自身も被害者であり、今もきっと心は落ち着かないままだろう。それでも口を開けて話してくれた。それだけでも彼にとってはありがたい。

 「貴方がたに告げることは………まず、共に暮らしていた仲間たちを救うのは、とても険しい道のりだということ。いつ、何年経って出来ることか分かりません。さらに言えば、たとえその後に救えたとしても、仲間たちが無事であるかどうかも分かりません。これが貴方がたの現実です」

 彼のその言葉に嘘偽りはない。立場のある者として現実を直視するよう告げている。そしてその瞳にはもっと多くの意味があるのだと訴えている。想像するのなら、決して仲間のために仇討ちをしようなどと考えるな、と。

 「私はその立場にはありませんが………もし貴方がたが望むのなら、王国領まで退く護衛はいたしましょう。先刻のように、奴らの手のものがこの周囲をうろついている。ここに留まっていても、いずれは見つかるでしょう」


 「………分かっています。確かにここに留まるのは悪手だ。みんなに聞きたい。彼の言うように、ここに留まるのは危険が多過ぎる。彼の言うことが本当なら、暫く行った先で王国に保護してもらえる。故郷を離れることになるが………命があれば、また戻って来れると俺は思う。覚悟は、出来るだろうか。」


 恐らく、それを伝えたアルディオ本人が、苦渋していただろう。このような有り様になってしまったとはいえ、故郷を棄てるという判断は決して軽いものではなかったはずだ。だが、今はとにかく命があれば後に何にでもなる。それだけが大事だった。ここに隠れて過ごし続けることなど出来ないし、奴らはいつこの町に来るかも分からない。危険な状態を脱するためには彼の言うことに従うより他はない。アルディオの判断はそれ以外の大人たちも同様だった。

 「………アトリさん。私たちの意見はまとまりました。どうかお願いできるでしょうか」

 「かしこまりました。可能な限り貴方がたを援護し、領地まで送り届けましょう。」

 「でも、貴方一人でどうやって………?あんな沢山敵が来たら、たとえ貴方が強いとしても太刀打ちできないんじゃ………」



 「彼らは集団で占領地に戻ることは無いでしょう。何故なら、マホトラス陣営は王国軍がそれほど脅威では無い、弱点を知っているからです。」



 彼から説明された内容は、彼が発案者という訳でもなく思考の祖という訳でもなかった。ウェルズ王国という西の大陸最大の自治領地が出来上がった頃から言われていた既定の事実である。曰く、ウェルズ王国はすべての地域に防御陣営を設置することが出来ない。そのため、自分たちが攻め込まない限り、いつも戦闘は後手に回る、と。あまりに広すぎる領地を手にしたが故に、そのすべての領地を統率し防衛するほどの戦力を用意できていない。それが王国にとっての最大の弱点であることを、マホトラスはよく知っている。彼らも元は王国の所属であるのだから、内情には詳しいと見て間違いない。王国の欠点がそのように露呈しているからには、彼らは同じ轍を踏むことはしないだろう。それがアトリの狙いの一つでもある。

 「彼らは既に獲得した領地に集団で留まることはしない。捕虜を後送して労働力として充てているのも、その町に留めさせて監視するための人員を割かないことが目的でしょう。であれば、ここで私たちが王国領方面に行ったとしても、その先に町や検問が無ければ接敵する可能性は限りなく低くなりましょう。これが理由です。」

 その理由に、大人たちは皆が納得したのだ。そして同時に驚きもした。子供の身でありながら本当にそうとは思えない見解を持っている、と。自分たちの一番傍にいる子供たちと彼とでは年齢も体格も異なるが、同じ子供という点では比較してしまう。あまりに落ち着いたその所作、自らの考えと打開策を簡潔に伝える思考。それを異常だと思う人が大半だった。だが、彼の言うことはもっともらしく聞こえるし、それ以外の方法が無いのであれば、そうするより他は無い、と判断した。

 「ここからレスコー地区の南部までは30キロ。半日歩けば着くでしょう。大人の皆さんは歩きで、子供たちも………そうですね。3人ほどなら、私の馬に乗せることも出来るのでしょうが………」

 「それなら僕に考えがあります。荷車に子供たちを乗せて、馬で引っ張ってもらうのです。そうすれば多少は私たちも楽が出来る」

 「ふふ、みんなはしゃぐかもしれないですよ?」

 「良いさ。それでこの苦境を越えられるなら」

 「そうだな。そうしよう。アトリさん、それでお願いできるだろうか?」

 「分かりました。そのように。」

 彼らがこの狭い空間の中で出来る限りの休息を取る中、彼は一人外に出て見張りをすることにした。壊れた建物の中に陣取り、彼らが隠れている家を眺めることが出来る位置に留まる。元々彼はこうした自治領地の要請があったとき、誰かと共に過ごすことはせず、一人町の外で野営をしたりすることが多い。だから、今回もその役を自ら務めることにしたのだ。明日は半日とはいえかなり疲労を強いる距離を歩かせることになる。自分には慣れたものだが、彼らには辛いものだろう。それでも、王国領まで行くことが出来れば、生存確率はぐんと上昇する。生き残った者たちだけでも、この先の未来を維持させたい。



 「ちょっとだけ、お邪魔してもいいですか?」

 「―――――――――どうぞ。」

 明日からの行動について色々と一人で考えていたところに、エリがやってきた。既に時刻は夜の9時を回っている。子供たちを寝かしつけてここへ来たらしい。すると彼女は作り立ての握り飯と淹れたての温かいお茶を持ってきた。

 「ありがとうございます。」

 「いえ。こちらこそ………寒い中ありがとうございます。見張って下さって」

 「お気になさらず。これも任務ですから。」

 「―――――――その任務のことで、聞きたいことがあったのです。」

 本来彼は部外者であるはずなのだが、彼は生き残った自分たちのために尽くしてくれようとしている。彼女はその感謝から、自分の意思で簡単ではあるが軽食を持ってきたのである。自分たちに出来ることは少ないが、せめてものお礼ということで。しかし、彼女にはここへ来る目的が一つあった。彼の任務について。

 「貴方はいつもこのような任務を………?それとも今回だけ、ですか?」

 「………私の任は、死地に住まう民たちの危機を救うことにあります。そしてそれは今に始まったことではありません」

 「…………そんな仕事を、貴方一人で…………」

 彼が身分を明かすことが無ければ、そういった存在であると分かる要素は無かったのかもしれない。ただの旅人か、あるいは放浪者か。各地を転々とする剣の人。だが実際は王国の剣士で、“死地”において窮地に立つ民たちを救うが為に剣を振るう者である。それをただ一人で行っていることを知ったエリは、絶句していた。同時に思ったのだ。そのような任務、子供が成せるものでははない、と。今回の自分たちと同じように要請を受ければそこへ行き戦う。自治領地に住まう民たちに変わって敵を征伐する、代行者のようなものだと彼女は思ったのだ。

 「貴方自身の目的はどこにあるのですか?その、戦って報酬を得たい、とか」

 「報酬は目的ではありませんし、私には興味がありません。」

 「では何のために………?」

 「そこに住まう者たちが救われること。そのために敵を討つことが私の目的です」

 彼女は、彼は王国からの指示を受けてこの地にやってきたと考えていた。実際それは間違いないのだが、ここで戦うことそのものも彼の目的の一つであると彼は言う。ただの任務ではなく、彼自身の思いによるものだと。戦った後に報酬を得て生計を立てることが目的ではなく、自治領地の危機を救うために戦うと彼は言った。国から命令されてただそれを実行しているだけなら何も言うまい。それが兵士として求められたものであるのなら。しかし、彼は自らの意思でこの任務に臨んでいる。それが歪な意思のように感じられた。たった一人でそれをこなし、多くの戦いを経験してきたのだ。その果てに自らの為に求めるものはなく、結果が得られれば良いと考えているのだから。どれほどの聖人なのか、あるいはよほど狂った人なのか。その時彼女は、彼に言いしれない畏怖のようなものを感じた。普通、これほど命を懸けて行う任務につくのなら、それ相応の対価を要求するものだろう。たとえば働けば賃金を貰う、というように。彼にはそれが無いという。一体どのような教育を受けたらそのような人になるのだろうか。

 「たとえ相手が誰であろうと、見ず知らずの人でさえも………?」

 「ええ。そこに望む者がいるのなら、手助けをしましょう。」



 ―――――――これまでも、そのように生きてきたのですから。



 きっとこの少年には少年としてはあり得ないほどの時間と経験が積み重なっている。他の子供たちとは比較にならないほどの現実を知り、今を生きているのだろう。それは決して良いとは言えないが、否定出来るものでもない。子供らしくないからダメなのか?そうではないはずだ。その生き方が歪なものと感じても、その生き方しか出来なかったのかもしれない。彼は寧ろその生き方を望んでいる。そういう生き方を手にするのに、一体どのような過去の時間を過ごしてきたのだろうか。エリは、純粋な興味が彼に湧いていたのだが、それ以上のことを聞こうとはしなかった。あまりに深入りし過ぎたことだと思ったからだ。

 「………分かりました。すみません、お話頂いてありがとうございます」

 「いいえ」

 「明日、よろしくお願いしますね。私も出来る限りのことはしようと思います」

 「半日とはいえ長い距離を歩きます。体力には気を付けて下さい」

 そう言うと、エリはぺこりと小さく頭を下げつつ笑顔で、その場を離れていく。本題を聞けたことで彼女の目的は果たされたのだろう。長居することも無かったようで、再び彼は一人になる。



 ―――――――そう。そしてこの先も、それは変わらないだろう。



 それが望まれた剣士の往く道であるのなら。

彼の心が折れない限り、自らの役目を果たし続けるであろう。




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