第一章 死地の護り人

1-1. この世界とは



 この世界には、主に三つの大陸が存在して、そのうち一つの大きな大陸の中で人々は各々に暮らしている。大陸の位置関係は至ってシンプルで、言葉にすれば上中下というようなもの。大半の人々が住まう大陸は、このうち『中』に位置する大陸であり、この大陸が他の二つよりも大きな土地を持っている。人々は主に自分たちが生活するこの大陸を『中央大陸』と呼ぶ。単にそういう言い名でしか浸透していない、というのが理由だ。

 その中央大陸には、巨大な山脈が複数あり、その中でもとりわけ各地方を寸断するかのごとく聳え立つ二つの山脈が有名だ。大陸の西側と中央部を分ける「キエロフ山脈」、大陸の中央部と東部を分ける「リューベルク山脈」。非常に険しい山々が連なり、また登山道なども無く、また当然この山脈を飛び越えるような手段は無いために、この大陸ではそれぞれの地方ごとに独自の文明が発展し続けているのである。他方との交流が無いためか、それぞれの地方での文明や技術の進歩に大きな開きがあるのだが、そもそもこのこと自体が知られていないことが殆どである。



 物語は、便宜上“西の大陸”と呼ばれる、大陸の西部に伝わるものである。

西の大陸には【ウェルズ王国】と呼ばれる大規模な国家があり、国家と呼ぶ規模のものとしては唯一のものとして西の大陸の多くを統べている。王国であるからにはその名の通り、王が統べる地という意味であり、大陸の西海岸地域を中心に広大な領土を持つ。この地方は温暖な気候のため人々の生活する環境が整いやすく、農業や牧畜に最適の土地が広がる。そのため、この国には多くの人々が集まり、その結果西の大陸のどの地方よりも発展することが出来た。特に、ウェルズ王国の最も栄えた都【カルディナ】は、王国のどの土地よりも住まう人が多く、朝と昼は農業と行商で人々が行き交い、夜は宴と店で振る舞われる肴とで大いに盛り上がる。ウェルズ王国の領土内を見ても最も活気のある都であり、華々しさと盛んな気質とを兼ね備えた楽園の都とも言われることがある。多くの人々にとって、この楽園の都で住まうことは夢であり目標である。何故なら、ここより安全な地は他に無いだろうし、ここに居れば生きていくうえで間違ったことは何一つないと思われているからだ。

 華々しさの裏には、当然それとは異なるものもあるだろう。幾ら王都がそのように栄えていたとしても、国土のすべてがそのように統べられ、活気に満ちている訳ではない。たとえ住みやすい温暖な気候であったとしても、地域によって生活環境は変わるし、それによる境遇も変わる。外の人間から見れば、王国というのは威厳があり華々しさもあり、幸福の拠り所のような存在にも思われる。だが、実際そうでない生活を送るものも多いのだ。




 ――――――それは、この国が出来上がる過程にあった。




 簡単に言えば、ウェルズが建国出来たのは、この大陸の中で幾多の争いを越えてきた「勝者」であるからだ。西の大陸に限った話ではないが、各々の地域には代表者が土地を統括する【自治領地】と呼ばれるものがあり、ある一定の勢力の中に囲い込まれて生活をするという構図が殆どだ。小さな集落から町と呼ばれる規模のものまで。そしてそれぞれの自治領地は、互いに侵略と防衛を繰り返しながら、合併と消滅を繰り返してきた。どこからかやってきた侵略者を彼らは異邦の民と呼び、攻めてくる軍勢を追い返そうと戦った。戦いが始まれば、どちらかが死にどちらかが生きる。そうして生き残った自治領地がその支配を拡大させていく。圧政か、それとも善政か。それはその時の状況になってからでないと分からない。だが、ウェルズ王国もかつてはそれと同じ過程を経験し、最も強大な勢力として西の大陸に君臨するに至ったのだ。

 国が興る過程、多くの自治領地を討ち破った。火を放ち、槍を穿ち、剣を振るい、弓を射る。戦う手段を最大限行使して手に入れた結果が、やがて国という規模の集団組織にまで成り上がったのだ。無論、戦いだけで興されたのではない。途上、多くの力のある自治領地に同盟を申し込み、結託して他の反抗勢力を討つ。交渉と戦争。それが自らの領地を、勢力を拡大させるために必要な、最もわかりやすい方法だった。

 ウェルズ王国の領土内には様々の集落、町があり、それらは戦争による結果強いられた境遇もあれば、交渉の末合併し多くの益を授かった地もある。“この国に住まう多くの者たちが平穏で豊かで幸せな時間を送ることが出来れば”というのは、理想の一つだった。それは国として今も目指している姿である。元々荒廃した土地を統合することもあれば、反抗勢力として討ったあと、国に統合された土地もある。はじめから王国の領土が楽園であったはずはなく、今もその言葉から程遠い生活をする土地も多い。それでも、王国に属していない自治領地などに比べれば、強大な国家の後押しを受けられるという点で、遥かに勝るものであっただろう。

 西の大陸最大の自治領地、ウェルズ王国。その領地は広く豊かなものであるが、そうでない地域も西の大陸には多い。王国が創られる過程で繰り返してきたことと同じことを、今まさに繰り広げている地域もある。自治領地と自治領地の戦い。互いに退くことを許されず、勝敗を定めるまで互いを潰し合う。一度ならず数度にもわたって、人々は殺し合いをしながら自らの正義を貫こうとするのだ。



 「―――――――――――。」

 そして、今もこうして、王国領の外縁部では絶えることのない争いが繰り広げられている。王国領の都カルディナから向かって東側の丘陵地帯から山岳地方にかけて、自治領地は点在する。都から東側に100キロほど進めば、その先は王国領ではなく、明確な境界線も分からない自治領地の領域となる。そこでは絶えず各勢力が争いを起こしている。そうした争いに巻き込まれたくないと塞ぎ込む自治領地もあれば、好戦的に他の自治領地を狩る自治領地もあるのだ。そして主に前者の立場を強いられ窮地に陥れられた自治領地は、そのまま滅ぼされるか、併合されるかの運命を強いられることになる。だがもう一つ、残された者たちにとっての選択肢がある。



 「………間に合わなかった。また一つ村が失われた」



 酷い有り様だった。村のすべての住居は燃やされたのだろう。鼻にツンと来る臭いは、焼け焦げたものばかりではない。そこら中に転がる誰かも分からない人間の悪臭もそこには含まれている。、当然気持ちの良いものではない。ここを目指してきたのだが、どうにも遅かったらしい。虚しさに包まれる。

 残された者たちにとっての、もう一つの選択肢。それが、“ウェルズ王国に救援を求める”ということであり、幾つかの絶望的な状況の中で唯一希望を見出すことの出来る手段と考えられていた。



 「ん…………遠くで追われている。行こう」

 馬に乗りながら村の有り様を見ていた、少年。たった一人、『彼』はこの惨状と残された状況を前にして、ここでの最後の仕事をするために馬を駆る。腰から下げられた鞘には戦う武器である剣が収められている。ろくに鎧もつけず、手と甲、両肩、膝と踝を覆う靴、そして剣。それだけが彼の戦闘における装備。起きてしまったことを覆すことは出来ない。だが、これから死に逝くであろう残された人々の僅かを救うことは出来るかもしれない。そう信じて、少年は駆け出していく。




 ウェルズ王国の少年剣士――――――『死地の護り人』は、こうした王国領の外縁部や他の自治領地から発せられた救援要請に応えるために、戦う者である。




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