Broken Time ~消えゆく未来を換えるもの~

りーふむーん。

Prologue. 地獄を見た。




 ―――――――――――『地獄』を見た。




 世界が、赤く染まっている。

燃え盛る炎に立ち昇る黒い煙の柱。辺りにあった建物はみな崩れ落ち、そのどれもが原形を留めていない。瓦礫の山に埋もれるは人々の躯。生活の為に使われていた道具の数々。つい先ほどまでは当たり前のように存在していたであろうそれらは、一つの人々の愚行によって、そのすべてを失わせてしまったのだ。

 愚行とは言うが、これは古今東西、どの文明文化においても数限りなく繰り返されてきたことである。幾多のその行為が、人々の歴史と生活基盤を作る礎になったと言っても良いだろう。時代を作るのには必要な行為であるかもしれないが、それが心の底から“善き行い”であると思う人は、相当に少ないだろう。今、こうして目の前に広がっている光景のように、どうしようもない最期をもたらすことにもなるのだから。



 そんな愚行あらそいから、出来るだけ多くの民を護りたい。そう思ってこれまで剣を持ち戦い続けてきたのだが、それも、ここで。



 辺り一面銀世界、雪原の大地の上に営まれていた町は、終焉のときを迎えた。

一つの争いによって一つの町が滅びた。最後まで戦い続けてきた“この男”の剣も既に折れて、使い物にすらならなくなった。手足も胴体も斬り裂かれ、余命幾ばくも無いといったところのはずなのだが、男は冷静だった。冷静に、周りの光景を目に焼き付けていた。もはや意味の無い行為かもしれない。この身体はもうもたない。誰かの為に使い続けてきた身体は、最期までその役割を果たしたと言えるだろう。だがそれが終わるものだと分かると、やけに冷静さを手にしてしまったのである。未来が潰えることの恐怖、この後に迎える明確な死を前にした現実を理解してもなお、男は冷静だった。全身張り裂けそうな痛みがある。もうあと数歩も動くことも出来ないだろう。ともすれば、あとどれほど動けばこの身体が死に体になり、意識を手放すことになるのかさえ、分かっているかのように。

 既に生き残っている者はいない。そう思ってはいたが、思ってはいても、探すことを諦めたりはしなかった。せめて最後に、この手でこの目に留まる人を救うことが出来るのなら、と。




 「――――――――――――。」

 仰向けになって倒れる、一人の少年の姿が見えた。微動だにしないその姿は、もう死んでしまっているかのように静かであるのだが、男にはその少年がまだ息を引き取っておらず、僅かながら生きていることが分かった。左頬に入った一本の線の如き深い切創は、たとえこの少年が生き残っても消えないかもしれない。全身にわたって服装は裂かれ、焼かれ、露出した肌はその部分ごとに火傷を負っているようだった。酷い状態だった。でも、生きているのなら、出来ることはある。

 なぜ生きていると確信できたのか。明確な理由はない。言うなれば、直感のようなものだ。そしてそれよりも上回ったのが、何よりこの少年が“自分の最も知る少年”だったから。信じたいという気持ちが尽きることはなかった。非科学的なものかもしれないが、信じることで救われることだってあるだろう。そして信じていたからこそ、最後にこの子のところにまで辿り着けた、と言っても良いだろう。いや、そう言いたいのだ。そう信じていたのだから。



 ―――――――――男は、少年の胸に自身の手を置く。



 刹那。

男と少年、その周囲が溢れんばかりの輝きを放つ。この男にとっての最後の仕事。温かな光を少年が見ることも、憶えることも無いだろうが、少なくともこの男にはその光がそのようなものに満たされていると感じられた。光の源は、男の持っていた輝ける石。掌で覆い隠すことの出来る、外見は何の変哲もないただの石だった。しかしその石が放った最後の輝きこそが、この男の最後の仕事。本来ここに在り続けていた、どこまでも澄んだ綺麗な銀世界にも負けない輝きで、この少年の未来を繋ぐ。

 片膝をつき、顔を落とし、力の入らなくなった手を下げる。

ああ――――――――これでいい。これで、一つだけ、ここでの未来は救われる。

僅かな人しか手にすることのない法外な奇蹟で、一つ未来を繋いだ。この少年の未来がその後どのようなものになるのかは、分からない。だが、未来が続くのであれば、その中で如何様にも生きることは叶おう。

 あと、してあげられることと言えば、



 *


 死してなお潰えることのないこの魂が憶え続ける限り、この少年の未来の時間に、どうか多くの幸がありますように。



 *



 そう祈りながら、男は倒れ伏す訳でもなく、ただその状態のまま、この世界から自らの身体をフェードアウトさせたのだ。そこに男の姿は無い。残されたのは、使い物にすらならなくなった剣の欠片。人という形、その痕跡は跡形も無く消え去ったのだ。終焉を迎えた地獄の世界けしきの中、たった一つの希望が繋がれ、そして。



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