1-4. 王城の朝(Ⅱ)




 ウェルズ王国の七騎士。

王国の国政は王自らが中心となって行うのだが、王自らの考えだけでなく、王を補佐する者たちの声も聞き、それを活かしながら施政を行うのである。七騎士はそれぞれに異なる役割を持つが、王国にとって最も権威のある立場の人であり、その権力は国王とその一族に次ぐものであると言われている。騎士アルゴスは王国剣士団の司令官職を勤める者で、その軍歴はアトリの年齢と同じほどである。この国があらゆる方向へ舵取りをしていた、その渦中に身を置き活躍し続けてきた騎士だ。

 「無事に戻ったか。町や村の様子はどうであったか」

 「………残念ながら、間に合いませんでした。領主は討ち死に、民たちですら巻き込まれ、捕らわれた者や殺された者も大勢います」

 「捕らわれた人々は彼らの領地に?」

 「ええ、恐らく。」

 死地の護り人として、派遣された地域では出来る限り多くの人を助けその苦難から解放させたい、という気持ちがあるアトリ。しかし、実際はそうならないことのほうが多い。彼の中でこの任務が完璧に遂行できたことはない、と自分では思っている。一人で出来ることは限られている。だからといって、随伴する者が多くいればそれが現実になるかと言われれば、そうでないこともある。

 「ならばこれ以上の手出しは出来ないな。」

 「彼らが勢力を合わせてこちらに攻める可能性もあるのではありませんか」

 「そうだな。否定は出来ないだろう。だが絶対数がそもそも違う。我らと彼らとでは正面からではどうあっても情勢を覆すことは敵わぬだろう。」

 西の大陸最大の国力を持つウェルズ王国と、それ以外の自治領地との戦力差は比較にならないほど大きなものとなっている。王国の軍勢と自治領地の部隊とでは練度にも差があり、戦ったところで勝負にならないという見方が殆どであった。数多くの自治領地が共に手を取って戦いを挑んできたとしても、幾つかの戦いは抜けられるかもしれないが、最終的な勝利は王国に帰するだろうという考えが大半を占める。

 だが、王国に懸念が無い訳ではない。

 「願うとすれば、“北の連合勢力”と結集してここを目指さないこと、ですね」

 「………もっともだな。アトリ。今日は城下町警護を任せる。今のところ次の依頼は入っていない。10時より16時まで、休憩を挟みながらで構わない。装備はレイモン鍛冶士の工房で揃えると良い」

 「ありがとうございます。」


 王国の正規兵でもある王国剣士団は、幾つかの主だった部隊に編成されており、大半の剣士はいずれかの部隊に所属して行動することになる。正規軍は第七部隊まで組織されており、それぞれ領土の東西南北、中央部の五つの地域に配備されている。一方、部隊番号に振られていない所属も存在しており、アトリもそのうちの一人である。主に王城、王都とその周囲の街に配属される部隊は王城直属の部隊であり、各部隊に所属する兵士たちからすれば、王城直属の部隊員は自分たちよりも階級が高く立場が上であると考えられている。剣士団の内部でも上下関係が存在し、年齢問わず立場が物を言うことも多いのだ。

 その点、少年剣士である彼は“他方有名になりつつある”が、立場はそれほど上ではなく、また彼に誰かを従えるような気は一切無い。誰かに付き従うことも少ないのだが。ところが、彼の存在を知るほかの地方部隊の兵士たちは、彼が少年であっても敬意を払う時がある。それは彼が所属している部隊が王城直属のものであるからという理由と、彼が仕事にしている中身を知って、という二つの理由がある。彼としては自分より年齢が上の人に丁寧にされると、どうするべきなのか分からなくなることがあるので、出来れば普通に接してもらいたいという心境だった。



 「レイモンさん。おはようございます」

 「……………アトリか。なんの用だ」

 「戦場から戻りました。新しい剣を貰おうと」

 王城の下層の一区画にある鍛冶・装飾・防具を造る工房。剣士団にとって剣をはじめとした装備品は重要かつ必要不可欠なものであるから、欠かすことの出来ない場所となっている。すべての兵士が見境なくここを利用すると鍛冶士がパンクしてしまうので、ここでの装備を整えるには部隊長か小隊長、分隊長などといった上官からの許可が必要となる。部隊によっては抱えている兵士たちの分までまとめて用意させる上官もいて、下士官や兵士たちにここを利用させない者もいる。

 「アルゴス卿からの許可は貰っているのか?」

 「はい。これがいつものです」

 彼はアルゴス卿から手渡された書類を、この工房を第一責任者であるレイモンに渡す。レイモンは既に60歳と年齢は高めではあるが、この道一筋40年を超える腕を持ち、厳かな雰囲気と口調を持つ職人である。その姿や言動から、年代問わず多くの兵士たちを恐れさせるものがあるのだが、実に信頼される鍛冶士である。

 「剣を見せてみろ」

 「え、はい。こちらです」

 「……………。」

 激しく刃こぼれをした剣を手に取り、その刃の線をなぞるレイモン。研ぎ澄まされたかのような新鮮な眼で、その剣先に至るまで視線を移していく。その間隣に立っていたアトリはただ静かにそれを眺めるだけ。そして、レイモンは満足したのか、

 「また自分から打ち合いにいったな。前にも言ったが、お前の特徴は堅い防御にあるはず。いかに強い相手の剣戟でもそれなりに防げるだろうが、お前の繰り出す剣戟はまだ並みだ。今のままでは毎回剣を駄目にするだろう」

 「………なるほど。」

 剣士にも様々なスタイルがある。速攻/攻撃を重視するようなものから、防御を中心とした型まで。剣の型は人の性格さえも表現されると言われるほど、王道はあってもそこに留まるものではない。レイモン自身は剣士でもなく兵士でもない。ただ、鍛冶士としての経歴が長く、色々な状態の剣を見てきたということもあって、剣の状態を見てどのようなスタイルで取り組んでいるのかが、おおまかに分かるのだ。

 レイモン曰く、アトリは防御からの速攻に転じる型。受け身で相手の攻撃を流しつつ、時に弾いて隙を突く。彼自身、自らの戦い方を確立している訳ではなく、彼の中では模索が続いている。

 「壊れた剣は置いていけ。研究材料になる」

 「またこれで分析するんですね。でも何でいつも私のを?」

 「決まっている。お前が今の王国で最も戦闘経験を積んでいるからだ」

 「………そんなものですか」

 レイモンに言われたように、壊れた剣を机のうえに置き、彼は指示されたように新しい剣を手に取り鞘に仕舞う。彼は他の兵士より頻繁にここを利用するので、鍛冶士としても剣の出来を実際に確認できる機会が多く、その点でも役に立っているようだった。大体の剣士は戦場で折られた剣など棄てて来てしまうという。

 「さ、終わったのなら出ていけ。俺は次がある」


 工房で新しい剣を調達した彼はその場を去る。工房内は職人たちが熱い鉄を打つ音が響き渡り、他の空間よりも数倍の温度が肌に襲い掛かる。まるでこの空間だけ真夏を通り越した熱砂のようだった。仕事の開始となる10時まではまだ時間はあるが、今のところ他にすることも無いので、城下町に出ることにしよう。

 そうして下層から1階の正門へ向かっている最中。



 ――――――――今日も早くから訓練しているみたいだな。



 外周回廊や中道の廊下にいても聞こえてくる、威勢の良い声。男女混ざったその声の数々はどれも声色が若く、それでいてタイミングが整っている。王城では安息日以外は日常的な音の一つだ。このフロアの多くは、これから兵士になろうと志し、訓練をする子供たちが使っている。彼はその声の元まで歩き、辿り着いた。大きな修練場には、男女合わせて40名ほどの子供たちが、木製の剣を手に持ち素振りをしていた。振り下ろす時の声出しが規則正しく聞こえてきた声の正体だ。彼は子供たちの視界の妨げにならないよう、修練場の後方から背中を見るように眺めていた。後ろから見てみると、それぞれの素振りの特徴や、修正が必要そうなところまで分かってくる。それも含めてこれから鍛錬を積み重ねるのが、剣士になるための道というものだろう。彼もかつてはそれを経験したのだから。

 40人ほどの子供たちを一人の女教官が教えている。すると、教官はアトリが修練場の後方から眺めていることに気付いたのか、

 「よし、休め!ちょいと休憩だ。」

 と子供たちに声をかけて、彼のもとにやってきた。茶色の長い髪を後頭部から下ろし、道着を腕まくりしていて、彼の前で腕を組む。整った顔立ち、その印象からは清楚なものを感じられるのだが、それはあくまで見た目だけのもの。中身を知っているアトリにその言葉はもう出て来ない。

 「アトリじゃないか。珍しいね~こんなところに顔を出すなんて」

 「………いや、通りがかりだ。」

 「そうかい?その割にはじっとあの子らを見ていた気がするんだけど。まあいい。今帰ったのかい?」

 「いや、夜中に。これから王都警備だ」

 「てことは、今日明日は依頼が無さそうだな。まあ、まずは無事に戻ったようで、良かったってもんさ」

 「“クロエ”は、ここで剣術稽古の教官役か」

 彼女の名前はクロエ。歳はアトリよりも上で、21歳になる。彼ほどではないが、165センチと女性の平均よりは高めの身長を持つ、スラッとした見た目の女性である。彼女もまた王国剣士団の一人で王城勤務ではあるが、彼女はこうして自分よりも下の兵士の卵、これから剣士を目指す者たちを指南する立場にある。元々この教官役は他の剣士が勤めていたのだが、ここ最近では彼女に任されることが多いのだとか。

 「そう。人手不足がずっと続いてるうえに子供たちから慕われているようだから、今後も頼んだ………ってアルゴス卿は言ったんだけどねぇ。わたしはどうにも教える立場ってのはなあ」

 人選間違ってるんじゃないかねえ、とクロエは愚痴のように話す。彼女自身はめんどくさがりのようで、他人に何かを教えたり伝えたりすることを得意と思ってはいないのである。そういう一面があることをアトリもよく知っている。

 「そうかな。少なくとも俺はクロエのおかげで今の腕があると思ってるけれど」

 「お、そうかい?そいつぁ嬉しいなあとして直接指導した甲斐があるってもんだ。」



 へへ、とにんまり笑いながら話すクロエ。見た目は清楚でどこからかやってきたお嬢様か、と言いたいくらいの綺麗な女性ではあるのだが、中身はそれとは真逆の性質を持っているが、ある意味でそれもクロエらしいのかもしれない、とアトリは思う。

 そしてこの二人は、師弟関係にある。いや、あったと言うほうが正しいだろう。それはかつての話。今はお互いを師とも呼ばず、また弟子とも呼ばない。そうであった時期もあったが、師弟関係を解除したのは、彼の目の前にいる師からであったのだ。




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